13 きちゃった……(ハート)

 スライム達は、まるで照れているかのようにもじもじしていた。


「いや、いやいやいや!! 来ちゃったじゃないからね!?」


 たゆたゆした三匹のスライムに思わず突っ込んでしまった後、私は慌てて口元を押さえて廊下を見回した。幸い、女将さん達はすでに仕事場に行っているのか、私の声に反応する様子はない。「あ、あのねぇ……!」 ほっとしつつも、スライム達に説教の一つで落としてやろうかと思ったけれど、うぐり、と唾を飲み込んだ。そんな場合じゃない。


 私の体では一匹が両手で抱き上げなければいけないくらいの大きさだ。重たくはないが、結構なサイズである。「うう!!」 扉を開けてなんとか三往復を繰り返し、スライム達を無理やりベッドの下に押し込んだ。


「ここに! 隠れててね!? 絶対出てきたらだめだから! 危ないんだからね!?」


 もちろん、私個人の平穏が、というところはあるけれど、ここ最近のスライム不足(私のせい)から、鴨がネギを背負ってやってきたのである。まずは即座に狩られる。女将さんが包丁を振り回す様なんて見たくない。暗い中から、たゆり……と、腕、腕? を伸ばしてこようとした動きを、スライム1は私の大声に驚いたのか、びくりとしてしゅるしゅる奥に逃げていく。よろしい。


「エルー! そろそろ降りてきてくれないかい!?」


 女将さんの声だ。「すみません、今いきますーーー!!」 ドアに向けて叫んだ。そしてスライム達に言い聞かせるように再度声をかける。


「いい? ぜーったいに、にここから動かないでね。いいね、絶対だよ……!!?」


 三匹はうごうごと動いていた。一体大丈夫なのだろうか。



 と、心配はしていたものの、仕事を終わらせて戻ってくると、透明なお掃除スライム達は幸せそうにベッドの下の埃を食べて回って、そこら中をぴかぴかにしていた。部屋中に後光が放っている。ベッドの下からは出てしまったものの、流石に外には出なかったらしい。

 お、おう……と感じた眩しさにうっそり瞳を細めながら、スライム用にいつもよりも多めにもらった食事を地面におろしたのだけれど、彼らはすでに満足していらっしゃるようだった。


 それでも人間の食事は別格ですなあ、と言いたげに、透明の体の中にパンの端っこを飲み込んで体の中でくるくるさせる。よかったね。それはさておき、「あのね、なんでこんなとこに来ちゃったの?」 真面目な話である。すでに床もピカピカであったため、私は正座をしつつお掃除スライム達に向き合った。テイマースキルは常時セットさせているから、いいたいことは理解できる。仲のいい友達の顔を見たときに、そのとき考えていることが想像できる、というぐらいのレベルだから、なんとなく程度だけど。


 スライムABCは私の前にゆるゆるとやってきた。そして一匹が体を揺らして主張する。


「すらっ、すらっすらららっすららん」


 これは言葉を喋っているように聞こえるが、実際は高速で体を震わせる音である。


「え? 私が心配で? なんでまた?」

「すららっすららっすららららっ」

「私が人間の街に行っちゃったから? スライムには危険って? そうなの。でもごめんね、私スライムじゃないんだよ。人間なんだよ」

「すらららら~~」

「薄々気づいてたって?」


 いいやつらすぎか。

 もしかすると、彼らは私が最初に出会って、直接上に乗っていたスライムたちだろうか。今はお掃除スキル+幻術スキルは使用していないので、彼らにとって私はただの人間に見えているはずである。正直なところ、スライムとして大行進をしていたときも、最後あたりは実はこの子人間なんじゃ? と疑っていたらしく、スライムの大行列は解散となったものの、不安で三匹、私の様子をこっそり見守っていたらしい。


 自分たちスライムにとって、人間の街が危険であることも理解していたけれど、人間の子供にとってもそうじゃないの? といつの間にか団子状態で積み重なり、ふよふよ右に左に揺れているスライムを見て重ねて思った。いいやつらすぎか。


「その、すごく気持ちは嬉しいんだけど……」


 こちらと言えば騙していたようなものなのに、申し訳ないばかりである。


「私ね、本当は人間というか、魔族なんだよ。今は目の色を変えて、羽も隠してるけど、怖いでしょ?」


 スライムはぴょんぴょんしていた。え? 魔族!? おどろきじゃ~~~ん!? 程度の反応である。軽いのか重たいのかよくわからない。それならなおさら力になりたいと告げてくるお節介すぎるスライムたちというか、私よりも人間ができているようなスライムの一匹の体を持ち上げて、ううん、と私は唸った。


「でもほらスライムだし……。私自身の身の危険もそうだけどさあ……。この店、ぼちぼちマッチョばっかりで、どう見ても冒険者ばっかりだし。スライムって非常用飲料水扱いにもなるんでしょ?」


 雨がない国なので、水は貴重だ。心配をしてやってきてくれた子達に万一があるとなると目覚めが悪い。森にお帰りなさいな、と言ったところで、ぶんぶん器用に首を振っている。「うーん……」 唸っている私を前に、変わらず彼らはぴょんぴょんしていた。


「せめて、幻術スキルが自分以外にも使えたらいいんだけど……」


 私は瞳の色を赤から青に変えている。そんな風に、スライムの姿を変えてしまったらどうだろう。「えいや」 試しに人差し指を向けてみた。しかしそもそも、スキルの使用は私の頭の中で、スイッチのオンオフをするだけだ。そもそも、対象指定が自分しかないのだから無理に決まっている。たゆゆんゆん。


 行き場を失った人差し指をくるくるさせて、その動きを追って動くスライムの一匹を捕まえた。表面をぷにぷにしてみる。ゼリーのように見えて、弾力がある。ひんやりしていて気持ちがいい。おうおう、おうおう、とぶるぶる震えていた。気持ちいいのか。流れるままに、三匹全員をぷすぷすしてみた。おほう、おうほう。みんな震え始めた。テクニシャンになった気分である。


 ポチリ。


 まさかボタンがあるわけじゃあるまいに、そのとき不思議な音が頭の中で響いた。うっかり謎のスライムボタンを押してしまったのかと思いきや、どうやら違うらしく、相変わらずのアナウンスが流れる。


【条件が一定まで到達しました。能力の一部解除を行います】


 何があったの。

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