15話 天才とは

天才とは何か。

辞書でその単語を引くと、“天性の才能、生まれつき優れた才を持つ人物”のような文言が出てくる。


では天才というのは実際に生まれながらにして天才なのか。

確かに、全世界に周知されているような明らかな偉業を成した人物は天才だったのかもしれない。




物事には大抵、一般的とされる意味の裏側も内包されている。

泣くという行為が一般的に悲しさを表現するように、嬉しさを表現する場合もある。


本質は感情を突き動かされたことによる、感動だ。




では、天才という言葉の本質とは果たして――。




△ ▼ △ ▼ △




明くる日。

先日のトレジャーハント、もとい対魔人種を想定した演習の結果を踏まえ、順位表の並びが大きく変わる。


一位は変わらずCチーム、次いで二位は三位に位置していたBチーム、そして三位にはエルバートたちJチーム。ディートたちIチームはひとつ飛んで五位に入っていた。


加えて、もうひとつ大きく変わったところがある。全部で一〇のチームに分けられていたBクラスだったが、その数を八に減らしたのだ。

総評という場にやってこなかった三人、さらにそれとは別の三人も自主退学を申し出ていた。結果、DチームとGチームは消失し、欠員が出たチームに組み込まれることで一部チームの再編が行われた。


「……」


昨日のヘインからの叱責が効いたのか、今日の教室は普段と違い静かな空間になっていた。談笑もなく、かといって内緒話に興じる生徒も見受けられない。

エルバートも近いことを言っていたが、人が群れるのは共通の敵を非難し、相対的に自分の価値を上げることで安心感や優越感を得るためだ。ヘインやイグナーツ、リナからの言葉でそれは恥ずべきことであると正しく認識し、生徒間の価値ではなく絶対的な評価を向上させることに集中するべき、と改めたのだろう。


いや、実際にはそこまで深く考えていないのかもしれない。単純に昨日怒られたからほとぼりが冷めるまでは大人しくしておこうという程度であることも否定はできない。


だがそれはどちらでもいい。

ひとつのきっかけ、多少なりとも割合に変化が訪れたということが肝要。


「おはようございます」


ヘインが静寂に包まれていた教室にやって来た。

普段と違う空気ではあったが、それでヘインの様子が変わることはない。


「昨日は少しハードだったので、しばらくは軽めにやっていきますね。それで、今日最初にやってもらうのはこちら」


言いながらヘインは懐からひとつの物体を取り出した。一辺がおよそ三センチほどの白い立方体、小さな箱のようにも見えるが開くような構造には見えない。


「これはいわゆる収納用の魔法箱マジックボックスです。大規模なものだと倉庫やお店でも使われていますね、ここにあるのはその中でも一番簡単な形のものです。今回は皆さんにこれを開封してもらいます」


開封とは言うが、改めて見てもどのように開ければいいのか全くわからない。


「あの、どうやって開けるんですか?」


「適切なマナを、適切な強さで、適切な方向に流し込むと開封できます。このように――」


立方体を手の上に乗せると、ほんの少し力を込める。マナが流れ、立方体は上下に割れてきれいに開かれた。どういう力が働いているのか、吊られているわけでもないのに上部は宙に浮いている。


「ひとりあたり二つ配るので、そうですね……まずは三〇分程度時間を取るのでやってみてください。聞くよりも実際に触ったほうがわかりやすいでしょう。一度閉めると条件がリセットされるので、早めに終わった人は繰り返してコツを探ってみてください」


言うや否や全員の目の前――机の上に立方体が二つずつ現れる。


「マナの強さと方向ねえ……」


こぼしつつバルドがひとつを手に取る。そのまま角度を変えてみたり、上下左右に振ったりするがそれによる変化は一切見られない。


「つかこれ、お前のブラックボックスとかいうのと同じじゃねえの?」


「違うよ。これはただの容器だけど、あれは妖魔の家っていうか移動式テリトリーみたいなものなんだ。何て言えばいいのか……とりあえず全く別物だよ」


妖魔箱ブラックボックスにはこういった形式上の開封という作業はない。

所持者が念じれば開くという仕組みになっている。


「ふーん、まあ別にあんま興味もねえしいいけどよ」


見様見真似、バルドはヘインがしていたように適当にマナを流すが流し込んだマナは拒絶するように軽く弾けて霧散する。


「なんだこれ、無理じゃねえか」


まだ始まったばかりだというのに早速諦めが混じり始める。


その様子を横目で見ていたアウラも自らの前に用意された立方体をひとつ手に取る。

指で挟んだ状態で観察し、調子を窺うように微量ずつマナを流し込む。バルドのもとで起こっていたよりも小さな霧散を数回繰り返すと、立方体は呆気なく開封された。


「あ、開いた」


「はあ!?」


立方体の中には折りたたまれた紙が入っていたが、それには目も向けずに次の立方体を手に取るアウラ。

先ほどの再現のように何度か小さな霧散を繰り返し、二つ目の立方体も無事開封される。


「何これ、めちゃくちゃ簡単じゃない」


「……まじかよ」


「なるほど」


アウラからヒントを得たのか、エルバートもそこでようやく自身の立方体に手を伸ばす。早速マナを流し込むと、それは驚くほど簡単に開いた。


「なんでだよ」


「マナによる空間把握の延長みたいな感じ。マナだけが通れる小さい穴が無数に開いてるんだ。ハズレに流したら霧散してリセットされて、当たりだったら開く仕組み」


「つかこれ、全体に思いっきり流したら開くんじゃないの?」


「それはないんじゃないかな。先生がああいう言い方したってことは、その方法で当たりとハズレに同時に行き着いても開かなくできてるはず」


「当たりまでの距離が一番遠いから? そこまで精密に感知してるとは思えないけど」


言いながらアウラは中に入っていた紙を取り出し、一度閉めて立方体を両手で包み込むと一気にマナを流し込む。一瞬、開封される時と同じような反応があったが、それは瞬時に消え失せマナは霧散した。


「あー、当たりは上書きされるってことね」


「優性と劣性ってことかな。マナの強さってよりは弱さって捉えたほうが開けやすいかもしれない。まあどっちでも一緒なんだけど」


「……終わったか? じゃあ馬鹿にもわかるように説明してくれ」


「馬鹿にわかる説明が今のに決まってんでしょ。あ、あんたはゴリラだからわかんないのか」


「俺をお前らみてえな天才と一緒にすんじゃねえよ……」


なんとなしに呟いた言葉だったが、アウラの表情がわかりやすく歪む。


「……誰が、何も知らないくせに、うざ」


しかしそれはアウラ以外の耳には届かず空気に溶ける。


「あ? なんか言ったか?」


「死ね」


「なんでだよ!」


言い合っているうちにもうひとつの立方体を開封していたエルバートは、中に入っていた折りたたまれた紙を取り出し開いていく。


「結局その紙はなんなんだ?」


「よくわかんない」


バルドに見えるように広げると、片方は“3”、もう片方は“赤”とだけ書かれている。


「なんだそれ、お前は?」


バルドが続いてアウラにも問うが返事はなく、代わりに開いた紙がそこに置かれていた。


「よくわかんねえけど怒んなよっと、どれどれ……あー、“20”と“青”?」


「3と20に赤と青、全然わかんないね。ゴリも早く開けて」


「誰がゴリだ、ゴリラすら略してくれてんじゃねえよ。つか開けたくても開かねえんだって」


「この箱もゴリラじゃなくて人間に開けてほしいのかもしれない」


「そろそろ俺も泣いていいか?」


「いいよ」


「とりあえず一回俺に謝れ」


その後何度も失敗を繰り返し、残り時間わずかというところでようやく二つの立方体の開封に成功したバルド。

中に入っていた紙には“14”、“緑”と記述されていた。


「皆さん無事に開けましたね。では紙に書いてあった番号と色を順に教えてください」


Aチームの三人から順番に数字と色を伝えていく。

聞いていると、数字は“1”から“22”、色は“赤”、“青”、“黄”、“緑”の四種類の範囲で振り分けられているらしい。


「――はい、ありがとうございます。皆さんもこれがなんなのか気になっていると思いますが、これは今度学園で行われる催しで使うことになります。先にくじ引きをしておいた、とでも思っておいてください」


催し、つまり行事、イベント。

学園全体で行うということはクラスの垣根を超えたものになるのかもしれない。


「では、残り時間は座学にしましょう。魔法は習うより慣れろが通用しませんからね。絶対的な正解という型が存在するのが魔法、知識を得るだけで魔法の扱いが上手くなりますよ」


ヘインの言葉にわずかに教室が湧く。


ここにいる全員、幼少のころから魔法というものに触れてきているため、それがどういうものかは理解しているがプラスアルファの知識は持っていない者が大多数だ。

そもそもそういった授業を期待して来ている生徒が多いのだろう。


「と、その前にもうひとつ連絡があるので先にしておきます。皆さんすでにシミュレーターの本登録は済みましたか? まだの方は早めに済ませておいてください。また今度改めて言い渡しますが、大体今月末を目安にEランクまでのミッションを全て完了させてもらいます。当然そのための時間もある程度こちらで取りますが、自主的にしておくと自由時間が多く取れるので空き時間にやっておくことをおすすめします」


Eランクまでの全てのミッション。

エルバートとバルドが済ませたのはあくまで戦闘・殲滅系のミッションだ。他にも護衛、破壊、持久型のミッションも存在する。戦闘系だけで約二時間かかったことを考えると、早めに手を付けておいたほうがいいのかもしれない。


「それでは、座学のほうに入っていきましょうか。まずは、そうですね――」


今まで飾り同然だった黒板に初めてチョークが走る。


ほとんどの生徒は真剣な表情でヘインの話に耳を傾けていたが、アウラは退屈そうに外を眺めていた。




▽ ▼ ▽ ▼ ▽




時計の針が天を示すころ、座学は滞りなく終了し、生徒たちは食堂に雪崩れ込んでいく。


「……あ?」


不意にバルドが声を上げた。


「おい、あいつ何してんだ?」


バルドの視線の先ではアウラがスヴェン、カミラとともに歩いている。


「何って、普通に話してるだけじゃないの?」


「俺らとは普通に話さねえくせに?」


「それは知らないけど、少なくとも昨日のあれ以来僕とは普通に話してくれてる気がする」


「俺も途中まではそんな感じだったんだけどな、なんか急に機嫌悪くなったぞ」


アウラの発言と照らし合わせると、宝探しの一件でエルバートとバルドのことをとりあえずは認めてくれたように思える。

しかし何が気に障ったのか、アウラの機嫌は急降下。底を這っている状態だった。


「やっぱりゴリむぎゅっ!」


「まじでそれ以上言ったら一回本当に怒るぞ」


からかおうとしたエルバートの頬をバルドが大きな手で挟んで塞ぐ。


「む、ひょっとひた冗談りょうらんらって」


「お前の冗談はわかりにくいんだよ、もっと冗談っぽい感情込めて言え」


とは言え本当に怒っているわけではない様子。単純に真剣な話を茶化されたくなかったのだろう。

すぐにエルバートを解放する。


「せっかく仲良くなれそうだったのに台無しだね」


「……止め刺すのやめてくんねえ? こう見えて意外とへこんでんだぞ」


「話変わるけどディートはどこに行ったんだろうね」


「話変えんな!」


流れはどうあれ確かにそれは気になるところではあった。

カミラとスヴェンがアウラと居るのはいいとして、二人のチームメイトであるディートはどうしているのだろうか。


「ここにいるが……」


「うぉっ!? お前急に出てくんじゃねえ!!」


エルバートとバルドの間からひょっこり現れたディート。


「あれ、なんで二人はアウラといるの?」


大したリアクションを取ることなく、三人を指しながらエルバートは問う。


「……知らん、俺が聞きたい。午後はフリーと言うからシミュレーターでもやるか、と誘ったら断られて、あれだ」


「振られたんだ」


「妙な言い方をするな……」


「この場合は寝取られた、じゃね?」


「妙な言い方をするな!」


ディートの反応に手を叩いて笑うバルド。


「俺はお前たちなら知ってると思って後ろで聞き耳を立てていたんだがな……」


「気になるなら聞いてみたらいいのに」


「聞いても答えてくれないんだよ。むしろお前たちに聞いてもらいたいくらいだ」


「いや無理に決まってんだろ、聞いたところであいつは――」


お手上げポーズで語り始めるバルドを置いてエルバートがアウラのもとに駆け寄る。


「ねえアウラ、なんで二人と一緒にいるの?」


「って、おぃいいいい!!」


肩を叩かれたアウラが振り返る。


「ん、ああ……しばらく授業以外はこの二人と一緒にいるから。あんたたちとは行動しない。代わりにそこの余ってるやつあげる」


「そっか、わかった」


それだけ聞き出すとエルバートはさっさとこちらに戻ってくる。


「だってさ」


「……いや、もうツッコミどころ多すぎて何から言えばいいのかわかんねえが、そもそもお前の質問に答えてなくね?」


「答えてないけど、もう一歩踏み込んだら怒らせる気がしたから」


「まあ、そりゃ確かに間違いじゃねえだろうけどよ……」


明確な理由は得られなかったが、エルバートは満足気な表情を浮かべている。


そして二人の後ろでわなわなと体を震わせている影がひとつ。


「あいつ、俺のことをそこの余ってるやつと言ったか?」


「言ったね」


「言ったな」


「……言い返したいが、事実俺はそこの余ってるやつだ」


震えは消え、代わりに悲壮感がまとわりつく。


「あー、あれだ、美味いもん食って元気出せよ」


「お前……いいやつだな」


「そうだよ、結局お腹いっぱいになってもその事実は変わらないけどさ」


「お前は……いいやつではないな」


こうしてよくわからないトレードが行われたのだった。

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