4 ぽこぽこしていた

 

 日本人の記憶が蘇ったから溢れるほどの復讐心が死にスキルの能力が上がらず逃げることもできず詰むなんてことあります?

 あったよ。ここにあったよ。


「つ、つんでる……」


 刻一刻と寿命が縮んでいく音がする。「か、かくなる上は……!」 ふんふん、と暴れてみた。


「人よ! 恨み! つらみ! ねたみ!」


 えいえい両手を出しつつシャドーボクシングをしてみる。金髪の美少女が暴れている。若干長くなった髪がばさばさと翻った。気のせいか鳥達が羽を広げて飛んでいったような気がする。「くるしめ! なげけ! なんというか……くるしめ!! く、くるしめぇ!!」 ボキャブラリーが貧困でかぶってきた。ただ体力を消耗した結果だった。うずくまりながら幻術スキルをタップしてみたところで、レベルの表記はうんともすんとも変わらない。詳しく解説。


【魔力を摂取すれば、少し使える。思い込みを力に変える。他スキルとの併用可能】


 思い込みレベルなのかとははと乾いた笑いが口から出た。併用可能、とは幻術を使用しながらの飛行もできるという意味だろう。それはさておき、魔力ってなんぞ。さらに項目を探ることができるようなのでタップしてみる。


【魔法の力】


「知ってるよお!」


 嘘だやっぱり知らない。よくわからない。なんなの魔法の力って。どこかで聞いたことがあると思ったらオープニングソングである。ラブラブ、プリズム、マジックパワー。軽快な音楽でお相手達と力を合わせて困難を乗り越えるヒロインのアニメが脳裏に流れる。倒されているのはエルドラドの姿だ。実際はヒロインのみの物理攻撃のみしかきかないはずなので、ネタバレにならないようにオープニングは盛ったのだろう。やめてあげてほしい。



 こうして私がジタバタ暴れて地団駄を踏んでとしているのは、運良く崖から落ちて滑空したのがこの場所だからだ。水の匂いに気づいたとき、まずは必死で水場を探した。クラウディ国には曇りばかりで、雨はめったに降らない。だからこそ水場は貴重であり、ところどころに森にある湖は神が世界樹に分け与えようと両手ですくって与えた水がこぼれ落ちたものと言われている。


 だからなのか、水辺では動物もモンスターも静かで争うことも少ない。森に迷えば水場に向かえ、というのは鉄則である。つまり逆に言えば、ここから離れるととても危険だ。それほど凶暴なモンスターがいるわけではないけれど、なにしろこちらは幼女だ。一人で生きていくだけでも困難である。くんぬと口元をへの字にしつつ、自身の額を片手で撫でた。逃げる。死ぬ。逃げない。見つかって死ぬ。最初から詰んでいる。詰みすぎ!


「も、もうすこし選択肢というものがなかったかなあ!」


 せめてもう少し早く記憶が戻っていればやりようがあったのに、避けようもない事態に地団駄を踏むしかない。現実から逃げようとする間に、勝手に自身のスキルが発動していた。飛行、幻術は魔族固有の特殊な能力だけど、掃除スキルは違うと思う。魔族は人よりも、多くの力を手に入れることができる。だからこそ恐れられている。


 ゲームでは主人公が特殊能力である『祈り』の他に、幾度も行動を繰り返す内に新たなスキルを取得していた。それはパーティーメンバーもそうだ。


 強力な固有の能力と、誰しもが手に入れることができる通常スキルの二種類がある。ただしスキルの表示は異世界人の瞳しか見通すことができない。私も異世界人にカウントされてしまっているのかな、と思いつつ、しゃらんらと勝手に手が動いていく。Lv.3掃除。飛行よりもレベルが高い。悲しみ。どんどん湖の周囲の小石がなくなって、雑草が消えていく。素晴らしき手腕。さすがLv.3。周囲の動物たちがひいている。


「こんなこと、してる、場合じゃなぁい!!」


 さすがに自分でつっこんだ。両手は雑草を握りしめたままである。びくん、と私の隣にいるスライムが飛び跳ねた。「ひっ……」 同時に驚いたのはこちらである。危険の少ない水辺ということと、子供数人がいれば倒すことができるけれど、モンスターだ。


「なんだスライムか……」


 でもすぐにこわばった体をもとに戻した。だってスライムだし。

 半透明の体の中には真っ赤な球体がぷかぷかと浮かんでいる。びっくりしたびっくりした、と言葉だけ呟き満足して、現実逃避を続けることにした。雑草を引き抜く。ぽいと投げる。スライムが溶かす。小石をほじくる。ぽいと投げる。スライムが食べる。手伝っていただいている。「いやなぜに」 振り返った。スライムの体の中がぽこぽこと泡立っている。まるで自慢気に胸をはっているようにも見えるけれど、やっぱり違うかもしれない。


 そういえばスライムにもいくつかの種類があって、人を見ると攻撃を仕掛けてくる獰猛なタイプから、お掃除好きのスライムまで多岐にわたるときく。攻撃的になればなるほど液体が濃くなるらしいから、この透明なスライムはお掃除スライムに間違いない。掃除スキルを発揮している私を見て、仲間だと勘違いをしているのか。「はは、まあそんなわけ……」 首を振った。そして見つめた。スライムのお腹の中の核がやっぱりぽこぽこしていて水の中にいるみたいだ。


 魔族とモンスターは別物だ。いくら瞳が真っ赤に変わっていようとも、そんなわけ。……そんなわけ?

 スライムの前に座り込むと、変わらずスライムはくねくねと体を動かしている。幻術で2センチだけ伸びてしまった私の髪はすでに元通りの長さになっているけれど、ウィンドウの表示は、スキル部分が輝いていた。


【魔力を摂取すれば、少し使える。思い込みを力に変える。他スキルとの併用可能】


「併用、可能……」


 幻術の説明部分だ。タップをして確認した。その他のスキルも確認してみる。そんなことの記載はない。わざわざ、幻術のみに書かれている。飛行スキルを会得したとき、私はすでに幻術スキルを手に入れていた。Lv.1の飛行スキルなんて、【若干浮く かもしれない】くらいなのに、あの高い崖から落ちて、なんとかなるものなのだろうか。


 生死の境をさまよったとき、私は【飛行スキルを使うことができる】と【思い込んだ】のではないだろうか。


「思い込みを、力に変える」


 ふやふやとスライムが揺れていた。いつの間にか二匹に増えている。水辺から離れれば、彼らは私を攻撃しないまでもさっさとどこかに消えてしまうのだろう。スライムの、仲間になれば。そうすれば、彼らとともに生きていける。飛行スキルはただのLv.1だけど。彼らと同じ、得意の掃除のスキルは。


「レベル3だ」


 ぴかり、と光り輝いた。

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