45 保護者みとても強い

 

 物語が本筋通りにいなかったとき、一体どうなるのか。

 私とロータスは敵同士で、背中合わせだった。なのに彼は魔族となってしまって、私の隣にいてくれる。私達がいる場所はクラウディ国ではなく、燦々と真っ赤な太陽が輝いているソレイユだ。お掃除を我慢してときおりぶるりと震えるイッチ達を膝の上に持ってきつつ、重たい息を吸い込んだ。


 ――聖女って、本当に召喚されるのかな?


 さきほど、ぽそりと呟いた自分のセリフだ。

 私はただなんてことなく呟いただけ。そんなふりをしたけれど、これでもロータスとは長い付き合いになってきた。私がロータスのことがわかるようにロータスだって私のことがわかってしまう。


「……聖女が召喚されなかったときは、どうなる」


 聞かれたくない言葉だった。ふよふよのイッチを膝の中で抱きしめた。ゆっくり息を吸い込んで、顔をうずめる。ロータスの表情は見えない。


「この世界が終わる」


 ぽつりと漏らした言葉は、そのまま窓の外へ吸い取られていくみたいだった。




 ***




 けれど、もし本当に結子がこの世界に召喚されたとして、そのとき私は『お願いです、世界を救ってください』といえるのだろうか。


 原作だと、無理やり彼女は異世界から召喚されたはずなのに、祈りを国に捧げることを強要され、わかりましたと二つ返事で頷いた。期間は一年と区切られてはいたけれど、本来なら彼女には断る権利があったはずだ。そういう物語だから。選択肢になかったから。何も考えずにポチポチ決定ボタンを押して進んでいたけど、彼女にだって否定する権利はある。


 と、色々考えたところで答えはなく、当面の活動場所を手に入れることができたと宿屋の部屋を整え、私とロータスはそびえ立つ“学び舎”の前にてぐっと口元を引き結んだ。


 この場所では、たくさんの学生達が魔道具について学んでいる。見た限りでも、ちらほらと窓から学生の姿が見えた。周囲には同じく黒いローブを来た子達が扉を行き来している。しかし大きい。街の中心に位置する、長い塔は街全体を覆うドームを支えるほどに大きく、繰り返された増築部分は、まるで木の枝のように色んなところに伸びている。


 周囲には見えないように幻術スキルで姿を消したイッチとニィ、そしてロータスとともに、うむう……と眉を寄せつつ塔を見上げていた。首が痛い。


 ちなみにサンは荷物番として宿屋に残ってもらっている。みんなが戻ってくるまでの間、この部屋ぜーんぶ、をぴっかんぴっかんのとぅるんとぅるんにしちゃうからね! と魂のまま横揺れに激しく震えていたので、ちょっと心配であるけれどもさておき。



「……で、先見の鏡はここにあるのか?」

「そう、うん、そう、そうなんだけど……」


 ゲーム本編では、聖女である主人公も生徒の一人として学舎の中に入ることができた。けれども今の私達はただの観光客であり、入れてくださいとお願いするにも怪しいし、先見の鏡が、まだ“回収”できるかもわからない。決まった時期にしか入手することができないのだ。しかしなんにせよ建物の中に入らなければ話が始まらない。と、いうのに、どこもかしこも人だらけでどうしたものか、とロータス達とともにぐるりと建物の周囲を回って確認してみたものの、中々遠い。


「まだ最初の場所にたどり着かないね……」


 おう、とロータスが返事をした。足元でぼよぼよとイッチとニィが揺れている。地面が遠い。気づいたらロータスにおぶわれていた。なんでや。


 歩いて回って、随分遠くて、建物も高い。見上げて背伸びをしているうちに、まるで定位置のごとく彼の背中に負ぶさって、てこてこ進んでいる自分が恐ろしい。

 いくらロータスが力持ちといえど、こっちだって以前より手足が伸びて大きくなっているのである。だからこうしてほいほい持たれたら困ってしまう。と、思いつつも、空が少しずつオレンジ色に染まっていく。早くしなければ日が沈んでしまう。夜になると、首からこっそり提げているネックレスがときおりちかりと光るのだ。いつもよりも早くわずかな反応があったのは、新しい街に着いたからだろうか。


 こうしてロータスが運んでくれる方が、効率的なのだろうけど、なにやら複雑な気持ちのままもぞもぞ動いて唇をへの字にした。ロータスがこっちを抱えるときはだいたいピンチなときなので、こうしてまったりしているのは珍しい。だから冷静になると、なにやら複雑な気分になるのである。ロータスの肩をちょこんと小さな手で掴みつつ、若干唸った。


「……ううん、うん、ううん……。ロータス、大丈夫だから。下ろそう。下ろしてください」

「ん? おう、そうか。こけんなよ」


 保護者みが強い。とても悔しい。


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