52 見知らぬ部屋の中
ここは、結子の部屋だ、と思ったけど、実際に結子の部屋というには語弊がある。
結子がソレイユの国にて召喚されて、ここ、カーセイの都へ滞在することになる部屋、といった方がいいかもしれない。やっぱり結子はソレイユに召喚はされていなかった。そうじゃなければ、部屋がこんなに汚れているはずはないし、こんなにイッチ達がハアハアと興奮しているはずもない。ただただ掃除がしたくてたまらず、こらあかん、こらあかんですわ、言ったじゃんおもしろい場所だったってとイッチ達が互いに舌なめずりをするかの如く会話している。
こんな最高素敵な場所、独り占めできないじゃ~~ん? とスライムの本能を必死で飲み込みここから逃亡して宿屋に向かったサンらしいけれども、おもしろいってそういう意味かい。
「……申し訳ないけど、ここの掃除はしちゃだめだよ」
マジでサンったらスライムの鏡~~とイッチとニィがサンをわっしょいしている様を見つつ、すまんと告げると、サンはべしょっと地面に叩きつけられ、落とされた。三匹は呆然として私を見上げている。打ちのめされたショックを隠すことができない様子であった。めちゃくちゃに心が痛い。だっていきなり部屋がぴかぴかしたら、怪しいことこの上ないじゃん……。
先見の鏡とヴェダーにバレるリスクを天秤にかけると、リスクの方が高いと一時は考えたけれど、こんなにあっさり侵入できるルートがあるのなら話は別だ。ヴェダーは今頃逃げたサンを捜しているかもしれないけれど、灯台もと暗し、まさかこんなに近くにいるとは思わないでしょう、と考えてくれたらいいなと希望的観測だけど、ささっと侵入して、ささっと逃げる。これならなんとかなるのでは。
「……と、思ったけど、よかったのかな~~!?」
大きな声を出せないけれど、すんすん泣いているイッチ達を両手で抱きしめて慰めつつ、自分の選択にどんどん自信がなくなってくる。言うなれば、ここは敵の本拠地だ。いや、敵とかそんなんじゃないけど。でも少なくとも味方じゃない。
今なら来た道の逆ルートで街に戻ることができる。でもこうして、どうしようとぐずぐずしている間に、ヴェダーがやって来てしまうかもしれない。唸っていたのは一瞬だ。「問題ねえよ」 ロータスが腰のに差した二本の剣のうちの片方に手を添えて、静かに告げた。
「見つかったなら逃げりゃいい話だ。お前ら連れて逃げる程度なら、俺がなんとかする」
後悔残して逃げるくらいなら、さっさと行くぞと言う彼に、私はそっと自分の両手を握って呟いた。
「……ろ、ロータス……イケメン……すき……っ!!」
「おうよ」
バカップルをしている場合ではない。
部屋の中は薄汚れてはいるけれど、普段から人が利用していないだろう、と判断する程度ですっかり放置されてしまった場所というわけではないようだ。ゲームで結子がこの部屋を使用していた理由の説明はなかったけれど、結子の部屋が世界樹の枝とつながっている、というよりも、世界樹の枝とつながっている部屋を結子の部屋にした、と言った方がいいかもしれない。
それなら要人用の部屋だとするならば、もっと綺麗にしててもいいように思うけれど、合言葉ときちんとした場所の把握が必要とはいえ、魔道の塔と外を無防備に繋ぐルートだ。普通のメイドさん達や下働きの人達を部屋の中に入れるわけにもいかなくての現状かもしれない。
現在でも部屋は誰がいきなり来ても、慌てて掃除をすればなんとかなる程度にはものは揃っている。クローゼットを開けてみると、いくつかローブがかかっていた。真っ黒いローブは、街の中や塔を外から眺めているときに見たもので、魔道の塔の制服だ。これさえあれば、ちょっとの間なら歩き回れるだろうか。
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