17話 係数

Cチームはアタッカーがカイ、サブアタッカーがレフ、サポートがルーペという位置づけのようだ。

そしてアウラたちはカミラが決めた通り、アタッカーがアウラ、サブアタッカーがスヴェン、サポートがカミラ。


おそらくだが、Cチームはブレインに重きを置いたチーム。目を見張るような攻撃力もなければ、印象に残る特別な色も持っていない。つまり的確な自己分析と命令だけで成り立っているということになる。

通常ブレインの役割――指示は後衛にならざるを得ないサポート役が担うことが多いため、アウラたちの狙いは当然ルーペ。

対してこちらはアタッカーに重きを置いている。よってアウラに狙いが集中するだろう。


「おし、どっからでもかかってこい!」


今回はシミュレーターを使った模擬戦のように、チームごとにある程度の距離を取って開始されるものでもない。最初から互いの位置が丸見え、その状態で先手を譲るあたりはさすがトップの余裕といったところだろうか。


「……じゃ、お言葉に甘えて」


アウラはそう言って手を真上に掲げる。

頭上に無数の炎が現れ、少し遅れて環状のガラスもセットされた。そして炎たちは一斉にガラスに向かって落下し、規模を数倍に膨れさせてCチームを襲う。


「――二、一、三。一、三、二。四、二、二」


「っひひ、言われなくてもその程度は見えてるので」


炎弾が落下する直前、ゆったりと移動するCチームの三人を薄い膜が覆うのが見えた。

迎撃の予兆すら感じさせず、炎弾は雨のように降り注ぐ。猛烈な土煙が上がり視界がくらんだ。


「……っ、ヒットしてない!」


「は? いや嘘で――」


視覚の強化を施したのか、煙幕の向こうが見えているらしいカミラの報告。あれほどの物量、迎撃も無しで回避しきるのは不可能に近い。


「右三、一二。左八、二〇、一五」


「《海流撃アムニス》」


それはアウラの声を遮るように届き、煙の向こうから正確にアウラ目掛けて強力な水の魔法が飛んでくる。


「――くっ!」


「大丈夫!! スヴェン、風!」


カミラの声と同時、アウラの前に障壁が現れその身を守る。そしてスヴェンの風の魔法によって煙は吹き飛び、ようやく視界がクリアになった。


しかしそこにはレフとルーペの姿しか見えない。


「――撃てシュート


声はルーペのもの。アウラとスヴェンは反射的にレフを警戒するが、カミラだけは空を見ている。


「違う! 上!!」


カミラが指す先にカイがいた。煙幕が晴れる前に身体強化を施して思い切り飛んでいたのだ。


「《雷流撃シャンディ》」


カイから雷の魔法が、またしても正確にアウラへと放たれる。

しかし範囲はそれほどでもない、空中から放たれたこともあり距離もある。回避するのはそれほど難しくない。


アウラは後ろに下がって範囲の外に逃げる。と、先ほどの水を被っていたのか水滴が飛んだ。


カイの魔法が水溜りに直撃し、水を奔るようにアウラを追う。


「っ、うっざ!!」


直前に気づいたアウラは全身から炎を噴出することで即座に水分を蒸発させ、電気の通り道を遮断した。


「っふひ……」


鼻にかかる笑い。ルーペがアウラに向けて挑発的な笑みを浮かべている。


「……オーケー、消し炭どころか灰も残さない……!!」


先ほどの炎とはまた別の理由でアウラの体温が上昇する。




△ ▼ △ ▼ △




「――じゃあとりあえずお前脱げ」


「何!? い、いや……わ、わかった」


バルドの部屋では何故かディートが服を脱ぐよう指示されていた。


「……こ、これでいいのか?」


「男のくせに手で隠すなよ、俺が悪りぃことしてるみてえだろうが」


「う、わ、わかっ、た……」


傍目から見ると完全にバルドが悪いこと、もといいけないことをしているようにしか見えないのだが、どうやら事実はそうではないようだ。


「とりあえず昼くらいまでこのまま放っておくか」


「な、長くないか……?」


「文句言うなよ。大体お前が言い出したんだろうが、かっこつける癖直してえから協力してくれってよ」


「それは、そうだが……」


「あと、その話し方もやめろ。気取ってる感じがかっこつけてるからな」


「うぐぅ、わ、わか……わかり、ました……」


ようやく話が見えてきた。

ディートが気を遣うことでカミラやスヴェンにも気を遣わせてしまうという現状、それを改善するために試行錯誤した結果がこれなのだろう。


しかし何かズレているような気がしないでもない。


「完全にいじめられっ子にしか見えない」


「人聞き悪りぃこと言うなよ。俺は人のこといじめたことなんかねえし、これから先もそんなこと絶対しねえ」


「そうだ、あ、いや、そうで、す……俺に協力してくれているだけで、別にそういうわけじゃない……です」


「まあ、僕はなんでもいいけど、ちょっと同じ空間にいたくないし帰るね」


エルバートはそう言って立ち上がると、さっさと部屋を出て行こうとする。


「お、おい待てよ! 俺もこいつと二人きりはちょっと、いやかなり嫌だ!」


「人にやらせておいてその言い方はないだろう! 俺だってこんな格好しているのはかなり嫌だ!!」


「うるせえ! あ、馬鹿! お前足にくっつくんじゃねえ!!」


「俺をひとりにするな! 人の部屋でひとりで裸でいるなんて変態じゃないか!!」


わちゃわちゃと騒ぎ出す二人を置いて、エルバートは静かに部屋を出て行く。


「じゃあね」


「おぃいい!! 待てっつっただろうが!!」


叫び、ディートを引きずりながら扉に向かって走る。


「うぐっ! がっ、い、痛っ!!」


あちこちに体をぶつけながらもバルドの足を掴む手だけは離さない。

そしてバルドは閉まりきる前に扉に触れ、すぐに全開にするがそこにはすでにエルバートの姿はなかった。


「あの野郎! どこ行きやがった!!」


「……い、痛い……頼む、行かないでくれ……」


すると、そこに見知らぬ生徒が複数通りかかる。休日の昼前、すでにほとんどの生徒は起床済み、となれば人通りが多いのも当然だ。


「えっ、えっ!? 何あれやばくね!?」


「うわ……修羅場……?」


「うーん、イケメンのヘタレ受け、これは……有り」


人の目が集まるのもまた当然、あまりのことに即座にその場を離れる者もいるが、興味深げにまじまじと観察している者もいる。


「ち、ちっげえよ!! お前らこっち見んな!!!! お前もくっついてねえでなんか言え!!」


「……ひ、ひとりにしないでくれ……」


バルドの表情が絶望に染まり、何故か一部が湧いた。




▲ ▽ ▲ ▽ ▲




バルドの部屋を出て行ったエルバートは自室に向かったのかと思ったが、そうではなく寮舎を出て校舎のほうに歩いていた。


「……」


その表情からは特に何か感情を読み取ることはできないが、ほんの少し楽しそうな、それでも微かに呆れているような感情が見えるような気がした。


校舎に入る扉に手を伸ばすと、それはエルバートが触れる前に開いた。

そして向かいから背の高い少年が出てきてエルバートと軽く接触する。


「っ……」


「おっ、と」


勢いよく衝突したわけでもなかったが、想定外の出来事にエルバートはその場で尻もちをついた。


「あー……悪い、大丈夫か?」


長躯の少年はどこか気まずそうにしながらもエルバートに手を差し伸べる。


「うん、大丈夫」


返しつつ少年の手を借りて立ち上がるが、少年はそれでもまだ何か困惑したような表情を浮かべていた。


「……いや、なんでこんなところに子どもが……こういう時どうすんだ。先生とか……」


「僕も生徒だから、大丈夫だよ」


「へ? あ、まじ? そうか……いや、なんか、悪いな。小さいから子どもだと思っちまった、ははは」


休日ということもあり、制服代わりとなるローブを身に着けていなかったため見分けがつかなかったのだろう。


「……」


「……あー、小さいとか関係ないよな。怪我とかしてないか?」


「特に何も」


「よかった。ドアの開け閉めとかちょっと気を付けないとだな……」


と、そこに長躯の少年の知り合いらしい生徒が通りかかる。


「ここにいたのかよトーマ。向こうでヴィルとレジーが模擬戦するってよ、行こうぜ!」


「おう! ……すまん、今度お礼させてくれ」


「気にしなくていいよ、何事もなかったし」


「いや、それじゃ俺の気が済まないからな。俺はAクラスのトーマ・ロートレック、お前は?」


「Bクラスのエルバート・フラン」


「エルバート……わかった。じゃあまたな、エル」


長躯の少年――トーマはそう言うと、知り合いの少年を追って去っていく。


「……気安い人が多いのかな、ここ」


呟き、エルバートは注意しながら扉を開くと校舎の中へ消えていった。




△ ▼ △ ▼ △




校舎裏で行われている異色の模擬戦、あれからまた数回ほど衝突があったが、アウラたちの攻めは軽くいなされ、受けに回るとそれだけで手いっぱいになってしまうという状況が続いていた。


本来であればそういった余裕を削りきったところで攻勢に入るというのが定石だが、Cチームにその動きは見られない。


つまり、簡単に言うと遊ばれているのだ。


「……は、舐めてくれちゃって。ほんと、むかつく」


「乱されちゃだめ、それが作戦かもしれない。大丈夫、個で見たらこっちのほうが明らかに上だよ。ただ、魔法の組み合わせと指示が異常なほど上手い……それに分析力、アウラちゃんの魔法を正確に分析して必要最低限の防御で防いでる。……だから、認識の外から叩く」


「どうやって?」


「――」


戦闘中に落ち着いて話すことのできる時間はそう長くない。限られた時間、最低限の言葉で概要を説明する。


しかし、膠着した状況でのんびりしているほど相手も手を抜いているわけではない。攻めてこないと判断すると即座に向こうから攻撃が飛んでくる。またしても水の魔法。


「やっぱり、おれたちのほうが上みたいだ」


余裕を含んだレフの声。


水と炎では最悪の相性だが、いかんせんレフの魔法には火力が足りていない。それでも並み以上の威力はあるが、アウラの炎で完全に消し去ることができる程度。

一定の範囲内に入った水は全て蒸発し、水蒸気となってあたりに拡がる。


「……む、右七、一八。左二、一四」


ルーペが口にするのは、おそらくレフとカイから見た対象の相対座標。向きと距離、高さが違う場合はそこも含めた数字を示すことで不明瞭な視界の中でも攻められるようにしているのだ。


「捕らえる」


レフはそう言って、今度は多少拡散するように水の魔法を放った。そして合わせるようにカイは飛び出し、ルーペが何やら唱える。

先ほど見たのは水魔法からの雷魔法という組み合わせだったが、それとは違う。


放たれた水はルーペの魔法によって瞬時に凍り付く。


「ひひっ、捕縛完了……。正面、二」


「うぉらあッ!!」


飛び込んだカイが雄たけびとともに腕を振るう。瞬間、炎が勢いよく噴出する。

Cチームの狙いは明らかにアウラ、つまりルーペが伝える座標もアウラがいる場所だ。氷にからめとられたアウラが接近するカイに気づいて反撃したのだ。


「こっちには障壁があるんだ、関係ない!」


カイの体には確かに薄い膜のようなものがあった。座標を再度伝えた際にルーペが施したのだろう。つまり、ここまで計算済みだったということだ。


そしてカイの拳が振り下ろされ、氷が派手な音を立てて砕かれる。


「あ……?」


捉えたかと思われたが、カイからは芳しくない声が漏れる。


「っ、ルーペ!」


「い、言われなくても……えー、座標……っ、消え、た……?」


「なら早く風! 位置を把握していないとまずい!」


レフの声にルーペは即座に気流を操り水蒸気を晴らす。

その先にいたのはカミラただひとり。スヴェンもアウラも視界の内には映っていなかった。


そしてカミラはその姿をさらしながら堂々と告げる。


「《腑抜けの理想イデア・ファイク》」


直後、ルーペの左に巨大な環状のガラスが現れる。その先には今にも魔法を放とうとしているスヴェンの姿。

ガラスの直径は概算で三メートル、威力を増幅させる魔法だ。これだけの大きさ、これを通した魔法を食らえばひとたまりもないだろう。


「れ、レフ!」


ルーペは即座にレフに助けを求める。


「っ……い、いや……ッ!!」


レフはスヴェンの姿を目にした途端にそう言った。そして即座に周囲を見回すと、ある一点でその動きを止める。


そこにはもうひとつ、同じ規模の環状のガラス、そしてアウラがいた。


「っ、バレても、防げるわけないっしょ……!!」


「あっちは幻影フェイクだ!! カイ! アレで迎撃する!!」


レフの声に合わせ、三人が同時にアウラに向けて魔法を放つ。レフの水魔法、カイの雷魔法、ルーペの風魔法と強化と思しき補助。

雷を帯びた水流に風による回転が加わり、さらには強化で規模が一回り膨れ上がる。


「っ……《爆裂破塵フラグ・イグニス》!!!!」


どこか苦しそうな表情をしながら放たれたそれは、巨大な環状のガラスを通ってレフたちを襲う。その様はまるで隕石。


「もう一段! 上げて!!」


「ぐっ、うぅっ!!」


ルーペはレフの言葉に従い顔を歪ませながらもさらに強化を施す。


さらに強力になったそれと、隕石が衝突する。

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