25 人生とは想定外に転がるものである

 


 ロータスからネックレスはきちんと返してもらった。戻ってこないのなら仕方がない、と実のところ半分は諦めていたのだけれど、戻ってくるのならありがたい。魔力を溜めるという特性もそうだし、幼馴染からもらったという理由も一応あるのだ。


 ヨカッタ~~! とイッチ達と両手を合わせてくるくる回った。これからは肌身離さず持ちましょう、そもそもちゃんと首から提げていれば落とすこともなかったのですよと聞こえる自分自身の声に、おっしゃる通りなんですけどねと叫ぶしかない。


 なので、なるべくしっかり持つように、片手でぷらぷらするなどもっての他と、首から提げることにした。本来の子どもの姿でもそうだ。万一ロータスに見られてしまってはたまらないから、下げるときは服の下だ。今度こそフラグになってたまるものか。以前よりも気をつけて、こまめにぽんぽん叩いて存在を確認するようにしていたので、まねっこスライム達が、自分の腕をにょいんと伸ばしてぽにょぽにょ互いを叩き合っていた。真似をしたいお年頃らしい。別にいいけど君たち服も着てないぞ。



 そして、ロータスとは。



 ***



「アメって、どんなもんなんだろうな。空から水が降ってくるだなんて笑い話だよなあ」


 神様がうっかり漏らしたようなもんか? と呟くロータスに、「し、しぃーー!!」と思わず人差し指を口元に乗せた。本当に神様が聞いていたらどうするつもりだ。ここは神が実際に存在する世界なのだ。イッチ達で周囲を固めているから人の気配はないけれど、教会の関係者がいる可能性だってある。ロータスは慌てる私の仕草を見てわずかに瞳を大きくさせて、一拍のあと、はは、と笑った。相変わらず、普段と笑顔が違い過ぎる青年だ。


 あれからロータスとは、ときおり話をするようになった。

 数日に一度、同じ時間の同じ場所。街路樹の下で木の幹にもたれかかりながら、枝と雲の隙間からぼんやり月を見つめる。何をしているんだか、と自分自身に呆れはするけれど、はらぺこ亭の屋根の上で寒さに耐えながらMP補給をしているよりも建設的な気がする。


 ロータスと話すようになってもう幾度目かになるけれど、今の所怪しい奴めと騎士団が捕まえに来たり、教会の人たちがわさわさ束になって襲ってくることもない。ただ、彼と他愛もない話をしているだけだ。以前にロータスは魔族を知りたいと言っていた。少しずつ、そのことに対して彼は言葉を落とした。私はただそれを聞いていた。


 ――――ロータスは孤児だった。両親の顔も知らず、孤児院で育ったのだ。


 やっとわかった。

(人は、魔族と同じものだ……)


 私はそれを知っている。だって、ゲームの設定でそうだったから。五つ葉の国の物語では、主人公である結子がその事実へたどり着く。人と魔族は長く争い続けていたが、彼らは魔族という名の強い力を持つ種族というだけであり、結局、人と人が争い合っているだけであると知るのだ。そして手を結び合い大団円を迎えるのが個別ルート以外のハッピーエンドだ。


(でもそれを、ロータスに伝えることは難しい)


 疑ってもいないけれど、もしかすると私の知識はただのよく似た異世界の知識なのかもしれないし、長く悩んでいたであろうロータスの疑問に答えるような重さがある言葉じゃない。

 無言でしか返答ができなかった。ロータスは悩んでいた。ゲームでの彼は、魔族を悪として吹っ切れた姿なのだろう。じゃあ、うまくいけば味方になってくれるだろうか、と一瞬期待する気持ちもあるけれど、まさかそんなに都合よくいくわけもない。

 悪いな、とロータスはただ息を吐き出した。


「俺の、ただの気持ち悪さだ。ずっと胸の中にひっかかってんだ。でもあいつはもう死んだ。だから本当はもうどうにもならない。どれだけあいつが俺たちを恨んだかもわからない」


 死んだ少年に対して、申し訳ないという言葉を彼は言わない。言ったところでただの言い訳に過ぎないことを理解しているのだろう。少しだけ考えた。


「……お前はどっから来たんだ?」


 気まずい沈黙をごまかすような彼の問いかけに、大変申し訳なく答えられるものはなかった。


「まあ、ぼちぼち。ちょこっと遠めから」


 うっかり村の名前を言って、私に結び付けられたらたまらない。魔族の子どもが追放されたという話は、そのうち王都にも届くはずだ。せめて大人になることができてよかった。ロータスの目の前で屋根から転落してからというもの、彼の前での発言はとにかく気をつけることにしている。私にあるまじき賢さである。


 ざわざわと木々の枝が揺れている。夜は昼間よりも少しばかり雲が少なくなる。ちらりと月が覗いては私達を見下ろしていた。中々に気まずい。それじゃあこれで! と片手を挙げて去っていくにはちょっとばかりいつもより早い時間だ。ん、んん、と私は腕を組んで考えた。ロータスとは互いに正面を向いて話すのがお約束だから、横を見なければ彼の顔は見えない。ふと、さっきから考えていたことを彼に話したくなってしまった。


「私が村から追放というか、追い出されたというか、逃げ出したときなんですけど」


 うわー、うひゃー、ひんえー! というような冗談みたいな悲鳴ばかりを上げていたけれど、あのときはめちゃくちゃ必死だった。前世の記憶を思い出したばかりだし、大人たちの目の色はおかしいし、いや目の色が実際に変わったのは私だったんだけど、投げられまくる石が時々あたって超痛いし、とにかく大変だった。


 生き残った今となっては、私にとっては結構大変だったけど頑張ったなあ、という程度の思い出話なのに、ロータスにはトラウマものの話と関わっているのだろう。ごくりと息を飲み込む音が聞こえた。「いやいや、あの、そういう話ではなく!」 彼を責めたい話をしたいわけじゃなかったので、慌てて追加で話した。「私にも、幼馴染がいて」



 私とロータスが街を歩いているとき、見知らぬ子どもたちがロータスに突撃していく姿を見た。ロータス兄ちゃんと呼ばれて、ひどく気安い関係に見えたけれど、彼も同じ場所で育ったのだ。

 ロータスには実力がある。けれど、騎士団でただの下っ端なのは身分がないから。設定としては知っていたつもりでも、その背景までは知らなかった。ノーマルエンドではなく、ハッピーエンドでクリアしていれば出てきた話なのかもしれない。そりゃ出世も難しい。


 そして、ロータスが育った孤児院に、同じく魔族がいた。


 魔族がいた、というには語弊がある。私と同じように、ロータスの友人である少年は、魔族となったのだ。真っ赤な瞳をして、生えたばかりの弱々しい翼で震えていた。そして大人たちに連れ去られ、崖から落とされた。


 生まれた魔族の処分の方法はどれも同じだ。私もそうだった。魔族は異能の力をある日突然開花させる。それはひどく恐ろしいものだ。はやく殺してしまわなければ、背中の翼をはためかせて消えてしまう。


「でもあのとき俺は、おかしいと思った」


 ロータスと少年は親友だった。大人たちに引きずられて少年は消えていった。何もすることができなかった。「人と魔族は、本当に別のものなのか?」 見かけが変わってしまうということは、本当はとても、とても大きな問題だ。見かけとは、一番わかりやすく、差別化できるものなのだから。


 言葉に出しながらも、ロータス自身も困惑していた。ずっと胸のうちに抱えていた思いなのだろう。


 ロータスと死んでしまった魔族の少年ほど仲がよかったわけじゃないけど、お隣さんだ。金髪で同じ田舎の村の出身のくせにお坊ちゃまみたいで、私よりちょっと年上で思い返してみると微妙に生意気でよく大人ぶってきた。一緒に遊んだり、お泊まりをしたり、私にはすでに両親と死別していたから、仲がいいというより家族に近かったかもしれない。首元のネックレスを無意識にいじっていた。


「あの子、私が魔族だって知ったとき、とにかくびっくりして、へたり込んじゃってたんですよね」


 ぽかんと口をあけて、瞳の色が変わってしまった私に驚いて呆然としていた。今でもはっきりとその表情は思い出せる。


「だから、なんだろう。その子に対しては恨んでるとか、そういうのはあんまり……」 


 それ以上は言葉が出なかった。

 はっきりと言う自信がなかったのだ。


 日和った日本人であった記憶を思い出してしまった私だから、ゲームでのエルドラドのようにただ自身の力を復讐のために使おうとは思っていない。でも決して善人というわけでもないから、他の人にいきなり攻撃をされて許すかと言われるともちろん違う。幼馴染の両親とは仲の良い関係を築けていると思った。でも、彼らも人が変わったように私に思いっきり石を投げつけてきた。

 めちゃくちゃになって、誰が誰だかわからないから、一人ひとりに怒りの炎を燃やしたいわけじゃないけど、恨んでいるかと聞かれれば、もちろん力強く頷く。絶対に許さない。

 本当に、痛かったから。


 いつの間にか、自分の世界に入ってしまっていた。こんなの私の話で、ロータスには関係ない。何が言いたかったんだろう、とハッとして首を振ると、ロータスの長い腕が、にゅっとこちらに伸びていた。思わず体が抵抗の形をとったのは仕方がない。彼は間違いなく私の敵となるはずなのだから。


「う、おう」


 なのにやってきたのは、ロータスの拳だ。パーを開いていたはずなのに、いつの間にか直前でグーになって手の甲で、こつりと私のおでこに静かにあてた。


 多分、子どものときと同じようにぐしゃぐしゃと頭を撫でようとして、さすがにまずいと思ったのかもしれない。こちら、妙齢の女性である。今のロータスは十八で、見かけだけで言うなら私の方が歳が上くらいかもしれない。エルドラド、ちょっと見かけ、盛りすぎじゃない?


「変わったやつだな」


 しっかりと、見下されていた。呆れた言葉のような口調だったのに、どうにも表現のしづらい顔で、ロータスは私を見ていた。「魔族なのに、こっちを慰めるのか? ほんと、変わってんな」 そう、私は多分、ロータスを慰めたかった。ちょっとくらい、気持ちが軽くなればいいのに、と思った。自分でもなんだかわかっていなかった気持ちを知られるのはなんだかすごく恥ずかしい。


 そして、ロータスの視線は私の胸元に移動していた。子どもの姿でもちょっと寸足らずな毛布だから、大人となるともっとである。もはや首元に巻く程度しか機能しない。見てんじゃないわよ! と言う空気ではない。多分彼の視線は意味合いが違うし、そもそも不可抗力とは言え、私が丸見せにしているのだ。


 ただロータスは怪訝な表情をしていた。そして静かに、呟いた。


「なあ、なんでそんな格好をしているんだ? 寒くねーのか?」

「なぜ、なぜ何度も会っていて、今更それを……!!? なぜ……!!?」


 冷静なツッコミとは、さらに羞恥が増すものである。



 ***



 なんか、ちょっと、こう、なんとかした方がいいんじゃね? と言葉を選んでだか選べてないのか気を使われるとひどく辛いものがある。私だって好きでこんな格好してねえ。お色直ししてえ。


 ところであの姿はちゃんと未来の私の姿なのだろうか。そういう前提で幻影を重ねていると信じているけど、違うなら悲しい詐欺の始まりである。今の体はボンキュッボンどころかペタペタペッタン、なので、あの豊満色っぽボディすらどこにもないとなれば、一体私は何に耐えているのかもわからない。制作陣よ信じているぞ。



 エルには~~エルの~~よさがあるぅ~~~!!


 すでにニコイチ、いや三匹いるのでヨンイチ? になったイッチたちとウェイウェイ慰めの言葉を聞きながら悲しみを吹き飛ばすため誰も見ていない間にぐるぐる両手を動かし踊りながらはらぺこ亭をお掃除していたときだ。やってきたロータスにすぐさま顔を上げた。


「いらっしゃい!」

「おう」


 この場でロータスに会うのも慣れたものだ。大人の姿で会うようになって、最初の方は、彼はじっと私の顔を覗き込んだ。そして一人で首を傾げていた。似ている、と思ったのかもしれない。一応、大人の姿は私と被るものがある。なので本当に制作陣よ信じている。でももちろん、私イコール私、なんて思うわけもなく、その場はサクッと終わった。なので今の私は調子に乗っていた。姿を変えているだなんて、そんな特殊スキル、魔族の中でも異例中の異例だ。誰も思いつくわけがない。


 ふんふんと鼻歌をする勢いでメニューの注文を聞く前に、こっちが確認する。いつものシチューと固いパンだ。今は珍しくお客さんの姿もすくない。最近では少しずつリハビリのため表に出るようになったストラさんが「あら、ロータス」と片手を振る。彼らは一応、幼馴染でもある。ということは、ストラさんもロータスさんが言う魔族の少年のことを知っているのだろうか。もちろん聞くことなんてできないけど。


「たまには違うもの食べなさいよ。栄養偏りすぎじゃない?」

「そうだな」

「めちゃくちゃ視線が明後日だし……」


 ぴくぴくとストラさんの口元がひきつっている。昔は彼らは仲がよくなかったそうだ。ある程度大人になってうまく付き合えるようになったと以前ストラさんが言っていた。ぼんやり生返事をしていたロータスが、椅子に座りながら、ふとストラさんを見上げた。上から下まで視線を移動させる。ストラさんは短いスカートをはいていてはらぺこ亭のトレードマークであるフォークが描かれたエプロンをしている。活発なお姉さんだ。


「なあ、女って、なんでそんな寒い格好してんだ?」

「アアアアン????」


 ストラさんが激しくしゃくれた。


 あの……もう少し……美人でいらっしゃるので……顎を抑えて……?

 イッチ達と私全ての思いである。すでにイッチ達は出動して彼女の顎を戻さんとばかりにお団子のように三匹積み重なってスラ腕を伸ばしている。おやめ。


「いきなりわけがわからないんだけど……なんなの、文句でもあるわけ? ふざけてんの?」

「いや、別に格好くらい好きにすりゃいいと思うけどよ。知り合いにすげえ寒そうな格好をしたやつがいて」

「知らんわあ!」


 そわそわしてきた。

 もしかしなくとも心当たりがとてもある。本当にそわそわした。想像以上に心配されていた。クッ……、と唇を噛んで耐えるしかない状況で、私はただただ彼らの会話を盗み聞きしながら同じテーブルを拭き続けた。


「なによ、それって女? ははーん、わかった。好きだからその子のことが気になるんでしょ」


 得意のからかい文句である。知ってる。そこらへんのからかいは、ロータスはとても得意なのである。こそっと見てみると、彼は表情一つも変えず、手元にあった水を飲んでいるだけだ。「ああ、そうだな」 そして肯定した。流れるような返答だったから、私とストラさんはなるほどー、とそのまま流した。違った。ん!? とストラさんと一緒に振り返ったときだ。ロータスは変わらず平静に、「おう」と再度頷いた。


「好きな女の話だな」


 崩れ落ちた。


 ――――そういう展開は、望んでない。

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