24 恋煩いでもしてるんじゃないの

 ――――俺と会って、話をしてくれないか?


 ロータスは、真面目くさった顔で私を見つめた。「え、う……えう……」 まっすぐに、黒紫の瞳がこちらを見下ろしている。イケメンだ。違うそんな問題じゃない。私が言いたいことはただ一つ。


「おおおおおお断りだーーーーッ!!!」


 セイヤァッ! と懐かしの手刀を繰り広げた。必死に正体を隠しているというのに、なぜこちらから接触しないといけないのだ。絶対嫌だ。「おわっ」 勢いづいたわけではなく、お放しなさい! という主張である。ロータスはすぐさま片手を放して子犬みたいな目でこちらを見ている。思わず後ろ髪を引かれそうになったけれど、そもそも問題は一つだけではない。


 すでに私自身のMPゲージが底をついてしまいそうだ。ピコピコと点滅している表示が視界の端に映っている。シンデレラじゃないんだから。


 すぐさま慌てて、イッチ達を集合させた。「それじゃあ! もうお会いすることはないかと思いますが! お疲れ様です、どうぞお身体にはお気をつけくださいませ!!」 捨て台詞が定型文のような言葉しか言えない自分がにくい。もうちょっとボキャブラリーを磨きたい。


「……気が向いたときでいい!」


 背後からはロータスの声が聞こえる。

 振り返らなかった。イッチ達も人が来ると叫んでいる。変身時間のタイムアップ以外にも、もうギリギリだったらしい。私は走った。周囲を固めるイッチ達の上に、思いっきり飛び乗る。瞬間、しゅるしゅると体は小さくなってすっかり元通りの安心感だ。ぼいん、ぼぼぼいん。短い距離なら、みんなの上に乗った方が速い。


 これでもう、ロータスに関わることはない。


 自分の中の気持ちのもやもやがすっかりすっきりなっていたから、その日は気持ちよく眠ることができた。やっと過ごしやすくなるというものだ。


 翌々日。はらぺこ亭で給仕をしていると、以前と変わらないロータスがやってきた。目の下の隈もなくなっている。よかったよかった、とお盆を抱えてテーブルに座る彼にシチューを渡すと、「ああ、悪いな」とロータスは私の頭をぐしゃりとしたあと、ぼんやりと手元のスプーンを見つめていた。反応が悪い。


 いつもなら勢いよく口にふくんでもぐもぐ咀嚼しているはずが、ただロータスはスプーンの次にはシチューを見つめている。動きが鈍い。大丈夫なの。最近は短い時間だけだけれど、調理場から顔を出すようになったストラさんが、ロータスのおかしな様子を見て、ははと笑った。


「恋煩いでもしてるんじゃないの」


 失笑するような声である。「こ、こ……」 私はお盆を抱えて、ぱくぱくと口を開けた。なぜだかショックを受けている自分がいる。だってロータスと恋という言葉がなんだか似合わない。いや、ゲームの本編では、お相手キャラの一人なのでグッドエンドならヒロインとくっつくはずなんだけど。ノーマルエンドしかクリアしていないし。主人公が元の世界に帰るところを普通に見送ってくれただけだし。


 ロータスは、ははんと口元を上げるストラさんをちらりと見て、「ちげぇ」と短く返答した。特に表情も変えることなくスパリとした返答だった。意外なことに、こういったからかいには強いらしい。もっと照れたり、怒ったりするものだと思っていた。


「じゃあどうしたのよ。まあ、それくらいのスピードで、普通は十分なんだけどね。あんた、普段ちゃんと噛んでる? 丸呑みしてない?」


 お食事処の一人娘らしい心配をストラさんはしていたけれど、ロータスはそのまま無視した。その彼の周囲で、イッチ達がすらすらお掃除をしている光景はなんだかちょっとシュールだった。



 ***



 もしかして、と思ったらやっぱりだった。私はぐぬぬと唇をへの字にして、ケープ代わりの毛布を抱き寄せながら、目の前の青年を思いっきり睨んだ。彼の方が背は高いけれど、ヒールを履けば少しばかり距離が近くなる。腰まである金髪が、風の中で揺れていた。


「お。よう」

「な、なんでいるんですかーーーー!!」

「なんでって言われてもな」


 街路樹にもたれかかるようにして、ロータスは腕を組んで私を待っていた。以前と同じ場所と時間だ。あれから数日が経っている。まさかずっと彼はここで待ちぼうけを食らっていたのだろうか、と思うと、ひどく胸の中がざわついてたまらない。


「あんたが気が向いたときに来て、いなかったら困るだろうよ。俺が勝手に待ってんだ。気にすんな」

「気になりますからぁ!」


 ばーかばーか! ときゃんきゃんして怒った。ロータスは笑った。いつもみたいに、ほんのちょっと可愛らしく、にかりと笑った。


 石畳の地面はどこまでも続いているようで、夜の街には、私とロータスと、それからイッチ達しかいないみたいだ。そんなわけ、ないんだけど。ただただ、頭の上には分厚い雲が風に流され揺らいでいた。

 それから、なし崩しのように私とロータスは時折会って話をするようになった。ほんの少しの、短い時間ばかりだけど。

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