72 聖女襲来

 

「でっ! 誰が私を迎えに来てくれるのかしら!?」


 なんぞなんぞと周囲に集まる市民達を見回して、結子は口元をむふんとさせた。一体全体とばかりにみんな顔を見合わせていて、後ろから、「こ、こらあー!!」 初日に入り口で出会った門番さんが朗らかな顔を崩して腕をぐるぐる振り上げている。


「どう考えてもだめでしょ、強行突破にもほどがあるでしょ、出ていってっていうか絨毯ーーーー!?」


 そして困惑している。


 そりゃヴェダーでさえも把握していなさそうな軍団だ。入り口も数の暴力で無理やり通ったに違いない。水球膜は犯罪者を通すことはない。だから入り口も最低限の人員だったのだろう。門番さんは多くの使用人達に阻まれて近付くことはできなくて、怒りのあまりに、んんんぎぃいーーー!! と悲鳴を上げていた。大丈夫なのか。


「な、なによ唸っちゃって! だから私は聖女って言ってるでしょ!」

「聖女様なら聖女様で、こんな入り口通ってくる!? 主塔様とか、副塔様を通してくるでしょーー!?」

「枝は! 使う許可がないから船で来たのよーーー!!」


 しかし結子の耳にはしっかり入っていたようで、互いに言い争っている。ショートカットシステムは一般には知られていないので、枝ってなんぞ!? と門番さんは叫んでいるけれど、まさかの世界樹の枝が利用できないならと彼女は物理的で来てしまったのか。背後に控えている結子付きらしいナバリ聖司祭が、ぐぬぅとなんともいない顔つきで唇を噛んでいた。すごく苦労人の顔をしている。


「お迎えは主塔……とは言ったけど、別に誰だっていいわ。これだけアピールしまくったんだからそろそろ来るわよね……ほらそこ!」


 手で傘をつくって、くるくると周りを見ていた結子はきらんと瞳を輝かせた。私に向かって一直線に進んでくる。絨毯はもちろん置いてけぼりだ。はみ出ちゃってもいいやつなんだと頭の端で思いつつも、どうしよう、と震え上がった。目の前には結子がいる。


「え、あ、あの」

「そこのイケメン、どきなさいっ!」


 ひえっと飛び跳ねたけど、私じゃなかった。


「……ん? お、おう」


 数秒ののち、ロータスは瞬いて腕を組んだままどっこいせと体を避けた。「あなたは好みだけど、もっと暗くなってから出直しなさい」と早口で駄目出されている。「おう」 よくわかっていないので適当に返事をしているロータスである。今でも十分イケメンだよというか、今のロータスはゲームとかけ離れすぎているので、結子は全然気づいていない。よかったと思えばいいのかそうじゃないのか。


「ヴェダー! やっぱりあなたが来てくれたの?」

「どちら様でいらっしゃいますか」

「私、結子。聖女よ!」

「どちら様でいらっしゃいますか」


 私メリーさんのノリを彷彿とさせる説明に対して、ヴェダーの心の距離があまりにも遠い。


 一応、以前に先見の鏡で一緒に姿を見たから聖女であることはわかっているはずだけれど、堂々としらを切っている。しかしいつまでもその姿を繰り返すことはできないようで、「……聖女と言うのでしたら、こちら側を納得させるものをお出しください。事前連絡の一つもなく、主塔様に出迎えろなどと、あまりにも非常識」 苛立ちが隠れていない。


 私は会ったことはないけれど、頭の中では主塔が『ん?』と鼻ボジをしている姿が思い浮かんだ。今頃ソファーの上でごろごろしているんだろう。彼はそんなイメージである。


「あのねえ、納得させるものって……」

「せ、聖女様! ……恐れ入ります、魔道の塔、副塔のヴェダー様と見受けます。私はクラウディ国教会に所属しておりますナバリと申します。この度は大変な無礼を、まずは謝罪致します」


 怒れる結子とヴェダーの間にズザッと入り込んだのはナバリさんだ。近くで見てみると、イケメンなお顔にはがっつりと目の下に隈がついている。


「こうした唐突な訪問の前に、まずは先立っての連絡が必要なことは重々承知しております。ただ申し訳ございません、我が国では枝の管理を教会で、使用の許可を王城で、と管理が二部されておりまして、そうそうと使用することができないのです……」


 つまり魔道の塔で、主塔がばっちこいオッケ~! と言ったら使えるお手軽に対して、クラウディ国ではルールにがんじがらめになっているのだろうか。それでも、納得のしかねる話でヴェダーの態度は変わらない。絶対に使えないわけではないだろうし、それならそうと時間をかけてでも連絡してから来訪するのが筋というものだろう。そもそも、聖女を把握していないと返答したのに、どういうことなのか。


 と、いうようなヴェダーの視線を一身に受け、水球膜のおかげでそこまで暑くもないはずなのに、ナバリさんはぼとぼとと大粒の汗をこぼし始めた。あまりにも苦しそうな表情である。言いたいのに、言えない。はくり、はくりと動く口が、そう言っているみたいだ。彼の体中には、ぐさぐさと市民達の好奇の視線が突き刺さっている。


「ヴェダー様、この身に誓って、間違いなく結子様は聖女様でいらっしゃいます……クラウディ国王家の印もこちらにございます。ですから、失礼を承知でお願い申し上げますが、あの、できればより詳しく説明させていただきましたら……ば、場所を変えまして」


 ナバリさんから渡された証印つきの文書をヴェダーは受け取り、眉間にシワを寄せるような表情のまま、ちらりと結子達を見つめた。むふん、と結子は自慢げに胸を張って、それとは反対にナバリさんは小さくなる。




 場所を変えて、つまりはここで言えない話をさせてほしい。なるほど理解、と、いうわけで私とロータス&イッチ達はごそごそころころ忍び込み、扉の前で盗み聞きの開始である。聞き耳スキル、スイッチ・オン。


【称号、忍び足マンを入手しました】


 久しぶりのアナウンスさんに、ネーミングセンスもうちょっとどうにかならんのかと思ったり思わなかったり。

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