89 ヴェダーという男

 

 今でも、はっきりと思い出すことができる。


 ヴェダーはふと、記憶を遡らせた。

 始めは、ただの興味本位だった。世界樹の根は、いつも彼に多くの情報を与える。それは砂浜にある砂粒のように膨大で全てを把握することは難しい。だから、あくまでも目にするように務めるのは、各国の大きな変化だ。


 魔道具という恵まれた道具を持っているがゆえに、ひどく崩れやすいバランスの上にソレイユは成り立っている。どれだけ有益な情報を得ることができるのか。その一点のみに重視して、世界樹の気配を探った。


 クラウディ国に魔族が出たのだと聞こえた噂話は、それこそただの砂粒だった。クラウディ国は、全ての葉の中でも一番に魔族の迫害が激しい。だというのに、その首都でとなると珍しいこともあるものだと、始めはなんの気なしに、糸をたぐった。この糸は、彼の中のイメージだ。大地の下を細い糸のようなものがはしっている。その一つひとつを探り、手を伸ばす。


 クラウディ国の首都、ヴェルベクトを破壊した魔族は、成人の女のようだった。整った外見ではあるものの、ヴェダーからしてみれば奇天烈な服を着ていて、目的もわからない。よく似た少女がいたという噂は、ゆっくりと街の中を流れていく。少女の名前はエル。その魔族が、一体何を目的としていたのか。ただの好奇心だ。彼女の気配とともに、スライム達と、男の姿が見えた。


 彼らは少しずつ旅をした。男の名はロータスと言うらしい。エルが彼を慕っていることは、遠いソレイユの地にいるヴェダーでも、すぐにわかった。微笑ましくもあった。ヴェダーには、すべきことがたんまりある。だから、毎度彼らの様子を窺うわけにはいかなかったし、まさかこうして見知らぬ誰かが、彼らの姿を見ているとは思いもしないだろう、と気が引けたから、あまり姿を追わないようにと心がけた。でも、ふとしたときに、彼らの気配のみを探るようになってしまった。


 楽しげだった。悪意の一つもない、という言葉が言い過ぎだろうが、彼らはただの人だった。自身の感情に正直に生きて、少しばかりお人好しで、損をして、それでもまた繰り返す。魔族であるが、同時に、ただの人なのだと感じた。


 ひどく恥ずかしい話ではあるが、まるで彼らと遠い場所から旅をしてきたような、そんな気持ちになることがあった。三年間の、決して短くはない旅を、エルとロータス、そしてイッチ達と共に歩んできたような、そんな感覚に陥ってしまった。出会ったこともない彼らに好意を抱いて、いつの日か会ってみたいものだと思っていた。彼らの気配をソレイユに感じ、そして実際に出会い、エルは気づきもしなかっただろうが、本当に嬉しかった。彼らは、ヴェダーの想像通りだった。

 だから、託した。


 しゃんっ……と、静かに錫杖を鳴らす。


「考え事など、随分、余裕にあふれていらっしゃる様子だ」


 皮肉げな青年の声だ。どうでしょうか、とヴェダーは言葉のみを返した。今、この場は敵陣の中だ。さすがに周囲全てを兵士に囲まれるということはないものの、距離を保ちこちらを窺っている。眼前には敵陣の将である片目を隠した青年がいた。彼がスノウであることはすでに名乗り聞いているため把握している。


「私はヴェダー・クラート。魔道の塔の副塔です」

「貴公の噂はかねがね。魔道具を扱うことに関しては右に出るものはいないと聞く」

「恐縮です」

「随分大物が来てくれたものだ。ならば、覚悟の上とのことでよろしいか」

「どうでしょうか。そもそもソレイユは、聖女の独占など、行ってはおりません」

「口だけなら、どうとでも」


 ――茶番だ。


 このあとの展開は、ヴェダーが想像した通りのものだった。スノウはソレイユの危険性を一方的に説き、戦力を削ぎ落とせと命じた。もしくは、魔道具を渡せと。しかし魔道具はソレイユのみしか使用ができないし、これ以上の戦力を投げ捨てることもできない。それこそ彼らの思うつぼだ。縦に頷くことができない条件を並べ立て、「ならば」とスノウは締めくくる。


「そちらが頑としても曲げぬと言うのなら、こちらにも考えがある」


 彼の背後には、大勢の兵士がヴェダーを見据えていた。降伏しろ、と。このまま争い、無駄な血を流すよりは賢い選択だと言える。


 スノウは、ヴェダーの選択を確信していた。魔道の塔の副塔である彼がただ一人、この場に来た理由など、いくらでも察することができる。

 ヴェダーとスノウは話し合い、曲げねばならぬ現状を理解した、というふりをする。無抵抗で敵に腹を見せたとなると、今後の彼らの立場がない。理解し、譲歩し、その代わりと条件を持ちかける。だからこそ、判断ができやしない一介の兵士でもなく、万一がないように主塔でもなく、判断と責任を兼ね揃えた立場であるヴェダーがこの場に来たのだろう。


(……だからこそ、不意打ちにも近い卑怯な真似を行ったんだ)


 本来ならスノウとて決して望む形ではない。けれども、彼らの国も、すでにあとがない。悪魔の手すらも借りて、この国を奪わねば、多くの民が死んでいく。


「さて、国を明け渡す覚悟はできたな?」


 頷け、と片目を隠した髪の向こうでヴェダーを睨む。間違いない、頷く。しかし、返ってきたものはただの長い溜め息だ。


「断るに決まっている」


 何を言われたのか、理解もできなかった。ヴェダーは再度溜め息をつき、まるでスノウを見下ろすように、呆れたような声を出す。


「大勢の兵を引き連れて、武力にものをいわせ、国を渡せと馬鹿を言う。そんな痴れ者に、一体何を渡せというのか」


 腹立たしい言葉は、一瞬にして飲み込まれた。カッとなったスノウの思考を吹き飛ばすかのごとく、涼やかな音が聞こえた。シャンッ……。ヴェダーが錫杖を叩きつける音だ。まるでいくつもの細やかなガラスが擦れ合うような、そんな音だ。華美な装飾の杖には見えないが、ひどく美しい音だった。すぐさま、スノウは首を振った。気をそらされた、と気づいたのだ。苛立ちが言葉に上っていく。


「……状況を、理解しているのか」

「あなたよりはね。私は無駄が嫌いです。これ以上の言葉は無意味だ」


 まったくもって、スノウには彼が理解できない。愚かにもほどがあると。


 さて、なぜこの場にヴェダーが、ただ一人敵陣に足を踏み入れたのか。自殺行為であると大半の人間は言うのだろう。

 しかし、それがもし、彼をよく知る人間であるのなら。主塔で、あるのなら。



 おそらくただ、笑うだけだ。



 ――強く、錫杖を叩きつけた。

 先程よりも、より、強く。ヴェダーを起点に、風が生まれ落ちる。「何を……!?」 荒れ狂う風の中で、スノウは自身の足元すらも見失う。何が起こった、と息すらもあぐねいて吐き出すことも、吸い込むことすらもできない。しかし両の足で立っているだけでも、見事なものだ、とヴェダーは思考の端で呟くが、それだけだ。


 スノウは、ヴェダーという人間について少しばかり勘違いをしている。

 塔を中心として成り立っているソレイユは、王という位置づけこそはないが、あえていうのであれば主塔がそれに当たる。副塔であるヴェダーは、いわば二番手ということだ。


 しかし遠い海を渡ったヘイルランドでさえも、彼の噂は流れ込んでくる。ソレイユは他の葉よりも随分優遇されている。魔道具という、便利なものがあるからだ。ヴェダーという彼の国で二番手の男は、魔道具を扱うことにとても長けているらしい、といった具合に。


 それはもちろん、誤りである。

 なぜならその程度の言葉で、彼を表せるわけなどないのだから。


 天才という言葉すらも、ヴェダーには生ぬるい。もって生まれた能力に合わせ、魔道具を扱うべく得た知識、修得した固有スキルと、どれを持っても、彼に追いつくものなどいやしない。それをヴェダーは、自身でも理解している。


「妙なことをするんじゃない……!」

「妙なこと、ですか」


 エルでさえも知らぬほどに、彼の体全ては、魔道具に覆われている。そして、その全てを使いこなしている。


 随分たくさんの兵士を引き連れてきたものだ、と口の端で、くすりと笑った。何事かと動き出そうとしていた彼らを、風の紐でくくりつける。悲鳴がいくつも連鎖する。「な、……!?」 スノウが振り返ったその先に、彼はもう進むことなどできやしない。


 ガラスだ。

 透明なきらびやかな何かがスノウと、兵の間を隔てている。「なんだ、これは……!!?」 驚き、手をついた。しかしその手のひらが、弾け飛ぶように飛ばされた。ガラスが叩き割れる音とともに、吹き荒れるような風が、まっすぐに空まで伸びていた。誰も、近づくことができない。


 爆風は吹き上がり、地面をえぐり飛ばす。もしかすると、とスノウはぞっとして唇を噛み締めた。そして彼の想像通りの台詞を、ヴェダーはさらりと告げる。


「カーセイの都の周囲、全てを覆わせていただきました。もって数日ではありますが、あなたの方の兵は近づくことなどできませんよ」


 スノウはただ、恐ろしいものを見るかのように、ヴェダーを振り返る。


「どうです? カーセイは諦め、他の街に攻め込みますか。ですが残念なことに、あなた方のような大勢が、指揮官なしで二日、三日でたどり着ける場所に街などありませんね」


 もちろん時間をかければいくらでも攻め込むことはできる。これほどの魔道具の力だ。ヴェダーが言う通り、幾日か経てば、自然に治まるはず。しかし。「本当に、大勢の兵士を引き連れてきたものですね」 ヴェダーは続けた。


「さて、このような多くの兵士をソレイユに連れてきてしまったあなた方の自国は、今頃どうなっていらっしゃるのか。ひどく手薄な守りになっているのでしょうね。それこそ、他の国から攻め入られれば、あっさりと負けてしまう程度に」


 スノウはヴェダーが示す内容を、しっかりと理解した。それは自身でもこの国に向かう際に危惧していたものだからだ。


「レイシャン、クラウディ――彼らに、現状を伝えています。今すぐの助力は難しいでしょう。しかし、この数日は彼らにとって大きなものとなるでしょう」


 ヘイルランドが、ソレイユを攻め入る間に、彼らの自国を叩く。スノウの作戦は、スピード勝負だ。すぐさまソレイユを攻略しなければ、その次はない。


「残念ながら、勝ち筋は見えている戦いなのですよ。私はあなた方に直接勝利する必要はない。ただ、時間を稼げばいいのです。その程度、私一人でもどうにでもなる」


 ――ソレイユというこの地において、ヴェダーは最強の名を冠する。国を一歩飛び出してしまえば、魔道具を使用することもできないただの男となり果てるが、今この瞬間、彼は何者にも負けることはない。

 スノウの全ての敗因は、ヴェダーという男を侮りすぎていたということだ。


(……しかし、この力もエルがいなければ、使用することもできなかったかもしれませんが)


 土サソリがカーセイの都を襲ったとき、ヴェダーはこの錫杖の力を使用することを覚悟した。魔道具は使うことができる力に制限がある。一定を越えてしまうとひとりでに瓦解する。だからこそ、来たるべきときのため、使用することはためらわれた。が、人死にはかえられない。


 まさか泥団子をぶつけるなんて、と思い出して、わずかに口の端が緩んでしまった。けれどもすぐさま眼前を睨んだから、ヴェダーの心情などスノウにはわからない。静かに、錫杖を下ろした。スノウはすでに抵抗する気力も残っていはない。手も足も、奪われたようなものだ。


「どうです、諦めてくださいますか?」

「…………」


 風の風が消えぬ限り、スノウも外に出ることは敵わないが、そこは諦めていただきたい。返事すらもなく崩れ落ちた青年を静かにヴェダーは見下ろした。


「やあ! 見事なものですなあ!」


 パチパチと軽快に叩かれる手のひらの音を聞いて、ヴェダーは周囲を見回した。一体どこにいたというのか。男はあまりにも場違いな服装だった。黒眼鏡にカラフルなシャツを来て、半ズボン。ぐしゃぐしゃの髪はぴんぴんと飛び跳ねて、背中の半分程度ある。一拍もなく、ヴェダーは錫杖を男に向けた。


「ちょ、ままま、お待ちくだせえよぉ! なんにもなんにも! なんにもしねえですったら! ほらスノウ様、へたりこんでないで、さっさと負けを認めましょうって!」

「あ、ああ……」

「握手。握手しなせえよ。人間、諦めが肝心でしょうや」


 と、無理やりスノウの腕を引き、ヴェダーの前に手を出させる。「はい、はい、握手」 妙な距離感の男だった。すでに抵抗する気もないのか、苦いものを噛み締めたかのような顔をしてスノウは黒眼鏡を睨むだけで、されるがままだ。「はい、そいじゃあ、あたしとも」 黒い眼鏡で、まったくもって目元は見えない、が、にかりとした口元は人好きをするものだ。「え、ええ……」 引かれるまま、彼の手を握りしめた。


「え、あ、……」


 そして、すとりとヴェダーは意識を落とした。

 地面に錫杖を握りしめたまま倒れ込んだヴェダーの姿を、シャングラは腹を抱えて笑った。


「いやだなあ、ほんとにもう、いやだねえ。あんた、根本的にお人好しがすぎるんだよ」


 ヴェダーはもう、ぴくりともう動かない。

 彼が恐ろしいほどの力を持つことはわかった。しかしどれほどの天才だろうと、根っこが弱ければ何の意味もないことだ。黒い眼鏡を持ち上げて、投げ捨てた。太陽の下で、シャングラの赤い瞳がさらけ出される。


「……シャングラ……」

「スノウ様ったら恨みがましげな声ですねえ。そんなに握手がお嫌でしたかい? でも、あたしを連れてきてよかったでしょ? あたしの魔族としての固有スキルは他人の能力全てを打ち消すこと。強すぎるやつはね、反動が強いんでさあ。そんでこの通り」


 まあ、相手に触らなきゃ発動できねえんですけど、と片手をひらつかせている。


「このヴェダーという兄ちゃんは、根本、いいやつすぎるんでしょうや。詰めが甘いが、能力でいくらでもひっくり返せるんでしょうがね。でもほら、あたしには最高の相性だ」

「……御託は不要だ。この風の壁も消すことができるのか」

「できやすよ。でもすぐってのはちょいと難しいねぇ。早くて一日ってとこで」

「十分だ」


 足止めを食らったことは手痛いが、逆に言えば一番の驚異を消したともいえる。魔族使いが荒いね、とシャングラは肩をすくめつつも、作業に取り掛かる。その前に、と足元に転がるヴェダーに視線を落とした。


「で、この兄さん、どうしやしょ」

「……殺せ。こいつは確実に僕達の敵になる」

「はいよ」


 シャングラは取り出したナイフを、迷うことなくヴェダーに突きつけた。が、すぐさまナイフは弾き飛ばされる。まるで水の膜のようなものが、ヴェダーの周囲を守っている。「……こりゃ、噂の水膜球ってやつに近いもんかもしれねえな」 スノウは片眉を吊り上げた。


「破壊すればいいだろう」

「無理ですねぇ。世界樹の力を感じる。世界樹を媒体にして結界を作ってやがる。規模が小せえぶん、死ぬほどかてぇ。こうなりゃ手も足も出ねえですな。ヴェダー本人の分ならついさっき無効化したばかりだから、それ以外だ」


 即座にナイフを片付ける。諦めが早い、と舌を打てばいいのか、自身の力量を把握していると捉えればいいのか。


「一体、どこのどいつだ。面倒なことを」

「さあねえ。そりゃわかりやせんけど。少なくとも言えることは、この結界を作ったやつはかなりのやり手の術者ってことですかねぇ」





 そんじょそこらのやつじゃありやせんぜ――と、シャングラが呟いていたそのころ。



 ――ソニック、ウェーーーーーブッ!!!



 ぶおんぶおんぶおんぶおんぶおん、とよくわからないけれど、イッチ達が高速で激しく震えている。結界じゃ結界じゃ結界じゃ結界じゃーーー!! と激しい気合のもと、一点の方向をみんなで見つめつつ、『ちょっとォ! イッチ、ウェーブが足りないじゃない!?』『ぐぬぬぬぬぬ、ここが正念場ァ!!!』『オラオラオラオラ!!!』 よくわからないけど、何かを頑張っている様子だった。


「……みんな、なにしてんの? っていうか待って、なんか世界樹の水、減ってない? おかしくない?」


 結子が壁に投げつけて壊した瓶の代わりに、新しい瓶の中に世界樹の水を集めていたはずなのに、記憶よりも随分量が減っている気がする。「……まさか何かに使った?」 尋ねると震えていたはずの三者はピタリとその動きを止めて、ぴったり同じタイミングで私を振り返り、そしてぶるぶる首を横に振った。


「……いや別にいいんだけどさ」


 それにしても、と今も塔の窓から見える激しい風の壁を見つめた。先程よりも、気のせいか、少し勢いが弱まっているような気がする。「……ヴェダーか」「うん……」 ロータスの問いに答えた。あれは、ヴェダーが一度きり使うことができる、とっておきの技だ。


 ゲームでは一度きりといいながらも、聖女の祈りで回数を回復させることはできた。だから十数ターンはかかるけれど、繰り返し使うことのできる大技だった。でも、今の結子に祈りを使うことはできないし、ゲームのシステムがどれほどこの世界とリンクしているかわからない。


 土サソリがカーセイの都を襲ったとき、奥の手を使おうとしていたことは知っている。でも、少なくとも、今それを使うべきではないと思っていた。これから先の万一だってあるのだからと。そして、その万一として、今彼は使用したのだ。


 自分じゃなければいけない理由、というのは、あの風の壁を作るためだったのだろうか。これで大丈夫。そのはずなのに、ひどく胸騒ぎがする。ヴェダーから渡された腕輪を握りしめた。これがどういったものなのかはわからない。けれども、主塔に渡さなければいけない。

 そのことばかりを考えた。


(一体、いつあの人は、戻ってくるんだろう……?)




 ***




「お、うおあっ、お、うおーーー!!!」


 男が勢いよく飛び込んだ。その瞬間、背後には風の壁が出来上がる。


「滑り込みセーフ……!! じゃ、ねえな、こりゃヴェダーのやつだな!?」


 無精髭の男である。旅も終わりに近いのか、ぼろぼろの格好で、勢いよく飛び込んだものだから、荷物は風の壁の向こう側だ。「ヴェダーのやつ、俺がいるってわかってやがったな……ギリギリのところを狙いすぎだろうが!」 突如として目の前に発生した風に、男は気がついた。そして荷物を壁にし、勢いよく飛び込んだのだ。


「くっそお、信頼が恐ろしいな。なんだ、俺なら入れるだろってか。入れちまったよばかやろうが、おっさんに運動なんてさせんじゃねえ!」


 通信用の魔道具はすでにない。だから、確認するすべはない。が、何かが起こっている。肌の全てが粟立つような、きな臭さを道中感じていた。なぜかと言われるとわからない。多分、ただの勘だ。だがそんなものこそ、馬鹿にならないときもある。だから予定よりも足早に戻ってきたというわけなのだが。


「おっさんの死ぬ気、見せてやろうじゃねえの……!!」


 荷物もねぇぶん、体も軽いな! と笑いながらも男は駆けていく。カーセイの都に向かっていく。


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