67 まるで決戦前夜みたい
まあいい雰囲気に、なんて考えましてもロータスのガードは鉄壁ですのでそんななんてできるわけもなく、後悔なんて何も意味はないんですけどねと誰もいない廊下にて、ダンゴムシエル。ごろごろ。なんか語呂がよすぎてもともとそんな言葉があるんじゃと考え始めていたその頃、「……なにやってるんだよ?」
幼馴染が真後ろに立っていた。何事もなく振り返って、「何かご用です?」 ドヤッてみる。ソキウスは胡乱な瞳を私に向けた後に、「ロータスは?」と辺りを見回す。
「部屋に戻った……けど、どうしてソキウスがいるの?」
じゃあなと言って別れたはずなのに、と服の裾を叩きながら首をかしげると、ソキウスは心外とでも言いたげに眉をむっとさせた。
「どうしてって、そりゃここが宿舎エリアだからだよ。さっき俺の部屋にも行ったから知ってるだろ。ごろごろ妙な音が聞こえるから何事かと思ったんだ」
どこまでもダンゴムシエル。ちょっと遠くまでやって来すぎた。もしかするとみなさまの安眠妨害をして廊下をごろごろしていたのだろうか。最低すぎである、とあわわとすると、「いやこの時間ならむしろ起きて活動している人の方が多いだろうけど」との返答に、魔道の塔への親近感がちょっと湧いた。しかしソキウスはげっそり顔なので、太陽の下に生きる男なのだろう。ロータス側か、相容れない。
「それは大変失礼……というかごめん、おとなしく寝床に帰ります……」
「まった、まった。まった。せっかくだし、ちょっと話そう。そうしよう」
強めの言葉で肩を掴まれた。考えてみると、ソキウスと二人きりになるなんて、一体何年ぶりだろう。今日はサンの誘拐事件に魔道の塔に侵入、ヴェダーとの出会いと盛りだくさんで正直なところ、体はぐったり疲れている。けれども頭の中は冴えていて、まだ少し起きていたいような、そんな気持ちだ。肩を掴まれたまま、ちょっと考えて、わかった、と頷いた。窓に二人で並んで夜の街を見ていると、なんかこれ、さっきもまったく同じような感じになったぞ、覚えがあるぞとデジャブがすごい。
並んで、ぼーっとして、意外なことに会話が出ないことに驚いた。だって共通の話題がない。村にいたときは、いくらでも話すこともできたのに、今はそんなことはない。私が魔族となって、ソキウスとの道は真っ二つに分かたれてしまった。そんな感覚さえある。
「なんか、こうしてるとさ」
「ゲームの決戦前夜感が強いよね……」
「意味わかんねえよ」
ラスボス手前にキャラクターの一人ひとりと会話をしていくイベント的なやつである。なんかだいたい夜。それはさておき、二人きりのときしかできない話はたしかにあるけれど、それは逆にいうと、しなくてもいい話だ。私が魔族に変わってしまったとき、ソキウスは何もすることもできなかったと悔いていた。ごめん、と謝られた。それで話は以上だし、掘り下げる気なんてない。しかしおしまいしてさよならするには、私とソキウスの縁は深い。
ただぼんやり空を見つめていたとき、「なあ、エル、お前さあ……」 ふとしたように、ソキウスはつぶやいた。
「なんか、すごく変わったよな」
「そうかな」
「うん」
私は自分がエルドラドという認識はある。けれど、ソキウスの言いたいことはわかる。だって、前世の記憶を思い出さなければ私は人類滅べ、復讐しまくんぜの怒りの塊、最恐魔女のエルドラドになっていただろう。
「もっとこう、昔は殴ったら五倍くらいに殴り返すくらいの勢いがあった」
それはちょっと言い過ぎなのではと思いつつ、五倍というところが妙にリアルである。たしかに昔の私は食べられたプリンの数倍の量を献上しないと許さねえという気概があった。左の頬を打たれたら右の頬を打ってみぞおちを殴打しオケツを殴り飛ばして仕上げに鼻フックまで決め込むタイプだった。やられたのはソキウスである。
「……大人になったんだよ」
これは、色んな言葉を濁してだった。
崖から落ちて、大人の記憶が入り混じった。「違う視点を知ったというか」 まとめるとそれだ。自分以外の人間の考え方を知って、そんな風に思うこともできるのかと知ったから、復讐のために生きることをやめた。でもそれが正解なんて思わないし、生き残るためにはそれがエコだと思っただけだ。怒りの炎を燃やし続けることは、とても苦しいことだろうから。
「人の、考えは変わるよ」
もちろん、変えることが美徳ではないし、ゲームでまっすぐに生きたエルドラドは、たしかに悪いこともたくさんしたけれどすごい子だと思う。そして、本来的に私は自分自身を子供だと思っている。ちょっと大人の記憶を思い出したからって、それに体や心がついてくるわけもない。好きだと告げたとしても、ロータスが相手にしてくれないことはわかっている。幼い自身が歯がゆい。
でも、八歳から、十一歳になった。
三年の月日は、わずかな変化をもたらした。私は毎日、少しずつ大きくなっている。
――どれくらい、どれくらい待ったらいい? 身長が伸びたら? だいたいでいいから教えてくれたらとっても嬉しい!
――いやどれくらいって……そりゃ、これくらい……か?
勢いづいて尋ねた私の言葉に、眉をひそめて考えた後に、何いってんだとすぐに怒られたけど、毎日朝起きると、イッチ達にお願いをして身長を測ってしまう。多分ロータスにはバレているし、何をしているんだと呆れられているんだろう。知ってる。こんなところが子供なのだとわかっているけど。
考えてつく溜め息は、悲しいだけのものではない。
「いいなあ。俺だって……」
「俺だって?」
「いや、色々できるようになりたいというか、変わりたいというか、それなりに努力してるつもりだけどっ! なんだけどっ!」
ソキウスの部屋にはメモ書きでいっぱいだった。ソキウスだって、まだ十四歳の少年で、彼の中でも自分の中で戦うような記憶や、感情や、たくさんのものがあるんだろう。
「……ソキウスって、魔道の塔にきて一年くらいなんだよね? どんな感じ? ヴェダーに真面目って言われてたじゃん」
「そうだよ、俺は真面目だよ。魔道具は過去の遺物で、新しく作ることはできないから、魔道の塔は今あるものを大事に使っていく技術を伝える場所なんだよ。でも、使い方もわからないものも中には眠ってたりして、俺が使えるようにしたものもあるんだぞ!」
「す、すごいじゃん!」
「まあね! 声を大きく増幅させる魔道具なんだけど、こんな形をしていて」
と、ソキウスが表す手の形が、どう見てもスピーカーなので、あー……とぼんやりしていると、「なんだよ! 言葉を伝えるのって、めっちゃくちゃ重要なんだぞ、なんだそんなのか~みたいに思ってるな!?」「思ってない思ってない!」 私個人としてはすごいと思うけど、周囲に色々言われたのだろうか。
「いっとくけど、俺、結構筋がいいんだ。魔道具は中の魔力を調節して使うけど、その魔力を感じ取るのが、めちゃくちゃ得意なんだ。俺とエルがしてるネックレスについてる月光石は、大半はおもちゃみたいなもんだけど、俺がすごく質のいい石を――そのときは無意識だったけど魔力感知で探したから、希少価値はSランクくらいなんだからな!?」
「フンエエエエエーー!!?」
どうりでお祭りで安価に買った石にしてはめちゃんこ便利だと思った。昔は魔力を溜めるのが下手くそだったから、月光石の中にストックし使ってを繰り返して無理やり魔力の底上げをがんばっていたのだ。
おみそれしました。かつお世話になりましたとヘヘェと平服して、よきにはからえと胸を張る男の子は、うははと笑った。それから顔を合わせると途端に面白くなった。吹き出すように二人で笑って、久しぶりの幼馴染との二人きりの対談は終了した。ソキウスは、明日からいつもどおりに真面目な学生に戻るんだろう。ヴェダーに見つかってしまったとき、彼がどうなってしまうのかと不安だったけれど、本当によかった。
そして、ヴェダーは数日後、世界樹の枝を使用し、クラウディ国へ文を送ったことを教えてくれた。
クラウディ国からの返答は、未だにない。
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