44 続く、結子。そしてエル
――結論から言うと、ロータスはいなかった。
ゲームではこの国一番の騎士であるはずなのに、そんな人間はいないのだと。絶対おかしい。いつも暗い瞳をしていて、魔族のことが大嫌いで、口数が少ないのに私だけ優しかったロータス。クラウディ国に召喚されたときは、一番に私の仲間になるはずなのに。何度もプレイしたルートだ。
「おかしいでしょ、そんなの!!!」
呼び出した責任者を前にして、勢いよくテーブルを叩いた。
「そんな、と言われましても……ロータス、という名前の騎士に心当たりは……」
「いる、絶対! 隻腕で、隻眼で、黒髪の豪腕の固有スキル持ちとまで言ったらわかる!? 隠さないでよ!」
最初に出会って、イケメンだと思ったはずの教会のお偉いさんも、ロータスに比べればへのへのもへじだ。ロータスがいないなんておかしい。そんなの五つ葉の国の物語じゃない。隠しキャラのルートは美味しかったけど、やっぱり一番の本命は彼なのだから。私はロータスとくっついて、恋人になって、この国でハッピーエンドを迎える。そう決めている。
元の世界に戻るか、そうしないかは彼の恋人になってから決めたらいいことだ。力いっぱい叫んで、高そうなテーブルを叩いた。真っ赤な顔をして、頬をぱんぱんにさせた私が壁にかかった鏡の中に写っていた。
「エルドラドと仲良くなるルートもあったけど、私あの子嫌いだし! 物理で攻めたらあんな牛乳、ボコボコだから! バットでタコ殴りにしてあげるから!」
聖女様、あまりお言葉がよろしくはないのですが、と呟かれた言葉を無視して叫んだ。
「ロータスがどこにいるのか、探してよ! じゃなきゃあこの世界に来た意味なんてないじゃない!」
この国に来たばかりの聖女が知ることもない情報を知っている。そんなことは、聖女だから、の一言で片付いた。確認させたところ、たしかにロータスと言う名の騎士は過去に所属していたことがわかった。けれども三年前、魔族の襲撃が起きた際のどさくさに辞めて、どこかに消えてしまったらしい。
最後にロータスと話したという短い煙突みたいな帽子を被った門番に詰め寄ると、「いやあ、さすがにどこに行ったかまではわかりませんよ。へ? いやいや隠してなんかいやほんとに!」と両手をあわあわさせていた。変な白髪の男だった。
「旅に出たって、どういうことなの……」
過去に騎士団に所属していた男と、ロータスの見かけはよく似ていたけれど、彼は隻腕でも隻眼でもなく、普通の青年だった。年齢を計算してみても、本人に間違いない。
聖女が召喚されると、どこからか情報を入手した人嫌いのエルドラドは、すぐさま私の邪魔をしに来るはずだ。チュートリアルの終了はロータスを仲間に入れて、彼女を撃退すること。エルドラドは幻術を使用する。魅了に近い反則技で、男性キャラを連れて行くと100%負けてしまう。だからこれは負けイベントで、途中で飽きたエルドラドが聖女をあざ笑って消えていく、という流れまでがセットだ。
でもゲームをやり込みまくった私である。そんな負けイベントなんかで不愉快な思いになんてなりたくない。だからやり込んだプレイヤーしか知らない反則知識でボコボコにしてやろうと思っていたのに。襲ってもこない。爪をかんだ。
クラウディ国で敵対する魔族であるエルドラドと、味方であるロータスがいない。こんなことってあるだろうか。なんらかの作為があるような気がした。……頭の中で、女の高笑いが聞こえてくる。背中に蝙蝠のような羽根をはやして、ボインボインと想像の中で胸を揺らしてニヤリとしたところで八重歯が見えた。……これは、もしかしなくとも、エルドラドの悪事の一つなのでは。
可能性として、ありうる。なんて言ったって、彼女は私の敵なのだから。
「……ソレイユに、行かなきゃ」
あそこは魔道具が集まる学園都市だ。先見の鏡があれば、自身のこれからの行動もわかりやすくなる。まずはロータスを見つけなければいけない。負けてなんてなるものか。
「枝を伸ばして、他の葉へ繋いで! はやく、私をソレイユに連れて行って! 先見の鏡を手に入れなきゃ……!」
***
「先見の鏡か。随分と名前の通りの便利なものがあるんだな」
「そうでしょそうでしょ、と言いたいところだけど、実は聖女にしか意味がないものなんだよね」
ソレイユに行く目的については、すでにロータスやイッチ達に話して了承はもらっていた。でも、自分じゃ説明したつもりになっていても、実際はちゃんと伝えきれていないこともあるかもしれない。久しぶりの宿屋をとって、部屋の中で解説する。幻術スキルをといたイッチたちが、へいへいと部屋の隅から隅まで回って暴れて綺麗にしていた。不自然なまでに部屋が美しくなってしまいそうでとても怖い。来たときよりも美しくになってしまう。標語か。
「聖女にしか意味がねえ? 先のことは全部わかるんじゃねえのか」
「あっ、やっぱり説明してなかった? ごめん、もう一回伝えるね。あとイッチ達も一応聞いてね、落ち着いてね。落ち着いて。……落ち着けィ!!!」
ぼよよん、ぼよんぼよよんよん。新しい部屋の掃除にテンション爆上がりな三匹である。正直ちょっと跳ねすぎじゃない?
あつまれあつまれ、とベッドの上にぼよぼよを移動させつつ、椅子に座ったロータスに語った。
「先見の鏡は、主人公である聖女に次の行動を教えてくれる行動の指針なんだよ。だから、私達が持っていたとしても、私達の今後がわかるわけじゃない。こういう言い方はよくないけど、ソレイユは比較的イージーなルートなんだよね。レイシャンとクラウディ国はノーマル。ヘイルランドはハードみたいな」
主人公は四つの国のうち、どこに召喚されるかはランダムだけど、実績が解除されると、聖女は世界樹の枝を使うことができるようになる。世界樹の枝とはどこの国でも一瞬でいけるようにワープ機能のことだ。例えば最初に召喚されたのがクラウディ国でも、途中からはソレイユのルートに移動することができる、マルチシステムが搭載されている。
「ソレイユのストーリーの難易度が低いのは、先見の鏡、つまりヒントモードが搭載されてるからなんだ。敵対する魔族も一番弱いから、ゲームが苦手な人はソレイユがおすすめのルートになるね」
「うん……?」
ちょっと用語に走りすぎた。
「とにかく、先見の鏡は聖女にだけしか使えない。手に入れられる時期も決まってるから、早く来すぎても意味はないんだ。本来なら聖女以外の人間が使っても、わかることは聖女の行動だけだから意味はないけど、逆に言えば、聖女の行動を把握することができるってことだからね。ぜひとも入手したいところ」
なんていったって、今、聖女である結子が四つの国のどこに召喚されているかもわからない現状だ。
「私達が今いるソレイユに召喚されていることはない、と思うけど……」
「なんでだ?」
「それならこの都も、もっと大々的にハッピーな雰囲気になってそう。聖女のお迎えパレードとかあったもん」
なるほど、とロータスは頷いた。だいたいの国では、聖女の存在を手放しで喜ぶ。「それじゃあ、他の三つの国となると、俺たちがいたクラウディ国に召喚されている可能性もあるな」 ふと呟かれた彼の言葉に、どうかなあ、と唸った。
「クラウディ国はねえ……ううん。どうだろ。ロータスがいないからなあ。ストーリーが謎なことになっちゃうから、そこに召喚されてることはないような、でもそんなの関係ないような」
私がこうしてロータスと一緒にいることは不可抗力なわけで、ゲームのストーリーに関わっているかと言われるとよくわからない。本来なら、私達はありえない組み合わせだ。魔族と、それを嫌う男の人。奇跡みたいな組み合わせで、ちろりと彼を見上げた私を不思議そうに腕を組みながら片眉を上げた彼を見て、ひどくくすぐったい気持ちになった。でもすぐに落ち込んだ。
「……これはそもそもの可能性なんだけど」
ぽそりと呟いて、ふと、息をとめた。それからまっすぐに、けれどもいびつに空へと伸びている魔導学院を宿屋の小さな窓から見つめた。
「……聖女って、本当に召喚されるのかな?」
――エルドラドである私が、ただのエルとして生きて、攻略キャラの一人であるロータスと一緒にいる。これは本当に奇跡みたいな組み合わせで、同時にとてもおかしなことだ。
……だから、本筋通りに行かない可能性だって、きっとあるに違いない。
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