5 すらっすらっすらっ

 


 私は実はスライムである。嘘である。人間である。

 ふよふよ集まるスライム達は、気づけば十匹を越えていた。一体いた、と思えば彼らはごつんとぶつかり分裂する。そして気づけば増えている。掃除スキル+幻術スキルを駆使することで、彼らは私をお掃除スライムと勘違いしている。いつの間にか幻術のレベルも2に上がっていた。


 そうして飛行スキルと幻術スキルを駆使して、十センチほど浮くようになってから気づいたのだけれど、スキルとは足し算だ。【私は飛べる】と【思い込む】。そして飛べるようになる。飛行スキルはただのLv.1だから本当なら地面から若干浮いているか否か、というくらいだけれど、幻術スキルを足すことで、若干浮く。


 ここで考えたことは足し算で良かった、というところである。掛け算なら1と1を掛けても1なので、崖から落ちた瞬間地面に激突して人生が終了していた。

 スライムたちは、現在私の下でうごうごしている。


「すらっ、すらっ、すらっ、すらっ」

「うそじゃん。鳴き声やばいじゃんうそじゃん」


 一匹だけなら気づかなかった体を震わせながらの鳴き声が、十匹集まればなんとなく伝わってくる。いや、知らないうちに十二匹に増えている。彼らは私を仲間だと思っているから、一緒に行動してくれる。初めこそは隣に並んでいたけれど、数が増えるうちに上に乗せてくれた。正座をしているだけでずんずん森を進んでいく。分裂するとくっつきたくなる習性があるようで、私を持ち上げたのちに、あれ、こいつくっつかないねえ、おかしいねえ、と言いたげにお腹の核をぶるぶるさせていたのだけれど、まあいいかと突き進んでいくところにご同行することにした。


「すらっ、すらっ、すらっ、すらっ」


 彼らが通ったところには、雑草の一本も残らない。モンスターの糞すらもすべて飲み込む、森のお掃除屋さんなのである。「すららららら」 正直ちょっとかわいく思えてくる。


 自分の姿をまるまる変化させるにはレベルが足りなかったけれど、周囲のモンスターの認識を変えさせる程度のことはできるようだ。もともとモンスターも低レベルなものが多い森だから、スライム程度でも安心して周囲を散策できるし、お掃除スライムは掃除屋として重宝されているらしく、お肉もなくおいしくないためモンスターには狙われにくい。


【テイマースキルを取得しました】


 しかもなにかスキルを取得している。ウィンドウの表示がされてからというもの、スキルの存在を特に意識しているからか、今まで生きてきた中と感覚が違う。もともとある才能が開花しやすくなっているのかもしれない。さすがゲームの最恐魔女だ。


「しかし、本当にラッキーだった……」


 ゆっくりと森を進みながら、村から遠ざかっていく。ラッキーだったと幾度も繰り返し考えた。お掃除スライムたちはどこにいても食事に困ることがないからか、特にねぐらを決めているわけでもないらしく、出会えたことは奇跡だったのだ。まるで運命みたいな出会いだった。とは思いつつ、多分ゲームでのエルドラドとは違うルートをたどっているような気がする。しかし平和に生きてきた日本人な記憶が蘇ってしまった今となっては、彼女のようにバイタリティに溢れた女にはなれそうにない。


 ならば目指すものは、堅実なスローライフだ。

 魔族だとか人だとか復讐だとか。そんな難しいことは考えるとため息が出てしまう。だから私が気にすることは、明日のごはんがおいしいこと。明日の次は、明後日で、その次はしあさって。日々平和に生きていく。なのでまずは。


「このまま、どんどん逃げるぞう!」


 えいえい、おう! と片手を突き出した。「すらんらすらんら」 足の下では変わらず透明なスライムたちがすらすらしている。ぷよぷよしていてひんやり気持ちがいい。好き勝手に進んでいく彼らの通る道はぴかぴかである。ついでにご飯も取り込んでいるらしく羨ましい。まずは安全地帯の確保。次に食物。それならば。


「街を、めざーす!」


 頭の中でクラウディ国の地図を思い描いた。エルドラドが生まれた村は、葉っぱの形をしたその国の端っこに位置する。それから子供の足なら途方もないが、スライムの足なら数日程度の距離に、街がある。ゲームでも舞台となっていた場所だ。ゲーム内の歴史から逆算すると、まったくの危険がない、とは言い切れないが過去に起こった騒動は、比較的市民に被害は少なかったはず。


 いつまでも森の中で子供が一人生きていけるとは思わない。瞳の色は赤色の魔族に変わってしまったけれど、スキルを駆使していけば、人の中でも生きていける、かもしれない。


 エルドラドの名は捨てよう、と呟いたときは、本当は恐る恐るだった。すっかり私となってしまった、心の中の小さな少女に問いかけると、彼女も静かに頷いていた。ゲームでの悪役になんてならない。聖女なんて知らない。ただ、平穏に生きていく。大人になる。


「いくぞう!」


 突き出した手は、やっぱりとても短かった。

 明日のパンがおいしければ、私はそれでいいのだ。取得したばかりのテイマースキルをオンにする。幻術スキルを使用すると、複数個のスキルも同時使用が可能になるらしい。解説を見てみた。


【動物やモンスターと仲良くなれる。かも】


 もうちょっとはっきり言わんかい、と思いながらもLv.1なので仕方ないのか。足し算効果でプラス1となったからか、お掃除スライムたちは心持ちか、うごうご元気に動き出した。「おおう」 方向が定まらず、彼らの赴くままに進んでいたはずが、お願いすれば行く先を変えることができる。


 こりゃまた素晴らしい、とスライムの数を増やしながら、私は進んだ。ずんずん向かった。先は明るい、なんてまったく言えない。空はどんより曇って今にも泣き出しそうだけど、でも絶対に雨は降らない。


 大丈夫、前に進んでいける。




 ***




 最近、奇妙な報告が上がっているらしい。街の周囲のスライム達が、突如として姿を消した。スライム自身は弱いモンスターではあるが、繁殖力が強く経験が不足する冒険者や兵士達の絶好の練習台であるし、中央にある核は潰すと水分としても飲み干せる。保存が効く飲料としても市場でも取引されるため、できれば定期的な確保を行いたいところだった。


 そういった市民の声はまずは教会に届き、そちらで確認できればことは簡単なのだが、武力を持つ司祭も少なく、まさか直接赴くわけにはいかない。ならば教会の威信とともに冒険者に頼みたいところであるが、利益も少なくスライムの経験値は旨味もない。引き受けてくれるものなどいやしない。

 だから巡り巡って騎士団に回ってくるのは想像に難くはなかったが、何を依頼の達成とするか目的も曖昧な内容だ。

 白羽の矢があたったのは、結局どこも下っ端に回される。黒髪の青年がいた。ぶすりと不機嫌な顔つきだが、ひどく鼻筋は整っている。と思えば乱暴に片手で鼻をこすった。美青年が台無しだった。


「ロータス、お前が行くのか? 気の毒だね。南の森だろ」

「ああ。スライムが減った原因の調査ときた。知らねえよ、そんなもん」


 学者様に任しときゃいいんだ、とため息をついているのは、二十歳にも満たない青年とも、少年とも言いづらい男だった。旅のために軽装に扮しているが、腰にはしっかりと二本の剣を携えている。「ちがいないな」 軽口を叩く同僚を見て、彼はわずかに口元を笑わせた。よくよく見ないと分かりづらいような、そんな笑い方をする男であったが、不思議と人好きのする男だった。


「まあ、さくっと行って帰ってくらあ。どうせ何もいやしねえよ」

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