64 先見の鏡!
一体ロータスは何を考えているのか。おそらく何も考えていないというか、考えたところで、ヴェダーの中でのロータスの評価がボディコン大好き男になったところで全然問題ねぇしどうでもいいぜ的な感じだろう。こわい。
まさかの全員ポンコツ。いや、この場合、乙女ゲーというイレギュラー要素がまじりすぎているからの結果なのだと思う。だって本編のヴェダーは賢い系男子の役でモノクルをちゃきちゃきさせる係だった。でも実際は「なんにせよ、やはりそういうことだったのですね、思った通りです」とドヤドヤと口元を嬉しそうにしている、ドヤ顔系男子だった。
人間、一方の側面だけ見てこんな人だなと思っても、逆の部分をひっくり返して見てみると、あれ? こんな人だったっけ、と思うこともある。ロータスだってクール系男子として描かれていたけれど、実際はマイペースで我道を行く頭ボサボサ系イケメンである。
ゲームの中で、実際の人間を描ききるということができるわけがないのだ。
ヴェダーのドヤ顔を見て、ソキウスの行き場のない気まずさを気の毒に思いつつ話を続けた。あと、と大人エルになっている理由なんてすでにないので、幻術スキルは解除させてもらった。いえい。やっぱり体が小さい方が動かしやすいのでとても落ち着く。こっちが私にとってのメインボディである。
そちらの姿でははじめまして、意外と小さいですね、いやこれでも前より育ってますよとヴェダーを掛け合いつつ本題に戻った。
「とりあえず、あなたがいう先見の鏡というものは一体この場のどこにあるのですか?」
ヴェダーの問いかけに、みんながしんとして私を見た。「地面に埋まってるとか」 ソキウスが下を指差す。ここ掘れわんわん、とするには広すぎるし、目星もない。スコップがあればな、魔道具ならありますよ、なんでもお手伝いしちゃいますよォ~~! とわいわいする声に、いえいえ、と片手を振った。
「下じゃないんだなぁ」
それなら、とみんなは空を見上げた。けれどももちろん違う。鏡なんてどこにもない。いや、本当は鏡と名前がついているだけで、まったくの別物なのだ。
「目の前にあるじゃない。そこの世界樹の木の葉っぱ。それが先見の鏡だよ」
***
先見の鏡とは、“咲き見”の鏡とも呼ばれる。大きく茂った木のてっぺんにある葉っぱを、ロータスにお願いして取ってもらった。私の手のひらの両手を合わせたよりも大きくて、しっかりと葉脈が見える立派な葉っぱだ。手の中にそっと載せると、不思議そうにみんなが覗き込んでくる。
「世界樹のてっぺんの、一番大きくて、月の灯りをたくさん飲み込んだ葉っぱは、時間をかけて、とてもとても、大きく育ちます」
正確にいうと、ここにある木は世界樹ではなく、あくまでもその端くれだ。木の根はどこまでも繋がり、他の葉っぱ、つまりは他国にまで伸びている。立派に育った葉っぱを摘むのは、少しだけ罪悪感があったけれど、こうして見ると、木から離された今でさえも葉はしっかりとしていて、生命力にあふれている。
「……ちょっと大きいだけの、ただの葉っぱに見えるけど」
「しぃっ!」
しびれを切らしたソキウスの台詞を遮るように止めた。ゆっくりと、ふつふつ、葉っぱの表面から泡出すように水が溢れ、こぼれだす。よかった、と気づかれないようにこっそりと息を吐き出した。できるだろうと思っていても、実際に目にすると安心する。
「……これは、世界樹の生命力」
さすがヴェダー。何か感じるものがあったらしい。私の手のひらの中には、もうすでにたっぷりと水が溜まっている。葉っぱの表面から湧いてきたというだけで、見てみてもただの水だ。でも、その水の中に、ゆらゆらと影が映った。見覚えがない女の子だ。茶色がかった髪をしている、どこにでもいそうな平凡な女の子。
『もう、なんなのよ!』
聞こえた声と一緒に、水の中の女の子の口元も動く。結子様、と困ったように眉をハの字にしている男の人も知らない人だ。
(やっぱり、ヒロインもこの世界に召喚されていたんだ……)
私というイレギュラーがいるから、もしかすると、という可能性もあると思っていたのだ。
しかし私の中の結子像と葉っぱの中に映る彼女の姿が、どうにも一致しない。ゲームの顔とも違うように見える。でもゲームの中はイラストで表示されていたのだ。ピンとこないのも仕方ないかもしれない。あとは、結子という名前はデフォルト名で、好きな人は自由に名前を設定できる。と、いうことはヒロインはこの世界で固定されている存在じゃない。だから顔が違うくらいありえるのかもしれない。
でも、ゲームの中で用意されている台詞は一定のものだったし、選択肢があったところで、それほど大きく性格が変わるものではなかった。手のひらの水の中で、『なんっで私がこんな扱いを受けなきゃいけないっていうの!?』と大声を出して、ソファーの上でだらける姿は聖女というには印象が遠すぎる。
(いやでも、聖女って勝手に言っているのはこっち側の人間だし……)
ゲームじゃそこらへんはぼやかされていたけど、いきなり異世界から召喚されたのなら、彼女だって被害者のはずだ。考えることは多いけど、とりあえずそのまま見守ることにした。
『さっさと世界樹の枝を使わせてくれたらいいのに! どうして使わせてくれないの……!?』
うおおと結子はソファーの上で右に左にとごろごろしている。なんとも自由である。というか今世界樹の枝って言った?
『あなたはまだ聖女ではいらっしゃいませんので……。クラウディ国の世界樹の枝を使用することはできません』
『聖女じゃん!? 私まごうことなき聖女結子じゃん!? なんならさっき聖女って私のこと呼んだじゃーーーん!?』
このヒロイン、なんだかちょっとテンションが高いな……と他人事とは思えずじっくりと見つめてしまう。結子は、私達がいた国に召喚されている。クラウディ国には今現在お相手騎士であるロータスがいない。だから、一番ありえないだろうと思っていたのに。
彼女の隣に立つ人のよさそうな顔をした青年は、ロータスの代わりに結子に仕えている人なのだろうか。
『それは……聖女様が、聖女の儀式を終えられていないからです』
『いやだって、ゲームじゃ勝手にアニメが流れて、ふんふん見てるだけだよ? 二周目だったらスキップしたらいいくらいのイベントなのに、なーんで私が作法やらこの国の歴史の勉強やらをしなきゃいけないの!? 先見の鏡さえあれば最強なんだから、さっさとソレイユにつれてけって言ってんでしょーーーお!!?』
『聖女様。聖女となるためには、神に認められなければいけません。そのためには多くの教養を身につけねば』
『神様なんてねこねこにゃんにゃんじゃあああーーん!!? 人間形態ならイケメンだけどーー!!』
『ねこ……にゃ……?』
イケメンが困惑している。そんなことより、結子ははっきりと“ゲーム”と言った。ヴェダーやソキウスは、異世界から来る女性は不思議なことを言うのだなあ、という顔をしていたけれど、私とロータスは違う。互いに目を合わせ頷く。結子はこの世界をゲームだと知っている。私と同じ生まれ変わりなのか、それとも異世界転移なのかわからないけど、確実に五つ葉の国の物語のプレイヤーだ。
枝を使わせろ使わせろと地団駄を踏む結子に、イケメンは困惑して眉間の皺を深くしている。「……ナバリ聖司祭か」「知ってるの?」 ロータスは、ああ、と頷いた。
「直接の面識はねぇよ。ただ、街を離れる少し前に若い司祭が教会で聖司祭として異例の抜擢を受けたと聞こえていた。あれが三年前だから、今はもうちょい上の役職にいるかもしれん」
「おお……」
ロータスの代わりに教会の偉い人が聖女付きになっているということだろう。謎の結子の単語についていこうと必死でちょっと気の毒だけど。
『ううう、もういいわかった! それならもう世界樹の枝は使わない! 勉強なんてしてらんねーーー!』
一周回って潔い。いやそれでいいのか。ナバリ聖司祭は、『エ、エッ!?』と顔をひきつらせていた。苦労人の匂いがする。
『それなら第二の依頼! エルドラドの捜索はどおおおなってんの!?』
次に首を傾げて私を見たのはソキウスである。私の本名はエルドラドだけど、もともと村でもエルの愛称で呼ばれていたし、悪役にはなるまいという覚悟を決めて、エルドラドの名は捨てた。エルのこと? そんなわけ……え? なんなの? と言いたげなソキウスの視線はサクッとスルーした。それより、結子が私を捜している事情の方がずっと気になる。
『……金髪の、奇天烈な服を着た女性、ですか』
『奇天烈な服じゃない、痴女みたいな服よ!』
『申し訳ございませんが、エルドラドといった魔族の所在は未だ調査中です』
痴女という言葉をナバリ聖司祭は華麗に無視した。
『いえ、三年ほど前のことではありますが、そういった魔族を見た、という目撃情報でしたらいくつか……ただ、あまり調査も進んでいないようで』
『な、なんでよお! ちゃんと、魔族を聖女様がぶちのめしてあげるから教えなさいって一言一句間違えずに伝えてる!?』
『……伝えてはいるそうですよ』
むしろそれが問題なのでは、とぽそりとナバリさんが呟いた言葉も、結子はヒートアップして聞こえていない。
『魔族が目撃された際、街の一部が破壊されるという事件がありました。原因は未だにわかってはおりません』
『そんなのエルドラドが犯人に決まってるじゃん!』
『それが、破壊の規模に対して、死者は一人もおらず、怪我人の数も極端に少なかったのです』
『……だから?』
『姿は見かけた。けれども、なぜそんなことになってしまったのか、誰も、何もわかっていないのですよ。調べようにもなにぶん三年も前のことですから、限界があります』
「これは調査の仕方が悪い。金髪の女の魔族を捜しているとだけ言えばよかったのに、ぶちのめす、なんて言葉を使ってしまったら口を閉ざす市民も多いでしょう。エルの行動が悪意のあるものではなかったと確信を持っている人は少なくとも、心の底に沈む感情はあるものです。強すぎる圧に対して、人は返って逃げてしまう。このナバリという男は気づいてはいるでしょうが」
ヴェダーが私の手のひらを覗き込みながら呆れたような声を出した。なんとも言うこともできず、私はただじっと手元を見つめた。
『カーーーッ! 勉強がだめってんなら、エルドラドを倒して強制ストーリーを進めちゃえばと思ったのにぃーーー! 襲ってこいよーーー!』
「…………」
さすがに、うーん……とコメントしきれない気持ちだ。クラウディから出ていてよかったなあ、と思わないでもないし、クラウディにいたままだとしても、結子を襲う気は毛頭ゼロなのでどっちにしろ期待には応えることができそうになく大変申し訳ない。
『まだまだレベルは断然低いけどっ! でも、こっちは裏技で一発KOできるエルドラドの弱点も全部わかりまくってるから、あとは戦うだけっていうのに……! 護衛騎士のロータスもいないし、アーーッ!!』
結子は頭を抑えて苦悩した。っていうか私の弱点ってなんだ。初耳である。考えても考えても、弱点だらけなんですけど……?
『アアアアア五つ葉の国の物語は途中で加入するキャラも多いから経験値システムが特殊で狩場を使えば一瞬でレベルが上がるから強敵さえ倒せば一気にレベルと一緒に聖女に対する信仰心ポイントも上がるしポイントが上がったら神様にオーダーできるから色んな特典使えるし二周目特典追加のエクストラモードで隠しルートも隠しキャラも解放してイケメンウハウハパラダイスの始まりなのにまず! 城から! 出ることが! できないんですけど!?』
なんていうかもうやばい。というか結子、どう考えてもガチ勢である。私のようになんとなくプレイしていたふわっとユーザーなどお呼びではない。それがヒロインと悪役の差なのか。
ファ~~~! と叫んでいる結子の声が響き、少しずつ小さくなる。光り輝き、水の中に写り込んでいた光景も、次第に遠くなっていく。静かな沈黙が流れた。随分長い。誰も、何もいえなかった。やっとのことで、初めに口を開けたのはヴェダーだった。
「……今、彼女は何を言っていたのですか? ところどころ、知っている言語はあったものの、まったく理解ができませんでした。同じ言語であるとは到底思えません。もしかすると、何か別の魔術的な言葉を使用していたのでは」
口元に手を当て、純粋なる考察が始まる。なぜだろうか。むしろ私が辛くなった。
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