63 メンタルタフすぎ

 

 ぐずぐずおいおい泣いてしまった私に、ヴェダーは優しくハンカチを渡してくれた。すっかり心を折られて、半泣きになっていたはずのソキウスも同じく。せっかくの心遣いだ。ありがとうございますと右手左手で受け取り使わせていただいた。ロータスは素手で、ハンカチ男子達に、水分ならまかせてたもれとぐりぐりうりうりしてくるスライム達。各人個性的か。いやいいんだけど。


 鼻をずるっと音をたててすすって、若干の気まずさをごまかした。誰だって、泣けば気まずいに決まってる。


「と、言うわけでして、あなた方がここに来たからには、何らかの意味があると、私は思っています」


 買いかぶられている、というよりは対話ができる相手だと思われているのかもしれない。それだけでも十分すぎることだ。魔族は同じ言葉を操っていても、会話なんてできないと考える人も多いだろう。


「そもそも、魔族とは一体何者なのか。人類の歴史の中で、突如として生まれた存在は、まるで黒い小箱のように誰しもが開けることをためらった。一般的には葉を枯らし、国を壊すものだと考えられていますし、私自身も、恥ずかしいことですが、“そういうもの”なのだと認識していました。けれども、あなたを見ているうちに、魔族と人はひどく近しいものではないかと思うようになったのです」


 このヴェダーの考えは、物語でもそうだった。結子とともに世界を旅して、魔族と敵対するうちに、彼らが目的をもって行動していることを知る。それは、自身の領域を守ろうとする、しごく当たり前の行動なのだと理解し、ルートに寄っては、ヴェダーは誰よりも早く『魔族と人は同じものである』と主張する。


 異世界人で、この世界の常識もない結子は、なんの葛藤もなくその言葉を受け止めるけれど、他のキャラクター達にとって、飲み込むには難しいものだった。形の上では魔族と手を結び、国を発展させていこう、という大団円エンドはあるけれど、魔族の中にも様々な派閥があるようで、敵の敵は味方だから手を組んどこうぜ的な、ハッピーとは言い難いエンディングだった。


 なんにせよ、最終的にヴェダーが行き着く思想であるにしても、あまりにも時期が早すぎる。私の行動の結果として変化したのだと思うと、なにやら不思議な気分だった。どうにもくすぐったい。私をエルとして見ているヴェダーを相手にして、私も彼を、“ヴェダー”として見なければならない。わかりました、と言葉を告げた。


「……私達は、先見の鏡を求めてこの場に来ました」

「先見の鏡ですか?」


 鏡は、副塔である彼でさえも知らないお宝だ。聖女がこの世界に召喚されなければ使用できないのものだから仕方がない。はい、と頷いて、ソキウスにしたものとまったく同じ説明をする。「そんなものがあるのでしたら、ぜひとも私も確認させていただきたいですね」とモノクルをなでつつ、知的好奇心を抑えきれない様子だった。


「しかし、疑問はあります。あなた方はクラウディ国出身のはず。ソレイユの、しかもこの閉ざされた塔にある“先見の鏡”とやらの存在をなぜ知っているのですか?」


 ……とても痛い質問である。私はそっと自分の腹筋辺りに両手を置いた。後ろでは、たしかにそうだ、呟くソキウスの声まで聞こえた。適当にごまかすことができないなら、そもそも説明をしなければいいんじゃない? と思って、ソキウスにはその辺りはサクッと飛ばして説明した。いけるかと思ったらいけた。さすがソキウス、私の幼馴染。賢いように見えて、実は私と同じポンコツ気味な少年である。仲間意識しかない。


(乙女ゲームで知ってました~なんて言っちゃったら、ちょっとは信用してくれている現状も、一瞬でパァになる気がする……)


 まじつら。

 唸った。こういうとき、ロータスは私に口を出さない。放っているというわけではなく、信頼してくれているのだ。それでも何らかの判断があるとき、私はロータスやイッチに確認はするけれど、彼らは基本的に決定事項として頷く。だから、信頼に応えるべく、さらに唸った。思いつかない。


 頭のいい人を相手にして、なんとか生き残るにはなるべく嘘を話さないことだ。下手なことを言うと、さらなる墓穴が待っている。ある程度事実に沿っていて、かつヴェダーをごまかすことができるような何か。難しすぎて沸騰する。


 そんな私を見て、「ふふふ、そうお考えにならないでください。全て理解致しました」 チャキッとモノクルの端をつまんだ。なんだと。


「あなたは先程、『私にはわかる』とおっしゃった。それに関連することなのでしょう? ならば、さぞ言い出しづらいに違いない」

「……う、うえ!?」


 ヴェダーに対してロータスが剣を突きつけたとき、止めてくれと叫んだ台詞だ。乙女ゲームで、ヴェダーというキャラクターを知っているから、攻撃しなくても大丈夫、という全てを詰め込んだ台詞だったから、たしかに関連するといえばする。というかガチガチのガチである。まさかそんなと挙動不審になる私の様子を見て、「やはりですか」と確信めいたようにヴェダーはふふりと笑った。賢い人間というものは、時空を越えてしまうのか。この世界が乙女ゲーだと、そんなことまでわかってしまうというのか。


「エルさん、これはあなたの固有スキルに関わることなのですね?」

「……ん、おふ、はい?」

「いえ、みなまで言わずともわかります。全ての魔族は固有スキルを保有している。かくいう私も、魔道具を扱う才としての固有スキルを保有していますが、人ですと数えるほどです。スキルを他者に知られるということは、あなた方にとって命取りでしょう。あなたの能力については、多言しないと誓います」


 なぜかモノクルのレンズ部分を逆光で真っ白にさせながら、ヴェダーはびしりと言い切った。


「あなたの固有スキルは、『未来を知ることができる』ことですね!?」


 ぜんぜん違う……。

 めっちゃ違う……とドヤ顔するヴェダーを見上げて思った。私の顔の表情が死んでいく。「そうです……」 いやほんと違うけど。


 自分なりの仮説を組み立てたらしい魔道具の天才は、「やはりそうだったのですね」とふんふんと興奮気味に頷いている。むしろその力を持っているのは私ではなく、私を狙っているらしい銀髪の魔族なのでは? と思わないではないけれど、口を閉ざした。


「それならば、あなたの全ての行動に説明が付きます。未来を知ることができるから、理解ができない行動を時としてする。そして、見ることができる未来も断片のみ、というところでしょうか」


 説明ができない行動をするのはポンコツだからだよ。深読みしてくださってすみませんね。「ソウデスネ」 もはや肯定するしかない。もうそれでいいです。


「ん? いや、しかしそれではおかしい。私はあなたが、気配の遮断や変化のような、認識を阻害させるスキルを保有していると思っていたのですが……」


 そっちの方が花丸大正解である。私の今までの行動を見てきたのだから、ちびエルも大人エルも私だとわかっているはず。イッチ達の姿だって普段は消しているのだ。ヴェダーはハッとした。


「そちらの方、ロータスさんでしたね。あなたも魔族、ということは、気配遮断のスキルは、まさかあなたが……」


 なんだか達磨落としみたいだ。私の能力をカコンとハンマーでふっとばしたらロータスに当たった。ロータスは魔族としては中途半端な存在だから、本来なら魔族全てが持つはずである固有スキルを保有していない。「……ああ、そうだ」 とりあえずロータスは空気を読んだのか、肯定した。空気を読めるロータスさんカッケーである。好き。


「なるほど、それなら……」


 と、言ったところで、ヴェダーはハッと顔色を変えた。まだなにかあるのだろうか、とげっそりしたとき、ヴェダーはひどく見づらそうに私の姿を見た。最初は黒のローブを着ていたけれど、どうせときどき巻き上がる風にうっふんあっはんなってしまうのである。コートの中に痴女が眠っているよりも、いっそのこと出しちまえと黒のローブは脱いでいた。


「その格好は、ロータスさん、あなたの趣味なのですか……?」


 堂々たるボディコンスタイルである。

 ひどく気まずい空気が流れた。痛い。とにかく痛々しい。ロータスは静かに腕を組んだ。そして返答した。「ああそうだ」 そうだじゃねーよ。


 いやヴェダーをごまかすための方便とはわかっているけれど。顔色すらも変えずに返答するロータスに中々の恐怖を感じた。メンタルタフにもほどがあるわ。

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