21 コントロール+Fは使えない
どう考えても、ネックレスを持っているのはロータスだ。いや、むしろそうであって欲しい。
思いつく限りの場所を探して、イッチ達にも手伝ってもらったというのに、まったく見当たらなくてうええ、と泣いた。
そもそも、子供二人分のお小遣いでも買えてしまう品だ。見つけた人はなんてことのないものだと思って捨ててしまったのかもしれないし、二束三文とは言えど、どこかに売り飛ばしてしまったかもしれない。嫌な考えはいくらでも思いつくから、ロータスが持っていてくれたと思う方が、実のところ一番マシだった。
あのネックレスは、夜の間に魔力を吸収して溜め込むことができる。つまりはMPの総量を増やす役割を持っているのだ。今の私でも大人の姿に変身することはできるけれど短時間だし、一度に使うMPが多ければ多いほど、MPの成長が早くなる。村に戻ることはもうできないし、できればなくしたくはなかった。
あとは幼馴染の少年と最後に買った思い出の品でもあるけれど、そこはあんまり気にしていない。幼馴染よごめん。
「うーん、うーん、うう、ううん……」
ベッドの中で唸って、それでも諦めきれなくて合間をぬって探しすぎて、気づけば捜索スキルLv.1を取得してしまうほどだったけれど、テイマースキル×捜索スキルを使って、イッチ達の総力を挙げてはらぺこ亭周辺を探しに探し回った。でもないものはない。泣きそう。
そもそも、私自身がはらぺこ亭に戻ってきてもいいのか、というところも考えものだった。だって、ロータスは、大人の姿である私を見て、魔族だと認識していた。はらぺこ亭の屋根の上に、どどんと座っていたのだ。正反対の場所に逃げたとは言え、そんなごまかしが通じるのだろうか?
今の所、常連客の会話を盗み聞きしても、魔族が出たという噂はないし、教会の人たちや騎士団が大勢で押しかけて来ることもない。そしてロータスもやって来ない。
いや、来るには来るけれど、私が気づかないくらいのスピードで食べてお金を払って消えていく。とにかく生き急いでいる様子だった、と女将さんは呆れていた。
それなら、気にしない方がいいだろうか。さすがに夜の変身は家の中だけで抑えるようにして、なくしてしまったネックレスを思い出しながら悲しくため息をついて数日。
「エル、悪いんだけどさ、これ、ロータスに届けてくれないかい?」
女将さんから、彼ご愛用のシチューとパンを渡されたのだ。
***
「えっ、あの、えっ、なんでですか?」
「最近妙に疲れてるみたいに見えてねえ。まあ長い付き合いだし、無理ばかりする子だからさ」
実際、私もちらりと彼の背中を見たことがあるのだけれど、髪はいつも以上にぐちゃぐちゃだったし、なんだかんだ言って、いつもは声をかけてくれるのに最近はすたすたと消えていく。長い付き合い、というロータスと女将さんはただの客というわけではなく、坊や、と言っているところから幼い頃からやっかいになっていたらしい。「クッソ生意気なガキだったわ!!」と背後でストラさんが叫んでいた。そしてクソとか言うなと女将さんに怒られていた。
「ほっといたらいつも同じものばかりしか食べないからね。ほら、これも」
渡されたのは、まるまるのりんごである。小さな鍋を布で包んで、間にパンをはさみつつ、りんごは横掛けの鞄に入れた。ロータスに関わりたくない、というのは常の気持ちだけれど、今はそれ以上で、私個人としては彼がお店に長くいないようになって、ちょっとホッとしていたのだ。だから突然の女将さんのお願いにはシチューの小鍋を抱きかかえたまま、「いやあ、その、えっと……」 必死に言い訳を探すしかなかった。
「あの、お店、忙しいでしょうし……」
「今日は随分落ち着いているからね。大丈夫だろ」
「うーんと、えっと、どこにいるか、わからないですし」
「とりあえず街の門のところに行ったら? いなくても伝言を頼んだらいいんじゃないかしら。多分渡してくれるでしょ」
ストラさんが遠くから援護してくる。
「……私じゃ、なくても……」
と、言おうとして、女将さんが店を出るわけにもいかないし、ストラさんは怪我をしている。私しかいないに決まっていた。二人はきょとんとして私を見ていた。頷くしかなかった。
ときおり、自分が嫌になるときがある。ロータスに一方的な気まずさを持っているのは私だけで、彼は私の恩人で、怪しい私を街に入れてくれた上に、はらぺこ亭を紹介してくれた。ロータスがあまりにも頻繁にお店にやって来るものだから、そんなにシチューが好きなんだろうかと女将さんにきいたところ、以前もよく来ていたけれど、こんなによく来るようになったのは、私がお店にやって来てから、と言われた。
心配に思われているのか、いや素性も、行動も怪しすぎる私だ。様子見とばかりに来ているのは間違いなかった。たとえ注意深く、私が悪さをしないようにと見張っていての行動だとしても、元来の面倒見のよさから街を案内してくれて、寒さやひもじさに震えることなく、屋根の下でぬくぬくしているのはロータスのおかげだ。私は、無条件で彼の好意を受け取っている。
なのに、シチューを運びながら思っていることは、門番さんのところに行って、ロータスに会わなければいいな、だ。
これだけならまだしも、別にご飯なんて届けなくてもいいじゃない、と心の底では思っている。彼は日本での年齢で考えたらまだ成人はしてないけれど、この国ではしっかりとした大人の扱いだ。自分のことは、自分で面倒を見ることができるだろう。だから別に、わざわざ行かなくたっていいのに、と我が身可愛さに歩く速度さえもゆっくりになってしまって、気づいてしまった自分の心の汚さが嫌になった。あんなにお世話になっているのに。
ゲームのストーリーに関わりたくなんてない。復讐なんてどうでもいい。ただ平和に生きて、大人になりたい。そう思う私の気持ちと、抱えるだけでほかほかと温かくなるシチューの温度がいやに遠くてひどく荷物が重たくなった。
――――エル、どうしたの?
――――だいじょうぶ?
イッチとニィが、左右からぽよぽよと跳ねるように問いかけてくる。サンは念の為とはらぺこ亭に置いてきた。一番元気なスライムだから、今頃踊り狂いながら床中の掃除をしているだろう。
「ごめん、大丈夫。なんでもないよ」
慌てて首を振って、嫌な気持ちに無理やり蓋をした。気づきたくなんてなかった。
どんなにゆっくり歩いていても、いつかは目的地にたどり着いてしまう。それに今は仕事中で、お金をもらっている身だ。自分勝手な感情でのろのろしているわけにはいかない。ただシチューとパンと、そしてりんごを渡して、ちゃんと食べてますか、という女将さんの伝言を伝えるだけだ。ロータスがいないならそれでよし。いるなら、いるでよし。よし行くぞ。
「こん、にっ、ちは!!」
気合を入れすぎて、ちょっと声が変になってしまった。門の向こう側の人に声をかけた。外から街を見ていたとき、必ず誰かが門を守るように立っていた。だから必ずいるはず。そう思って声をかけると、帽子をかぶった青年が、ぴょこりと顔を出した。
「ん? どちらさま?」
白い髪をしていて、帽子は鍔が短く深緑色で、円筒状の形だった。おっとりした、人の良さそうな顔をしている。見覚えがある人だ、と考えたとき、私よりも彼の方が早く気づいたらしい。「あっ、あのときの不審な少女」「うっぐ」 顔の割にははっきりと言う人だ。そしてはっきり思い出した。
――――こら! 暴れるな!
――――とりあえず不審だったから捕まえた
掴まれた首根っこがそわそわする。
彼はこの街に初めて突撃したとき、私を思いっきり確保した人だ。そして、ロータスの知り合いの男の人だ。
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