閑話2
「改めて聞いてみると、なんだか妙な気持ちになるもんだな」
ロータスに、この世界の未来の知識を知っている、ということは以前に話していた。でもじっくり腰をすえて、となるとそこまでできていない現状で、こうしてゆっくりと、落ち着いて話すのは初めてのことだ。
「未来の俺は腕も、目もなくなってたはずってのはなあ」
ロータスは、右腕を持ち上げてぷらぷらとさせた。ちちち、と鳥の鳴き声が聞こえる。彼は岩の上に座って水辺を見つめた。ゲームでの彼は、いつも暗い表情をして、顔には大きな傷があった。魔族を殺すために国に忠誠を誓い、聖女として召喚された結子とともに旅をするルートもあった。
「うーん……あとゲームだったら口数はもっと少なかったし、体つきも……ちょっと違ったかも」
「そりゃ腕がなけりゃそれに合わせた鍛え方になるだろうな。しかし口数なあ……」
「ずっと怒ってるみたいな感じだったよ。静かに、ぐつぐつ、みたいな」
最恐魔女であるエルドラドみたいな、大きくて激しい真っ赤な炎ではなく、真っ青で、小さくて、でも消えることもなく静かに揺らめいている。私の中のロータスはそんなイメージだ。
ロータスは最近クシでといていないからぐしゃぐしゃな頭を、またぐしゃぐしゃにさせた。そして、「あー……」と何か考えている。片方だけ赤い瞳を瞑ってうーん、ともう一回唸った。
「そうだな、今の俺が魔族かどうか、ということは置いといてだ。すげえ腹は立ってる」
ロータスは魔族である。赤い瞳と、飛行スキルを保有しているから間違いない。でも色が変わった瞳は半分だけだから、他の魔族が彼を仲間と判断するかはよくわからない。もしかすると違う、と思うかもしれない。人間でもなく、魔族でもない。彼はそんな存在になってしまった。
「街を壊された。元通りに復旧するには時間がかかる。ふざけんなって話だ。でも腹が立ってんのは、やりやがった個人で、魔族全体にむかついてるかと言えば違う」
恐らく街に魔物を召喚したのは、あのとき礼拝堂で出会った銀髪の魔族だ。私と同じく、彼はまるで未来を知っているような口ぶりだった。
「でもそうだな」 腕を組んで、ロータスは考えるように空を見上げた。眉間には深い皺が刻まれている。「もし、もしだ。あのとき、ヨザキが、ストラが死んじまってたら」 そこまで彼は呟いて、それ以上は言わなかった。
「……強くならねえといけねえな」
見上げていた顔を今度は下に向けて、ロータスは呟いた。
彼は結局、ゲームと同じように固有スキルを得ることはできなかった。でもすでに死ぬほど強いですけど、というツッコミは野暮だし、私の隣で体の弾力をいつもよりも少なくさせて、重なった串団子のような状態で気合いを入れているイッチ達へ私は何を言えばいいのかわからない。
「いや君たちはお掃除スライムだからね……。無理をするのはやめとこうね。気合いは十分なのわかったからね……」
俺たちにまかせろ……という心持ちいつもよりも野太い声が響いてきたような気がするし一人称も違う気がするし。
戦闘面では期待していないので、何かあったときは即座に逃げて欲しい。
ぽよぽよの体をカチカチに維持するのは至難の業らしく、あらぁ~~と言いながら、一番上のサンが落ちていて、ちょっとイッチ~~ちゃんと支えて~~~、ご勘弁~~さーせんっしたあ~~~とすでにもちょもちょ決壊している。放っておこう。
「あー、まあ、なんだ」
ロータスは彼の中で言葉を探っていた。怒っているような顔つきだけど、それはいつものことで、これはじっくり考えているときの顔だ。まったく、本当に表情で損をしているお兄さんだ。その分笑ったときの落差が大きくて、びっくりするんだけど。
ロータスは、ちょいちょいと片手で私を呼んだ。首を傾げて、砂利のつまった地面の上を座ったまま、ぴょん、ぴょん、と飛んで近づいてみる。「もうちょい」 ぴょん。もう一歩跳ねた。でもまだ手が呼んでいる。随分近くまで近づいてしまった。ロータスの体が、すっかり私に影を作っている。なんだろう、と思ったとき、大きな手のひらが、ずしんと頭の上に落ちた。びっくりした。
「え、あっ」
「……ありがとうな」
いやいや。
もしかしたら、全部私の勘違いだったかもしれない。鑑定スキルで、ストラさんとヨザキさんの名前が表示されなかったのは別の要因があったのかも。ロータスには、そう伝えていた。結局、想像通りに魔族はやって来たから、勘違いという可能性は低いかもしれないけど、もともとあの魔族は私を追って来たのだ。だから、お礼を言われるのは筋違いだ。ストラさん達がもし死んでしまっていたとしたら、それは私のせいで、街が壊れてしまったのだって、もちろん。
と、いう言葉を言おうとして、そんなことねえだろ、というロータスの言葉待ちのセリフなのだという自分の気持ちに気がついて、唇を噛んだ。ひどく自分が嫌になった。否定されるために許しを請いたいわけじゃないのに。でも、他にどう言っていいのかわからなかった。ぱくぱくと、苦しく口元ばかりを動かした。
そんな風に、何も言うことができなくて、呼吸ばかりを情けなく繰り返していたから、もしかしたらロータスも気づいていたのかもしれない。
「がんばったな」
どっしりとした彼の手のひらが温かい。情けないのに嬉しい。「うえ……」と喉から声が出たとき、ぼろりと涙がこぼれていた。でもすぐに片手で拭って隠した。首元がひどく熱くて、もしかしたら真っ赤になっているかもしれない。
「あの、えっと」
必死に、自分の気持ちを引き出しの中から探った。恥ずかしいとか、やっぱりとか。色んな言葉が頭の中から飛び出てくる。でも、本当に言いたいことは違う。「もっと、ほめて……」 誤魔化しの気持ちをどこかにやったら、小さな声がこぼれてしまった。
ロータスの手が、一瞬だけ頭の上から軽くなった。駄目だったかな、と思ったとき、ぐしぐしぐしぐしぐし。彼の手が、思いっきり私の頭をなでた。「うわ、わあ、わあ、わあ!」 びっくりした私を、彼はからりと笑った。涙なんて、すぐに引っ込んだ。でもやっぱりロータスには気づかれていたのか、拭いきれずに滲んだ目尻の端を彼の指先がぬぐっていた。
「いくらでも」
何度でもな。
視線を私に合わせて、片方だけ赤い瞳で彼は笑った。目の前にいるのはゲームの彼ではなく。――――ロータスという、青年だった。
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