22 寝ぼけてますとも
【鑑定結果 男性(18)】
思わず鑑定スキルを使用してしまったのは、反射的に近いかもしれない。この人も、ストラさんと同じく名前が表示されない人だ。年齢を見たところ、ロータスと同い年だ。
兵士の男性は、びしりと私を指差した。ヴォルベクトの街に入るときに、一瞬だけ姿を消して、彼が目を離した瞬間に突撃するという強行突破を謀った際、見事に足を滑らせ首元を掴まれて、教会への連行一歩手前となってしまったのはまだ一月も経っていない。彼の記憶にも新しいのだろう。門番を任されるくらいだから、記憶力もいいのかもしれない。
「ああっ、えっと、ああ、えええっと。失礼しました!」
逃げるべし。すぐさま反転したものの、これではさらなる不審者である。クッと唇を噛んで、再度回りながら正面向いて頭を下げた。「あのときは、大変……お騒がせいたしました!!」「いやあ、別に。特に騒いでもないけど」 ただ怪しかっただけで。とお兄さんは持っていた槍の石突部分を地面につけた。
「今ははらぺこ亭で勤めてるんだって? ロータスに聞いてるよ。ストラさんはどう?」
「え?」
「この間すごいスピードでモンスターから逃げ帰ってきたと思ったら、目の前で勢いよくこけてたからさあ。さすがに君よりあっちの方が驚いたな」
「あ、ああ……」
スライム水を求めて街の外に行ったストラさんは森の奥深くにてモンスターと出会い、命からがら逃げてきたのだ。カモシカのようなその足で逃げ切り、やったと街にたどり着いて小躍りした瞬間、滑って転んで大変なことになった、と彼女は言っていた。この門番さんの前でやってしまったのだろうか。ところでこの世界にカモシカっているんだろうか。
「うーん。怪我の完治はしていらっしゃらないですけど……お元気ですよ」
今日もはらぺこ亭を出るとき、「片足だけど、そろそろ接客くらいしようかしら……。でも久しぶりの私の美貌に、お客様方は失神してしまうかもしれないわ! 自分の美しさがこわい!!」 とスポットライトを浴びていて、主張する系美人だった。女将さんは、「失神どころかあんたの発言にあたしは全身の湿疹が激しいよ」と呟いていた。
「それならよかった」と白髪のお兄さんはへにゃりと笑った。ロータスほどではないが、彼も中々の男前だ。派手さはないけれど、落ち着く風貌とも言える。
「改めてはじめまして。僕はヨザキ。だいたいここで門番をしてるから、外に出るときにはよく顔を合わせると思う。よろしく」
「あ、えっと。こちらこそ。エルです」
手を伸ばして握手をした。私の隣では、イッチとニィが自分の名前を主張している。
――――イッチです! ニィです! 二人合わせて二匹です! でもあと一匹います!
行儀がよろしい。
「それで、何か用?」
「そうだ、ロータスさん、いますか? 女将さんからのお届けものがあるんですけど」
いなくても荷物を渡してくれたらそれでいいんですけど……と、呟くように追加すると、ヨザキさんはぱちりと瞳を瞬かせた。こりゃいないな、とため息だか、ほっとしたのか、よくわからない息をついたとき、「いるよ」 やっぱりなんとも言えない気持ちだった。「でも、いないとも言える」 どっちだ。
続いた言葉に、なんのことかわからず彼を見上げると、彼は街の外に案内してくれた。門のすぐそこ、塀にもたれるように、ロータスは眠っていた。あぐらをして、腕をくんで、正直苦しそうな体勢だ。驚いてヨザキさんを見上げると、彼はロータスを見て、けらりと笑った。
***
「最近、なんか様子がおかしいんだよな」
槍を抱えたまま、ヨザキさんは説明してくれた。
「もともと、街の壁に近くなればなるほど、城から離れるほど騎士の警備も手薄になって、治安もよくないからさ。こいつ、結構自主的に見て回ってるんだけど」
そういえば、大人の姿である私と出会ったとき、なんで彼が夜中にもかかわらずはらぺこ亭にいたのか理由を知らない。はらぺこ亭の近辺はあまり治安もよくないとストラさんが以前に言っていた。つまりロータスは悪さをしている人がいないか、見回りの最中だったのかもしれない。
「それが、最近度を過ぎてるんだよな。休憩時間なんてないし、食うもの食って詰め込むだけ詰めたら、街の端から端まで回ってる」
このところロータスが忙しそうにしているようだ、と女将さんが言っていた。私も、そう感じていた。だからこうしてご飯を抱えてやってきたのだけれど、きっかけは、大人である私と出会ってから。つまり、彼が魔族と出会ってからだ。
(私が、逃げたから。もしかしたら、どこかで悪さをしているかも、って思ったのかな……)
寝ている間も、ロータスは難しい顔をしていた。眉間にはひどい皺が寄っている。よく見ると、目の下にもうっすらとした隈がある。「とりあえず、寝るだけ寝ろって言ったんだけどさあ。ベッドだと必要以上に寝るからっつって」 だから、わざと寝苦しい場所で、壁にもたれかかって寝ているのだろうか。
ヨザキさんは呆れたようにロータスを見ていた。こんなに近くで話していても、ロータスは一向に起きる様子もなく、ただただ険しい顔を作っていくだけだ。私とヨザキさんは目を合わせた。彼は肩をすくめた。
「ま、適当なとこで起こしてやってよ。僕は警備に戻るから」
消えていく青年の背中を見つめた。シチューの鍋と鞄を地面におろして、私はロータスの正面に改めて座りながら考えた。やっぱりなんだか、ひどく苦しそうに見える。
(なんで、この人……)
私は、ロータスという人間を知らない。何を目的にしているのか、何を考えているのかさっぱりだ。ゲームのキャラクターとして知っている。ただそれだけで、でもそれはロータスじゃなくて、画面向こうの存在で、今よりも暗い顔をして、言葉も少なくて、色んなものを憎んでいるように片方だけの瞳をいつも険しくさせていた。
(教会や騎士団に、私のことを言わないんだろ……)
魔族を見たと、そう言えばいいのに。
そうすれば、彼らはすぐさまやってきて、虱潰しに私を探すだろう。街の外から来たばかりの、どこから来たのかもわからない怪しげな私なんて、年齢と姿が違ったところで問答無用に引きずり出されるに違いない。そうなったらそうなったで、逃げるだけだ。今よりも暮らしにくくはなるから、本当は嫌だけど、イッチ達とならなんとかなるかもしれない。ため息をついた。
(なんで、なんだろ……)
本当に、ロータスのことがわからなかった。
ただ、ぐしゃぐしゃの真っ黒な彼の頭と、苦しそうな寝顔を見ると、ひどく胸のあたりがもやもやして、重たくなって、気持ちが悪い。
ロータスは、自分で気づいているのか、いないのかわからないけど、ときおりひどく可愛らしく笑う。いつもは難しい顔ばかりしている青年だ。本人は、気にしてなんていないのかもしれない。でも、寝ているときばかりは、もうちょっと幸せな顔をしたって。
手のひらが伸びていたのは、きっとただの無意識だ。
疲れ切った青年の眉間に、幼く小さな指を乗せた。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから。刻まれた皺が少なくなったらいいのに。そう思った。よしよし。いっぱいに腕を伸ばして、静かになでた。少しずつ、彼の表情が柔らかくなっていくような、そんな気がした。眠っている彼の顔をそっと見つめて、可愛い顔だな、と思ったとき、ひどく胸の奥が痛くなったような気がした。そのときだ。
カッと黒紫の瞳が勢いよく見開いて、私を見つめた。「えっ、あ、ひ」 寝ぼけ眼のまま、青年は素早く動いた。「ウンギャーーーーッ!!!??」 幼女の悲鳴が響き渡る。
「はなしてはなしてはなしてはなしてまさかの四の字固めーーーーー!!??」
「……あ? わりぃ思いっきり寝てた。無意識だ」
「ピギャーーーッ!!!!」
***
短い私の本体によくぞできたなと驚愕するばかりだったけれど、寝起きのロータスに反撃され、シチューを渡しながらも何かを奪われてしまったような気持ちで、ふらふらとはらぺこ亭にたどり着いた。
店の床はサンがぴっかぴかに磨き上げていて、すばらしいすばらしいと仲間内で拍手(拍スラぽよ手)をし合うイッチ達を見つめつつ、少しばかり考えた。
ロータスは、私という魔族を見つけるまで、街の警備を一人で続けるのだろうか。本人は、別に気にしてはいない様子だったけど。でも、と夜の街を窓から見下ろした。
「ネックレス、返して、ほしいな……」
呟いたのは言い訳だ。返してほしいから、仕方ない。大人に変身できるのは、短い時間だけ。ロータスに会う、一瞬くらいは変化することはできる。
都合のいいことにも、夜は雲の合間からときおり大きな月を見せて、こちらを誘っているみたいだった。
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