84 先見の鏡の力
「ンなもんできるか!!!!!!!!!!」
できるかーできるかーできるかーできるかー……
遠くに私の声が木霊したとき、待機していたロータスが腕を組みつつちょっとビクッとなっていたことをそのときの私は知らなかった。
それはともかく。
結子がレベル上げをしない理由は百歩譲ってだとしても、ループすればいい、なんてそんなの。
「ででで、できるかアホーーーー!!!」
思わず彼女の首元をひっつかむ勢いである。ゲームじゃないんだから。いやゲームなの? そういうことなの?
「ループだなんて、そんなシステム五つ葉の国の物語にだってなかったでしょ!? 何をおっしゃっていらっしゃるのかしら!!?」
混乱しすぎてちょっと言葉がお嬢様になってきた。死ぬ気で背伸びをして彼女のローブの首元をがくがくひっぱると、「ちょ、ちょちょ、ちょちょっ! あんたこそ何言ってるの!? できるに決まってるじゃない!」 なんだか話が噛み合わない。
エルさんちょっとクールダウンなう、とイッチ達が私の頭の上に乗ってひえひえさせてくれたから、なんとか落ち着いてきたものの、それでも両手を前に出したままふうふうしてしまう。まるでキョンシーみたいなポーズである。
「で、できるに、決まってる……?」
結子はちょっと人よりもテンションが高い女の子だが、ゲームに関しては間違ったことは言わない。誰よりもゲームに忠実なのは、多分彼女だ。私にひっぱられまくってくしゃくしゃにさせられたローブの首元を直して距離をとりつつ、「だから、ループ。隠しルートに行ったら、神様に頼んでさせてもらったらいいでしょ?」「神様に頼む?」 ええっと、と考えた。
「神様にお願いって、一生下僕ルートのこと……?」
神様は自分の姿を見つけたものの願い事を、一度きりなら叶えてくれる。主人公のレベルが低いときの救済ルートでもあるから、その名前が今出てくるのはなんの不思議もない。でも、救済ルートとは名ばかりで、実際は世界樹の根っこを管理する役として、元の世界に帰ることなく奴隷コースに移り変わるので、あまり自分から望んで選びたくはないルートだ。それが、ループ、とはちょっとよく意味がわからないな、首をかしげると、結子は眉の間に皺を作った。「もしかして、あなた」 訝しげな声である。
「…………全ルート、プレイしてないの?」
「えっ、したよ。クラウディに、ソレイユ、レイシャンにヘイルランド。全部の国のストーリーは網羅したし、大団円エンドももちろん」
「じゃなくて、全員のキャラクターのノーマルエンドとハッピーエンド、全部プレイした?」
全員のキャラクターのノーマルエンドと、ハッピーエンド。つまりは、友情エンドと恋愛エンド。私はロータスのルートは、ノーマルエンドしかプレイしていない。「してない、けど……」 それがどうかしたのだろうか、と困惑して結子を見上げた。結子は鬼の形相をしていた。
般若がそこに存在した。
「ヒイッ、イッツ、ONI!!」
「なんで横文字で発音した! っていうかやっぱりあんた間違いなく転生者ね!? じゃなくて!!」
私の英語力のなさが露呈してしまった。おうおうして口元を押さえていると、いつの間にやらイッチ達が縦のだんごモードを発動させて私の背後で震えている。自分達の包囲を突破できるものは誰もいないとか豪語していた君達はどこに行った。するっするのヌケヌケなんですけど。
「なーにが大団円よ! それただの誰ともくっつかない版のノーマルエンドじゃない! 全部のルートをプレイしなきゃ、トゥルーエンドが出ないでしょ!? 隠しキャラだって出てないのに!」
そして結子は説明した。このゲームには、本当にループ機能が備わっているのだと。
ループとは神様の権能だ。全てのルートをプレイすると、新たな物語が始まる。ゲーム本編での結子の台詞は決まっていて、あってもニパターン程度の選択肢の中からしか選べない。けれども全ルートをプレイすると、本来なら結子のレベルが低すぎるときの救済措置である神様ルートに、新たな選択肢が生まれる。
つまり、新しいルートが出てくる。
「今の私は選択肢なんて関係ないもの。好きな言葉を自分で話すことができる。だから全部のルートをプレイして、わざわざフラグを立てる必要もない。ゲームのプレイ画面でセーブすると、葉っぱが押されるでしょ? あれは世界樹の権能を使ってるって意味なの。ロードは試してみたけどだめだった。私は今、世界樹の枝を使えないから、セーブはできてても、ロードはできない、ってことなんだと思う」
そういえばそんなゲーム画面だったなあ、とぼんやりしていると、「ちょっと! だるまみたいな顔してないで、ちゃんと聞いてる!?」 ウフッとした。だるまだか鬼だか、日本人らしい会話にちょっとほっこりしている場合ではない。
「でも、ループは違う。あれは私の能力は関係ない。先見の鏡を使うから」
「先見の鏡……?」
「そうよ。っていうか! あんた私よりも先に先見の鏡を使ったでしょ!? 今のタイミングでないだなんて、おかしいと思ってたのよー!!」
「ヒェッ」
とてもバレた。今の結子はハイパーモードに冴えているらしい。「それで、出てきた水は、まさか捨ててないでしょうね? ループにはそれが必要なんだから、さっさとこっちに渡して!」 何もかもが初情報だ。つまりまとめると、結子はもし万一手遅れな事態になってしまっても、ループすればいいからどうでもいいと思っている。そのループには先見の鏡――世界樹の葉っぱから出た水が必要だから、この国に来た。
「でもループって? ロードとどう違うの……?」
「ただの隠しルートよ。ロードだと文字通りそこからまたやり直しだけど、ループは記憶を保ったまま、つまりレベルとスキルもそのままで、セーブした場所からやり直せる」
でもゲームの中ならまだしも、実際だとイベントのスキップができなくて面倒くさいから、今の所ギリギリまでループしようなんて思わないけどね、と溜め息をつく結子に一体何があったのだろうか。
「先見の鏡の、水なら持ってるけど……」
まさかそんな機能があるとまでは知らなかったけど、水だけでも結子の先々を知ることができるから、念の為、ビンの中に保管して部屋の荷物にまとめてある。「なら、さっさと返して!」「……まあ、別にいいけども」 もともと私が横からかっさらったものだという認識はある。でも別に、返してという結子のものではもともとないのでおかしいような。と思いつつも、別にそのことに対して腹が立ったわけじゃない。なのに。
「今は、持っていないよ……」
言葉を落としつつも、ひどく胸の奥が苛立った。それは奇妙な感情だった。ふつふつとした怒りが湧いて、まるで自分の感情を制御できない。「まったく、ただのにわかじゃない。なんで持ってないのよ……」「なんでって、あんなに重たいもの普段は持ち歩かないよ。ペットボトルじゃないんだよ。それに、にわかって……」
ぐらぐら沸き立つような感情は、きっと結子の言葉のせいだと思った。
「ゲームの楽しみ方は人ぞれぞれだもの! もちろん、こんなことになるんならもっと隅から隅までプレイしてればよかったって、私だって思ってるよ!」
思いっきり、大声を出した。
吐き出したことで、少しは楽になったけれど、次にやってきたのはひどく情けない気持ちだ。とにかく、手綱が取れない気持ちに困惑した。多分、私は今、結子に八つ当たりをしたのだ。叩きつけられた感情というものは、向けられた側にだってわかるものだ。彼女はじっと私を睨んだ。このゲームが好きな彼女にとって許しがたくもあったんだろう。私達はただ無言で睨み合った。
多分、これは彼女との決別だった。
もともと、聖女と魔族の二人なんて、うまくいくわけもない組み合わせだったことはわかっている。でも、しまったと歯噛みした。なのに彼女を止める言葉を話せない自分がいる。「あっそ。別に、なんでもいいけど。エルドラド! どっちにしろ! 先見の水は返してよね!」 単語の一つひとつを強調しつつ、結子は人差し指をびしりと私に指して去っていく。
重たい溜め息が出た。
消えてしまった結子の姿を思い出して、一人、いや、一人と三匹でぼんやりと空を見上げた。溜め息が出たのは、自分自身に対してだ。もっとうまく話をすることができたらよかった。ループしたらいいと簡単に言う彼女に、もしかすると私はひどく腹が立ってしまったのかもしれない。失敗してしまったとしても、ループをしたらいいのだから、おかしな行動はいくらでもすることができる。別になんだっていい、と結子は多分考えている。いうなれば、彼女にとっては“一週目”のお試し中のようなものなのかもしれない。
まるで、自分が自分じゃないみたいだ。息を吸い込んで、吐き出す。イッチ達がちょこちょこと歩いて私の回りに近づいてきた。「なんだか、すごく、私、だめだったね……」 ループが本当にできるとして、それって、どうなんだろう。私達の記憶は、どうなってしまうんだろう。いくら想像しても、やっぱり想像なんてできない。時間が撒き戻るだなんて、ファンタジーの世界だけど、ファンタジーにほどがある。でも。
でももし、ロータスと出会う前まで本当に撒き戻ってしまったら。
私とロータスはただの他人になってしまうんだろうか。イッチ達もいなくなって、今までの旅全てがなくなってしまうんだろうか。ループは結子がセーブをしたポイントに戻ると言っていたから、実際にはありえないのだろうけれど、すごく嫌だな、と勝手に口元からぽろりと呟いていた。
――そのときだ。頭の上にあるカンテラが、一斉に火を落とした。びっくりして両手を握って、イッチ達もひしっと私にくっつく。丁度日付が変わったのだ。カーセイでは日付が変わる瞬間にカンテラの火を一度に消す。魔道具の熱暴走が起こらないようにするためだ。
知ってはいたけれど、実際体験してみると少し怖い。いつの間にか街の灯りも消えていて、真っ暗闇の中にいた。右も、左もわからない。けれどもすぐに、ぽとり、ぽとりと一つひとつ、灯りがついていく。不思議な光景だった。いつの間にかぼんやりとした灯りが空から照らされている。そのときだ。
目の前に、男の人がいた。
腰まである銀色の髪は、あまり見ない髪色だ。知っている人だった。その男の人に会うのは実のところ、二回目だ。
男は、ぼんやりと街の外を見つめていた。そして、ひどくゆっくりとした動作で、私を見た。相変わらずの真っ赤な瞳は、こちらを見ているはずなのに、何も映していない。まるで生気のない瞳だった。
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