16 パンとシチュー
会いたくもない相手、というと正直語弊があるかもしれない。
私はただ、これから三年後にある本編に関わりたくないだけで、ロータス自身にはなんの恨みもない。それを除けば感謝こそすれ、恐ろしく思うだなんておかしな話で、ちょっと物騒な顔つきをすることが多くても、本質は親切なお兄さんだということを知っている。しかし関わりたくはない。
そんな様々な気持ちを飲み込み、かららん、と涼やかなベルと共にやってきたロータスに、私はぐぐりと拳を握って気合を入れた。「ら、ららら、ラッシャッセェーーーー!!!」「なんか俺だけおかしくね?」 気合がから回っているのでご勘弁ください。すんません。
一番混み合っている時間帯でがやついている店内だったけれど、さすが常連なだけあって、彼は席を自分で確保した。メニューだって決まっているから、こちらは念の為確認する程度だ。この店に雇われるのもストラさんの足が治るまでの間、たかだか数ヶ月の期間だから、こうしてロータスに関わるのもほんの短い時間だけ(のはず)だ。
彼が来るのはいつもこの時間帯で、じろじろと三白眼で周囲を見回したかと思うと、お決まりのメニューを一気に平らげる。あんまり関わりたくないな、と思っているのに、たまにはもうちょっとゆっくり咀嚼したらどうかな、とちょっと心配になってしまうほどだ。
イッチ達は、最近はお手伝いスキルまで駆使して隙間を縫うように掃除し料理を届けてと、正直私よりも役立っている気がする。あいつらすごいな。
(まあ、なんとかなるかな……)
がつがつ、と口いっぱいにシチューを浸した固いパンを詰め込んで、「ごっほはん!」とロータスは飛び出すように消えていった。多分、ごちそうさん、と言っていた。別のお客さんのメニューをとっていた女将さんが、「ありゃ、ロータス坊やったら、もう出ていったのかい。忙しいんなら、わざわざ来なくったっていいのにねえ」とすっかり小さくなってしまった彼の背中を見て呟いていたから、本当にお客として長くやって来ている人なんだろう。もしかしたら子供の頃からなのかも。
多分、ロータスは忙しい。今はただの下っ端だけど、これからどんどん出世して国一番の騎士になる。だからそりゃもう、毎日が目まぐるしいに決まっている。それならまあ、ちょっと怪しかったとは言え、ただのそこらのガキンチョに構う暇なんてきっとないよね、と改めてホッとした。なら存分にお金を稼がないと。いつまでもこのお店にいることができるわけじゃない。
「ぎゃあ! エル、三番卓、スープがこぼれてびしゃびしゃだ! 掃除しとくれ!」
「は、はあい!」
女将さんの言葉に慌てて布巾を持って行く間に、ニィとサンがその体でしゅわしゅわとスープをこっそり吸い上げていた。まかされよ……と言っている節があるその姿、あまりにもイケスラだった。
しかし私、本当にここにいる意味があるのだろうか。彼らの仕事を、さぞわたくしが行いましたとばかりに布巾を床に添えて、「あらっ! もう掃除できたのかい。仕事がはやいねえ!」と褒められつつ、へへ、と笑った。笑うしか無い。
***
そんな平和だか喧騒が溢れているのかよくわからない日々を数日過ごし、やってきたロータスに、形式上の確認とばかりに、「シチューとパンでいいですか?」ときいて見上げた。いつもなら、ああ、と無愛想ながらに頷くはずが、彼はじっと黒紫な瞳で私を見ていた。ロータスは椅子に座っているから、普段より目線の距離がぐっと近くて、思わず瞳に施した幻術スキルが抜け落ちてしまっているんじゃないかと不安になる。
「なあ、そういや俺、お前に名前言ってなかったよな。ロータスっつうんだけど」
「えっ。はい、知って……ます。女将さんたちから」
そう言えば、私はロータスの名前を直接彼から聞いたのではなく、あのちょっと腰が柔らかそうに見える門番さんや、女将さんが言っていた名前を盗み聞きしていただけだ。ちょっとの気まずさをごまかすように片手で鼻の下をこすったのだけれど、彼はそのことに対して特に気にしてはいないようで、「ああそうか」と適当に頷いた。そして続けた。
「お前、エルだったよな?」
いきなり聞かれたから、思わず短い背をびしりと伸ばした後に、幾度も頷いてしまった。
「エル、明日はこの店は休みだろ? ちょっと時間を貰えるか?」
即座に首を横に振りたかった。しかし悲しいかな、問いかけたのは私ではなく、その奥にいる女将さんに対してだ。
「ああいいよ。仕入れの日だしね。休みをやろうと思ってたんだ」
「そんならよかった」
いやよくない。
なのにいつの間にか話が決まっている。「じゃあ朝に迎えに行ったらいいな?」と決定づいたような問いかけに、私はただ静かに頷くことしかできなかった。
なんだっていうんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます