3 ポンコツだった……
とにかく私の目下の目的は逃亡すること。
村でお祭りを楽しんでいたかと思うと、魔族と石を投げつけられ追いかけられ崖から転落という、文字通りの急転直下な展開である。
最恐魔女、エルドラド。彼女の年齢詐欺はともかく、原作ではぴんぴんとゲーム主人公と戦っていたのだ。ならば私にも活路はあるはず。おいさと力強く二本の足で地面を踏みしめ気合を入れた。
「ええっと、ええっと」
弱々しい自分の背中の羽を振り返って確認した。コウモリみたいな真っ黒羽がワンピースの裾を持ち上げていて、お尻が丸見えになっている。さすがにちょっと、口元を引きつらせると、ぱっと羽は消えてしまった。なんと。「……でてきた!」 今度は服の上から生えている。「つまりこれは、羽という、概念!」
本当に羽ができているわけではなく、スキルでオンオフができて、背中から直接生やすのではなく、若干場所の修正もできるらしい。「む、むんっ!」 そうとわかれば、と両手の拳を握りしめ、ゆっくりと背中の羽を動かした。ばさ、ばさり。弱々しくではあるが、たしかに動いている感覚がある。ところでもともとない不可思議な場所に力を入れているからか、頭の後ろがかっかする。多分、傍からみると私の顔は現在真っ赤になっている。
ばさばさ、ばさり。ばっさばさ。
頑張った。酸欠になる程度には気合を入れた。しかし私の足はたしかに地面にくっついていて一ミリも動かない。この世界にミリなんて単語はないけれど。悔しくてジャンプをしてみたけれど、もちろんそれでなんの意味があるわけもなく。
「か、かくなる上は……!」
どんより空をさらにどんよりさせているのは、見渡す限りの森の木々が犯人だ。木登りは大の得意である。えいささ、と猿のごとくしゃかしゃか私はてっぺんを目指した。ずやりと片足を枝にのせて鼻をくすぐる。自分で飛べないのなら、飛び降りればいいじゃない。若干の身震いはするが、さっきはこれよりも更に高い頭の上から落ちたのだ。これくらいから落ちたところで若干怪我をするくらいだ。
「えいやーーー!!!」
羽をいっぱいに広げて飛び降りて滑空した。つもりなのは私だけで、一瞬浮いたかと思えば、顔面から地面に激突していた。さすがに落下のスピードは抑えられていたのか、顔中がひりひりするくらいだが心が痛い。なぜなの、と思ったあとによくよく飛行スキルを確認してみると、Lv.1と表示されている。タップして解説を見てみた。
【若干浮く かもしれない】
「そんなものは、飛行とは呼べない……!!!」
呻いて嘆いた。
ならば、と次の技能である。
「えっと、幻影、いや、幻術、なんかこう、えっと……?」
使い方などわからない。こちとら先程魔族として芽生えたばかりのひよっこである。「そうだ、原作のエルドラドと同じみたいに、大人の姿になれば……!!」 ボディコンは絶対に着ないけど。でも手足が長くなれば、それだけできることも増えるというものだ。
幻影、と名はつくが、彼女は魔族の中でも天才とされていた。彼女の幻は、まるでそれを“本当にあることかのように錯覚させる”。つまりそれは、幻ではなく、事実となる。エルドラドの姿は幻術ではなく、変化と言い換えてもいいだろう。湖には相変わらず平和に水面が揺れている。
スキルの使い方は、先程の飛行でなんとなく理解した。そっと瞳を閉じる。頭の中に、はっきりとしたイメージを思い浮かぶ。今の私は肩口程度の髪の長さしかないけれど、原作でのエルドラドは腰まである長い髪をごうごうと風に揺らしていた。苛烈な女性だった。間違いなく、感覚を掴むことができた。変化は完了した。湖を見ると、だいたい2センチくらい髪が伸びたキッズがそこにいた。「ンンンンンンン」 オチは知ってた。だってスキルの後ろLV.1ってついてるし。どうすりゃええねん。
『結子、あなたが見ているスキルとは、恐らく私たちが保有している固有能力と同じものでしょう。魔族は生まれたそのときから固有の能力を保有していますが、人の中には感情の発露を元に、ある日能力を開花させるものがいます』
私やロータスやスノウと同じように、とゲーム内で言葉が続いていたのは、大団円エンドだったからだろうか。複数の国を巡り、多くの仲間を得るイベントで塔の魔道士である青年は静かに錫杖を握りながら主人公に説明していた。
『人と魔族は異なる生き物ではありますが、能力の成長は不思議なことによく似ている。能力とは、幾度も繰り返し力を使うことでより洗練させていくものです。しかし人が能力を得るときと同じく、魔族も自身の感情を増幅させ、本来の力よりも、さらに大きな力を得ることがあるそうです』
ひりひりした顔を水で洗った後、幾度目かになる大の字で空を見上げた。なるほど理解した。エルドラドは、人を恨んだ。復讐を誓った。しかし目覚めたのは平和ボケした日本人の魂である。爆発させる感情などエルドラドが打ち上げ花火なら、こちとらただの線香花火である。
「ぽ」
言ってはならない。だめだ。言ってはならない。しかし口が、勝手に言葉を紡いでいた。「ぽんこつ、じゃん……」 私はただ、2センチほど長くなった髪を悲しく撫でながら涙した。ちろちろちろ、と鳥が歌っている。まあセンチなんて単位、この世界にはないんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます