第1章「私の事象」その4
ふと自分の手を見た。
ろくに日焼けもせずにペンと箸しか握ったことない手は、白くて綺麗だった。
「茜~、ご飯よ」
「わかった」
夕方から夜に変わった寸前で母親に呼ばれて、階段を下りて行った。
一段、一段降りていく中、必死に自分を励ましている自分が嫌になっていくことに気づいた。
リビングに行くと、父はテーブルに、母は台所で夕食が乗った食器を運んでいる。
運ぶのを手伝うと、母は嬉しそうにしている。
そして父は笑みを浮かべながらうなずいている。
まるで初めておつかいに行けた幼稚園児になった気分だ。
すべて運び終えると、父と母は隣に座って、私は二人の向かいに座っていた。
「いただきます」
夕食のあいさつは三人がそろって言うことになっている。
正直、高校生になってまでこんなことをやる必要性を疑っているが、二人の機嫌を損なうような言葉を発するのは気が引ける。
「茜、二年生になって学校はどうなの?」
まだ白米を一口しかつけていないのに、母は私の学校事情を聞いてきた。
我が家では食事中テレビをつけないことにしているので、誰かがしゃべらないと暖色の照明がついたリビングがお通夜みたいな空気になる。
「楽しいよ。勉強も順調だし、友だちは良い子ばかりだよ」
箸を置いて、母の顔を見ながら口角を少し上げて言った。
「そうなの、ならよかった」
「うん…」
どんな擬音で表現すればいいのか全く思いつかない、そんな沈黙が続いていく。
昔はこの沈黙が嫌いで、何とかお願いしてテレビをつけていたが父も母もまったく見ないのでやめた。
一人で見るテレビほどつまらないものはない。
父も母もどうしてこんな静寂を耐えられるのか、分からない。
白米も味噌汁も湯気が出るほど温かいはずなのに、
ここの空気に吸っている私の心はまったく温まることなく、ただ咀嚼した食べ物をお腹に流し込むだけだった。
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