91 人々、走る
「いや、ちょっくらってレベルではないです!!!!!!!」
あまりにも初めてのお使いくらいのノリで言われたので、二度叫んでしまった。むしろ気の所為かと思った。だいたい意味も目的もわからないし、そもそも、「なんで私!?」 もう敬語など投げ捨てた。こんなやつ、ただのクマッチョである。嘘である。カーセイの最高権力者のはずである。
「考えてみてくれ、なんで大地が壊れていくんだ」
「それは……カーセイの国が最初にできた葉っぱで、根に大地を支える力が、ないから……」
「そうだな」
それ以外、何があるというんだろう、と意味もわからずとりあえずクウガの前に私はゆっくりと座り込んだ。正座である。とりあえず腰を据えて聞かねばならぬ話と判断した。ロータスもちょっと間を置いて私の隣にあぐらをかいた。正座はちょっとできないらしい。
「じゃあ、一度ではなく、端から、少しずつ崩れていっている理由はなんだ」
「なんだって……支えることができなくなったところから、そりゃ、崩れていっているんじゃ」
「根には支える限度があるってことだ。国は、世界樹に生えている葉みたいなもんだが、重たい葉から落ちていく。どの葉が落ちるかわからねえ。それが一番怖いんだ。――なら、先にこちらが落とす葉を選ぶ」
言いたいことは、なんとなくわかる。クウガの話は葉っぱというよりも、剪定に近いものかもしれない。支える量が決まっているのなら、こちらから先に軽くする。そうすれば、落とす大地を選定することができる。
「いや、あの、でも」
「場所については、あとで地図を渡す。ついでに各地を視察してきた。人間がいねえ、動物もいねえ、万一について避難させる人材も確保済みだ。よく働くぞ」
にかっと笑っているけれど、そういう問題じゃない。
「……世界樹の切り方なんて、エルも、俺も知らねえよ」
それである。だいたい、私に頼む理由とやらをまだ聞いていない。「そうか?」 とクウガは首を傾げた。それから、未だに私の手の中にある腕輪を差した。「ヴェダーから貰ったんだろう。それが、全部の理由だよ」 やっぱりわからない。
クウガが大きな手を開いて、こちらに渡せとばかりに、ちょいちょいと手を振っている。もともとの目的だ。わけがわからないままだけど、そのまま渡した。すると不思議なことに腕輪にあった文様が消えて、ただの木の輪っかに変わってしまった。
「えっ……」
「この魔道具はな、使うことができるやつだけ、姿を変えるんだよ。気づかなかったか?」
「だ、だって……」
ヴェダーからは、私の手を包み込むように渡されたから、わからなかった。
「俺も、こいつはヴェダーしか扱えねえもんだと思っていた。この腕輪は、世界樹を管理する魔道具だ。普段はここで、剪定をしているくらいだが」
『剪定中ですよ。育つ見込みのない枝は切り捨てています』
――見たことが、ある。思い出した。
たしかに以前、ヴェダーはこの場所で、今は私達の頭上にあるこの世界樹の手入れをしていた。そのとき、彼が錫杖を動かす度に、片方の腕輪のデザインがその都度、変化していた。不思議な腕輪だな、と思ったのだ。
「……なんで、私が」
ヴェダーは、魔道具を扱う天才だ。でも、私は魔道具を触ったことなんて、この国に来て数えるほどだ。土サソリのときはソキウスの補佐があって、やっとメガホンを使えたくらいである。呆然とした。そのときだ。
「なあ、エル。お前、未来を知るスキルなんかじゃないんだろう」
あんまりにもあっけらかんと言われたものだから、随分反応が遅れた。「そんで、ロータス。お前が気配遮断のスキルを持ってるつうのも、嘘だな」 ぎょっとしたようにクウガを見たあと、慌ててロータスに視線を移動させる。ロータス本人は涼しい顔をしていたというのに、私がこれだ。まるで答えを教えているようなものだと気づいたときはすでに遅い。
「……やっぱりな。目がいいと言っただろう。他人が固有スキルを持っていても、わかるんだよ。ロータス、お前は、お前個人としての特別なスキルは何も持っていない。と、なるとスライム達の気配を遮断していたのは、エル、お前の力だ。でも気配遮断というには、どうにも妙だ。自分の姿を変えることもできる、というよりは、もっと広い使い勝手ができるものだろう」
幻術スキルを持っている、というところまでは、もちろん把握はしていないようだけれど、それに近いところまでたどり着いているような気がする。「しかし今度は、なぜ未来を知っているのか、というところがよくわからんくなってくるが……」 ぎくっとした。「それについては、まあいい」 とりあえず、ほっと息をした。
「ヴェダーは俺よりも頭が回る。お前らを見ているうちに、奇妙なものを感じたんだろう。そして、腕輪を渡した。あいつのことだ。実際、ヘイルランドのやつらのところには自信満々に行ったんだろうよ。でもさすがに世界樹の枝を管理する魔道具を、万に一つでもあいつらに渡すわけにはいかんからな」
腕輪を主塔に渡してほしい、と言っていた彼の言葉が、全ての答えだ。私がこの腕輪を使うことができたとして、それに何かを願うつもりはなかったのかもしれない。ただ、とても大切な魔道具だから、使うことができる者に、それを託した。
「俺にとっちゃ、あいつの念には念の入れようがありがたい話ではある。さすが俺の右腕だ。左腕かもしれん。いや両足にしといた方がいいだろうか」
いやそれはどっちでもいいしなんでもいい。クウガから腕輪を返されると、また不思議な文様が腕輪の中にゆっくりと浮かんでくる。
「……水膜球は、確実に作り変えてみせる。そうすりゃ、あいつらはカーセイには手が出せねえ。話はそこで終わりだ。でもな、俺もヴェダーを見習って、万一に備えたい。ヘイルランドのやつらには、ヴェダーの風の壁を破壊する、何らかの術か、スキルがあるんだろうよ。そいつが、俺の予想以上の能力だったら、戦うしかねえ。でもな、大地が崩れて敵と心中なんて、洒落にならねえだろ」
つまり、私はただの念の為だ。水膜球の作り変えと、世界樹の剪定を同時に行って、万が一、戦いとなるときのために備える。
「……ヴェダーから、お願いや、してほしいことは何もないって」
私とロータスはこの国の住人ではないから。そう言っていた。そうだな、とクウガも頷く。
「無理にとは言わん。できるかもわからん。大地が落ちる前に、こちらが先に落とす。そんなこと、誰もしたことがねえ。安全の保証はどこにもない」
そもそも、世界樹という言葉は、この世界の人間にとって、すくみあがるものだ。それを、切る。私が。腕を、ひっぱられた。ロータスだ。
黒紫の瞳が、じっと私を見つめていた。その瞳を見ていると、ふと、思い出した。「ねえロータス」 返事の代わりに、ぴくりとわずかに眉が動く。
「前に、聞いたよね。私、最初にどう思ったんだろうって」
一人でいたとき、この世界がゲームだと気づいて、エルドラドなのだと知って。たった三年。もう三年。どう言えばいいのかもわからないけれど、怖かったり、寂しかったり、驚いたり、色んな気持ちがあったように思う。多分、元気なふりをした。怖くても、生きなければいけないから、大人だった昔の自分を思い出して、必死に二本の足で立ち上がった。
「聖女なんて知らない。ただ、平穏に生きていく。大人になる。そう思ったんだよ」
ゲームのことなんてどうでもいいし、生きていくことができればどうでもいい。だからエルドラドの名前は捨てて、ただの“エル”になろうとした。目論見は成功した。ロータスのおかげで、好きだと思える人たちに出会って、自分が魔族だということを隠すことができて、ご飯も美味しく食べることができて、このまま大きくなっていきたい、そう思った。本当は私が子供であることなんて、自分が一番知っているのだから。
子供だから、馬鹿みたいに突撃して、失敗して、後悔ばかりを繰り返した。もっとうまくできたんじゃないだろうか。そうすれば、クラウディの街が壊されることもなかった。大人になりたいという気持ちは、大人にならなきゃいけないに、いつの間にかすり替わっていた。ロータスの隣に立ちたかった。大人の姿になったエルドラドは、きっと私が一番望むものだったんだろう。でも、それでも。
――エルに、また会いたいな。
それは、ヴェダーが見せてくれた記憶だ。
彼がずっと覗いていたという世界樹の記憶を、私に見せてくれたときに、聞こえてきた言葉。私が無責任に消えてしまった街で、彼らが、どう感じていたのか。
「……自分が、進むことばっかりで、何をしてもポンコツで、馬鹿みたいだなあって」
思うときは、いくらでもある。いい加減にしろとロータスに怒られたこともある。「でも、そのことに」 意味があった、とまでは、さすがに恥ずかしくて言うことはできなかった。それでも、こぼれた星のような、きらきらした気持ちに触れた。――きっと、嬉しかった。
何も考えず、無鉄砲な自分が嫌いだ。でも、私の無鉄砲さに、誰かがちょっとでも救われてくれるのだろうか。
「ごめんなさい、行きます」
前半は、ロータスと、イッチ達に。きっと、心配してくれているだろうから。後半は、クウガに、覚悟を決めた。
ロータスに腕をひっぱられていた力がなくなったから、立ち上がった。すると、ロータスも同じようにしている。なんだろう、と訝しんでいると、「俺も行くに決まってるだろう」と当たり前のことのように言われてしまって、なんだか照れた。もちろんイッチ達もぼよぼよしている。
「……感謝する」
「いや、あの、でもやっぱりこの使い方がやっぱりさっぱりと言うか。ええ? ほんとに私これ使えるの? 気の所為じゃない?」
問いかけられたところで、腕輪も困るだろう。しゅるっと一瞬文様が変わったような気さえする。大変申し訳ない。余裕たっぷり、なように見たクウガも私が腕輪を持って掲げて下げて、踊って回ってを繰り返しているうちに、さすがに心配なものを見るような目でこっちを見ている。自信たっぷりな人からの、やっぱり大丈夫なのかこいつという目は中々に辛い。
「……スキル、何か使えるものは持ってねえのか」
そんな中で頼りになるのはやっぱりロータスであった。「ええっと、スキル? スキル? 素潜りとか、壁のぼりとか、愛想笑いとか」「……なんか増えてねぇ?」 地味に、地味すぎるスキルが増殖中なのである。
頭の中で一つひとつ思い描いていく。その中で、あっ、と思いつくものがあった。違っていたらどうしよう、と怖くなるけれど、そんなことを言っていてもしょうがない。「あ、使うにはな、手にはめるんだ」 追加のクウガの説明に頷き、ヴェダーを倣って右手にはめた。ぶかぶかだったはずのサイズが、にゅうっと動いて私の腕にぴったりはまる。「ひえっ」 びびった。でもびびっている暇はない。右手を掲げた。
「スキル、まねっこ!!」
レイシャンにて、エルマという赤髪の可愛らしい友人ができたときに修得したスキルだ。他人を真似ることができるスキル。何度か、ロータスの真似をさせてもらったことがあるけれど、他の人は初めてだ。
記憶の中で、ヴェダーの姿を思い出した。彼のスキルは、誰よりも上手に魔道具を使えること。彼自身ではなく、彼のスキルを真似するようにと頭の中で思い描く。
右手の文様が、しゅるしゅると文字が抜けていくように動いている。わずかに光った。頭の中で、魔道具の使い方が流れ込んでくる。
「……使える」
だろ、とばかりにクウガはにかりと笑っている。「準備はさくっと済ませるか。地図に念の為の食料に、武器もついでに――」「ちょ、ちょっと待った!」 クウガがぱちん、と指を打つと、空中からぼたぼた荷物が落ちてくる。異次元ポケット的な魔道具なのだろうか。便利にもほどがある。
「もしかして、今すぐ!?」
「もちろん」
「の、前に、こ、こっち側にも準備させてほしく……!」
「……ああ、普段から使ってるもんの方が、使い勝手もいいか」
そりゃそうだ、すまんすまん、とクウガは大きな体をかがませた。それもあるけど、ここまできたら私だって万全を尽くしたい。街に何かがあるなんて、すごく嫌だ。
超特急で“準備”した。心配ごとなんて残したくはない。
「じゃあ、行くか!」
クウガの言葉に、私とロータスは頷いた。まかせろよい、とイッチ達は私とロータスの鞄の中に分担して入り込んでいる。
「本来なら、儀式をしてねえと、神様の不興を買うから、しちゃいけねえもんなんだけどな。しかしながら、世界樹の枝切りなんて、そもそも不興まっしぐらな話、今更っつうことだ」
ヴェダーが行っていた世界樹に必要な剪定ならともかく、今からするのは自分達が生きるための行為だ。
「――承認! 主塔の名のもとに祝福を与える!」
クウガが大きな両手をばちんと合わせた。びっくりして、いつもはおっとりしているニィが、私の鞄の中でふぎゃっと飛び跳ねている。私も驚いたけど、大丈夫と鞄の蓋を押さえた。
何か、周囲の空気が変わっていた。
まるで、誰かがこちらを見下ろしているような、もう一つ、大きな存在が近くにいて私達を覆い尽くしているような。
「彼らを、世界樹のもとに!」
私とロータス、二人の足元にぐるりと光が弧を描く。あっ、と息を飲み込んだ。わずかに視界がぼやけていく。とろけて、ふやけて、入り交じる。一瞬、なんだか怖くなった。けれどもすぐに後ろからロータスに抱きかかえられたから、ほっとした。もうすでに、クウガの姿は遠くなる。
――頼んだ
気の所為だろうか。彼の口が、そう言っているような気がした。多分、本当に、なんとなくだけど。
***
星の光がきらめいて、空を上り消えていく。
(解体……再構成、さらに分解、再構成。これ以上は、限界か)
エル達に告げている間も、クウガの脳裏では常に演算が行われていた。水膜球の寿命はこの都の寿命でもある。できれば避けたくはあったが、背に腹は代えられない。現状を考えると、一分一秒とて無駄にはできない。足早に作業場に向かう。いや、作業場という名の、この塔の中心部だ。水膜球の、命といえる場所ともいえる。
(これ以上は、本物をいじらにゃ話にならんな)
計算は終了した。今後、どうすればいいのか。混乱する学生や兵達に指示を飛ばす。けれども、自身は直接指示を飛ばすことができない。閉ざされた部屋の中は全ての干渉が許されないのだ。そのように彼が作った。
こういったとき頼りになるヴェダーがいないことが、正直きつい。頼りにしすぎていた、ということだろうか。途中、ヴェダーの部屋に残されていた通信機をひったくった。唯一、この魔道具なら対になっているものだから、部屋の中からでも声だけなら飛ばすことができる。対になるもう一つは、彼が旅の中で手放した。クウガに通信が途絶えた理由はここにある。もちろんヴェダーにも伝えていたことだが。
「――俺だ。聞こえているか?」
耳につけると、ばたばたと向こうからひっくり返る音がする。常につけておくようにと伝えておいたはずなのだが、反応しただけ上々か。
「いきなりだが、始めるぞ! そっちも超特急で急いでくれや、蛇の尻尾に乗り遅れるなよ!」
***
なんでこんなことに……とソキウスは、一瞬意識が遠くなった。真っ青な瞳をくるっと裏返して、そのまま倒れてしまえばどんなに楽か。
エル曰く、自分は"準備"の一つらしい。めちゃくちゃ急いでいる謎の様子のエルに、『見つけたァーー!! ほんとに見つけたァーーー!!』という悲鳴と一緒にひっぱられて、なぜかソキウスにとってはビッグすぎる存在、主塔と相対して愕然とした。
『ヒイッ! 近くで見ると想像以上にクマッチョ!!』
『それはもうした!』
クマッチョとは熊でマッチョの略である。なにそれしたってどういうこと、と困惑の中、全ての話を聞かされた。風の壁が消えてしまうこと。万一、ヘイルランドとカーセイの兵が戦ってしまうと大地が砕けてしまうこと。今からエルは、世界樹の枝を切り落としに行くこと。
いや知りたくなかった。一般ピーポーでいたかった。
『いや、それ、なんで俺に……』
『クウガさんは、今から水膜球の作り変えで部屋の外に出られなくなるの! もちろん、みんなには戦わないでとは伝えてくれるし、魔道の塔は立派な人達がたくさんいると思う。でも、その人達を私は知らない』
だから、ソキウス、助けて!
不安は残したくない、とエルは言った。万一に備えて、念には念を詰め込んでいるだけなのだと。とにかく、万全を尽くしたい。
『私が! この街で、一番に知っていて、信頼しているのは、ソキウスだから……!』
わかった、と返事をしたあとに、自分自身に驚いた。でもすぐに何をしたらいいかと尋ねていた。まずは人を探すこと。ソキウスは近くにいたから、イッチ達の捜索スキルですぐにわかった。でもその人の場所はわからない。名前を聞いて、特徴も把握して、カーセイの都中を駆けずり回るつもりだった。でも案外すぐに見つかった。
麦わら帽子を被ったおじさん――名前はセイロウ。
「エルの嬢ちゃんの頼みってんなら、いくらでも脱ぎまくって、素っ裸にもなってやらあなぁ!」
がははは! と笑い合う声の中にソキウスはいない。けれどもその中心で口元をへの字にして若干体が斜めになってきている。帰りたい。セイロウというこの人はただのおじさんなのに、その他の人たちの筋肉の圧迫がすごく怖い。
(俺、一体なんでこんなことに……?)
たしかに何かできないだろうかとは思ったけど。でもなんか、想像と方向性が違う。
わけがわからんと黒いローブを両手で握りしめた。口元に気合を入れてひっぱらないと、なんだか今すぐ泣いてしまいそう。
「兄ちゃん! カーセイの都の、いやぁ、ソレイユの大ピンチだ! 俺達ソレイユ商業ギルド、いっくらでも力を貸したるぜぇ!」
「ふっぐぅ!」
ばしんと背中を叩かれた瞬間に、前のめりに倒れた。
ついでにちょっと、涙もこぼれた。
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