83 聖女と2

 

 私と同じなの、と呟くような声を落として、驚きに瞳を大きくさせた結子に、「違うよ」と、告げたとき、彼女はほっと息を落とした。これは言い方がよくなかった、と慌てた。


「私も、五つ葉の国の物語は知ってるよ。でも、あなたと同じじゃない。私は確かに“エルドラド”として生まれたから」

「……それって」

「あなたが、転移者なら、私は転生者になるんだと思う」


 私が前世の記憶を思い出したのは、魔族となって、崖から突き落とされてしまったときだ。原作通りの物語なら、エルドラドはそれをきっかけにして人を憎み、あふれる才能を持て余すことなく嫌がらせにつぎ込み、人々の希望である聖女を憎んだ。


 もちろん、恨む気持ちがないわけではなかったけれど、前世の記憶が入り混じった今となっては、人を憎み続けることが、どれだけ大変なことかわかっている。労力とコストをとって、それならこれからの人生楽しく生きよう、と逃げ出しただけだ。それでも、ふとしたときに思い出すものはあるし、捨てきれるものではなかった。


 思わず視線を落として考え込んでしまったけれど、今はそんな場合じゃない。わなわなと大きな口を開けて震えている結子の様子を、じっと観察する。


(……信じてくれたよね?)


 ゲーム本編の私は最恐魔女で、幻術を使って人々を操るやべー女だ。私もゲームの知識があるんだぜ、ドヤッ! といきなり主張したところで、一体なんのまやかしだとそもそも信じてくれない可能性もあった。だから、まずは自分で、そうなのかも? と思ってほしかったのだ。


 イッチ達が結子に見えないことをいいことに、ドウッスカネ? ドンナカンジ? オドロキモモノキ? とスラスラしながら彼女の周囲を回っている。結論、めっちゃ驚いてまっせ! と言いながらばびゅんと戻ってきた。見てわかる。


 まず、結子の様子を見ていると、そんなことがあるのか、と葛藤しているような様子だった。そして次に考えていそうなことは、でも私だって、こんな世界に来て驚いているんだから、それくらい驚くことがあるのかもしれない、といったところだろうか。しかし彼女、表情でよくわかる。――落とせる。そう判断した。


「……私の推しは、実はこのソレイユのヴェダー。真面目な顔をしていて辛いもの好きでカレーイベントで満面の笑みに惚れた」

「…………!! わ、私の推しは、もちろんロータスで、会話イベントも基本無言で、『…………』ばっかりだったけど、でもよく聞くと声優さんの溜め息みたいなフーッてひっそり聞こえる声が最高だった……!」


 二人でガッと両手を握りあった。その瞬間、互いに両手を弾き落とした。危うく絆が生まれるところだった。



「だっ、だったらなおさら納得がいかない! あんたが仮に五つ葉の国の物語のプレイヤーだったとして、なんでロータスと一緒にいるのよ! うらやま……ではなく、ロータスの様子も姿も全然違うし、おかしいじゃん!」

「そ、それは、その、しょうがなく……」


 悪意があったわけじゃねぇんだい、と言ったところで、結子は激しくおこである。そりゃそうだ。ところで私がヴェダー推しであったことはロータスには一生の秘密である。推しと好きな人はまったくもって違うから!

 激おこぷんぷん丸である結子を力ずくで鎮めて、「ほんとに、悪気があったわけじゃない! 私も生き残ろうと必死になったら、こんなことになっただけ!」 めちゃくちゃ省略して説明した。生き残ろうと必死に街に侵入したらロータスに助けられてそこからロータスの大切な人たちと知り合いになって、彼らが死んでしまうと気づいたら必死になってこんなことになった。ほら考えただけでもこれだけ長い。


「そんなことより、私はあなたに言いたいことがあるの! だから、ここまで来たの!」


 ダンッと両足を開いて勢いよく結子を睨んだ。私の方がずっと背も低いし、幼いから迫力なんてあったものじゃないだろうけれど、その分の勢いはイッチ達が担ってくれている。ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ。効果音を口に出す係である。もちろん結子には見えていないが、圧倒される雰囲気があったのかもしれない。片足を下げて、じりっと後退する。しゃららんからん、と頭の上で聞こえたのは、丁度カンテラが風に揺らされたからだ。「なんで……」 なんとなく、後ろを押されたような、そんな気がした。


「なんで、レベル上げしないのよ~~~!!!?」


 いやほんとまじこれそれ。


「いやね、あなたもいきなり聖女になったとか異世界に来ちゃったとか大変だと思うよ!? 思うけどね! ゲームしてるならわかるじゃん、このままだとバッドエンドになっちゃうよ!? 死んじゃうよ!? 元の世界に帰れないよ!!」


 とにかく言いたくて言いたくて仕方がなかった。主人公である結子は、イベントの適正レベルを超えないと、ころっとモンスターに殺されて死ぬ。モンスターに殺されて死んだら、聖女の祈りを求めているこの世界も崩壊する。もちろん、適正レベルを超えていなくてもプレイヤーの能力次第ではなんとかクリアできるだろうけれどどう考えても彼女は最低レベル以下だ。信仰度だって足りないし、世界樹の枝も使えないから、他の葉っぱに移動することもできない。


 エルドラドとバレてしまうことも、転生者だと知られてしまうこともこの際どうでもいい。いやよくないけど。でも、それ以上に私は結子に主張したくてたまらなかった。レ! ベ! ル! を! 上! げ! ろ!

 ロータスに言った、腹を割って話したいとはこのことである。決して腹筋をしたかったわけじゃない。私が転生者であるとわかっている前提で、彼女に叩きつけたくてたまらない言葉があったのだ。


「せめて世界樹の枝を使えるようになろうよ! そしたら他の葉っぱに行って、仲間を増やすことができたでしょ!? 今回の土サソリだって、簡単に撃退できたのに!」


 正論は叩きつければいいというわけじゃない。でも、今回だけは言わせてもらいたい。なんたって、人命が関わっていたのだから。結子は私の勢いにたじろぎつつも、「だ、だって……」と言いながら人差し指同士をつんつんしている。


「だ、だってレベル上げってめんどくさいし……ゲームじゃ適当にスキップすりゃいいイベントだったのに、まずは祝福を受けなきゃいけないから作法の勉強をして、ちょっとでも間違ったらやり直しの儀式をしなきゃだめなんだよ? 覚えられないのよ!」

「死ぬ気でがんばろうよぉ、私も一緒にするからあ!!」


 いやまさか魔族のエルドラドが神様の祝福を受けるわけはいかないけど。前に一回助けてもらおうとしてそのままなんにもせずに逃げた神様だしねと若干思い出しの怒りが炸裂しそうになったけれども、それはなんとか横に置く。

 結子のがんばりが、この世界の行く末に関わっているのだ。言葉も熱くなってくるというものである。思わずすがりついてしまったものの、「いやよ!」と結子は力の限り悲鳴を上げた。「私は勉強が死ぬほど嫌いなの!」「だからって死を選ぶ!?」 気持ちが硬すぎる。


 あまりのカッチカチのお気持ちにもう本当にどうしたらいいものかと頭を抱えたときだ。「だいたいねぇ……」 結子はふんっと鼻から息を吹き出して腕を組みながら私を見下ろす。


「もし、失敗しそうになってもループしたらいいだけじゃない。簡単よ」


 何を言っているんだか、とヤレヤレ的なニュアンスである。首をふりふりした後に、「こんなこともわからないなんてね!!」と語尾を強めに睨まれた。呆然と見上げた。なのでそれ以上のテンションで返した。


「ンなもんできるか!!!!!!!!!!」

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