スノー

「そいえばさー、来週末? なんかイベントあるって連絡来てたよ、スノーさんから」

「スノー? おまえまだあいつと連絡取ってんの?」

「別に俺はあの人無理じゃないし」

「俺は無理。イベントってなんだよ」

 返してもらったスマホの画面をスライドしながら俺はイベントの概要が示されたページを探す。スノーさんというのは俺たちと同郷のバンドマン兼イベンターで、今はどっちかっていうと後者に偏った仕事をしてるのかな、詳しいことは知らない。兄と同い年で以前はそれなりに交流もあったようなのだが、なんというか、イベンターとしての仕事のやり方が汚いことを嫌って兄はスノーさんのことを完全に切ってしまった。まあたしかに仕事はめちゃ最悪なんだけどね。地元愛に溢れたライブハウスの大将とかを口八丁で丸め込んで格安で会場として借りて、県外の人気アーティストを呼ぶのには大金を使うのに、県内や地元のバンドやシンガーのことは無料或いはオーディション料を取って出演させる、典型的なクソイベンター。俺もバンドやってるけど、うちのバンドの代表(ドラマーだ)がイベントの打ち上げ会場でスノーさんを物理的にボコボコにして以来彼が主催するイベントにはバンドとしては呼ばれてない。

 でも俺はスノーさんが俺たち兄弟のことが好きだって知ってる。俺たちは地元の有名人、「お山の市岡さん」の息子たちだし、その上俺はなんといっても顔がいい。すっげえハンサム。背も高いし、性格も明るくて社交的。あとちょっとだけならDJをやれるから、イベント会場に俺たちを置いておくと盛り上がる。だから。

「休業中のライブハウスから配信するんだって〜。で配信だから無観客なんだけど、ちょこっとだったら関係者呼べるから見にこない? って」

「行かねえ。ハコどこ」

 結論出てるのに聞くんだよね、俺のお兄ちゃんは。

「東京……*****か」

「絶対行かねえ。あそこ、出る」

 知ってる。


 スノーさんが友好関係を築いている*****という都内のライブハウスは、普段からそれなりに有名バンドとかラッパーとかも出演してるし、客にも芸能人がいたりしてめちゃくちゃ華やかなハコだ。配信は有料らしいけど、それでも盛り上がるだろう。俺たちを呼びたい理由は、転換中とかに謎のイケメンDJが会場を盛り上げる! っていうのをやりたいんだろう。たぶんね。

 でも、兄の言う通り、*****は出る。俺はバンドとしては出演したことはないんだけど、客としては何回か遊びに行ったことがあって、そのうち一回は兄を伴って足を運んだのだが、観客で埋まった広い広い会場に一歩足を踏み入れた瞬間兄の顔が青褪めるを通り越して真っ白になったのを覚えている。兄は見たのだ。何を見たのか俺には教えてくれなかったけど、イベントを全部見ないで彼は帰ってしまった。俺は最後までいた。俺には別に、何も見えないので。


 スマホがポン!と音をたてて何かを受信した。噂をすればスノーさんだ。

「『稟市も来る? 久しぶりに会いたいな』だって」

「うっせ。行かねえ」

「言っときま〜す」

 兄には『見る』能力と、『祓う』力がある。前者は姉(兄にとっては妹か)から受け継いだもの、後者は母から教えられたものだ。祓える兄は、見えたものと喋ることもできる。弁護士の仕事をしている最中に出会ったこの世のものではないものをあの世に送り届けてやったり、生きている人間に害するものを追っ払ったりしたことも少なからずある。でも、あまりにも規模がでかいものについては、敢えてやらない。たとえばそうだな……神様とか。それも、他所の国の神様。何かの弾みでこの国にやって来てしまって、何かの間違いでよこしまなものに変化してしまった神様。そういうのに兄は触らない。手に負えないし、下手をすれば兄自身も被害を受けるからだ。


 *****にはたぶん、そういうのがいる。

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