75 埴輪がいる
果たしてイッチ達が私の真似が楽しいのか、回転することが目的なのかわからなくなって来たこの頃。
とりあえず危ねぇからやめとけ、とぷるぷるする彼らを回収するロータスに、「さっきから何を唸ってんだよ」とこっちを見もせず問いかけられた。
「唸ってなんか……唸ってなん、か……いたけど!」
まるでかまってほしかったみたいな問いかけはやめてほしい。いいや違う、「かまってほしくて唸ってたんだけども!」「正直にもほどがある」 自分の心の奥底を覗いてみるとそんな感じだったので、どんと胸をはってみた。
情けない言葉でも堂々と言うとなにかきらめきを感じるねとよくわからない気持ちになるねと頭を抱えつつも、ここじゃなんだと周囲を見回して広間の端の丸太に座った。以前、ロータスと串焼きをもぐった場所である。
「で、なんだよ」
甘やかされているなあと情けなくも感じながら、すっかり聞く体勢になっているロータスをちらりと見上げた。互いの膝の中には踊り回って満足げになっているイッチ達がもにょもにょしている。どうしよう、と足元を見て、息を吸って、吐いた。でもこんなところでやっぱり言えない、なんて言う方が結局なんだったんだと玉虫色だ。
「結子の……聖女の! ことなんだけど」
だから勢い余って吐き出した。
おう、とロータスは静かに頷いた。
「……私、このままいていいのかな。ゲームの本編に関わりたくないと思うんなら、先見の鏡も手に入れたし、さっさと別の場所に行った方がいいのは間違いないのはわかってるんだけど。でも、結子が私と想像していた結子と違ってて、なんだか、その」
心の中にある言葉を伝えようとすると難しい。心配というとちょっと違うし、不安といえばそうだけど、これも違う。「もやもや、してて……」 こんなの聞く側もそうだろう。それに、結子がゲームと違うのは、私の影響もあるんじゃないだろうか。本来ならロータスは結子と一緒にいるはずなのに。自分の拳を握りながら吐き出した言葉だったから、おそるおそるとロータスを見上げた。すると彼はいつも以上に眉間に皺を寄せていたから、ぎくりとした。「あのな」 聞くことが怖かった。呆れられていたらどうしよう。
「前にも言ったろうが。お前ら連れて逃げる程度なら、俺がいくらでもなんとかしてみせらぁ。もやついてんだろ? 後悔を残すぐらいなら、好きにすりゃいい」
まったくなんてことのない声のまま、ロータスは立ち上がった。イッチ達も、ご帰宅ですかな? とぽいんと跳ねて彼の足元をぽよぽよしている。なんだろう、なんていうか。……なんていうか。
「さっさと帰んぞ……んっぐ、おいエル重てえよ。いや重くねえけど! 唐突に背後から背中にくっつくなこら」
「ロータス、すっきぃーーーー!!!!」
「声がでけえ」
んなもん知っとるわと相変わらずの台詞を返されつつも、すばらしきジャンプで彼の背中に飛びついた。無理やりだったはずなのに、いつのまにかおんぶになって魔道の塔へと向かう。いいなーエル、いいなーいいなーとぽよぽよしているイッチ達に、「後で交代ね」と声をかけて、うへへと大きな背中にほっぺたをのせた。幸せだった。
だから、そのとき、新たなセーブポーズとして、両手に絵筆を持ちながらも壁に落書きを行いまくっていた結子が両足をどんと開き、「今、ろ、ロータスって、言った……?」とまるで埴輪のような顔をしながら、呆然とこっちを見ていることには気づかなかった。――でもすぐに知った。魔道の塔に戻った私達の前に、絵筆を握ったままの結子が立ちふさがったのだ。
「あなた! そこの彼!」
振り向いたのはロータスだ。ずんずんこちらに近づいた結子は、上から下まで、右に左にとぐるんと回ってまじまじとロータスを見回した。そして震えた。彼女の背後には、間違いないとまるで文字が浮かんでいるようである。
「ろ、ロータス……?」
呆然とした声だ。ロータスは眉をぴくりとさせて結子を見た。「あ、あ、あ……」 そうだ、結子はガチめのプレイヤーだ。いくらロータスがゲームでの彼と雰囲気や姿が違うと言っても、名前を聞けば誰だってぴんとくる。考えが足りなかった。もっと慎重にしてしかるべきだったと唇を噛み締めたとき、結子は「ンンン」と唸って拳を握った。片手はもちろん絵筆を持っている。いやなんで持ってんの。
結子は震えた。そして、力強く湧き上がった。
「解釈ッ!!!! 違い~~~~~!!!!」
まるで火山の噴火のごとく。
のけぞり叫んでそのまま固まり動かない結子を相手にして、ロータスは静かに頷いた。
「おう。そうか」
「いやめっちゃ普通に返事をするね!?」
意味がわからないことにもとりあえず返事をするロータスである。まさか私がツッコミに回ることになるなんてとても屈辱。
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