18話 浅薄愚劣
一瞬音が消え、遅れて巨大な音と爆風が襲い掛かる。
校舎には特殊な障壁が常時展開されているため支障はないが、普通の建物であれば全てのガラスが砕け散っていただろう。それほどの衝撃だ。
爆発に最も近かったアウラの体は宙を舞い、後ろの倉庫の壁に叩きつけられる。
「がっ!! っ……!」
対してCチームの三人はと言うと、一点突破したのが幸いしたのか、爆発の余波はそれほどないようだった。しかし続行不可能と即座に判断できるほど疲弊している。それほどまでに全てを込めた迎撃だったのだ。
「くっ、ごほっ……っはぁ、はぁ……」
片膝をつきながら懸命に呼吸を整えるレフ。
「き、きつすぎ……あー、もうマナ空っぽだ、全部出し切った……」
言いながらその場に寝転ぶカイ。
「はっ、はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸だけを繰り返し、虚空を見つめたまま放心しているルーペ。
「あ、ああ、あ……!」
「っ、アウラちゃん!」
スヴェンとカミラもかなり消耗しているだろうが、この中で最も疲労の色が濃いのは間違いなくアウラ。スヴェンの協力によってそれなりに負担も軽減されていたが、ほとんどの攻撃をアウラが防ぎ、攻めの手もアウラが担っていたのだ。
それに加えて最後の魔法、内にあるマナを全て吐き出したとなると疲労もそうだが回路に支障があるかもしれない。
二人はアウラに駆け寄り、横たわっていた体を抱き起こす。
「だ、大丈夫? どこか痛いところある?」
「っ、いや、全部痛すぎて、それどころじゃない、けど……」
アウラは言いながらなんとか自分で体を支える。
「それより、勝った……?」
「い、いや……――」
満身創痍のアウラにそれを告げるのは心苦しいが、だからといって伝えないわけにもいかない。
覚悟を決め、カミラがそのまま続けようとするが、それをレフに遮られる。
「君たちの勝ちだ」
「…………はっ……そう」
アウラは目の前に立っている三人をしっかりと見てからそれだけ言った。
「勘違いしないでほしいんだけど、こっちは全員たった一回だって魔法を使えないんだ。空っぽ。だからそっちの勝ち。君はもう無理みたいだけど、二人はまだ戦えそうだからね」
レフの言葉は何も間違っていないが、この構図はまるでそのような意味を持っていない。むしろ逆。
「じゃあ、そういうことだから。邪魔して悪かったね」
「じゃあな、また今度やろうぜ」
「…………」
そして三人はその場を去った。
「……」
「あ、アウラちゃん、とりあえず医務室行こ」
「…………うん」
勝ちを言い渡されてもその表情が晴れることはない。
カミラとスヴェンに肩を借りながら、三人は校舎の医務室へ向かう。
△ ▼ △ ▼ △
医務室で処置を受け、アウラは寮の自室へと戻ってきた。カミラとスヴェンは昼食にするということで食堂に行っている。
「……」
中に入ったアウラは、部屋に鍵をかけるとまっすぐベッドに向かう。そして倒れ込むように身を投げ、そのまま動かなくなった。
どのくらい経っただろうか。
数分かもしれないし、もしかしたら数時間経っていたのかもしれない。見分けがつかないのは部屋のカーテンが閉め切られているのと、時計の類が設置されていないことが理由だ。
アウラの部屋にはほとんど何も置かれていない。ベッド、小さな丸テーブル、棚、他は備え付けの家具のみ。もともと最初からこれしか持ち込んでいなかったのか、それともミラーナに言われて本当に荷物をまとめていたのか、実際のところどうなのかはわからない。
ふと、アウラの体が寝返りをうち、うつ伏せの状態から仰向けになった。
「……あぁ、あたしって、こんなに……いや、逆か……みんな、こんなに……」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
どこか下に見ていた。
周りには愚か者ばかり。
どうしてこんな簡単なことができないの?
どうしてそんなこともわからないの?
どうしてこんなに要領が悪いの?
だからあたしはひとりでよかった。
馬鹿と一緒にいるとあたしまで馬鹿だと思われる。
あたしは違う。
不特定多数の愚者どもとあたしを同じ目で見ないでくれ。
周りの愚者どもはあたしのことを才能があるとか、天才だとか言って持ち上げ始めた。
最初はいい気分だった。当たり前だ、あたしはお前たちとは違う。
だけど、ある時に気づいた。
あたしは天才なんかじゃない。天才っていうのは生まれながらに才を持っている人間のことだ。あたしは最初から何も持ってなかった。
できなかったらできるまで練習する。
わからなかったら理解できるまで徹底的に頭に叩き込む。
もっといいやり方はないのかと効率的な方法を探す。
あたしの周りにはそれができない人間しかいなかっただけの話だ。
別にあたしが天才なわけでも、他の人より優れているわけでもない。
「やっぱりうちの子は優秀だな」
違う……。
「アウラは頭が良いし、気の利くいい子ね」
違う。
「アウラちゃんはやっぱり天才だね」
違う!
頭が痛い。
意味がわからない。
あたしは他人より努力しているだけだ。それを知らずに、“天才”などという言葉で片付けるな。
あたしが今までどれだけ努力したと思ってるの?
お前たちが遊び呆けている間にどれだけ勉強したと思ってるの?
お前たちがへらへら笑っている間に、どれだけ絶望の壁にぶつかったと思ってるの?
努力の天才。
笑わせないでほしい。
努力は才能がないとできないものだという認識に腹が立つ。
努力は必ず報われる。
報われない努力は埋もれているだけ。
目に見えないだけで存在していないわけじゃない。
どいつもこいつも、表面しか見えていない浅はかな馬鹿しかいない。
世間っていうのは広いようでいて狭いとよくいう。だがそれは本当に正しいのだろうか。
あたしにとっては驚くほどに広い。かつての大戦で総人口が一〇〇万分の一に減ったらしいが、それでもやはり広い。
あたしの目に映っていたのはほんの一部でしかなかったということだ。
ある少年がいた。
その少年は危険を顧みず、仲間を守るために己の全てを賭けた。
もうひとり、少年がいた。
その少年は目の前にあった巨大な障がいを一瞬で消し去って見せた。
二人の少年は強かった。
あぁ、あたしはこんなに……弱い。
あたしの知らない世界には、あたしなんかよりもすごい人がたくさんいる。それを知らずに、あたしは全てを見下していた。
一番の愚者は、あたしだった。
△ ▼ △ ▼ △
アウラはベッドの上で天井に向けて手を伸ばす。
「……負けた」
呟いた。
レフはアウラたちが勝ったと言ったが、アウラはそう思っていないのだ。だがしかし、確かにアウラの側に立ってみればそうなのかもしれない。
自分の全身全霊を込めた一撃、補助まで借りたのにそれで全員が普通の顔をして立っているのだ。それでお前の勝ちだと言われても嫌味以外の何物でもない。「頑張ったから今はお前の勝ちということにしておいてやる」、そう言われているのと同じだった。
「……本当は……負けたかったのかもしれない」
その言葉の真意はアウラにしかわからない。
「……自分以外の誰かに、“お前は特別じゃない”って、言われたかったんだ……」
それは本当の「自分以外の誰か」ではなく、「同年代の、ごく普通の誰か」だ。アウラの中でひとつの重要なファクターとされているのは同い年、年が近いということ。そうでない人に言われても、反発したいという欲求が意思に反して飛び出してしまうから。
そしてアウラは伸ばしていた腕で目を覆い隠す。
「……あぁ……っ、悔しい、なぁ……もぅ……!!」
それはわずかな隙間から抜け落ちた吐露。
いつか自ら断ち切ったはずで、だけどどこかでそれを期待していた。それはやはり自分に備わっていたものではなかったと再確認したのだ。
これまでの時間は返ってこない。しかし、経験が廃ることもない。
だから、アウラはそれを手放した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
日は沈み、再び昇る。
カミラがまだ自室で眠っていると、不意に部屋の扉が乱暴に叩かれた。
「……んぅ……?」
寝惚け眼を擦りながらもベッドから這い出し、ゆっくりとした足取りで玄関に向かった。ノックの音は絶えず鳴り続けている。
「はいはい……もぅ、朝から誰ぇ……?」
開錠し、扉を開けた先にいたのはアウラだった。
「おはよ、さっさと行くわよ」
「おっ、はよう……え、行くって何、ど、どこに……?」
「決まってんでしょ、あたしの気が済むまで続けるって言ったでしょうが」
昨日はあれから何の接触もなかったために、カミラはすでに終わったものと思っていたのだ。
だがアウラにそのつもりは全くないようで、こうして迎えに来たということ。わざわざ迎えに来たということはアウラ自身も、カミラがそう思っているのではないかと危惧していたのだろう。
戦闘スタイルや日頃の行動とは裏腹に意外とマメなところもあるらしい。
「えっ、あ、ま、待って。着替えとか……」
「待ってるからさっさとして」
「う、うん!」
一度扉を閉め、カミラは中に戻って準備を始める。そうして準備を進めているカミラの姿はどこか嬉しそうに見えた。
模擬戦を終えてからアウラの表情が曇っていたのをずっと気にしていたのだろう。実際のところ心境が平常かどうかはわからないが、こうしてコンタクトを取りに来てくれる程度には元通りになっていることを喜ばしく感じているのだ。
一通りの準備を終え、アウラと合流すると今度はそのままスヴェンの部屋に向かう。
そしてやって来るや否や遠慮なく扉を叩く。
しかし、どれだけ待ってもスヴェンは出てこない。むしろ隣の全く関係ない男子が顔を出してきていた。
「……熟睡?」
「多分だけど、部屋にいないんじゃないかな……」
「……む、まあいいか。先に行きましょう」
二人は揃って寮を出て、いつもの校舎裏に向かう。
「あ」
「お、おぉ…お、はよう……」
そこにはすでにスヴェンが待っていた。
「おはよ。あんたわかってるじゃない」
「おぁ、おぉ……」
「あんたも少しはこいつを見習いなさい」
言われたカミラはばつが悪そうに顔を逸らす。
「い、いやぁ……で、でもアウラちゃんもわざわざ呼びに来たってことは来ないと思ってたってことでしょう?」
「うるさいわね、ていうかあんた、後ろの髪跳ねてるけど」
「嘘ぉ!? も、もっと早く教えてよ! 恥ずかしい……」
カミラはどこから取り出したのか、手鏡を見ながら寝癖を直し始める。
「どうせ動いたら寝癖なんてわかんないし、汗かいたらぴたっとするじゃない」
「それはそうだけど……気分というか、気持ちの問題というか……」
手鏡とにらめっこしているカミラをよそに、アウラとスヴェンは軽い準備運動を始める。
その様子を見たカミラはせかせかと手鏡をしまい、遅れてストレッチを始める。
「っし、じゃあ今日もやりますか」
「お、おぉ……」
「おー……あ、やば、ここ跳ねてる……」
まだ髪をいじっているカミラにアウラのチョップが炸裂する。
「痛っ!」
「あんた次髪いじったら殴るかんね」
「もう殴ったけど!?」
「うっさい」
そして今日もまた、アウラたちの訓練が始まった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
「……っふはは! ふむふむ、ほうほう……いや、実に見事……」
校舎の裏にある倉庫の上、そこから声は聞こえているのだが姿は一向に見えない。
「まあ、我には敵わないでござる……」
空間が歪む。
一瞬だけ見えたそれは、少女の姿だった。
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