14 幼女におまかせ
【条件が一定まで到達しました。能力の一部解除を行います】
「条件って……?」
なんぞそれ、の一言である。
スライムをつついていた手をひっこめて首を傾げた。まさか意味のない言葉であるわけじゃないだろう。外は少しずつ日が暮れてくる。ランプはないので、困ったなと考えているところで、スライムの一匹がぼんやりと体の中を光らせた。
ほんのりとしたオレンジ色に室内が包まれつつスライム達を見下ろした。便利か。
なんにせよ、これで見やすくなるというものである。能力、というからにはウィンドウが怪しいぞ、と思って視界の端をいじってみると、どうやらビンゴだったようだ。
私が現在見ているメニュー表示は、私自身の【名前(年齢)】【称号】【スキル】の3つ。だったはずなのに、見覚えのないトロフィーマークができている。
「実績表示……!!」
思い出したかのように私が思わず声に出すと、三匹のスライム達が首を傾げるようにぷるんと体をくの字に曲げた。器用である。
『五つ葉の国の物語』では聖女である主人公、結子は序盤に選択肢を選び、その中から召喚される国が決まる。彼女は異世界から召喚された特典として、全てを見通す目を持っていた。それが私と同じ、ステータス表示だ。
私が見ていたものよりも、ゲームでは細々とした表示があった。でもそれはあくまでもゲームだからで、今のこっちは現実だ。ある程度の差異は特に気にしてはいなかったのだけれど、新たに実績表示のアイコンが表示されていた。
「そっか、ゲームでも実績が獲得できるのはチュートリアルが終了してからだったっけ」
実績とは、文字通り、主人公が行動した回数や内容をゲーム内でカウントし、クリアすれば実績が解除される。そしてその特典として能力などの報酬を得ることができるのだ。
チュートリアルが終了してから、というのは、結子が召喚された国で護衛騎士、例えばクラウディ国の場合ロータスと出会い、パーティーに加入するまでの部分で、最初の実績は、【仲間をパーティーに入れること】。
なるほど、私の場合このスライム達が仲間ということか。結子と同じく、チュートリアルが終了したということで、最初の実績が解除されたんだろう。考えてみれば森の中でスライム達の上に乗ってずんずん進んでいたときは、仲間というよりも、一緒にいた、というだけに近かったかもしれない。
仲間。
なんとなく正座をしつつ、ぼんやり透明な体を光らせるスライム達に微妙なくすぐったさを感じながら見つめ合った。もじ……と互いに体をもじもじさせて視線をそらした。ではなく。実績が解除されて、なんの特典を得たのか、というところを確認せねば。
【パーティーメンバーに固定スキルを使用することができるようになります】
これは。まさか。
望んでいたものなのでは、とスキル表示をいじってみる。固定スキル、とは幻術と飛行スキルのことだろう。オンオフは頭の中で使用できる。でも変わらず使用先は私だけだ。おかしい。「……ん?」 ウィンドウスキルから、みょいんと矢印が伸びている。試しに選択してみた。
【お掃除スライムA】
「わ、私以外の説明も見ることができるようになってる……!!」
青いウィンドウから吹き出しマークが飛び出て説明してくれている。名前だけの表示で、ステータス表示のように細かなものではないけれど、ならばこの状態で、とスキルを使用してみた。
【状態 : 幻術を使用中】
「おおおお」
これなら、となんとか四苦八苦をして、三匹全員に幻術スキルを付加することに成功した。能力を分裂させると、その分できることは少なくなるけれど、もともと透明なスライムの体をさらに見えづらくして、プラスで私の瞳を変える程度ならば問題がないようだった。
「こ、これなら、なんとか……!!」
なにか変わりましたかねぇ? と自分自身じゃよくわかっていないらしいスライム達はふよふよしていたけれど、大きな変化である。やったぞ。
***
「あーーー!!? んだよ、ストラちゃんがいないのかよ!」
柄の悪い男性客がお一人いらっしゃる。「うちの子はちょっと足を悪くしてるもんだから、勘弁してくれよ!」 丁度、お店でお客さんの波が引いてくる頃合いだった。禿頭の冒険者に女将さんが絡まれたものの、気丈に声を張り上げていた。そうじゃないと、こんな冒険者だらけの食事処なんてできやしないのだろう。
「うるせえよ! そんなら部屋にいるんだろ、俺はあの子に会いたくて来てんだからな! このまま帰れるかよ! どけババア!」
「ひ、ちょっと……ひゃあ!!」
なんたることだ。まったくもってお口もよろしくない。私は頭の上でびしりとポーズを決めた。にんにん。その瞬間、任されたとばかりに姿を消した三匹のスライムがしゅるんと男と女将さんのもとに飛び込んだ。倒れ込んだ女将さんを、二匹がクッションとなり、残りの一匹が男の足の下に入り込み、つるりと滑らす。
「え?」
「あれ?」
女将さんと禿頭、二人の声が重なった。
倒れたはずの女将さんは、まっすぐに立っていて、反対に男が地面に頭を打ちつけたのは同時だった。体を跳ね上がらせて何度か頭を打っていたのはただの偶然だが、さすがに場所が悪かったのか、泡を吹いて気絶しているらしい客を見下ろし、「ありゃま!?」 女将さんが素っ頓狂な声を上げている。にんにん。
撤収せよ、と願った言葉は、そのままスライム達に伝わった、忍者のごとく、彼らはするりと消えていく。
「ちょ、ちょっとエル、今何があったか見てたかい? なんだか妙だったんだよ」
「ああ、えっと。そこの冒険者の人が興奮してすってんころり、になっていたのを見ましたよ」
足元がふらふらでした、とそしらぬ顔で告げると「そうなのかい……?」と彼女は首を傾げたものの、そんな場合じゃなかったと慌てて仕事に戻っていく。倒れた男は後からやってきた馴染みの客達が回収してくれた。私はテーブルを布巾で拭きながらも小さく口笛を吹いた。
幼女におまかせ、である。
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