20話 一歩目

正式に、というと語弊があるかもしれないが、チームとなった三人は学園に来てからのことを互いに話し合う。


それは最初の模擬戦のことであったり、Iチームとのシミュレーターを使った模擬戦であったり。


アウラは基本的にバルドと近い考えを持っており、単に力を見せつければ評価はその分上昇すると考えていたらしい。いつか廊下で話した時、チーム順位の低さに驚いていたのはこれが理由だった。

それが間違いということに気づいたのは、トレジャーハントの総評。ヘインやイグナーツからの言葉がきっかけだった。


そのあたりの認識を今一度改め、チームとして連携を取って授業に取り組むことを決定する。


「――つか、そろそろ飯行かねえ? もう一三時回ってるしよ」


時間と腹具合、双方と相談した結果三人で食堂に向かうことになる。


エルバートとバルド側の話はあらかた聞き終えたが、アウラからは話に対する感想や質問などの声しか上がっていない。

なので、ミラーナとのことや欠席していた時の話も聞いていない。


適当な談笑をしながら食堂に入る。さすがにピークは過ぎており、遅めに入って来たらしい生徒と入れ替わるような形になる。人影はまばらで、両手で数えられる程度しかいない。

注文を済ませトレイを受け取ると、今日は窓際の席に向かった。


「そういえばさ、あんたたちハナコって知ってる?」


「ハナコ……? あー、そういや昔そんなの聞いたな。風呂に出る妖精だっけか、でもあれただの噂だろ?」


「風呂じゃなくてトイレじゃなかったっけ」


アウラは魚の骨を取り除きつつ呆れた顔をする。


「噂話とかそういうんじゃなく、ここの生徒」


「生徒? ……同じクラスのやつだってまだ全員覚えてねえし、別のクラスってなると名前とか全くわかんねえな」


「右に同じ。それで、そのハナコって人がどうかしたの?」


「別に何ってわけでもないんだけど、なんか変な感じだったの。土手っ腹に思いっきりぶち込んでやったと思ったのに、空間に吸い込まれるみたいに消えてって」


聞きながら丼をかき込んでいたバルドは口の中を空にするとアウラに問う。


「ぶち込むってお前別のクラスのやつと模擬戦したのか?」


「いや、普通にむかついたからぶっ飛ばしてやろうと思っただけ」


「物騒過ぎだろ、お前にブレーキっつーもんはねえのか……つか、それあれじゃねえの? 転移魔法」


「あんたは馬鹿だから知らないだろうけど、転移魔法ってのは転移門ゲートによって座標を繋ぐ魔法だから。転移門ゲートを使わない転移魔法なんてありえないの。それに発動と同時にあたしの魔法が無効化されたのよ、転移魔法だったら無効化はされないわ」


すると、その間黙って食事に集中していたエルバートが口を開く。


「だとすれば、精神に作用する魔法で発動を中断されたか、転移門ゲートを使わない転移魔法かもしれない」


「いや、だからそんなのないって言ったじゃん。精神系はまだ頷けるにしてもさ。あんたも馬鹿?」


「あるよ。でも使える人には会ったことない」


「……お前そういう小難しい話すんの好きだよな、馬鹿の天敵だ」


アウラに視線で促され、エルバートは先を続ける。


「一階級魔法に空間転移っていうのがある。座標指定じゃなくて物質指定で転移させる魔法。これなら転移門ゲートを使わない」


「一階級……物質指定ってことは正確にそこだけ切り取ってるってこと? 人間の脳で処理しきれると思えないけど……でも確かにそれなら視覚的には無効化されたように見えてもおかしくはない……のかな」


座標指定の場合は「座標と座標を繋ぐトンネルを作る」のに対し、物質指定の場合は「ある座標に空間から切り取られた物質を転送する」という過程をたどる。

物質のトリミングには汎用術式がないため、都度魔法式を組み立てる必要があるのだ。つまり、脳内にスーパーコンピューターでも内臓してなければ瞬間的に発動するのは不可能ということ。


「仮にひな形のストックが大量にあったら不可能とも言い切れない」


「……理論上可能ってだけで現実的じゃないわよ」


「まあ、それはそう。どっちにしてもそのハナコって人がやったのは精神的な介入だろうね。練度の高い精神系魔法は食らっても気づかないとかよくあるし、相当優秀な人だったんじゃない?」


「Dクラスのトップだってさ、自称だけど」


「お前そんなやつに喧嘩売ったのか……何がそこまで腹立ったんだよ」


「……うっさい、あんたに関係ない」


ここでまた険悪なムードになってしまうかとも思われたが、そうはならずバルドも軽い調子で流した。


しかし確かに、アウラにあの時の様子を細かく説明しろと言うのも少し酷だ。


「それはそれとして、シミュレーターとかどうする? アウラはもう登録とか終わってるの?」


「まだ何もしてないけど。え、午後それやんの?」


「だってどうせ他にやることないでしょ。それに明日はまた授業だし、軽くでもお互いの動きとかわかったほうがよくない? 先の話だけど課題にもなってるしさ」


「そりゃまあ、そうだけど……」


「俺は何でもいいぞ、お前らに任せるわ」


一足先に食べ終わっていたバルドは背もたれに体を預けて腹をさする。


「アウラがいたらもっと早く終わるだろうし、少なくとも僕らが終わってるところまでは終わらせといたほうがいいよ」


今までのアウラであれば確実にここで首を横に振っただろう。頼るくらいなら自分の力で並べばいいだけという思考回路。


「……じゃあ、ま、それでいいけど」


方針が決まったところでエルバートとアウラは残っている食事に集中する。

だが、エルバートは残りわずかというところでバルドにトレイを寄越す。


「……ギブ」


「食える分だけ注文しろよ」


「食べれると思ったんだ」


「今度から少なめにしてくれって言え」


言いながらもバルドはそれを受け取り、さっさと口に運んでいく。

その様子を見ていたアウラは頬杖を突きながら口を開く。


「そういや、前に残したときは結局どうしたの?」


「おばちゃんにパックに詰めてもらって持って帰ったよ」


「あ、そ……」


通常の飲食店であれば御法度だろうが、学園の食堂は生徒と教師のために存在する。それにしても避けたほうがいいのは確実なのだが。


数分後、無事に食べ終わった三人はトレイを下げて食堂を出て行った。


と、エルバートたちが座っていた席の隣に、人の影が浮き上がる。同時に、それまで何も乗っていなかったテーブルにサンドイッチとコーヒーが現れる。


「……や、なんであーしがわざわざ隠れる必要あったん。別にいーけど」


その人物はこぼしながらテーブルの上のカップを手に取ると、そのまま口に運ぶ。


「まー、上手くやったみたいで、よかったんじゃないすか。……ねえ?」


同意を求めるような問いに、そのさらに隣にもうひとりの影が浮き上がる。




▽ ▼ ▽ ▼ ▽




エルバートたちがシミュレーターを開始してから数時間が経過した。


すでに二人が終わらせていた戦闘系に関してはおよそ一時間ほどで終わり、続いてFランクのそれ以外のミッションを完了させたが、そこに大体二時間ほど取られた。


エルバートとバルドで二時間かかったところを、アウラひとり追加しただけで半分まで短縮したというのはそれだけ遠距離攻撃や範囲攻撃が適しているということだ。わざわざ接近しなくても攻撃できるというのは大きなアドバンテージ、さらに一手で複数撃破できるというのも強みだ。


戦闘系以外でもそれはかなりプラスに働いた。破壊系のミッションに関してはそこまででもなかったが、それでも攻撃手が増えるのは単純に効率アップに繋がる。


「当たり前だけどよ、やっぱ前衛がひとり増えるだけでかなり楽だな。まあでもやっぱそれなりには疲れるけどな……」


「……てか、ぶっちゃけ攻め手の数以前にこいつの指示のおかげって言ったほうがいいでしょ。人間の視野って上下左右一二〇°とかそこらで、それ以外を全部カバーしてるって考えたら良い意味で頭おかしいし」


「そうそう、僕も意外と大変なんだよ。チンパはそのあたり全然わかってくれないよね」


「誰がチンパンジーだ!! ……エルがすげえのはわかってっけど、それがどんだけすげえのかよくわかんねえんだよ」


今日やって来たのはディートたちと模擬戦を行なったのと同じ少し広めの部屋。一通りやり終え、今日のところはこれで終了といった雰囲気だ。


「……あんたさ、同時に何人までそうやって指示できんの?」


「うーん……状況次第だけど、そこまでがっつり見なくていいなら四人くらいまで、かな。全部把握しながら完璧にするなら二人が限界」


アウラは設置されている冷蔵庫から飲み物を取り出し、二つをそれぞれに投げて寄越すと自分でもひとつ開封して口をつける。


「多分だけど、あたしが同じことやろうとしてもひとりを完璧にサポートするのだって無理。自分が絶対的な安全圏にいるならまた別だけどさ。今あたしらに見えてる視界の四倍をカバーしてそれでひとり分、その上で自分の身を守るってなったらどんだけやばいことしてるかあんたでもわかるでしょ。しかも感知するだけじゃなくて、その中から必要な情報だけを掴んであたしらに指示してんのよ?」


「……ほ?」


ひょっとこのような顔で疑問符を出すバルド。


「こいつむかつく」


「い、いや、悪りぃ。どう消化していいのかわかんねえ……聞いてる限り相当化け物に感じるんだが……。だってひとりあたりで視野の四倍ってことは三人だったら一二倍ってことだろ? 普通パンクするんじゃねえのか」


「重なってるところは削るから実際には半分くらいだけどね。それに大体の場合最初に安全圏は弾くから常に見てるとこってなるともっと少ない。僕は後衛なわけだし、ふわっと全体は見えてるからそこからさらに削れるよ」


「けど要するにそれって要領と効率でしょ、そこの取捨選択とか統合だって別に簡単じゃないわよ」


「……アウラ、なんかすごい褒めてくれるね」


エルバートがぼそりと言うと、アウラの顔が途轍もない勢いで朱に染まる。


「う、うるさい!!」


「理解できなかった俺が言うのもあれだが、別に悪りぃことじゃねえだろ。仲間を素直に褒めれんのも、こうしたほうがいいってアドバイスできんのもいいことじゃねえか」


「そうだね。良くも悪くも遠慮しないっていうのはすごくいいことだ」


エルバートが重視している、お互いに気を遣わなくてもいい関係というところにも噛み合う。


「とっ、とりあえず! 今日はもう終わりでしょ、さっさと帰るわよ!」


アウラはそう言うと、肩を怒らせさっさと部屋を出て行こうとする。


「照れてる」


「あれ照れてんのか、面白えな」


「うるさい! 聞こえてるから!!」


返しながら勢いよく扉を開けた。


「――おっ、と」


開かれた扉の先にいた少年が身をよじって衝突を回避する。


「あ、わ、悪かったわ、ね……って、あんた――」


「よう、昨日ぶりだな」


そこにいたのはCチームのカイだった。


「今日は例の訓練してないと思ったらこっちにいたんだな」


「……別に、あんたに関係ないでしょ」


「ま、そりゃそうだ」


レフとルーペの姿は見えない。カイはひとりでシミュレーターによる訓練をしに来ていたようだ。


「収まるところに収まった、ってところか?」


「同じこと言わせないで」


「そうカリカリすんなって……お前が負けたと思ってるのと同じで、こっちだって負けたと思ってんだからよ」


カイはそう言って笑みを浮かべる。


「っと、じゃあまた今度、暇だったらろうぜ。俺たちも腕磨いとくからよ。じゃあな」


そしてさっさとその場を後にする。

アウラが二人に話したのはあくまでハナコについてのみ、つまりエルバートたちはCチームと模擬戦が行われたことも知らない。


「あれ、Cチームの人だよね。模擬戦とかしてたんだ」


「Cってクラスで一位のやつらだよな」


しかしアウラは何も言わず、そこで立ち尽くしているだけだった。


「……」


エルバートは何かを察したのか、アウラの肩に手を置くと体の向きを変えさせるように少し引いた。


「大丈夫だよ、次は勝てるように一緒にがんばろう。イグナーツも言ってた、個として強いのは僕らだって」


「おう、俺らが三人揃って負けるわけねえだろうが。バチボコにしてやる。んで、あいつらは――」


思いつめたような表情は鳴りを潜め、不敵な笑みが浮かぶ。


「――……全員残らず丸焼き」


「へっ、わかってんじゃねえか!」


バルドはそう言ってアウラの背を叩く。


「痛った! この馬鹿ゴリ、あんたから先に燃やすわよ!!」


「っははぁ! っしゃ! このままEランクも制覇するか!!」


「は!? あんたまじで言ってんの!?」


「いいじゃねえか、気合入ってるうちにやっちまったほうが楽だぜ! ほれ戻った戻った!」


アウラの背後に回ったバルドがその背を押して部屋に戻っていく。


「エル、お前も早く来い! やるぞ!」


「しょうがないなぁ」


口ではそう言うものの、エルバートの顔にも微かに笑みが浮かんでいた。




結局、夕飯時までシミュレーターをやり続け、Eランクまでの全てのミッションを無事完了させたのだった。

出る時には全員疲労困憊だったのは言うまでもない。

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