71 新たな展開、どうしたもんか

 



「果たして、これをどう捉えるべきなのか……」


 ヴェダーの声は、若干の苦笑さえあった。あまりにも、というところなのだろう。つまりはクラウディ国は、聖女の隠蔽を行おうとしている。そんな展開、ゲームにはない。「エル、どう思いますか?」「エッ!?」 なぜに私に、とビビリ散らすと、ヴェダーはゆるりと笑った。


「あなたは未来を知ることができるスキルをお持ちだ。できれば、ご助言をと思いまして」

「アー、アア、ああ……」


 そんな設定だったね。と同時にロータスが保有しているスキルが幻術スキルでボディコン好きだと勘違いしていたことを思い出す。なんかややこしいな。「え、ええ、うう、ええっと」 とんとこ人差し指と中指で額を叩いて考えた。「あ、あんまりはっきりしたビジョンは来てない、んですけど」 ビジョンときたかーと自分で言っててどうしたらいいかわからない。


「お話ししていたら、もう少し明確になっる……いや、なったらいいなというか」


 歯に何かつまっとんのか私は。「少し、お話しして整理しつつでいいでしょうか」「もちろん」 下手なことは言いたくないのでホッとする。


「まず、ヴェダーさんが世界樹の根で、他の葉の様子を探ることができる、というのは公然の事実というわけじゃないんですよね」

「ええ。秘密ですよ」


 そんな秘密を教えてくれちゃったの? と疑問に思ったところで、ヴェダーは笑みを崩さす、「言ったら全身が根で覆われます」「ヒエッ!?」 ナチュラルに曖昧な感じで脅された。誰に言ったら駄目なんだ。


「そ、それは置いといて。ということは、根で様子を探るという行為自体は、そもそも一般的じゃないんですね?」

「おそらく。葉の歴史はソレイユが一番古い。だからこそできる芸当です」


 となると、やっぱりクラウディ国はまさかヴェダーがチートに情報を集めることができるとは知らないので、ごまかそうとしている。ごまかして、一体なんのメリットがあるのか。「聖女の力の独占……」 思いつくのはそうだけど、「どうでしょうか」とヴェダーは首をかしげた。


「聖女召喚は、一つの国だけではなく、全ての葉の問題です。なぜなら葉はいくつもあれど、世界樹はただ一つのみ。我らが終わるときは、共倒れなのですよ」


 終わるという言葉をさらりと口に出すということは、ヴェダー自身もこの世界が末期に近づいているということを理解している。ならば、全ての国が協力しなければならない。でも、みんながみんな、ヴェダーのように事態を把握しているとも限らない。

 そして把握している、といっても確証はないのだろう。


 いつの間にかヴェダーは上手に私と自分の周囲を不思議な膜で囲んでいた。杖を鳴らす度に、水の膜ができて、弾ける度に作り直す。誰も聞くことができないようにという配慮らしく、多分イッチ達にも聞こえていない。逆にいうと、イッチ達の声もいつの間にか聞こえなくなっていた。


「……クラウディ国が聖女をひた隠しにする理由を想像しましたが、もしかすると、案外簡単なのかもしれませんね。ソレイユでも、聖女の召喚を試みようとは考えてはおりましたが、古い根では力が足りなかった。口惜しいことですが」

「うーん、どうなのか……」


 とりあえず私は未来を知っている、という体で、どこまで言った方がいいかなと考えたあとに、アッとした。


「一つ言えることは、めちゃんこ大量の土が必要になります!」

「はあ……?」


 納得のいかない声だけど、あんまり伝えて齟齬がでてきては困ってしまう。自分という存在でストーリーがねじれてしまうのはヴェルベクトで経験済みだ。ぷいと顔を向けてこれ以上は言わぬと口を閉ざすと、ヴェダーは仕方ないとばかりに錫杖を置いた。瞬間、水が割れるようにこぼれて、足元がびしゃびしゃだ。ヤッダ、エルどこに行ってたの~~~!? と飛び込んでくるイッチ達からは私の姿が見えなくなっていたのだろうか?




 さて、さらに一週間ほどが経過し、私は毎日のお掃除を行って、ロータスは指導員として順調に魔道の塔に馴染んでいったのだけれど、あんまりにも激しく、我ぞここにと主張せんばかりのラッパ音が都の中で吹き荒れると、多分誰しもがびっくりした。都のど真ん中に、赤く長いカーペットがごろごろと敷かれていく。なんだなんだとロータスとともに様子を見に行くと、どこぞで見た顔の女の子がフリルが満載な立派なドレスで、扇を広げてばさばさしていた。めちゃくちゃ暑そう。


 いくら水球膜があっても、ものには限度があるし、ここは常夏のソレイユだ。門を通り抜ける前は、さぞ苦しかっただろう。お顔はゆでダコである。ばさばさしている扇は、格好だけではないと思う。


 少女にはたくさんの付き人がついていて、その人達もばっさばっさと頑張っていた。さらにその後ろで小さくなっている男の人はナバリ聖司祭とロータスが呼んでいた人だ。


 ふかふかのカーペットを女の子のヒールの踵が埋もれている。大きくフリルを揺らしながら一歩いっぽと近づく。


「――私は、結子! この世界に召喚された聖女よ!」


 おうふう、と口から変な息が出た。結子はビシリと扇を閉じて、勢いよく、眼前に突き出した。


「さて、わざわざこんなくそあっつい場所まで来てやったのよ! まずは魔道の塔の主よ、私の前に出てきなさい!!!」


 つまりは自分から行くのではなく、この場に来いと言っている。ところでふかふか絨毯、長いと言っても長さには限度があるわけで、進むだけ進んだらその先には何もないけどどうするのかな? と気になってやってきてしまった人混みの中でちょこちょこ顔を覗かせながら考えた。みんな何事かと驚いている。そして私の後ろには、いつの間にかヴェダーが佇んでいて、モノクルのレンズ部分を逆光に真っ白にさせていた。


「聖女を召喚しなくてよかったです」


 めちゃくちゃ本音な無の声が聞こえたのだけれど、気まずいので聞こえないふりをした。

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