74 みんなどこも大回転

 

 ぬるりとした重たい風が頬をなでる。まるで、体中に何かがまとわりついているようだ。吐き出す息まで熱く、ふとした瞬間に頬から汗がこぼれ落ちた。


(――都の外は、何度出ても慣れないねぇ……)


 足はぐるりと布で覆って、肌の一つも出さぬように、砂の中を歩いていく。「おおーい!」 男に声をかけるものがいた。砂コブラと呼ばれる大きな蛇のようなモンスターに乗っている。この付近で旅人を乗せて歩いているに違いない。おそらくテイマースキルを所有しているのだろう――彼女と同じように。


「おっさん、ここから先は何もねえよ、あぶねえし、やめときな!」


 なんなら俺が村まで連れて行ってやるよ、と声をかける少年は中々に商売上手だ。


「おお、そうかあ。わざわざすまんなあ。帰りは問題ねえよ、おっちゃん頑丈が得意なんだ」

「……ちぇっ」

「わかりやすい舌打ちだなあー」


 がはは、と一つ笑って男は少年を見送った。無精髭をなでて背を見つめる。守るべき、この国の民である。さて、と男は踵を返して何もないと言われた場所を進んでいく。


(この目で見にゃならん)


 報告には上がっていた。しかし、場所は世界樹の根も、枝も範疇外だ。世界樹の守りが薄れていることは理解していた。この場に足を踏み入れてみて、驚いた。砂ばかりで、木の一つもないその場所は、以前はもっときらびやかな場所だった。それがどうだ。ときおり枯れた幹が転がり、乾いた木の皮の崩れ落ちた中身には干からびた動物が息絶えている。


 いつの頃からだろうか。魔族の発生が顕著となり、それと同時に、世界の“季節”が崩れ始めた。ソレイユも、以前はもう少し人が住みやすい環境だった。それでも年中雪に閉ざされたヘイルランドよりも、ずっとマシに違いないが、下と比べたところで仕方がない。

 誰が言い出したのかもわからない。魔族は世界樹を枯らす存在なのだと、そう呼ばれた。魔族がいるからこそ、国がおかしくなっていく。


(本当に、そうなのか)


 一人の少女を知った。知らなければ、なんの疑問にも思わなかったかもしれない。ざくり、ざくりと砂の中を進んでいく。その先は、自身が立ち入りを禁じた場所だ。――呆然と、した。


 ――いかがでしたか。


 片耳につけた魔道具から、聞き慣れた声がする。無線具と呼ばれる魔道具である。離れた場所にいる相手でも、直接声を聞くことができる。エルがいれば、無線機と呼んだかもしれないが、男はその名前を知らない。


「ヴェダーか。想像……いや、報告で聞いていた以上だ。こりゃひでえ」


 ――あなたが、そういうほどですか……。


「俺が直接見に来てよかった。はっきりと理解した。この国は神に見放されているぞ」


 笑い事ではないのに、笑ってしまう。「未来を知ることができる固有スキル、だったか。どうかね、うちの手助けをしてもらうってのは虫が良すぎる話か?」 どこまで本気かもわからない口調で肩をすくめる。向こうからの返事はない。さて、と男は再度眼前を見つめた。できる限りのことはすべきである。少しでも過去が変わっていれば、自分は今、この場にはいない。いつもと同じように、ソファーの上でふんぞり返っているはずだ。あのエルという魔族を知らなければ。


 これは、チャンスだ。決して、逃してはいけないものだ。




 ***




 ところで主塔ってどこにいるんだろうね? と疑問に思いつつも本日のわたしは乾拭きスタイルである。イッチ達が撒き散らした水を拭いて拭いて、拭きまくる。なんでこんなに汚れているのかねと疑問に思うくらいに、雑巾は真っ黒だ。黒いローブは大量にあるので、それで初めから拭いた方がいいのではと思うくらい。


 主塔さんとはヴェダーよりも偉い人で、ゲーム本編では、基本的に塔の最上階にいて、水球膜の管理をしてるとかなんとかのおっちゃん系ボスだけど、どこかに長期で出かけているなんてことあったかな? と今一度思い返してみる。ソレイユルートは何度かプレイしたけれど、やっぱり記憶にない。とはいってもさくっとプレイしたくらいなのでそんなにこまめにセーブはしていない。


 ゲームではLボタンをぐいっと押すとセーブ画面に移動した。どこでもセーブができて、セーブできる項目がたくさんあるのが五つ葉の国の物語の特徴の一つで、どこからでも戻ることができるし、たくさんの選択肢が楽しめる。ノベルゲームならまだしも、シミュレーションRPGとしてはあまりない形だけど、レベル上げがしやすく、世界樹の枝で移動のショートカットもできるので、なんとかゲームとしては成り立っていた。


 セーブをすると、セーブ項目に、ぽこんっと葉っぱのスタンプが押されて、場所とトータルのプレイ時間が表示される。めんどくさがり&まったりプレイの私はあまりセーブをすることはなかったのだけど、結子はその点ガチめプレイヤーだったのだろう。様々な箇所で彼女はセーブをし、ふんふん行動していた。


 このゲーム、ボタンを押したらセーブになるという特性上、日記を書く、ベッドにもぐるといった基本の動作は存在せず、製作者の遊び心なのか、数多くのセーブ時の行動が存在する。現在結子が私の視界の端で行っているスクワットもそうである。……ところでセーブって、ゲームならさくっとロードできるけど、今はどういう形になるんだろうね? スクワット、一人決め顔Vサイン、落書きにでんぐり返しと行動する度、結子は手元の手帳にメモをしているらしく、アナログのセーブって大変なんだなと思わざるを得ない。


 ごろごろでんぐり返りで消えていく結子の背中をイッチ達がハンカチを振って見送っていた。聖女はどこまでも進んでいく。ブレなくまっすぐ進んでいくのは中々にプロの仕事。ではなく。





「うううう~~~ん」


 相変わらず街は活気で溢れている。今まで色んな街や村に行ったけれど、今までで一番かもしれない。やっぱり色んな葉っぱから、色んな人が来ているからだろうか。特に最近は私が土がたくさん必要とヴェダーに言ったものだから、壁の内側にこんもりと土がかぶせられていて、それをどんどん増やしていく作業で人手も多くにぎやかである。「これ、なんのために必要なんだろうな?」「さあなあ。水球膜の補修かねえ?」 普段は膜の管理をしているムキムキなお兄さん達が通り過ぎた。


 私は変わらず頭を抱えて唸った。隣にはロータスがいて、通り過ぎる人達にときおり声をかけられている。多分教え子の学生達だ。人気者かよ。ロータスは怖い顔を乗り越えると、意外な付き合いのよさを発揮するギャップがたまらんタイプだ。知ってしまったが、うちのロータスの良さをとギリギリしつつも、同じ推しを愛する気持ちの間で揺れている。自分がちょっとよくわからない。


「アアアアア」

「いやさっきからなんなんだ?」


 最後はロータスに対する自分の感情と向き合っていたのだけど、さすがにツッコミを入れられた。


「エル、お前が妙な動きをするとイッチ達も真似すんだよ。足元を見てみろや」


 見下ろしてみると、イッチ達三匹も私と同じくない頭を抱えてをうをう唸りながらぐるぐる上体を回していた。サンはバレリーナのごとく見事に大回転を果たしている。いやそこまでしてない。

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