27 にゃんこがいっぱい

 



 いやどうしたらも何も、実のところ私は子どもなんですけどね。


 うにゃうみゃ。うにゃななな。ごろにゃんごろ。

 周囲には大量の猫である。まるでマタタビをばらまかれているかの如く、お腹を放り出した大量の猫達がにぴたりとくっついている。「う、うううう……」 あまりに大量だから、イッチ達も怖がっている、かと思いきや、姿を見せてキシャアと戦っていた。やめなされ。


「……なにこれ、すごい光景だ」


【鑑定結果 男性(18)】


 弾かれた鑑定は、思わず癖のようになってしまっただけだ。ヨザキさんは槍を持ちながら塀にもたれかかって溜め息をつく私に声をかけた。イッチ達は素早く隠れた。にゃごにゃご、にゃおおおん。考え事をしようと声をかけて門の外へやってきたらこれである。全ての犯人はテイマースキルだ。


【動物やモンスターと仲良くなれる。かも】


 これがLv.1時点での能力詳細だ。Lv.3になった今となっては、かも、という部分は取っ払われているからさらに威力が高い。つまり、イッチ達以外の普通のわんにゃん達とも仲良くなれてしまうスキルなのである。これはすごい。


 しょうもないスキルばかり持っている私だけど、塵も積もれば山となる、かもしれない。なので複数の種類を定期的にシャッフルさせ、レベル上げを行っている最中に、うっかり一匹の猫を街中でひっかけて、みんなおいでにゃんとなりこんなことになった。助けて。


(だめだあ、解除解除)


 すごいねえ、と目を輝かせるヨザキさんを尻目に、猫達はハッと目が醒めた顔をして一匹一匹消えていく。ついでにひっかかった鑑定に驚いたけど、今は考えることが多いので溜め息だけついておいた。


「あ、あ、ああああ~~……」


 僕のお昼ごはんを分けたかった、とヨザキさんは切なめな声を出していらっしゃるけれど、人が食べてよくても猫が食べちゃだめなものはたくさんあるのでお気をつけください、ではなく。がっくり肩を落としている彼に、「すみません」と再度声をかけた。


「もうちょっと、ごろごろしてていいですか?」

「いいよ。ここまでモンスターが来ることもないし。でも気をつけて」


 なにかあったらはらぺこ亭の人たちが心配するよ、と付け加える。もちろん、と頷いた。

 別に仕事をサボっているわけではない。休憩時間をもらったから、ちょっと頭の中を整理していただけだ。期限付きで雇われたはらぺこ亭だったけど、ストラさんの怪我は日に日によくなるから、そろそろクビになる日も近いかもしれない。今は彼女が接客をしてくれている。


 ヨザキさんは、じゃあね、と私に声をかけた。真っ白な、珍しい髪の色をしているけれど、やっぱりフレンドリーだし気安い。「あ、そうだ。ストラさんは元気?」「ぼちぼちです……」 なんだか名前の出現率が高い気がするな、と思いながら返事をした。そっか、とヨザキさんはロータスと違ってにこやかすぎる表情で、逆によくわからない顔つきのまま去っていった。なんなの。


 改めて、塀にもたれて考えた。以前ロータスが同じようにここで眠っていた。ロータスのことを考えすぎて苦しくなって、逃げ出そうと思って、でもここに来てしまった。なのでもう一回考えることにした。三匹のクッションがぽよぽよしているので、お腹も背中も痛くない。



 確実に、ロータスに好かれているとは思う。はらぺこ亭の会話を聞いていなかったら、もしかしてと思っても知らないふりをしていたかもしれないけど、さすがにはっきりわかってしまった。

 そのことに対してどう思うのか。ロータスはいい人だということは知っている。あとはゲームのキャラだし、将来的には超絶なる敵同士だ。そうならないように頑張ってるけど。そのところを考えると難しすぎるので、シンプルに感情を探ってみると、僅かな嬉しさはあった。あとはえー、困るなー、そんな私、いい女だったかなー! みたいな調子に乗った気持ちも少し。申し訳ない。


 ヒロインじゃなくって、悪役側なんだけどなー! とうへへとなる脳みそ以外の半分は、冷静に知っている自分がいる。いや、私子どもなんですけど。

 ロータスが知っている姿は、あくまでも私の幻術スキルの賜物で、美人で綺麗なお姉さんだ。見かけだけを見て好かれたんだとロータスを馬鹿にするつもりはないけれど、見かけってやっぱりとても重要だ。そもそも、年齢が違う。


 年の差結婚は日本よりも多くあるけど、それでもさすがに限度がある。前世の記憶なんてロータスには関係ないし、私、幼女。ロータス、青年。これが全てだ。私は彼を思いっきり騙している。詐欺師である。自分自身に刃を向けるために、敢えて重ための言葉で考えてみた。そう、私は彼を騙しているのだ……!!


「うああああ」



 ダメージがひどい。地面で悶えながら、手元の草を引き抜いた。なんという。そんなつもりはなかったんだ。いやこれ不可抗力すぎない?

 だってそんなつもりなかった。こっちはただ元気に生きて、バッドエンドを回避したいだけだ。平和な日常がどんどん遠くなっていく。


 テイマースキルの代わりに設定していた察知スキルがびこびこする。イッチ達が彼と距離を取るべくしゅいんと姿を消して久しぶりのエリア外でのお掃除へ旅立っていく。変なもの食べすぎてお腹を壊さないでね。


「エル、なにやってんだ?」

「気分転換……」


 ロータスだ。察知スキル、最近ちょっと優秀だ。吊り目な瞳をギロンとさせて、首を思いっきり曲げて街の壁に頭をかけている私を見た。(いや、そもそも、人と、魔族だし……) 人と魔族は同じもの、と自分で言っているくせに、一番気にしているのは私なのかもしれない。そのあたり、ロータスはどう考えているんだろう。人よりもそういった境界が曖昧な人なのだろうか。


「すんげえ面してんな。人ってな、表情が大事なんだぜ?」


 確かに今現在、考えすぎた睡眠不足も相まってひどい顔をしているだろうけど、ロータスに一番言われたくない。大人になった姿では敬語、子どもの姿では普通に話しているから、たまに頭が混乱する。ええっと、と考えながら溜め息をついた。


「……なんなのそれ、親友さんにでも言われたの?」


 どうせ人から言われたセリフだろう。だってロータスの顔を見てみればある程度仲がいい人なら、誰だって言いたくなる。


「なんでわかったんだ?」


 彼はびっくりしたのか、くるりと瞳を大きくさせた。反応を見たところ、恐らく以前言ってた死んでしまった魔族の友人さんなのだろう。彼の根の深いところに、しっかりと根づいているんだなと改めて感じた。ふいー、と何度目かの溜め息をついた。ロータスは、いい人だ。


 それは知っている。かっこいいとも思う。でも問題はそこじゃなかった。「ロータスだって、どうにかした方がいいんじゃない。あと髪の毛。今度とかせてよ。ぐっしゃぐしゃだよ」 イケメンだから許されてるだけだよ、と見当違いの方向を見て、ふぇえ……と疲れた声を出すと、ん!? と彼は驚いたように自分の頭を触った。あんまりそういった気遣いはない人なんだろう。自分の髪や姿に、頓着がないのだ。


 ロータスは、いい人で、素敵な人だ。

 十分に知ってしまった。

 だからあえて。




「ごめんなさい、私、これから他の街に行くからもう会えないです!」


 ぺちっと両手を合わせて、大人の姿で頭を下げた。

 ロータスは、ただほんの少し瞳を大きくさせて、夜の街の中で私を見た。それから、「そうか」と一言だけ返答した。


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