19話 チーム
ある程度のところで区切りを迎え、三人が休憩しようと木陰に向かうと、不意に声と拍手が聞こえた。
「――実に見事な仕合、汝ら素晴らしい腕の持ち主でござるな」
「ん?」
怪訝な顔で振り返るが特に変わったものは映らない。何の変哲もないいつもの校舎裏だ。
しかし、何かがいるという気配だけはある。
「……ま、いいや」
「我には遠く及ばないでござるが、そこはそれ、気に病むこともない」
空間が歪み、そこにひとりの少女が現れる。どうやら学園の生徒のようだ。
「カミラ、お茶ちょうだい」
「ちょっと待って、その前にこれ敷いて……スヴェン、手伝って」
「お、おぉ……」
目の前に謎の少女が現れたというのに三人の興味はまるで引けていない。
「……む? 屈折の法は解いたはずでござるが……見えてない……?」
少女は体をひねって自らの体を確認するが、“屈折の法”とやらはきちんと解除されている。
「誰だか知んないけど、自慢するためだけに出てきたわけ?」
「おぉ、見えているではないか。しかし人聞きの悪い、我は事実を口にしたまででござる」
「きっつ、何そのしゃべり方。うざ」
「汝は口が悪いでござるなぁ」
アウラはカミラからコップを受け取ると、逆の手で頭を押さえながら口を開く。
「……時代錯誤の痛い口調よりましだと思うけど」
「ははあ、さてはあれ。我のあまりの美しさに嫉妬していると」
少女の言葉にアウラは思わず体ごとそっぽを向き、カミラの肩に手で触れる。
「うっわ……ちょっ、まじ、あたし無理、パス」
「えっ? えぇ!? わ、私もちょっと……パスで」
カミラは言いながらスヴェンの背に触れる。
「お、あ……う、ぱ、パス」
スヴェンは少女に向けてその手を差し出した。
静寂とともに肌寒い風が吹く。
と、そこに二人のよく似た女生徒が通りかかった。
「あ、ハナコだ。やっほー、どしたの?」
「本当だ。ハナチンやっほー、何してんの?」
珍妙なあだ名らしき言葉を口にする。
「むぐっ! な、なんでもない!! さっさとどこかへ行け!」
「あっはは、先生にこれ倉庫にしまっとけって言われて来ただけだし、片したらすぐ行くよ」
「すぐ行くよー」
女生徒たちは言いながら通り過ぎ、倉庫の鍵を開けて中に入っていく。そして用を済ませて出てくると、こちらに手を振ってくる。
「じゃねーハナチン」
「ばいばーいハナチン」
「…………」
再び静寂が戻ってくる。
そして不意にアウラがその口を開く。
「……ハナチン」
「!」
続いてカミラも倣うように呟く。
「は、ハナチン……」
「!!」
そしてスヴェンも――。
「は、は、ハナ――」
「う、うるさい! 我をハナチンと呼ぶな!!」
ついに耐え切れなくなったのか、ハナチン――ハナコはそう怒鳴り散らした。
「でもハナコっつってたじゃん、ハナチン」
「汝に人の血は通っていないのか!? 呼ぶなと言っているだろう!!」
「つかあんた何なの? どこの誰で何の用?」
するとハナコは待ってましたとばかりに芝居がかった動きをする。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。ハナコ・S・ティルンバルト、Dクラスのナンバーワンとは我のことでござる」
「じゃあハナティンじゃん」
至極真っ当な指摘だが、特に細かい理由なんてものは存在しないだろう。響きが面白いから、もしくはかわいいからとかそのあたりだ。実際にハナチンという響きが面白いのか、かわいいのかというのはまた別の話ではあるが。
「そ、そんなことはどうでもいい!! もっと食いつくところが他にあっただろう!!」
「Dクラスのナンバーワンねえ……すごいねーって言ってほしいの?」
「……汝、冷え冷えでござるな。我にも段取りというものがあるのだが」
何故かアウラが悪者かのようにハナコは言うが、今回はアウラに悪い点があるようには見えない。
「いや知らんし。んでそのナンバーワンが何の用かって聞いてんだけど」
「……あ、スゥー……その、もっとこう……うおーみたいな、湧くというか、そういうのが――」
急に歯切れの悪くなったハナコにアウラも苛立ちを隠せなくなり、声に怒気が混じる。
「知らないって言ってるじゃん」
「ぴぇっ!? お、おぉ……おっかない、おっかないでござる」
「何こいつ……」
アウラは呆れながらコップの中のお茶を飲み干し、腹立たし気な表情を崩さずカミラの前にコップを差し出す。
「はいはい……」
何も言われずともコップにお茶を注ぐと、アウラはそれも一気に飲み干した。
「もしかして、あんたも模擬戦がどうとか言い出すんじゃないでしょうね」
「……い、いや、そんなつもりは毛頭ないのでござるが……しかし望みとあらば、一騎討ちなら受けて立とう」
「……」
売り言葉に買い言葉、とも少し違うが、普段のアウラであればおそらく考え込むことなく即座に受けただろう。だがしかし、過るのは昨日の出来事。
「……いいわ、別に。多分あたし負けるし」
「何と、類稀な審美眼まで所有しているとは恐れ入ったでござる」
「ちょ、ほんとにきついからそのしゃべり方やめてくんない? こっちの胃が痛くなってくるんだけど」
「むぐっ……一度目は流したが二度目は流しきれん……! これは我の家に代々伝わる由緒正しい口語でござる! 馬鹿にするな!!」
「それが代々伝わってんの痛すぎでしょ、あんたの家大丈夫?」
「汝のような毒舌ババアに言われたくないでござる!! ばーかばーか!」
知性の欠片もない罵倒だったが、沸点の低いアウラを沸かすには十分過ぎた。
しかしそれでもなんとか自制し耐える。全身が怒りでぷるぷると震えているが、それでも耐えている。
「あ、アウラちゃん……?」
「……ぜ、全然、怒ってな――」
「ばーか! 汝なんかむっちゃ貧乳のくせに!!」
アウラはコップを脇に置くと、即座に立ち上がる。
ハナコの一言が禁断の一線を越えたのだと理解するのは容易だった。
「――ちょっと殺してくるわ」
「えぇっ!? ちょっ、アウラちゃん!?」
立ち上がったアウラは一歩でハナコの懐に入り込むと、瞬時にマナを収束させ右の手のひらから一気に放出する。
「吹っ飛べ」
「――にひっ」
ハナコは笑みを浮かべつつ、右の薬指と小指だけを折りたたんで構える。
すると、放出されたはずのアウラの魔法は空間に吸い込まれるようにして消失した。
「っ……!?」
「やーい貧乳貧乳!」
「ぐっ、何あいつ! まじでむかつく!!」
無力化した隙に距離を取ったハナコは不意に動きを止めて耳に触れる。
「……む」
そして耳から手を離すとこちらに向き直った。
「失礼、ノエチンからの呼び出し故これにてドロン、でござる」
先ほどと同じような不思議な構えを見せると、ハナコの姿は背景に溶けるようにして消えた。
「……何だったのあいつ、ストレスだけ置いてって。めっちゃくちゃむかつくんだけど。てかノエチンって誰よ」
「変わった子、だったね……」
「あ、お……」
カミラの言葉にスヴェンも何度も頷く。
しかし、アウラはいつの間にか沈黙し、先ほどの出来事を思い出すように自らの右手を見つめていた。
「……」
ひとしきりそうしていると、不意にひとつ頷く。
「今日で……こうやって集まるのやめにしよっか」
「えっ? あ、いや、別に私はどっちでもいいんだけど……急にどうして?」
それは本当に唐突だった。
一体何がアウラにそれを言わせたのだろうか。
そもそも最初は悔しいから、という理由で始まったこの特訓。その悔しさを埋めるだけの成長ができたのかと聞かれれば答えは当然ノーだ。何も知らない赤子でもあるまいし数日ぽっちで劇的な成長は見込めない。
であれば――。
「いや、本当は昨日から考えてて、集まる前まで今日はそれだけ伝えようと思ってたんだけど。ちょっと吹っ切れたわ。あたしは凡人で、誰かより優れたところがあってもその誰かは別のところであたしより優れてる。だから、もっと頼ってもいいのかもしれないって」
そしてアウラが二人を振り返る。
「……あたしらは本当のチームじゃなかったけど、割と悪くなかったしね。多分だけど、あいつらはあたしのこと待ってるから、だから行かなきゃ」
「そ、っか……」
返すカミラの瞳には、何故か涙が滲んでいた。
「いや、なんであんたが泣いてんの? こっちが泣きたいんだけど」
「ご、ごめん……! なんか、わかんないけど……嬉しいのと悲しいのでぐちゃぐちゃになっちゃ、って……」
アウラは呆れたように溜め息をついて二人のもとにゆっくり歩み寄る。
目の前までやって来て中腰になると、座ったままのカミラの頭に手を置いた。
「ありがと、付き合ってくれて」
「……うん」
「あんたも、ありがとね」
「あ、い、いい……き、気に、しなくて……」
そしてアウラはその場でひとつ伸びをする。
「……っ、はぁー。んじゃ、善は急げとか言うし、ちょっと行ってくるわ」
そう言うアウラの表情は、今まで見たことのないくらい晴れやかな笑顔だった。
△ ▼ △ ▼ △
アウラは二人と別れたその足で男子寮に向かう。
やって来たのはエルバートの部屋。
ノックをするが返事はない。とりあえずノブを回してみるが施錠されているようで開かなかった。
仕方なしに続いてバルドの部屋まで移動する。今度は中から喧しい声が廊下まで聞こえていた。留守という最悪のパターンを避けることができたのは幸いだ。
「うるさ……」
若干ためらいつつも扉をノックする。だが、何故か反応が一切ない。
中からはまだ話し声が聞こえている。どうやら盛り上がりすぎてノックの音が聞こえていないらしい。
「チッ……!」
先ほどより力を込めて扉を叩くが、それでも変化はない。
「むっかつく! 何こいつ!!」
我慢の限界が来たアウラはノブをひねり、勝手に中に入っていった。
乱暴な足取りで廊下を進み、ワンルームに繋がる扉を開け放つ。
「ノックしてんだからさっさと出なさい……よ……?」
怒鳴り込んでいったはずのアウラだったが、語気はだんだんと弱まっていき、最後には呟きとなって消え入る。
アウラの目の前、下着以外の服を脱ぎ去ったディートが謎のポーズを取っており、バルドがそれを鑑賞していたのだ。
「……あっ」
「……えっ」
「僕は関係ないよ」
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもの。
アウラの瞳は蔑み一色に染まっていた。
即座に扉を閉め、深く長い息をはく。
「……え、これ夢?」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
ディートは部屋から追い出され、Jチームの三人だけが残った。
一応事情はアウラに説明したが、おそらく正しく理解できていないだろう。
バルドは部屋主ということもあって飲み物の準備、アウラは物珍し気に周囲を観察している。エルバートは定位置となりつつある場所で、壁に寄りかかりながら本を読んでいた。
「――んで、急に部屋まで来て、何の用だよ」
用意した飲み物をテーブルに置くと、そのまま腰を下ろしながら問うバルド。
「……その前に」
アウラは背後のエルバートを振り返る。
「……うん?」
「あんたもこっち来てくんない? 挟まれてると話しにくいんだけど」
言われたエルバートは本をしまい、バルドの隣に移動する。
まるで三者面談のような構図。
準備ができたところでアウラが口を開くが、躊躇するように一度閉じ、また再び開く。
「…………やっぱ、明日にしてもいい?」
それなりに覚悟を決めてきたはずだったが、急に引け腰になってしまった。
「いや、まあ、別にだめとは言わねえし言う権利もねえけどよ」
「だって、あの流れでするような話じゃないし……」
アウラの本題はエルバートやバルドとチームになること。対等な存在として認め、互いに協力関係になることが目的のはずだ。これがどの程度の重要性を持つのかは三人にしか――いや、アウラにしかわからないが、確かにあのような流れでする話でもない。
「僕らは別にいつでもいいけど、アウラはそれなりに大きい決断をしてきたんじゃないの? だったら早いうちに吐き出したほうがいいと思う。まあ、そんなに嫌なら仕切り直してもいいだろうけど」
「……」
するとアウラはゆっくりと両手を持ち上げ、そのまま頬を強く叩いた。
「っ……今、する」
二人は物音ひとつ立てず、静かにアウラの次の言葉を待つ。
「……ごめん。ずっと、あたしが間違ってた」
それはストラヴェールに来てから、という限定的な話ではない。産まれ、育ち、幼少のころから無意識にかけられていた色眼鏡。意図したわけではないにしろ、アウラは色眼鏡を通した世界だけを見続け、それが真実だと思って生きてきた。
例外というものが今までその世界に映ってこなかったから。
「だから――」
「うん、オッケー」
場の空気にそぐわないエルバートの軽い声がそれを遮る。
「……は?」
「僕には詳しいことはわからないけど、今はそれだけで十分だっていうのはわかるよ。無理に話す必要ないし、別に今じゃなくていい」
「そりゃそうだな。俺だって言いたかねえ話はあるし、エルにだってあるだろ。俺らは今までのお前を知りてえわけじゃねえ、今のお前を知りてえだけだ。一緒にいりゃ今のお前は嫌ってほどわかるだろ」
「ゴルドの言う通りだ」
「混ぜんな馬鹿」
アウラの体に入っていた余計な力が抜けていく。
もっと腰を据え、自分の思いを全て吐き出すつもりでここにやって来たのだろう。だからその決断は重く、相応の覚悟がなければ再び向き合うことは難しかった。
だが、目の前の二人はそんな言葉は必要ないと言う。
「……待ってたよ」
エルバートはテーブルの上に自らの手を伸ばす。
「これから、一緒にがんばろう」
「……うん」
そしてアウラがそこに手を重ねる。
「っし! これでようやくJチーム始動、ってことだな!!」
言ってバルドも勢いよく手を重ねた。
「……きしょ、つか痛いし、ゴリラ」
「んだとこら!!」
怒りで思わず飛び上がるが、その視線の先でアウラの口元が微かに綻ぶのが見えた。
「ふっ……けど、割と悪くない気分だし、許しといてあげる」
それは伝染するようにバルドにも伝わり、エルバートにも伝わる。
「じゃ、改めてよろしく」
「おう」
「うん」
ここが、本当のスタートライン。
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