稟市
兄にその能力があると分かった日のことを、俺は今でも覚えている。俺と兄は8つ違うから、俺はその時たしか保育園に通っている年だった。そんなちびっ子の頃のことをなぜ鮮明に記憶しているのかといえば、そうだな、その前の年に、姉が死んだからだ。俺と兄のあいだにいた姉。3つ年上のおねえちゃん。なんで死んじゃったのかは覚えてない。今ほどじゃないけど流行病とか、或いは風邪を拗らせてとか、そういう理由だったんじゃないかな、たぶん。人間ってすごく簡単に、これ以上ないほど呆気なく命を落とすけど、大人でそうなのだから子どもだと尚更だ。
俺たち家族は姉の死を、家族の喪失として悲しんだ。周りの人たちは、市岡を継ぐ者がいなくなったことを悲しみ惜しんだ。あの時、もう全部終わらせようと思ったのだと後年母は語った。市岡と狐の関係はこれきりにしようと。
それが。小学生の兄の目に、ある時突然この世のものではないものが見えるようになった。兄は怖がり、壊れたように怯えた。まだ小さかった俺も良く覚えている。あの頃の兄は毎日泣いていた。見たくないものが見える、聞きたくない声が聞こえる、こわい、こわい、と。
姉の置き土産なのだと誰もが思った。俺もそう思った。姉はまだほんの子どもだったけど、自分の役割を分かっていたんだ。だから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます