23 悪い魔族じゃありません

 

 捜索スキルLv.1


【もしかしたら、お目当てのものが見つかる……気がする】



 あいかわらず大雑把すぎるスキル説明だけれど、ないよりある方がマシに決まっている。すでにLv.2になっている察知スキルと合わせて、首元に毛布を巻きながら夜の街をそっと駆けた。イッチ達はテイマースキルを使わなくても、すでに手伝ってくれるようになっている。私の周囲の三辺を囲んで、お腹の中の液体をゆらゆら動かし、彼らも周囲を探ってくれた。


 イッチ達ははらぺこ亭に消えた私のあとを、そっと追ってくることができた。お腹の中の水を利用して、私よりも詳細な捜索スキルを使用できるらしい。言うなれば、それがお掃除スライムの固有スキルの一つなんだろう。


 ――――エル、あっち!


 三匹が三匹とも指した方向に向かって、私も駆けた。ぴこんっと捜索スキルのレベルが上がる音がする。ぼやぼやしていた感覚が、少しばかり明るくなる。


 巻いている毛布は、寒さ対策だ。気合を入れた。頭の上では、雲が激しい風に吹かれてゆっくりと動いている。わずかに、大きな月が見えた。私の髪が、どんどんと長くなる。腰まで伸びた金髪を揺らして、長い足が、とんと伸びた。高いヒールは走りづらい。そのくせ、丸見えの谷間だとか、太ももだとかはひどく無防備で、くしゃみの一つもしたくなる。でも我慢した。


 わさわさと街路樹が揺れていた。ロータスは木の幹にもたれて、長い溜息をついていた。その後ろに、私は隠れた。


「あ、あの、私のネックレス、持ってますか?」


 誰もいない、静かな夜の街だ。ざわざわと揺れる木々の下で、呟いた声は子供の自分とは少し違う。ロータスは驚いたらしく、すぐさま振り向こうとした。「こっち、見ないで!」 でもすぐに私の言葉に反応して、腕をくんだまま正面を向いた。ロータスの顔は見えない。でもいつでも逃げることができるように、イッチ達がロータス以外に人が通らないことを確認してくれている。


「お前、あのときの魔族か……?」


 ロータスは、こちらの主張をきいてくれたまま、振り向きもせずに静かに声を落とした。やっぱりだ。



 そうじゃなかったら、そもそも彼が私を逃がすわけがない。彼は名字もなく、生まれの身分の低さが足かせとなって、まだまだ下っ端の兵士だけれど、剣の腕は誰よりもある。寝ているところでも反撃してくるくらいだ。手首を掴んだ腕に思いっきり手刀を落とされたところで、本当は手のひらを放すわけもないし、追いかけようとすれば、いくらでも捕まえることができたはずだ。


 どうして彼が逃してくれたのかはわからない。初めて森で出会ったとき、逃げていくモンスターを、『逃げる分には逃しとけ』と言っていたけれど、森でひっそりと生きている幼体であるモンスターと、街中に潜んでいる魔族とでは話が違う。


 ――――でも、私を魔族だと思っているから、万一見逃したことで、何かあると困ってしまうから。責任を感じているのか、寝る間を惜しんでずっと街を見回っている。


 全部私の勝手な想像だ。静かに木々の枝が揺れて、葉っぱがちらつくように泳いでいく。ただの想像だ。でも、私のことを捕まえようとしていないのは、事実だ。それなら。


「わ、わたし」


 これを言って、なんの意味があるのかわからないけど。


「私、悪い魔族じゃ、ありませんからッ!」


 がくりとロータスの膝が一瞬落ちたように見えた。思わず有名なセリフを意識してしまったけれど、そんなつもりはなかった。もちろんロータスがわかるわけがない。周囲でイッチ達がむんと胸をはっているように見えるので、さらにやましい気持ちになってきたけど、とにかく違う。


「な、……ん? 悪い魔族って」


 さすがの彼も困惑している。

 ロータスがもし私が何かしでかすのではと不安に思っているなら、それを取り除けばいいと思ったのだ。言葉で言って、はいそうですかとなるわけじゃないとわかっているけど、街の壁にもたれて少しばかりの睡眠をとるだけの彼を見て、いてもたってもいられなくなった。あとはネックレスを返してほしいから、と自分の中で言い訳をつくって、こんなところまで来てしまった。


「ただ、ひっそりとさせてくれたら嬉しいだけなんです! 悪いことなんてする気なんてないし、考えていることはご飯がおいしかったらそれでいいかなとかそれくらいで」


 話せば話すほどポンコツが湧き出てくるような気がする。敬語なんて使わなくていい、と以前に言われたのはエルとしてで、この姿は関係ない。だから元通りになった口調に変な気持ちになってしまう。「あの、えっと、その、あとはネックレス!」 メインはそこである。言うだけ言って、頭の中がパンパンになってきた。「お持ち頂いてるのなら、お返しいただければ幸いです!!」 すでに言葉遣いもなんだかおかしい。


 振り返るなと言われていたロータスだけど、さすがに耐えかねたように、幹の向こうからこちらを覗いた。


「ネックレスって……あれか? 持ってるけど、今はねえよ」

「で、ですよねえ!」


 やっぱり彼が拾ってくれていたみたいだけれど、女物の装飾品をまさか肌身離さず持っているわけがない。すでにロータスに見下ろされる形で、彼が少し手を伸ばせば捕まえられてしまう距離だ。うう、短い毛布をケープのように代わりにして太ももをもぞつかせた。子供の姿なら丁度いい長さなのに、大人になると色んなところが隠せていない。


 痴女じゃ……痴女じゃ、ないんです……と言いたい気持ちと一緒に涙を飲み込んだ。主張したところで事実は変わらないので、せめて肌色の面積を隠すべしと小さくなることしかできない。

 ありがたいことにも、ロータスは私の姿にツッコミをいれることなく、ただ難しい顔で見下ろしていた。恐らく、すでに私という存在が珍妙だった。服装までツッコんでいる暇がないのだろう。


 少しずつ、頭の上の月が雲に覆われて陰っていく。


「なあ、お前、魔族で間違いないんだな?」


 問いかけられた言葉に、静かに頷いた。それでやっぱりと教会に連行されたらどうしよう、と思ったけれど、ここまで来たら後戻りなんてできない。自分の足を見つめていると、「そうか」と頭の上でロータスが静かに呟いた声が聞こえた。


「お前が、何もしないんなら、それでいいよ。別に……何もしていないやつを捕まえたいわけじゃない」


 その言葉に、手放しで喜べるほど、私だって間抜けなわけじゃない。

 見上げると、彼はひどく言いづらそうに視線をそらして、何か苦い思い出でもあるみたいな、そんな顔をしているように見えた。


 だって、魔族とはそれだけで脅威となる。みんな、そう思い込んでいる。ゲームでは魔族と人は同じものなのだとわかるエピソードがあったけれど、みんなはそんなこと知らない。魔族は人じゃないのだ。モンスターよりも力があって、恐れるべきものであると、人々は考えている。


 だから、単純にロータスが善人であるとか、そうじゃないとか、そんな簡単は話じゃなかった。彼のそのセリフは、“おかしなこと”だ。あまりにも、私にとって都合が良すぎた。警戒すべきだった。それでも、真っ黒な髪の毛を小さな子供みたいにぐしゃぐしゃにさせて、握りしめている彼の拳を見ると強張っていた体が、ふと柔らかくなっていった。


 ロータスは人だった。彼にとっては人ではないはずの、私という魔族と、きちんと話をしようとしてくれていた。それだけで、まあいいかな、と思えてしまったのだ。


「えっと……それじゃあ、そういうことで」


 ネックレスがないのなら仕方がない。とりあえず、伝えるべきことは伝えることができた。これですっきりと眠ることができると思うのは、ただの私の自己満足だ。


 かつん、とヒールの音を立てて夜の街の中に消えようとしたときだ。「待ってくれ!」 ロータスが、私の腕をぐいと掴んで、ひっぱった。


「俺は、魔族のことが知りたい。少しでいい。ほんとうに、たまにでいいから。

 ――――俺と会って、話をしてくれないか?」

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