稟市

 兄にその能力があると分かった日のことを、俺は今でも覚えている。俺と兄は8つ違うから、俺はその時たしか保育園に通っている年だった。そんなちびっ子の頃のことをなぜ鮮明に記憶しているのかといえば、そうだな、その前の年に、姉が死んだからだ。俺と兄のあいだにいた姉。3つ年上のおねえちゃん。なんで死んじゃったのかは覚えてない。今ほどじゃないけど流行病とか、或いは風邪を拗らせてとか、そういう理由だったんじゃないかな、たぶん。人間ってすごく簡単に、これ以上ないほど呆気なく命を落とすけど、大人でそうなのだから子どもだと尚更だ。


 俺たち家族は姉の死を、家族の喪失として悲しんだ。周りの人たちは、市岡を継ぐ者がいなくなったことを悲しみ惜しんだ。あの時、もう全部終わらせようと思ったのだと後年母は語った。市岡と狐の関係はこれきりにしようと。


 それが。小学生の兄の目に、ある時突然この世のものではないものが見えるようになった。兄は怖がり、壊れたように怯えた。まだ小さかった俺も良く覚えている。あの頃の兄は毎日泣いていた。見たくないものが見える、聞きたくない声が聞こえる、こわい、こわい、と。

 姉の置き土産なのだと誰もが思った。俺もそう思った。姉はまだほんの子どもだったけど、自分の役割を分かっていたんだ。だから。

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