95 嫁に、なるから。

 

 ――なぜマルクがここにいるのか。

 そのことに対して、大きな疑問は抱かなかった。


(結子は、これが隠しルートだと言っていた……)


 正確には、隠しルートに入って手遅れになってしまった世界だ。本来なら聖女がセーブした地点まで戻ることで、ヘイルランドが攻めてくる前に戻ることができる。そして、解決までの道筋がトゥルーエンドになるのだという。


 ――なーにが大団円よ! それただの誰ともくっつかない版のノーマルエンドじゃない! 全部のルートをプレイしなきゃ、トゥルーエンドが出ないでしょ!? 隠しキャラだって出てないのに!


 幾度か、結子は隠しキャラという言葉を叫んでいた。それが誰ということは聞かなかったけれど、少し、思い当たることがある。私が大団円エンドだと思っていた話では、全ての葉の国達が手を結び、魔族も人であることを認める。ヴェダーの主張や、紆余曲折があっての物語なのだけれど、全員が納得していたかはわからない。


 例えば、ゲームのロータスは無口で、気づいたら端っこの方で一人になっていて、何を考えているかわからなかったし、自分の心の内を見せようとしなかった。片目しか無い瞳で、常にギロリと周囲を見回していて、結局前世ではプレイしなかったハッピーエンドでも、大した恋愛要素はなかったんじゃないかな、と思ってしまう。


 それはさておき、パーティーの人間だって納得してないことを、各国の主脳達が心の底から魔族と手をつないで、平和になろうと願っていたわけではないだろう。あくまでも協力していたのは表向きで、俺達の戦いはまだまだ続く、というグレーな終わり方だった。大団円だと思っていたら、実はただのノーマルエンドだったのだから仕方ないかもしれないけど。


 その中で、魔族としてはっきりと表舞台に姿を出していたのはシャングラだ。彼は見かけや服装も相まって、身軽で、薄っぺらで、お調子者で、軽薄で、朗らかな笑みの向こう側では常に自己中心的な考えを持っていた。それでも目的を同じとするならば、心強い仲間でもあった。彼の目的とは、魔族の王を打ち倒すこと。


 シャングラと、四つの国は手を結んだ。滅びに向かっている国ではなく、新たな生命が芽吹く魔族の地を手に入れるために。


 ――あたしはねぇ、どうしても我慢にならんことがあるのです。“あいつ”が、この世界の中心にいるっつうことが、辛抱たまらんのですわ。


 これはゲームで彼が言っていた台詞だ。じゃあ、“あいつ”とは、一体誰のことなのか。私が知らない、もうひとり、登場するはずだったキャラクターは。



「……ヴェジャーシャも、ここにいるの?」


 私が問いかけた言葉に、マルクは鼻で笑った。


「当たり前だろう、僕の主なのだから」


 マルクは、ヴェジャーシャを敬愛している。付き従っている、と言ってもいいかもしれない。その彼が、まるで立ちふさがるようにここにいる。ヴェジャーシャの目的を想像したところで、「勘違いしないでくれ」 ふん、と彼は顎を少しだけ上げて、こっちを見下ろすようにじろりと睨む。


「ここで、君達の前に僕がいるのは、あくまでも僕の意思だ。ヴェジャーシャ様は、君達のことなど歯牙にもかけていらっしゃらないよ。さっきの」


 と、いうところまで言って、ぱちん、とマルクは指を鳴らす。


「さっきの魔物達は、もちろん僕だ」


 葉っぱの上から、ぼとぼとと大柄の蟻がこぼれ落ちる。一匹一匹が、イッチ達ほどの大きさがある。ロータスは先程何の問題もなく蹴散らしたが、少しでも噛みつかれてしまえば肉ごともっていかれるだろう。硬くて大きな顎を、ぎちぎちと蟻は鳴らしている。


「僕の固有スキルはモンスターを魔物に変化させる。僕の思うがままに操ることができるってことさ」


 つまり、私のテイマースキルの上位互換だ。

(魔物は、魔族に操られたモンスター、それだけしか考えていなかった……)

 でも当たり前だ。それすらもスキルの一つだった。誰しもが使うことができる力ではない。となると、今まで私達が出会ったモンスターは、全てこの人が操っていた。土サソリも。――ヴェルベクトの、街でも。


 知らないうちに、強く拳を握りしめていた。壊れてしまった街を思い出した。きっとそれは私だけではない。ロータスの変わらない表情の向こう側にも、ふつふつとした感情が湧き上がっていく。

 マルクは、そんな私達を気にもとめることなく、静かに片手を開いた。


「この場所には、モンスターがそこら中にいるからね。いくらでも魔物に変えることができる。倒しても、倒してもきりがないよ」


 ――一体、どれほどの魔物が存在しているというのか。

 どこまでも、どこまでも、魔物が転げて、落ちていく。彼の周囲全てが無秩序に“醜悪”が埋まっていく。黒ずみ、波のようにざわめいて、ぎちぎちと顎を鳴らす。


「ロータス……」


 無理だ、と思った。

 いや、ロータスなら、全ての魔物を蹴散らすことができるかもしれない。けれども、私達には頂上にたどり着くという以外にも、条件がある。時間だ。ヴェダーが作り上げた風の壁が消え失せるまでに、世界樹を登りきらなければいけない。


 目に見える距離には近づいている。けれど、もうロータスの飛行スキルを使うことができない。自分の体一つで、登っていかなければいけないのだ。見ないふりをしていた。私達には、無理だった。この場にマルクがいようとも、いないとも、私達は――頂上まで、たどり着くことはない。


 体中の力が、すとんとどこかに消えてしまうかと思った。情けない。辛い。苦しい。いくつもの言葉を、頭の中で当てはめていく。違う。


 悔しい。


 ひどく、悔しい。息をゆっくりと吐き出した。「い、行くって言った……」 口から出たのは小さな言葉だ。頼まれたのだ。それを、私は頷いた。私が少しずつ心を準備していく間にも、すでにロータスとイッチ達は準備済みだ。何を言われようとも、進んでいく。頭の中で、いくつものスキルを組み合わせる。蹴散らしていく。


「そこを――どいてください!!」


 キッと睨みつける。決して相手からの返答を求めたわけではない。けれど、マルクは、「ああ、わかった」 あっさりと頷いた。


 まったくもって、理解ができない人だった。ぱちん、と彼がもう一度指を鳴らすと、それこそ周囲の枝にまでひしめいていた魔族達が、するすると少しずつ、波が引くように消えていく。「いやあの」 まさか本当にどいてくれるとは思わなかったというか。


 今からやるぞい的にポーズをつけていた私の拳の行き場所がどこにもない。


「……何が目的だ」


 すっかり気が抜けてしまった私と違って、ロータスは変わらず鋭い視線をマルクに送り続けていた。


「だから、言ったじゃないか。これはあくまで僕の意思なんだ。ヴェジャーシャ様の命令でもなんでもない。つまり、魔物を出すなと君達が言うのなら、それに従うのも僕の意思だ」


 マルクは肩をすくめて、首をふる。

 当たり前だろう、というような言葉だけれど、まったくもって理解ができない。そんな私達を見て、マルクは面白げに人差し指を立てた。


「エル、ロータス。なんていったって、君達は僕の妹の恩人だ。それなら、僕も君達に誠意を尽くす。ただそれだけの話なんだよ」

「……妹?」

「さっき言ったろ。僕達は、はじめましてではない。特にエル、僕が君に会うのは二度目になるかな」


 一度はわかる。結子と決闘に近い話し合いを行ったとき。土サソリからの襲撃が起こった夜のことだ。ヴェジャーシャとともに、彼は土サソリの残骸から魔物を操る何かを取り出していた。二度目、と言われたところでわからない。まさか、ヴェルベクトのことを言っているのだろうか。でも彼に会ったわけではないし、と記憶の海の中に潜れば潜るほど、浮上できなくなってくる。


「一応言っておくけど、そのとき僕は君とはっきりと顔を合わせたわけじゃない」


 じゃあやっぱり、ヴェルベクト? と首を傾げたとき、マルクはちょんと自分の背中を指差した。


「矢を渡した。君は僕の妹を守ろうとした。二年くらい前のことだ」


 最初にマルクの顔を見たとき、私は何を思っただろう。真っ赤な髪で、声は低いのに、顔つきだけはどこか幼い。そして、“どこか”で見たことがある。でも、彼に出会ったことはない。

 矢を渡した。妹。マルクという名前。赤い髪。



 ――モンスターに止めをさしたのは、どこからか飛んで来たかもわからない一本の矢だった。



「エルマの、お兄さん……?」


 レイシャンで出会った、可愛らしい女の子。

 エルマの兄は、魔族になった。彼女はこっそりと夜に兄を逃したから、たくさんの罪悪感がつもっていって、村の人達と、うまく接することができなくなって。

 ざあざあと、深い雨が降る国だった。


 マルク、いや、エルマの兄は、わずかに口の端を上げた。それが全部の反応だ。不思議な感覚だった。「そうさ。残念なことにも、僕も君達を巡る縁の一人だったというわけだ」 残念なことにも、とわざわざつける人だから、多分やっぱり、ちょっとひねくれている。


「君達には感謝している。ヴェジャーシャ様と同じくらい、僕は妹を大切にしているからね。僕は傷つけられたのなら、それ以上にやり返すけど、与えられた恩は同等に返す」


 マルクは、くるりとこちらに背中を向けた。そして、枝を歩き、幹にゆっくりと手をかける。「この中を通って登るといい。外側を行くよりも、ずっと早く頂上にたどり着くことができるよ」 そこは奇妙な術をかけられているようで、彼が押し込んだ手のひらは表面に止まることなく、断面をゆらつかせながら、静かに埋まっていく。


 長いような、短いような間があった。何を言えばいいのかわからなかった。また会いたいな、と呟いたエルマの声を、今も思い出すことができる。「……あの、ありが、とう……」 想像していたところと、見当違いのところからやってきた贈り物は、喜ぶよりも先に困惑の方が大きくなる。別に、とマルクはエルマとよく似た顔で皮肉げに片眉をぴくりと動かす。


「君がヴェジャーシャ様のところに向かった程度で何ができると思わないしね」


 中途半端に不完全燃焼するくらいなら、とりあえず燃え尽きてきたらどうかな、と続いた台詞にどう言葉を返したらいいのか。「っていうか、あの、もともと道を教えてくれるつもりなら、なんでさっきわざわざ魔物をけしかけて……」 普通に出てきて、こっちですよと教えてくれちゃダメだったのだろうか。あと前に夜に会ったときも、妙にツンツンしていたし。


「脅しをかけていただけだよ。見てのとおり、この世界樹にはモンスターがうじゃうじゃいる。さっきのは僕が呼び寄せたわけじゃないよ。この付近のモンスターなら近づかないようにしとくけど、僕のスキルが届かない範囲になったら油断しないで」

「ん、あ、はい……」


 口で言うよりもやって見せたというわけらしいけれど、やっぱりかなりひねくれている。


 どうぞ、とマルクに片手で促されて、それじゃあ、まあ、失礼します、と頭を下げた。私のすぐ近くをロータスが歩いて、しつれいしま~す……と、イッチ達もお行儀よくぺこぺこと頭を下げて、マルクの隣を通り過ぎる。「で、いいの?」 幹に手をつけようとしていたとき、マルクから問いかけられた。


「僕は、さっきも言った通り、ヴェルベクトの街を襲ったし、土サソリもけしかけたよ。ヴェジャーシャ様がおっしゃったからと言えばその通りだが、僕は是と判断して、実行した」


 それを信じてしまってもいいの? と、続けた。


 中々難しいことを言う。結論、二つとも死者が出ることはなかった。けれどそれは結果論だ。何が起こってもおかしくなかった。そして、おそらく原作では、私と、ロータスの大事な人達が、この世から消えていた。


「……そのことについては」


 私に言う権利はない、と思って、ロータスを見た。すると、彼は随分静かな顔つきをしていて、マルクを振り返った。「かもしれない、の話は俺は知らん。マルク、お前が判断しろ」 それだけ言って、さっさと幹の中に入ってしまった。ゲームのロータスと、今のロータスは全然違う、と思ったけれど、やっぱり両方同じロータスだったのかもしれない。彼だって、怒るときはあるし、口下手になるときもある。


「え、ええっと」


 ロータスの言葉を聞いて、きょとんと目をまんまるにしているマルクを見て、とりあえず解説すべきか、と困惑した。「多分ロータスは、マルクさんのことを信じてはいないけど、マルクさん自身が、私達が、あなたを信じてくれると思ってくれたのなら、信じるってことかなと」 語彙が死んでる。言いたいことの半分も伝わらない。


 かもしれないの話は知らない、という意味は、ゲーム本編で、ロータスが大怪我をして、ストラさんや、ヨザキさんが亡くなっている可能性がある、という意味だろう。私から聞かされても、現実になっていないから、どう責めればいいのかもわからなくて、の意味なのだろうけれど、そこまで言ってしまうとさらにわからなくなってくるので、やめておいた。


 私の言葉を聞いて、さらにマルクは眉の間の皺を深くした。まるでロータスみたいな表情である。「と、いうことで、それじゃあ!」 ごまかし半分、幹の中に飛び込んだ。そいじゃあ、そいじゃあ、とイッチ達も、ぴょんぴょんと入ってくる。くり抜かれた世界樹の中に入ってしまったものだから、もうマルクの顔はわからない。今頃、どんな表情をしているのだろう。変なやつらだ、と思われたかもしれない。


 中はほんのり薄暗くて、先に待っていたロータスは、少し考えて私に背中に乗るように伝えた。中は、ぐるりと螺旋に階段が上っている。でも万一足を踏み外してしまったら、一番下まで真っ逆さまだ。頷いて、彼の背中にのった。これなら、外を登っていくよりも、ずっと早くたどり着く。


 ことん、ことん、と足音がウロの中で不思議に反響していた。端には、一定間隔で小さな炎が燃えている。


 静かだった。だから、少しずつ考えることが大きくなって、大きなロータスの背中の中で額を置いた。


「やっぱり、ヴェジャーシャが、街を襲ったんだよね……」

「ああ、そうだな」


 わかってはいたことだけど、マルクが言っていたことだ。もしかしたら、とやっぱりそうだ、と思うのとでは心の持ちようが違う。とりとめもなく、会話を続けていく。「マルク、エルマのお兄さんだったんだね。名前もちょっと似てるもんね」 ああ、とロータスは返事をした。「ソキウスは大丈夫かな。クウガも、水膜球の作り変えは進んでるかな」 大丈夫だろうよ、とロータスは答えた。


 とにかく、私はロータスに話し続けた。そんなことより、口を閉じて、しっかりと体力を温存しておいた方がいいに決まっているのに、どうでもいいことばかり彼に話し続けた。ロータスは全部に相槌を打ってくれて、きちんと答えを返した。イッチ達は、ぽいん、ぽいん、と跳ねて階段を上がっていった。次第に、彼の肩を掴む手が震えてくる。マルクが言う通りに出てきたモンスターはロータスが倒した。頂上が近づく。がたがたと震えが止まらない。怖かった。


 世界樹の枝を切り落とす。そうすると、大地が一つ沈んでしまう。ヴェダーからもらった腕輪がある。それは、切り落とす場所はあそこだと告げていて、はっきりとした自信があった。でも、それとは裏腹に心の奥がひくついて、本当にそうなのかと自分に尋ねて、不安になる。


 たった一つの行動で、私だけじゃ抱えきれないくらいの変化がやって来てしまう。重くて、支えきれなくて、うっかりすると吐き出してしまいそうだった。話し続ける言葉は、臆病を飲み込むための蓋だった。でも、次第にその言葉もなくなっていく。


 怖い。


「ロータス……」


 なんとか、声は震えなかった。でも、もうちょっと吐き出したらどうなるだろう。ごまかそうとして、結局いつもと同じような茶化した言葉が出てしまう。


「ロータス、キスしてほしいな。そしたら私、もうちょっと頑張れるな」


 前にこれを言ったとき、私がもっと背が伸びたらと言っていた。それは見かけだけの意味じゃないことはわかっていたけれど、見かけだって、大して変わっていないかもしれない。先も、彼の背も高くて、背伸びをしても届かない。今だって、ロータスの背にすっぽりと埋まっている。「ん」 返事は随分適当なものだった。


 ずっとしてくれていた相槌よりも、ずっと適当だったから、ちょっとだけ唇を噛み締めた。よいしょと階段に降ろされた。休憩のためとわかっていたから、鞄の中から水筒を取り出して、ロータスに渡す。そしたら、水筒じゃなくて、私の腕を取られた。ひっぱられて、近づいたときに顎の角度を片手で調節されて、キスされた。そのまま離れて、私が落とした水筒を受け止めていてくれたらしいイッチ達から、再度水筒を取って、私に返す。「飲んどけ。おぶられてるだけってのも疲れるだろ」 いやそうじゃない。


「お、おぶお、おおおおおおお」

「ん? ん!?」


 水分補給どころか、目から滂沱の涙が出てくる。さすがのロータスも焦っているらしく、あわあわと珍しい姿を晒している。自分だって、なんで泣いているのかわからない。嬉しいはずなのに、悲しくてたまらない。だってこんなの、「ひ、ひ、ひどいいいいいいい」「あ? ん? お?」 言いながら、心の中を整理していく。


「た、たし、かに、キスしてとは、い、いった、けど、もっと、なにかっ! 今じゃなくて、タイミングとかっ!」


 まさかすると思わなかった、とはロータスからしてみればひどい話なのかもしれない。でも私の心の中の乙女が泣いていた。だって初めてだった。もっとロマンチックといえなくとも、いい感じにしたかった。ほいほいしたかったわけじゃないし、心の準備だってほしかった。


 と、まあ、なんとも情けなくも、どうしればいいんだというような理不尽な泣き言を告げても、ロータスは文句の一つもなくて、「俺がわるかった」と繰り返して私の背中を叩いた。鼻をすする。でも時間もない今、いつまでもこうしているわけにはいかないから、もう一度ロータスにおぶさった。


「ろ、ロータス、さっきの話だよ」

「おう」

「忘れちゃだめだけど、忘れてね」

「わかった」

「次するときは、まず心の準備が必要で、衆人環視は絶対だめ!」

「お、おぉ……」


 衆人環視、というあたりで、ぽよぽよ移動しつつ、若干気配を消し気味だったスライム達が、はわわとしていた。我らは何も見ておらんです、と伝えてくる。なんだかすまない。


 次するときは。

 自分で言っておきながら、さっきのは本当に特別だったとわかっている。今の私は全然大きくないし、ロータスにだっておぶれるほどだ。だから、忘れてとは言ったけれど、自分の記憶の中では大切にすることにした。


「ロータスの、嫁になる……」


 ふと、呟いた。

 伝えたことはあるけれど、それでも声に出そうとすると、ひどく喉にひっかかって言えなかった。でもそれを、無理やりに出した。好きだという気持ちを伝えたかった。


「ああ、そうだな」


 ロータスは、返事をした。私をおぶさったまま、そう言った。いつの間にか、階段は、そこで止まっている。私はぐずついていた顔を勢いよく袖で拭って、まっすぐに前を見た。ロータスが一歩進む。すると、ぬるりと壁を通り抜けて、外に出た。日当たりがよく、天気がいい場所だった。出てきたのは葉っぱの上ではなくて、立派な切り株の上だ。広くて、広くて、一体どんな木なんだろう、と驚くような広さだ。


 世界樹のてっぺんは、ただの切り株の上だった。そこからいくつもの枝が伸びていて、その一つひとつが大地につながっている。


 男の人が、一人きりで立っていた。銀色の長い髪がなびいている。どこかをぼんやりと見つめていた。瞳には、生きる気力もなにもない。

 魔族の王、ヴェジャーシャ。

 それが、彼の名前だ。

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