閑話3
現在ステータス称号 : 野生児
「野生児ってなんだろねほんと野生児って」
「俺に聞かれてもしらねえよ」
言葉として屈辱的なはずなのに、使い勝手がいいのでちょいちょい使用してしまう野生児。木と木の間をぴょんぴょん跳んでいるうちに、何かが目覚めそうになる野生児。私はいくつかの称号を持っていて、その称号を【ステータス】で【付け替える】ことによって、能力値が変化する。
野生児は文字通り運動能力が向上するし、他にも幻術スキルの能力補佐になる称号もある。つけた変化は自分自身で実感するしかなくて手探り状態だけど、その分判明している称号は力強い。でも悲しいことに、称号なのだから、もっと胸を張れるようなものがあればいいのにそれがない。辛い。
「もうちょっと……こう、なんだろう、異界からの住人! とか、先を知る者! とか、こう、わくわくするようなものだったらいいのに……」
「それは……嬉しいのか?」
少なくとも私の魂は震える。表面上はやだぁ、恥ずかしい~~なんて言いながら心の中の憧れはつんつん刺激されてしまう。どう好意的に見ても野生児、だとか、まぬけな嘘つきだとか、悪意があるような気がする。絶対もっといい名称はあったはず。いや、誰がつけているのか知らないけど。もしかしてアナウンスさんが犯人なのか。
「そもそもステータスなんて普通の人間には見えねえからなあ。便利だと思うがねえ。自分が何のスキルを持っているかもわかるんだろ。そりゃ喉から手が出るほど欲しいやつもいるだろ」
「うーん……」
言うなれば、自分の能力と才能を把握できるようなものだ。なんとも微妙なスキルばかりだなあ、と思っていたけれど、それでも積み重なればいざというときには役に立った。これがなければ、こんな風にロータスが隣に立つことはなかったし、イッチ達とも出会っていない。確かに、と改めて自分の中の評価を変えた。これがなければつんでいた。
「感謝……うん、感謝なのかなあ。あ、ロータス、その草食べられるよ」
「お。まじか」
鑑定スキルで見たから間違いない。【そこら辺に生えてる草だけどおいしい】と書かれている表示を確認した。小学生の感想文か。もうちょっと吟味して。せめて正式名称を書いて。
ロータスに魔力を分け与えたからか、一部は消えてしまったスキル達だけど、一番最初に復活したのは釣りスキルだ。もしかすると、私は釣りの才能があるのかもしれない。私が作るよりもよっぽど器用なロータス作の釣り竿でよっしゃあ! と勢いよく釣り上げて、【そこら辺に生えてる草だけどおいしい】を付け合わせにすることにした。たまたまやって来たモンスターに魚を渡して、交換条件とばかりにお口からごうごう炎を噴き出してもらう。おっとこの光景、どこかで見たぞ。
串に刺さった、見事に油が滴るジューシーなお魚を持ち上げて、イッチ達から渡される水を水筒の中に入れる。ごくんと飲んだ。「おいしい! もういっぱい!」 と酔っていないのに気分は酔っ払いである。うぇい。何でも食べられるけど、お魚おいしいね! ジューシーだね! とイッチ達にも大好評だ。
そんな様子に、ロータスはうーん……と唸って、次に刺す串の製作に取り掛かっている。ロータスが案外器用なのだということは、一緒に旅をして知ったことだ。
「なんつーか……お前ら……サバイバル、強いな」
「水を探さなくていいのは強いよね」
「いや、そういう話じゃなく……まあいいか」
水がどこから出ているのかというところは敢えていうのは避けたいため割愛する。イッチ達が、今日はニィの番かな~~? サンでもよ~~~い。おいしいスライム水作っちゃうぞ~~!! とか背後でぶるぶる会話しているのが聞こえるので全然割愛できていないけど。
「でもねえ、やっぱりロータスがいると違うよ。安定感が違うもの」
「どうだかな」
誰かに見つかってしまったらどうしようと震えながら眠る必要はない。行きたい場所はあるのに、たどり着くことができなくて、勝手にぼろりと溢れた涙を拭う必要もない。怖くなったとき、ふと隣を見たらロータスがいる。なんとなくで森を歩く私と違って、彼には経験がある。もちろん頼り切りになるわけにはいかないけど、ロータスにわからないことは私が分かるし、私にわからないことはロータスが分かる。
「行きたいところはどこにでも行けるものね」
もちろん、本当のところを言うと、あそこは駄目、あっちも駄目、というものは存在するけど。でも、村の大人達から逃げたときのように、一つしか無い入り口に必死で体をねじ込ませてなんとかくぐり抜けるような苦しさはない。
ヴェルベクトの街から飛び出して、しばらくの間は身を隠すべく森の中に潜伏することにした。落ち着いて情報を整理する時間も必要だったからだ。でもそろそろ、先に進んでもいいのかもしれない。そうだなあ、とお魚を食べながら考えた。香ばしい匂いがして、お腹の中までほかほかしてくる。
「やっぱり目標は必要だよね。目的地も決めてないけど。どうしようかな」
「なんでもいいが、一理ある」
「それじゃあロータスにおいしいシチューを食べさせることにしよう。最後にはらぺこ亭で食べてから、結構時間が経ったもんね。そろそろ、とろっとろのニンジンが恋しいんじゃない?」
「まじかよ、ありがてえな」
「いや冗談だったんだけど」
「まじかよ」
特に表情が変わらないから分かりづらいけど、結構がっくりきているらしい。どれだけ好きなんだ。また同じものばっかり食べて、とストラさんが怒る姿が目に浮かぶ。「じゃあシチューは第二希望で、第一希望はもっと美味しい、色んなものを見つけよう」 明日のパンが美味しければそれでいい。そう思って、ヴェルベクトの街の中で生きていくことにしたのに、いつの間にかその次の楽しみが欲しくなっている。人間って強欲だ。魔族だけど。
この魚も十分うまいけどな、と言いながら、ロータスはほんの少し口の端を緩めていた。楽しく思ってくれているのならよかった。彼が笑ってくれるのなら、それでいい。
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