閑話1

 

【三年後ではなく街から逃亡してすぐの時系列です】



 私とロータスはヴェルベクトの街から旅立った。ロータスに抱えられるようにして、上がったり、下がったりを繰り返して、わたわたしているうちに、うっすらとした雲の隙間から少しずつ太陽が昇ってくる。


 私はもともと荷物は少ないし、準備の時間は短かったけど、ロータスも旅の支度はそれほど苦手なわけでもなかったらしく、「こんなもんだろ」とどんと置かれたリュックサックを、ほへえと見つめた。ちなみに翼が生えているときは背負うことができないので、私が抱きかかえていた。


 とりあえず見つけた水辺に腰を落として、一息ついた彼の瞳は、右目だけが私と同じ赤い色だ。

 申し訳なさや、なんでこんなことになってしまったんだろう、と不思議な気持ちも入り混じっていたけど、本人が気にしていない様子なので、私が言ったところで仕方がないと口をつぐんだ。


 そして今現在。


「ん……? こいつが、イッチ……? あ? ニィ? いやサンか?」


 もにょもにょ動くスライム達を前にして困惑していた。



 すでに初顔合わせは終えているし、イッチたちは、あらぁ、ロータスじゃないの~~! というテンションなのだけれど、ずっと幻術スキルで姿を隠していたのだから、ロータスからしてみれば困惑の一言である。


 実のところ、はらぺこ亭には三匹のスライムがおりました。ピカピカにするお手伝いをしていただいていたのです……、と説明したところ、ロータスは多くの感情を飲み込んだ顔をして、『なる、ほど、な……?』と首を傾げていた。最近、お店が妙に輝きが増すばかりだと考えていたらしいけど、まさかこっそりモンスターが忍んでいるとは思わなかっただろう。


「ええっと、もう一回説明するね」


 改めての自己紹介だ。イッチ達に、「ロータスです」と、と右手を向けると、よろよろ~~と言いたげにみんなは両手らしきものを作ってふにょふにょしている。


「そして、こっちがイッチです」 イッチが、ビシリ、と敬礼らしき動きをした。 「ニィです」 ゆったり横に揺れている。 「サンです」 激しく左右に震えている。


「わかった?」

「まったくわかんねぇよ」


 間髪入れずの言葉である。だめだ、ちょっと言葉が足りなかったかもしれない。ええっと、と私は眉を八の字にしてよりわかりやすくするために考えた。


「リーダーシップに溢れてて、何かあったときには頼りになるのがイッチで、おっとり系かつ、癒やし系なのがニィだよ。それで、元気溢れるラテン系なのがサンかな」

「いやラテン系ってなんだよ」


 ロータスは即座に突っ込んだ。

 激しくしゃかしゃか揺れるサンを指さして、「こういうこと」と告げてみると、納得したのかしてないのか、「お、おう……」となんとも言えない言葉を飲み込むように彼は苦い顔をしている。その間もサンはしゃかしゃか踊っていた。


「……そのうち、おいおいだな」


 ロータスは眉間に激しく皺を寄せたまま、むんと目をつむって考えている。


「それよか、三匹もスライムがいるのに、増えねえのか?」

「増え……?」


 私とイッチ達の時間が止まった。「スライムだろ? 複数匹いれば、ぶつかったら増えるもんじゃねえの?」「お……お……お……?」 思い出してみよう。初めにイッチ達に乗って、ずんずん女王様プレイで森を進んで行っていたとき、それはもううずたかくスライムが積もっていた。純粋に、みんなでくっつけばいい感じ、と集まってきたスライムもいれば、ぶつかる度に倍に増えていったのだ。「お、オーーーー!!????」 言われてみればの言葉に困惑した。


 集まりすぎたスライムの中で、解散と叫んだ記憶は新しい。イッチ達はもしかして分裂しないスライムだった!? とはらぺこ亭の部屋の中を思い出しながら想像の恐怖と安堵に震えつつ彼らを見下ろした。だって下手をすると部屋がスライムで埋まっていた。


 ――――がまんしたら、増えないよお


「我慢してたの!?」


 衝撃の事実。

 さすがに三匹以上はエルがきついかなあと思ってぇ。めっちゃ我慢。がんばっておりました。

 以上三匹の言葉である。気遣い屋さんか。


「うわああ、ありがとう、たしかにイッチ達が増えたらかわいいけど、手に負えなかったよお!」


 今でこそ彼らがいないことは考えられないけれど、最初に扉を叩かれたときにうごうご増えていけば恐らく私は発狂していた。抱きしめながら私の知らないイッチ達の苦悩に涙していたとき、彼らは何か言いたげにぶるぶるしていた。


「え? なに? でも上に乗られてぴょんぴょん移動するときはちょっとつらい? みんなで集まってエルをかついでわっしょい移動してたときのことを思い出す? エッッッ!? ごめんめちゃくちゃ乗ってた! これから気をつける!!!」

「いや今震えてただけじゃね。何で会話できてんだよ」


 こうして私はイッチ達の上に乗ることはなるべくやめようと誓った。

 我慢は体に悪いので。



 ***



「イコール俺が担ぐって意味じゃねえんだけどな」

「あばばばばばば」

「まあいいんだけどよ」


 ロータスのローテンションと相まって、背後では修羅場が激しい。猪形のモンスターが木々をなぎ倒しながら私達を追いかけている。イッチ達は高速スピードでびょんびょん跳ねていて、ロータスは私を背負いながらも全速力で駆けている。その割には息を荒らげることもないし、平然としているので、私との落差が激しい。


 ぶもおおおおお!!! と怒りの声が叩きつけられる度に、「あばばばばばばば!!!!」 ガクガク震えた。「上下に揺れすぎじゃね」 ロータスのツッコミが冴えている。


「ロータス、た、たたた、倒さないの!!?」

「いやあ、別に逃げ切れそうだしなあ。わざわざ殺生することもねえだろ」

「よ、余裕に溢れすぎてる……!!!」


 実力差がありすぎるとこんなパーティーが生まれてしまう。

 イッチ達は岩を飛び越え、木の幹を台座に器用にバウンドした。びゅんびゅん進んでいて動きがすごい。私ができることはただロータスの背中であばあばすることだけである。「キキャーーーーッ!!!」「ひーーーーーーッ!!!」 騒ぎを聞きつけたのか、今度は眼前から猿型のモンスターがドラミングしている。猿というよりにオランウータンだし、オランウータンにしては下の歯が尖りすぎて口の中に収まっていない。ギラギラしている。端的に説明すると死を実感した。


「ぜ、前門の猿、後門のイノシシ…………!!!!」

「何いってんだ?」


 私にもよくわからない。

 ギャアウッ! と形容し難い叫び声とともに、オランウータン(仮)はこちらに向かった。前にも後ろにも進めない。もうだめだ、となったとき、「おらよ」 ロータスは軽く飛び跳ねるように、猿の頭を踏みしめた。


 そのまま勢いよくぶつかり合う猿とイノシシを呆然として振り返った記憶を思い出しながら、今現在、私は静かに魚を焼いていた。パチパチとはねる火の粉を見つめる。とっぷり暮れた夜の中で、焚き火の炎だけが揺れている。その向こうでは、ロータスがイッチ達と向かい合って、唸っていた。


「あー……お前、サンか。うん。あ? 違う? マジかよ。いやフェイントすんなよ。あの踊り方はサンだったろ」


 何を言っているかわからん、と言っていたわりには、すでにスライム達の見分けはついているらしい。物覚えのいい男だ。「もう間違えねえぞ。ニィだろ。ほらな、見てみろ」 楽しげに笑う彼らを見て、なんとなく、私も楽しくなってきた。今日のことを思い出して、けらけらした。いやあ、騒いだ騒いだ。叫んだなあ、となんだかおかしくなってきた。


 イッチ達とロータスは、そんな私の様子を不思議そうに見つめていた。石を投げつけられて、崖から突き落とされたとき、一人っきりで冷たかった。なんだか心がひんやりしていた。なのに今は、温かい焚き火の炎が揺れている。考えれば考えるほど面白い。


「エル、どうしたんだ?」

「ううん、なんでもない」


 口をつぐんで、首を振った。みんなにはきっとわからない気持ちだ。でもやっぱり、とにかく楽しかったから、けらけら笑った。


 夜の空に、私の笑い声が沈んでいく。

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