第1章「私の事象」その3


でも大丈夫、私は大丈夫、もう慣れているはずだ。


運動できないからって、死ぬわけじゃない。


学校の勉強して働くことさえできたら、この先の人生は難なくこなしていける。


大学に入れば、体育の授業なんてなくなる。


そしたら、もうあの視線を感じなくて済む、隠して生きていける。


あと二年の我慢と思えば、この気持ちも肩の荷物を降ろすように軽くなったような気がした。


それからベッドから起き上がり、明日の数学の宿題と小テストの勉強をするために、

部屋の電気をつけて机に向かった。


昔から運動ができないせいか、勉強だけは頑張ることができた。


これさえできなければ、私は学校に行く資格が無くなるんじゃないか、そのコンプレックスを隠すために優等生であり続けたし、そうなりたいと思っている。


そのおかげで私は体育の時間以外に嫌な視線が集まることはない。


友だちも先生も両親も私を褒めてくれる、もちろん勉強以外でも。


容姿だって悪い方じゃない、男の子に告白されたことだって数回ある。


だから大丈夫、私は大丈夫なんだ、運動ができなくてもこの先の人生は「普通」のレールに乗っかって、みんなと同じ道を歩むことができる。


その時、シャープペンシルの黒芯が折れてノートの端にまだら模様の黒鉛がついた。


日が沈むにつれて、救急車のサイレンがどんどん遠ざかっていくのが聞こえる。


ツッツッ、時計の針の進む音が私の頭の中で反芻している。


このままノートを提出したら、先生は私を不潔な女って思うのかな。

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