61 まるで悲劇な最後です

 

 しゃらりと、ヴェダーの首元にかけられた金の装飾具が揺れた。


「ま、待って!!!!!」


 ロータスが突き出した剣は、ピタリとヴェダーの喉元で止められた。ヴェダーは、私達を傷つける気なんてない。でもそれを、どう伝えたらいいのか。考えて、あぐねいて、強く拳を握った。ゆっくりと考えている時間なんてない。



「ロータス、待って、その人は大丈夫。から……!!」


 ロータスの大きな背中に向かって叫んだ。

 だって、ゲームの知識でわかるのだ。ヴェダーは、どう考えてもこちらに手心を加えている。乙女ゲームで知っているから。でもそんなこと、この場で叫ぶわけにはいかない。

 だから、ロータスならこの言葉だけで通じると思った。唾を飲み込むと、喉が妙に渇いていることに気づいた。ヴェダーは、ゲーム画面の向こうでなら何度も見たけれど、直接話したことなんて一度もない。いうなれば、ただの他人だ。でも、その他人が怪我をする姿を見たいわけではないし、そもそもロータス自身が本当は望んでいない。


 彼が望んでいないことをさせる。それが一番嫌だった。甘ったるい考えだ。馬鹿のようだと思う。人は恐ろしい。少し見かけや立場が変わってしまっただけで、一瞬にして態度を変える。わかっている。でもやっぱり、傷つけたくなんてない。


「…………」


 ゆっくりと、ロータスは剣をひいた。警戒はといてはいない。けれど、先程までの殺伐とした空気は消えていく。今度こそゆっくりと息を吐き出した。ヴェダーはというと、剣を突きつけられた際に、わずかに崩していた表情はいつの間にかひっこめて、やはり口元には柔らかく笑みを載せていた。


「どうやら落ち着いていただけたようで、なによりです」


 余裕綽々だ。

 ヴェダーはロータスとは互いに一定の距離を作ると、錫杖の先端で軽く地面をついた。途端にヴェダーの周囲を守っていたガラスが砕け散った。やはり丸腰というわけではなかったらしい。彼の全身は魔道具で守られている。しゃりしゃりと聞こえていた軽い金属がこすれるような音は、てっきり彼が持つ錫杖が鳴っていたものだと思っていたけれど、違ったらしい。


「そちらでへたり込んでいるのはソキウス、あなたですか」

「ひえっ」


 我が幼馴染ながら、いざというときの反応はものすごく私に似ている。育った環境が近くなると似てくるものなのだろうか。


 ――もう大丈夫みたいな? 

 ――どうスラ? 

 ――とりあえず落ち着くスラランよ


 ここにきて唐突に語尾にキャラ付けをするという暴挙に出ながらもイッチ達がソキウスの周りをもちもちしている。幻術スキルは使用したままであるので、ソキウスはなぜだか唐突に周囲がもちもちになるという謎現象に「ひええ、あわわ、なんなの、ひえええ」と混乱している。「なんで副塔様が俺のことなんて知ってるんだよおお」 そして泣いている。


 副塔とは、ヴェダーの肩書のことだ。ソキウスの言葉に、彼はわずかに肩をすくめた。


「一度顔を合わせた学生のすべては記憶していますとも。特に、真面目に授業を受ける生徒は好きですから」


 ヴェダーの言葉に、何をどう受けて良いのかわからないのか、ソキウスはうわあ、と文字通りひと泣きしてから、ごめん寝ポーズで崩れ落ちた。その上にイッチ達が飛び乗り、ウェイウェイしている。やめたって。


「改めまして、私の名前はヴェダー・クラートと申します。この魔道の塔の副塔です。よければ、お見知りおきを」




 ***




 あなた方が魔族だからといって、特に私は何をしようとは思ってはいません、とゆっくりとした口調で語るヴェダーの言葉が、どこまで本当であるのか。それは私にはわからない。ロータスにはわかると叫んだけれど、あくまでも想像だ。

 ゲーム本編での性格を知っていたとしても、100%彼を理解しているなんてもちろんいえない。


 ゲームでのヴェダーは冷静、丁寧な物腰、けれども行動そのものはひどく合理的で、必要であれば躊躇なくエグいことをやってのける。五つ葉の国の物語で、多分一番エグい男である。だから初めに風を叩きつけられたとき、ヴェダーにしてはあまりにもぬるすぎる攻撃だと思った。次に、飛び上がったロータスを邪魔した枝の動きもそうだ。ヴェダーなら逃げ場を断つだけではなく、直接拘束するくらい、いくらでもやってのけたはず。


 ヴェダーは、ただ私達を観察していた。自分の行動に対して、どう返すのか。動きそのものを確認し、こちらの意図を掴もうとしていた。だから問答無用で私達を排除しようとしているようには見えなかった。


「あなた方が使用した世界樹の枝はですね、使うと私個人にもわかるようになっているんですよ」


 世界樹の枝とは、ショートカット機能のことである。

 つまり、魔道の塔に入ってきた時点で、全部がヴェダーの手のひらの上だったということになる。にっこりと微笑むととにかく瞳が細くなって、人の良さそうな顔になる男だが、ヴェダーは合理の鬼の塊だ。わかっていたくせに、なぜ私達を放っておいたのかと考えると、なんだか頭が痛くなる。


「スライムさん、いらっしゃいますね」


 姿は隠している、はずなのに、ヴェダーは迷うことなくイッチ達に目を向けた。

 どうして、と驚く間もなく、ヴェダーはひとつ、指を鳴らした。驚きのことに、サンの体が持ち上がる。た~~すけてぇ~~とヘルプを求める仲間にイッチが飛びつき、ニィも飛びつき、ついでに私も引っ張った。ロータスが剣に手をかけ、ヴェダーを振り向いたのを見て、「すみません、ちょっとした冗談です。でも、やっぱりそこにいたんですね」 


 今度はみんな一緒に勢いよく落ちた。衝撃で、三匹の幻術スキルが取れてしまってぴくぴくしている。


「この国にはほとんどスライムはいません。なので、探知の魔道具で存在に気づいたときには驚きました。残念ながら逃してしまいましたが、きちんと印はつけていますからね。どこにいるのか程度なら、すぐにわかる」


 えっ、と私はサンの体を両手で持ち上げて、ぐるりと回した。すると、下の辺りに赤いぽっちりした何かがあった。小指の先くらいで、絵の具がわずかについてしまったと思う程度のあとで、じっくり見なければ気づかない。慌てて確認しようと指をぐさりとつきさした。そのとき、悲劇が起きた。サンはぶるぶると見たこともないくらに高速で震え、まるで乙女のごとく、絹を裂くような悲鳴を上げた。ヒアアアアア。なんだなんだと驚く暇なく、言葉を続ける。


 ――そ、そこはお尻なのよォーーーーー!!!


「お、お尻にあるそうです!!!?」

「えっ!!?」


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