46 窓を上って

 

 ロータスからなんとか保護者みを封印させ、私達は再度えっちらおっちらと学び舎の周囲を回った。イッチとニィの姿は消しているけど、周囲にはすぐ近くに人もいないから、ぼよぼよと足音ならぬスラ音を響かせている。お留守番のサンは大丈夫だろうか。踊り狂いすぎて分裂していないだろうか。


 心の中でいい汗をかきすぎてヘイヘイしているサンを想像しつつ、やっとといっていいのだろうか、さらに人気が少なくなった。塔を見ると、理由はすぐにわかった。窓がほとんどなく、入り口もない。増築を繰り返したものだから、どうしてもいびつになってしまう箇所がある。明かり取りのためだろうか。ぽつんと一つ、窓がある以外はレンガばかりがまるでのっぺらぼうのように詰まれていて、固くて堅牢だ。はー、とため息をついてみんなで見上げた。ゆっくりと太陽が沈んで、少しずつ空はオレンジ色になっている。


「ここならなんとか、どうかなあ」

「手を伸ばすには遠すぎるな」

「飛んだら早いけど、万一見られたときを考えたら、ううん」


 明かり取りの窓は、だいたいロータス二人分の高さだ。鍵だって閉まっているかもしれないし、窓を割って中に入って、騒ぎにしたくもない。「お、おお」 いいものを見つけてしまった。うん? と首を傾げるロータスも気づいたのだろう。窓のすぐ上に、レンガがぽっかりとない箇所がある。崩れてしまって、修繕中のまま忘れ去られてしまったのだろうか。ロータスなら確実に無理だけど、私ならにゅにゅりと入り込めそうだ。


 そこから入って、鍵を開けて、ロータスを呼ぶ。タイミングを見計らえば、そんなにリスキーではない。多分。「おいエル……」「待ってねロータス、今称号を野生児に変えてるから!」「変えてるからじゃねえって」


 私はステータスの称号を変化させることで、若干のパラメーターの変化を行うことができるのである! 野生児はその名の通り、野生児となるのである! 説明が虚しいので以上として、まあまあ、大丈夫、となだめて、よっこいせと壁に足をかけてみた。


 さすがに垂直であったのなら何をすることもできなかったけど、うまい具合に傾斜がついているし、ぽっこりとつかみやすいでっぱりまである。つまりは壁が崩れやすくなっている現状なので、さすがに慎重に野生児を発揮する。「エル、やめとけ。俺がいく」「私が行くのが、一番早いから大丈夫!」「お前な……」


【壁のぼりスキルを取得しました】


 いいねいいね。登りやすくなったね、とコツをつかむと同時にスキルを習得した。私の心の中の猿を開花させ、ウキウキとしゅるしゅる進んでいく。


 自分の中の知らぬ才能を爆誕させつつ、窓を避けて、よっこいせ、と体を斜めにさせて目的の場所に手を伸ばす。指先がひっかかった。やった、と息を吐き出すと、下で待ち構えるようにしていたロータスが、ほっと息をつく声が聞こえた。距離があるから聞こえるわけがないのに、きっとそうなんだろうと思った。


 ロータスは私よりも、なんでもできるし、色んなことを知っている。だから、いつもロータスにばかり頼ってしまう。それはよくないし、なんだか嫌だ。自分ができることは、私だって役に立ちたい。とかなんとか、とっかかりを指にひっかけたまま考えて気を緩ませたとき、ふと、ネックレスがちりちりと揺れていることに気づいた。夜にはまだ早いのに、おかしいな、とさっきも考えた。


 けれどもすぐそこの窓が開いたとき、ぞっとした。体を斜めにしたまま、唇を噛んで、固まった。人の気配がする。目を白黒させた。でも、窓を開けた人は私に気づいた様子はない。ふわあ、とあくびをする音がする。閉めろ、閉めろと祈るのに、閉めてくれない。でも、足音がした。窓から離れたようだ。ようし、と腕をもう一度腕を伸ばした。(せ) ふん、と思いっきり鼻から息をすいこむ。(せいやーーーーー!!!) 声にもならない気合である。捻じ曲げた足と体を必死に窓にぶらつかせて上った。たどり着いた、と思ったのに、握りしめたレンガごと、私は地面に落っこちた。




 ***



 あくびをした。

 教師の中には、見習いの学生達をただの荷物運びのなんでも屋と勘違いしているやつもいる。まったく、と固くなった体を誤魔化すように窓を開けた。オレンジ色の夕日がとろけて、数少ない明かり取りからくたびれた塔の中を照らしていく。


 ソキウスは、この時間が一番好きだ。もう少し、真っ赤になればいいのに、とふとしたときに考える。それと一緒に、胸元のネックレスを撫でるのが少年の癖で、本人だって知っていた。窓から背を向けて、作業の続きとばかりに埃をかぶった魔道具達の手入れを始めた。いや、始めようとした。ネックレスが、ちかちかと光っている。奇妙に思って、振り返った。窓の頭部分で、小さな足がばたついていた。


「え、はあ!?」

「う、う、うーーー……!」


 多分、その足は自身に必死でこっちに気づいていない。空に消えた、と思ったら、今度はまるまる落っこちてきた。無意識にも、ソキウスは窓に向かって両手を突き出した。少女だ。彼とよく似た金の髪が、きらきらと夕日に反射している。


 ソキウスは、必死で彼女を抱えるように、手を伸ばした。落ちてくる彼女を受け止めようと、ただそれだけ、必死だった。

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