16話 裂け目
エルバートたちがストラヴェールに入って五日、初めての週末を迎えていた。
いわゆる週の土日にあたる二日間は基本的に終日フリーとなり、届を出せば学園の敷地外に出ることもできる。
ただし、外出届は年単位で使用制限が課されているため、よっぽどの事情がない限りほとんどの生徒は簡単に使うことはない。学園内の設備が整っている、というのも一因かもしれない。
「で、なんでお前が俺の部屋に来てんだよ」
「だめなのか?」
我が物顔で寝そべっているディートに冷ややかな視線を送るバルド。
「だめじゃねえけど、昨日の今日で切り替え早すぎじゃねえか?」
「冷静に考えてみろ、チームメイトの前でこんなだらしない姿見せるわけにいかないだろう」
「知らねえよ、俺に同意求めんな」
「リーダーの沽券に関わるんだ。お前にわからなくともエルバート、お前ならわかるだろう?」
壁に寄りかかって本を開いているエルバートに声をかける。
「僕にもわかんないけど」
「……」
「お前だけだってよ」
「……何故だ」
「そうする理由とか意図はわかるけど、僕自身はそうしないしそうするメリットを重視してないってだけ。あとは単純に性格」
依然として目は本に落としたままだが、しっかりと受け答えする。
「あん? じゃあお前はそのつまんねえ感じが自然体って言いてえのか?」
「逆に聞くけど、僕が戦闘以外で人に気遣ってるの見たことある?」
「……ねえけど。いや、にしてもここまで盛大にくつろげなんて言わねえけど、もっとなんか、あるだろ」
バルドが寝転ぶディートを指しながら言う。
「時と場合による。全身脱力したいほど疲れてないし、転がりながら本読むと腕が疲れる。本読むときはこれが一番楽なの」
「遮るようで悪いが、じゃあお前は自然体でいることでどういうメリットを見てるんだ?」
「周りも僕に気を遣わなくてよくなる」
「……つまり?」
すると、そこでエルバートは本から目を離し、ディートを見ながら手を伸ばす。
「ここから先は有料」
「金を取るのか? やはりお前はいいやつではないな」
「これに答えるとディートを助けることになる。一応敵なわけだし、相応の対価をもらわないと教えられない」
エルバートとディートのスタンスは真逆、どちらにもメリット、デメリットがあるようだが、こと学園生活においてエルバートは自然体でいることを選択した。
つまり毅然とした態度でいることに大きなデメリットがあると考えているわけだ、伝えればIチームの助けになるというのも頷ける。
「む……何が望みだ?」
「貸しでいいよ、手札がばれてから徴収する」
「うっはっは! お前めちゃくちゃ性格悪りぃな!」
「忘れてるかもしれないけどオランは貸し三だからね」
「オラン? ……誰がオランウータンだ!!」
騒いでいるバルドを置いて、ディートははっきりと頷いて見せた。
「わかった、都合のいい時に都合のいいものをお前に提供してやろう。それでいいな?」
「うん。まあ、と言っても別に大したことじゃないんだけど。多分、あの二人は相当ディートに気を遣ってるんだと思うよ。ディートの理想は高い、しかもその理想に届くだけの能力も持ってる。弱みを見せないディートの足を引っ張るわけにいかないってプレッシャーもあるわけだ」
「むぅ……」
覚えがあるのか、図星を突かれたような居心地の悪そうな顔をする。
「でも、多分それによって大きい失敗をしてこなかった。だから今のままでもいいと思ってる。けど、イグナーツに近いところを突かれたことで全員が若干揺らいでる。仲間の前で完璧を装ってきたからこそしわ寄せが全部ディートに向いたんだよ」
「ぐっ……意外と、というか正確に痛いところを突いてくるな。俺もその自覚はあったが、どうにも……どうしていいのかわからん」
「そのまま伝えればいいよ。こう思ってるけどどうしたらいいかわからない、だから一緒に考えてくれ、って。それを言えない状況にしてるのは、間違いなくディートの猫被りのせい」
「要はこいつがかっこつけてんのが悪りぃってことか?」
「や、やめてくれ! 間違いじゃないがものすごく恥ずかしくなる!」
床に伏せたままごろごろと転がるディート。
「他人に気を遣うのってすぐに打ち解けることができるけど、それで仲良くなっても壊れやすいと思うんだ。だから僕は人に気を遣いたくないし、遣われたくもない」
それから「疲れるしね」と続け再び本に目を落とす。
「なる、ほど……そうか」
回転を止めたディートは感慨に耽るようにぴたりと静かになった。
「……いいこと言ってる風だけどよ、お前もアウラには気遣ってるよな」
「あれはまた別。それに、多分アウラはもう大丈夫だよ」
「あ?」
「『しばらくは一緒に行動しない』って言ったから。アウラの中で何か吹っ切れたら、その時はちゃんとチームになれるよ」
△ ▼ △ ▼ △
校舎の裏、アウラたちの修練の場として定着しつつあるこの場所では、今日も模擬戦が行われていた。
「――っ、舐めんな!!」
迫るスヴェンに炎を放って牽制するアウラ。
「そのまま突っ込んで!」
カミラの指示が飛び、スヴェンの体を障壁が覆う。それは迫る炎と接触しても溶かされることも破壊されることもない。完全に炎を遮断し、スヴェンの身を守っている。
「くっ!」
距離はおよそ三歩といったところ、もはや弾くことは難しい。直接叩くほかない。
アウラの右手にマナが収束し、射出される。
「これで!!」
放たれたのは先ほどの拡散する炎ではなく、貫通力を重視したまとまりを持った形状。だが、それすら見越していたのかスヴェンは跳躍することでそれも回避する。
「な――」
「うぁあああッ!!!!」
スヴェンの手が雷を帯び、同時に両者の間に環状のガラスが出現する。威力を増幅させる魔法だ。
一瞬、アウラの表情が諦めに染まる。
だが、奥底にある当たり前の感情がそれを打ち消す。負けたくない。二対一とはいえ、同い年の人間に負けるわけにはいかない。同年代で自分より強い人間なんていないと思っていたのだから、この程度の人数不利に屈するわけにいかない。
「ッ――」
アウラの全身から勢いよく炎が噴出される。それは魔法などと呼べる形ではない。ただでたらめにマナを捻り出し、最低限の変換を施しただけの悪あがき。
しかし、そこでスヴェンを包んでいた障壁が効果を失い消滅する。増幅器の役割を持つガラスもアウラの炎に触れると弾け飛んだ。
そしてアウラの炎とスヴェンの雷が正面から衝突する。
少しの拮抗の後、スヴェンの体は炎に押しのけられるように弾かれた。
「っ、はぁ、はぁ……っぶなぁ……まじで、負けたかと思った」
どちらかの攻撃がまともにヒットすれば中断という形をとっていたのか、アウラはその場で座り込んで息を整え始めた。
向こうではスヴェンも同じようにしている。
「てか、あんたたち成長早すぎじゃない? 一昨日はまだ全然って感じだったのにさ」
「そ、それは相手が相手だし、成長せざるを得ない、というか……多少のリスク込みで攻めなきゃ勝てないと思ったから」
最悪のリスクを避けつつ、勝負するべきタイミングを選ぶ力。本物の命を懸ける実戦という場で正しい選択ができるかはわからないが、それこそ練習でできなければ本番でできるはずもない。
カミラもスヴェンもまだ発展途上ということだ。そしてそれは無論アウラも同じ。
「ご、ご、ごめん。も、もうち、ちょっと、は、はや、早かったら……」
「スヴェンはよくやってくれたよ。私のほうが落ち着いてないとだめなのに、ちゃんとタイミング合わせてあげればよかった」
「いや、あたしからしたら十分たまったもんじゃなかったけど」
そのまま軽く休憩でもしようかというところ、三人の前に三つの影が現れる。
そこにいたのはCチーム――レフ、カイ、ルーペの三人だった。
「少し、いいかな?」
「……何?」
レフの言葉を引き継ぐようにカイが一歩前に出てくる。
「俺たちと模擬戦やろうぜ」
「模擬戦て、あたしら別にチームでもなんでもないんだけど」
「それは知ってるよ。同じクラスだし、ここでの特訓もあそこから見てたからね」
言いながらレフは校舎の二階を指で示す。
「でも、君たち三人ならそれなりにチームとして動けると思うんだ。傍から見た印象に過ぎないけど相性もよさそうだしさ、だから一戦やってみない?」
「……」
唐突な申し出に加え、すでに内々で模擬戦を終えた後だ。影響が出るほどの疲労も消耗もないが、断る理由としては十分。
「わ、私は、別にいいけど」
「ぼ、僕、僕も……」
アウラが考えているうちに二人はそう言った。
ここまで来て断るのはさすがに腰が引けたと思われるだろう。そしてアウラがそれを良しとするはずがない。
「……どうかな?」
「現状トップのあんたらが負けたら損しかないわけだけど、それでいいならいいわよ」
その言葉に、一歩引いた位置にいたルーペが肩を震わせる。反動でかけていたモノクルが外れ、首に繋がる鎖が張った。
「っぷふ、ははっ、は、負けないので、ご心配なく」
「……焼き加減の好み、今なら聞いてあげるわよ」
外れたモノクルをかけ直し、アウラの顔を正面から見据える。
「お任せで」
「ベリーウェルダン確定……」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
「あいつだけは絶対消し炭にしてやる……!! あんたたち、負けたら殺すからね」
「えぇ……負ける時は負けるし、それはちょっと頷けないかも……」
「情けないこと言わない。気持ちで負けてて勝てるわけないでしょうが」
開戦前の最終確認、要するに役割を明確にするための作戦会議。急造のチームであることを考慮し、そのための時間を設けてもらったのだ。
「で、真ん中はどっちがやる?」
「え、あ、お……ど、ど、どっち、でも……」
「……どっちでもって言われてもねぇ」
「アウラちゃんが前のほうがいいと思う」
早速詰まりそうなところでカミラが素早く提案する。
「その心は?」
「確かにアウラちゃんは器用だし、サブでも上手く回してくれると思うけど、私たちのバランスを考えたらやっぱり前はアウラちゃんだよ。もちろんスヴェンが前でも見えるけど、現状で一番いい形はこれだと思う」
「……ま、ブレインがそう言うならそれでいいか」
「うん」
個として見た時、アウラの能力には目を見張るものがある。サブアタッカーに置けば、今までそこでやって来ていたスヴェンより良い結果を残すだろう。
だが、このメンツで最大の攻撃力がアウラというのも事実。いくらサブアタッカーのポジションに適性があってもその巨大な大砲を使わない手はない。カミラはそう考えているわけだ。
「じゃあ、アウラちゃんがメイン、スヴェンがサブで私がサポート兼指示」
いつの間にか会話の主導権はアウラからカミラに移動している。
「あいつらの鼻っ柱折るような作戦よろしく」
「うぇ!? そ、それはちょっとハードル高いような……」
「情けないこと言うなって言ったでしょうが、あんたはあたしらの脳なのよ。心臓が血送りまくるからちゃんと働きなさい」
脳がカミラならば心臓は言わずもがなアウラ、スヴェンは差し当たって骨と言ったところか。
「……わかった」
「よし。あんたも――」
「お、お、おぁ……」
「――あー、別にいいか。言われなくてもなんとなくいい感じにできるでしょ」
その扱いは冷たいものに見えるが、そうではない。純粋にそれだけスヴェンのことを高く評価しているということだ。
アウラはスヴェンがサブアタッカーとして動いているところを見たことはないが、適性のある自分と照らし合わせてそのように判断したのだろう。手数の多さ、対応の早さ、それなりの火力と度胸。それらを持ち合わせていればどうにでもしてくれるという信用。
「よう、もうそろそろいいか?」
向こうからの催促の声がかかる。
「こっちはいつでも。そっちこそ覚悟できてるんでしょうね」
「おいおい、別に喧嘩しようってわけじゃない。純粋な力比べだ」
「そっちから吹っ掛けといてよく言うわね」
「気合十分ってことで、まあいい。じゃ、始めようぜ」
両チームとも位置につき、異色の模擬戦が幕を開ける。
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