18 まったりライフはめちゃくちゃ遠い

 

 ロータスと一緒にいて思った。

 彼がとてもいい人なのだということはわかっているけれど、とにかく距離を置きたいのだと。そうすれば私はプレイヤー達を怒りと恐怖に陥れた、ボンキュッボンな魔女様、エルドラドではなくなる。

 もともとはらぺこ亭だって、二ヶ月ばかりの期間限定で雇われているだけだ。ストラさんの足が元通りになれば、次の働き先を見つけなければならない。


 はらぺこ亭を出ていけば、自然とロータスとの距離も遠くなる。ならば生きる力を身に付けなければならない。


 ロータスを見ると、なくなってしまう彼の片腕や左目がどうしてもちらついた。できることなら、気をつけてねと一言くらい言ってしまいたいけれど、気をつけてなんとかなるものではないし、彼の傷は、ロータスが国一番の騎士になるきっかけとなるはず。それくらいのゲームの内容なら覚えていた。


 魔族は赤い瞳と羽を持ち、誰しもが強力な固有スキルを持っている。努力もなく理不尽な暴力で、あっという間に人々を恐怖に貶める災害のような存在だから恐怖される。けれど、人の中には赤い瞳を持つことなく、ある日突然固有スキルを目覚めさせるものがいる。――――例えば、ロータスのような。


 ゲームでのお相手キャラ達の大半は、固有スキルを保有している。それはまるで魔法のような力ばかりで、ロータスだって今はただの兵士だけれど、力を得たことをきっかけに誰からも頼られる存在となる。だから、ただ私が嫌だというだけで彼の人生を変えてしまうのは、きっとおかしなことだ。


「よし」


 部屋の真ん中で瞑想という名の正座を続けて瞳を開けてみると、なぜだか私を中心にするようにイッチ達が三角に配置されていた。私が静かにしていたから空気を読んだのだろうけれど、何かの儀式のようだから止めてほしい。ぱっと彼らは顔を上げた。ふりをした。いや顔ないだろ。私の動きのマネしただけでしょ。器用ですね。


 とにかく、現在のステータスを確認することにした。


【名前】 エルドラド(8歳)

【スキル】 幻術Lv.2、飛行Lv.1、掃除Lv.3、テイマーLv.3、察知Lv.2 釣りLv.2 お手伝いLv.1

【称号】 クラウディ国、最恐魔女『予定』のちびっこ、まぬけな嘘つき、野生児


 私の唯一の力は、ステータスを視認することができることだ。エルドラドとしてのもともとの地力と、見ることができる分、能力の獲得も速い。魔族である印の本来の瞳の色を知られてはいけないという足かせを補って余りあるアドヴァンテージである。そしてよくお世話になっているテイマースキルさんは、先日めでたくレベルが上がった。これで一人前とも言えるかもしれない。多分。


「スキルももちろん重要だけど……」


 能力は他にもある。この間確認することができるようになった、トロフィーのような表示をタップした。解除された実績が表示されていて、その下は条件すらもわからず、【?????】と記載されている。その中でただ一つ、グレーアウトになっている表示があった。


【スキルレベルの合計を14以上にすること】


「14、は、過ぎてる……」


 足し算して確認した。この間テイマースキルが上がったときに達成したのだろう。どうやら自動解除になるのは最初だけで、あとは選んでタップする必要があるみたいだ。テイマースキルはやっと3に上がったのに、幻術スキルはいつまで経っても2のままである。育てば一番強力な手札になってくれるに違いないのに、固有スキルはレベルの上がり具合が通常と違うのだろう。それなら別の力を得るしかない。


 通常スキルの取得条件はわからないし、お手伝いのような細々としたものばかりだ。それなら、私が次に重視するのは実績解除。どんな能力かわからないけれどこれをクリアしていくことは決してマイナスにはならないはずだ。

『五つ葉の国の物語』の結子と実績解除の条件が同じだったらいいけれど、正直あまり細かくは覚えていないし、これは私専用にカスタマイズされている可能性もある。


 五里霧中のまま進むことも難しい現状だが、覚悟を決めてポチリとボタンを押した。相変わらずのアナウンスが流れる。新たな力を手に入れた。「え、えーっと」 どしたん、どしたん、とイッチ達がぐるぐるしている。「うーん……」 便利なのか、微妙なのか。わからないけど、とりあえず喜んでみた。ウェイ、ウェイとみんなで手をあわせる。ウェイ、ウェイ。



 ***



「あー、うまいうまい。そうそう、手で皮を押さえるの。じょうずー」


 ぱちぱち、と両手を叩くストラさんには、ぴょこっと青いステータスのウィンドウが表示されている。赤い棒と、黄色い棒が横に延びていて、赤い棒はすでに2割ほど削れている。私は無言でくるくるじゃがいもの皮をむいた。「ちょっとストラ、それはあんたの仕事だろ?」 サボッてんじゃないよ、とびしりと女将さんがストラさんの頭を叩くと、赤い棒が、ちょびっと削れる。「ふっぐ」 美女らしからぬ声である。


「さ、さぼってないわよ。エルの仕事が速いんだもん。開店前の掃除が終わったっていうから、手伝ってもらってたの!!」

「ストラ、あんたが遅いってだけじゃないのかい?」

「すみませんすみません、ほんとです、私からさせてくださいって言ったんです!」


 なんて言ったって、こっちはイッチ達と含めて四人がかりだ。その上このスライム達、気づけば自分たちでさらなるテクニックを編み出し、時短作戦に乗り出している。今はやることがなくなったとばかりに壁をついついとのぼって、いたるところをぴかぴかにしているので、そのうちこのはらぺこ亭は謎の輝きを帯びることになるだろう。


「まあ、エルの仕事が速いってのは確かに同意だけどねェ……」

「でっしょ!? あたしの3人分は働いてるわ!」

「あんたはそれを言って情けなくないのかね……?」


 呆れる女将さんにもウィンドウが表示されていた。【はらぺこ亭女将 : シーラ】 女将さんの名前、シーラって言うんだ、と今更ながらの感想を得て、じゃがいもをこそっとむいた。


 そう、私は自分以外の、他人のステータスを覗くことができるようになっていた。ゲームでの結子も同じ力を持っていた。横に伸びる赤い棒はHPで、黄色い棒はMPだろう。ストラさんのHPがMAXよりももともと削れているのは怪我をしているせいかもしれない。しかし不思議なことにストラさんはHPとMP表示だけで、女将さんは名前まで表示されている。


 もしかして役職を持っている人だけしか名前が出ないのかな、と説明書がないから未だにわからないシステムに首を傾げつつ、この能力、必要だったのかな? と疑問に感じた後にいややっぱり便利だ! と考えた。


 だってお客の中には冒険者の他にも教会の人も時折混じっていることを知ってしまった。別に私(魔族)を目的として来ているのではなく、もともとのお客だったのだろう。全員に表示があるわけじゃないから、頼り切りにならないようにしないとだめだけど、ある程度事前に危ない人が分かれば避けることができる。


 そしてお盆を持って料理を持っている最中、気づいてしまった。


【チャーハン : おいしい】


 こいつ、人間以外のウィンドウも表示できるぞ……!!


 これも全てではないけれど情報はないよりあるほうがいいに決まっている。これを私は『鑑定』ということにした。そこまで高性能ではないけれど、自分の気分を盛り上げようと思ったのだ。そして片っ端から鑑定する中、恐ろしいものに気づいてしまった。「う、うお、おお……」 やっぱり空気を読んで、イッチ達も震えている。ぶるぶるして、両手に入れて掲げて、再度表示を確認した。「まさか、こんな」


【月光石 : 魔力を溜めることができる】


「ただの子供のちゃちなアクセサリーだと思ってたんですけど!?」


 村のお祭りで幼馴染と共に買ったネックレス、まさかの特殊機能つきでした。



 ***



 人間、何が助けになるかわからない。いや私魔族だった。間違えた。あー……と屋根の上にぼんやり座って、ほんの僅かな雲の隙間から月光浴をした。ここで思い出してみよう。幻術スキルの説明である。


【魔力を摂取すれば、少し使える。思い込みを力に変える。他スキルとの併用可能】


 “魔力を摂取すれば”少し使えるのだ。


 魔力ってなんぞ、とあのときはジタバタ暴れたけれど、ようはMPのことである。自分のステータスを確認してはっきりした。できる幻術、できない幻術の差は、私のMPの量が少なすぎるから問題なのだ。もしかしたら体とともに成長したり、スキルが上がれば節約して使うことができるかもしれないけれど、そんなに待っていられない。


 私の魔力が足りないのなら、外から補給すればいいじゃない! マリーアントワエルである。魔力がないなら奪えばいいのよ!


 あと、あのときよりレベルが1上がっているので、スキル説明は少し使えるからちょびっと使えるに、変化していた。変わらんわ。っていうかニュアンス若干下がってない? アバウトなの?

 自分自身のMPが寝て起きたら回復している。睡眠でMPが回復するのか、もしくは“夜になにかあるのか”着目した。気になって調査してみたところ知ったのだ。月にはMPを回復させる何かがある。ファンタズィーーー。


 思わず頭の中で茶化してしまったけれど、わかったときには小躍りした。そしてお祭りで手に入れたちゃちいオレンジのネックレス、もとい月光石にはMPを吸収させる性質がある。曇りばかりのクラウディ国だけれど、夜は昼間よりも雲の量は少なくなるから、ときおり月明かりがこぼれていた。


 そこで窓からペンダントを吊るしてみると、いつもよりもMPの摂取量が大きかった。ならばと自身の体ごと飛行スキルを使用して窓からよじよじして、スライム三匹、子供一人体育座りをして月光浴だ。ぐんぐんMPが増えていく。増えたMPは使用する。繰り返して私自身のMPを使った分成長させ底上げさせる。これを繰り返してできるようになってしまった。


 なんと大人になることができた。


 いやほんとに。現在、すっかり育った姿のまま、私は雲の合間から見える月を見上げた。この姿が一番MPを使用するから、成長には効率的なのだ。肩口までだったはずの金髪は静かに背中でなびいていて、イッチ達がにょいんと伸びて鏡のように体を反射させ見せてくれた姿はしっかりとした赤目だった。そしてそれは原作と遜色のない姿でボディコンだった。もう嫌。


「さ、さむひ……」


 ガタガタする。毛布でくるまりながら鼻水をすする。あんなに嫌だと思ったボディコンなのに、どうあがいても変わらない。ピチピチスーツなんてとても嫌でつらすぎる。ふともも丸出しである。


 もちろんこの姿は幻で、本来ならバリバリのキッズだ。MPの量を増やすことができたから、より大きなものに変身できるようになった。でも残念ながら未だ足りない幻術レベルからか、私の頭の中でしっかりと想像できるものしか変身できない。つまりは、原作のエルドラドとまったく同じ姿にしか。


 長い手足を見た瞬間大人になれたと大喜びしたものの、変身できるのは夜の間だけだし、なにしろこの服だ。痴女である。あまりにも中途半端だし、瞳の色も変えられない。さらなるハードモードである。キャラデザ、なんとかならなかったの?


「でも、ととと、とにかく、うう、修行あるのみ……」


 少なくとも進んでいる。今はまだ小さな子供である私が独り立ちできるまで、もっと長い時間がかかると思っていた。こうして偽の姿にでも変わることができたのは大きな進歩である。

 ずびっと鼻水をすすった。イッチ達がもちもち近くにいてくれる。大人になったエル、鼻水めっちゃすごいね! と保有しているテイマースキルからか語りかけてくる声がきこえる。うるさいわ。


 片手に月光石の紐を巻いて毛布にくるまりつつ、あーあと冷たい息を吐き出した。あんまりにも暗いから、イッチ達が、じんわりとした灯りをお腹の中でともしてくれたから寂しさは少ない。村で石を投げつけられたときを思い出した。自分は一人だけだと思っていたけれど、スライムだけど彼らがいてくれてよかった、とほっとした。


 しかしこの姿、誰かに見つかったら危ういなと思いつつ、はらぺこ亭の周囲には夜に開いている店も少なくここ数日様子を見ていたけれど、誰が通るわけもない。それに二階の屋根に上っているから、ちょっと怪しい女がいるとしても、まさか瞳の色まで見えるわけもないから大丈夫大丈夫、と笑っていたときだ。「……あ?」 聞き覚えのある男の人の声がきこえた。ハッとして下を見ると、誰かがこちらを見上げていた。


 それが暗くて、誰だかわからなかった。しかし逃げ出さねば! と慌てた瞬間、巻いていた毛布の端を踏んで、そのまま私は転がり落ちた。「アーーーッ!」 深夜だったから、なんとか声を抑えて叫べたのは奇跡だ。ごろろんろん、と屋根の端まで転がり、落下した。だめだと思ったけれど、なんとか飛行スキルを使用できた。地面に叩きつけられる一歩手前、ぴたりと止まったかと思うと顔面から思いっきり殴打する。


 ――――ちょっと怪しい女がいるとしても、まさか瞳の色まで見えるわけもないから大丈夫大丈夫


 私にとっては、全てがフラグなセリフだった。何も考えずに痛いと口元を押さえて立ち上がろうとした時、「おい、大丈夫かよ……」 男の人が、こちらに手を差し出した。ロータスだった。体を巻いていた毛布がはらりと地面に落ちた。ロータスはこちらに手を差し出したまま固まっている。背中には飛行スキルで出した羽がつきっぱなしだ。


「え、えっと、その」


 本来、私達が出会うのはこれから三年後。ルートが違えば、出会うこともない。なのにロータスと出会ってしまった。珍妙な服を着た、変な女と。これから先、国一番の騎士になる男の人。


「お前、魔族……」


 静かに、ロータスの口が呟いた。

 ひゅるりと冷たい風が吹いていた。

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