14話 悔しいから

「一応、これでこっちから言うことは何もねえわけだが、まだ結果に納得してねえやつはいるか?」


イグナーツの確認に誰も手を挙げることはしない。

最初はバルドを含めた四人が手を挙げていたはずだったが、各々が話のうちに納得することができたのだろう。


しかし、最初に手を挙げていなかったディートが少し遅れて手を挙げた。


「ん、なんだ?」


「今回の総合順位、俺たちは三位だった。一位だったこいつらに負けたのも納得してる。けど、二位のCチームに負けた理由がわからないんだ」


「あー、まあ気持ちはわからんでもない。確かにCチームは個人で見ると特に目を引くようなところもねえし、アタッカーが突出してるとかいうこともねえ。こいつらはJチームの真逆だな」


引き合いに出された三人は無意識に話に聞き入る。


「要するに、およそ全ての評価基準で最高点を出してるってこった。まあ俺の見方とリナの見方じゃそれなりに差はあるだろうが、どっちかっつーと細けえところにうるせえのは俺じゃなくてリナだ。そのリナがこんだけ高く評価してるってことはそういうことなんだろうよ。お前らも評価基準に関しちゃほぼ満点だが、いかんせんマイナス要素も抱えてる」


それはつまり、役割の比重とチームとしての判断。先ほどダメ出しされた箇所だ。


「それがあいつらにはなかったってだけのことだ。現状理想に一番近い場所に立ってんのはCチームの三人しかいねえ。チーム評価ってのは個人評価を足して割ったもんにはなんねえっつってたろ。そこに対する理解度が一番深えってことだ」


個々の優劣ではなくチームとしての優劣ではCチームがずば抜けているということだ。


この辺りを理解した上でチーム順位を見ていくと、現状総合二位のEチームに属しているハンスの個人順位が二八位というのは、仲間がハンスのことを上手に使うことができていたことを意味する。

ハンス自体は特筆して優れている部分もないが、仲間のことを考えずにひたすら好き勝手やっていたことが災いして個人順位を落としたのだ。


要するに、仲間に恵まれただけであるにも関わらず驕った結果。


「あいつらの場合は自力が圧倒的に足りねえ。だが、自分にできることとできねえことってのをきっちり理解してる。能力に見合った選択ができてたんだよ。俺やリナに対してどれだけダメージを与えられたかとか、どれだけ生き延びれたかってのはメイン評価に直結しねえってわけ」


「つまり、言われた部分をきっちりこなせていたら俺たちが二位だった?」


「いや、そこまでできてたら多分お前らが一位だ。ぶっちゃけ五位以上に入ってるやつらにはヘインも文句つけねえよ、そこまで求めるのは酷だ。Cチームのやつらは良い意味で異常なんだよ、文句の付け所がねえんだから」


「……そう、か」


「納得したか?」


ディートはそれに頷いて返す。


その他に疑問を抱えている生徒はいないようだった。




△ ▼ △ ▼ △




戻ってきたヘインとともに再び校舎に移動、まだ一四時程度だったが疲労を残してはいけないという理由で解散の運びとなった。

ハードなスケジュール、最初は時間を目いっぱい使うという意味でそう言ったのだと思っていたが、実際には瞬間的な疲労の蓄積を指していた。さすがにこの後また別のことをするなどと言われても身が入らないだろう。


だが、そんな中でやる気に満ち溢れている顔がひとつあった。


「――昼の話、答えは出た?」


「えっ、あ、その……えっと……」


生徒たちが教室を去っていく中、アウラがカミラに声をかける。


「まだ決まんないわけ?」


「ご、ごめんなさい……その、そもそも、なんで私なの……?」


「同じクラスであたしの次に強そうな女子があんただから」


「強そう、って、わ、私アタッカーじゃないし……」


会話の流れからぼんやりとではあるが、昼にどういった話をしていたのか推測できる。


「だ、大体、そういうのってチームの人とするんじゃないの……?」


「あたしにゴリラと一緒にやれって言ってんの? 冗談、死んでも嫌。チビも論外」


「えぇ……」


おそらくだが、個人間での模擬戦の申し込みだ。平たく言えば修行相手にちょうどいい存在を探し回っているのだろう。


すると、アウラの視界にこそこそしている人影が入り込む。


「あ、じゃああいつとあんたで組んでもいいわよ」


「あいつ……?」


アウラが指す先にいたのはスヴェン。どうやらアウラとカミラのやり取りを気にかけ、聞き耳を立てていたらしい。


「え、え、ぼ、ぼぼ、僕……?」


「サブとサポート、合わせたらあたしの火力と釣り合うじゃない」


実際のところそれで釣り合うかどうかはわからない。

だが、ここまで食い下がられると断る材料を探すのも一苦労。並みの常套句では諦めてくれないだろう。


「……うぅ、じゃあ、スヴェンがそれでいいなら」


ついにカミラが折れる。そしてアウラは無言のままスヴェンにその顔を向ける。


「……お、おぉ、わ、わ、わか、わかった」


当然、というと語弊があるが、スヴェンにアウラを跳ね返すだけのものがあるはずもなく、結局首を縦に振ることしかできなかった。




そしてやって来たのは校舎の裏にある少し広めのスペース。


基本的に生徒同士の模擬戦に制限はないが、シミュレーターの使用が推奨されている。戦績の記録もされるし、ある程度の期間であれば映像としても残るからだ。

さらには一定以上のダメージであれば食らうと同時にシステムから切り離されるため、医務室などに通う必要性も格段に下がるのだ。

しかしそれはあくまで推奨、養護教諭も常に動ける体制はできているため強く縛られてるわけではない。


ただし、当然ながら私怨からのシミュレーターを用いない模擬戦は禁じられている。

とはいえそのあたりは暗黙の了解という部分が大きく、ルールで縛ろうとしても明確な線引きが難しいため文言として「こういった模擬戦を禁ずる」とは記せないのだ。


「あの、どうしてシミュレーターじゃないの……?」


「寮から遠いじゃない、それにここのほうが教室から近いし、逆にわざわざ別棟まで行くのだるくない?」


その程度の理由だった。

だがそれはアウラらしいとも言えるのかもしれない。


「じゃ、やろっか」


気合十分という様子のアウラに対し、カミラとスヴェンはやはりと言うかそこまで乗り気ではない。


「……ここまで来てやっぱやめるは通じないけど」


「そ、そうじゃないけど……」


「完全に後付けだけどさ、あんたたちにとっても悪くない話じゃない? あんたは指示出す練習になるし、そっちのだって前線の動きを知っといたら得でしょ」


確かにアウラの言う通りではある。

カミラはおそらく、ディートに代わって指示を出す立場に転向することになる。少しでも場数を踏んで慣らしたいという思いはあるはずだ。

スヴェンに関してはダメ出しこそされなかったが、最前線であるディートの動きを経験することでさらに連携が取りやすくなる側面もある。


「それは、そうかもしれないけど……じゃあそっちは?」


ならばアウラに何の得があるのか。

アウラの場合はチームの立場的にサブアタッカーという位置づけになる。およそ必要なものはすでに持っているため、この模擬戦で得るものがあるとは考えにくい。


「何もないわよ」


「え?」


呆気ない返答にカミラとスヴェンは不審な眼差しを向ける。


「得なんて何もない」


「じゃあ、どうして……?」


「決まってるじゃない、


答えを聞いても二人の表情は晴れない。


「……あたしは、あたしが一番だと思ってた。そりゃ階級が上の相手より強いとか思ってないけど、少なくとも同年代であたしより強い相手なんていないと思ってた」


二人は黙ってアウラの話に耳を傾ける。


「だけどそうじゃなかった、あたしよりすごいやつが二人もいた。……悔しいじゃない、そんなの目の前で見せられてだらだら適当にしてるなんて耐えられないの」


そこでようやくカミラとスヴェンの疑念が晴れた。


アウラが言っているのは間違いなくエルバートとバルドのことだ。詳しくどこがどう劣っていると思っているのかはアウラにしかわかり得ないが、トレジャーハントを通してアウラの認識は大きく変わったらしい。


「……もういいでしょ、ほら、さっさと構える」


そう言うアウラの頬は微かに赤みが差していた。言う必要のないことを言ってしまうほどにアウラの内面は悔しいという感情で乱されていたのだろう。


二人は返事の代わりに戦闘態勢に入る。


「手加減とか、しないでよね」


「うん……」


「……」


合図は必要ない。

全員の準備が整ったのであればその時に戦いは始まっている。


間もなく、アウラとスヴェンの魔法がぶつかり合う。




△ ▼ △ ▼ △




――音が聞こえた。


少年の耳もその音をキャッチし、音源に吸い寄せられるように歩を進める。

行き着いたのは廊下の窓際。


「……すごいなぁ」


少年がいたのは校舎の二階。すぐそこには図書室のような部屋も見える。どうやら少年は図書室に向かう途中で音に気を取られたらしい。


少年の眼下にはアウラたちが戦っている様子が映っている。


「――レフ、どうした。何かあったのか?」


別の少年が図書室から顔だけ出して声を投げる。


「見てよカイ。すごいよ」


レフはその少年――カイのほうを見ずに手招きで誘う。


「……ん?」


そしてカイもレフに並んで窓から外に目をやる。


「模擬戦か……確かにすごいな、俺なんかよりよっぽど。や、最初の模擬戦でも見てたからあいつがすごいのは今に始まったことじゃないんだけど」


「そっちもすごいけど、こっちの二人も全然負けてない。前後の連携がしっかりしてるし、指示も的確だ」


「いやいや、それを捌いてるあの女のほうがよっぽどすごいって。しかも見ろよ、補助なしであの火力だぜ? 補助付きの魔法を力で圧倒してる」


「それを言うなら力で上回るそれを器用に流してるこっちも負けてない」


カイもレフも、特別どちらに思い入れがあるわけでもなかったが何故か対立して眼下のアウラたちを褒め合っている。


その不思議な違和感に気づいたのか、二人は互いに顔を見合わせ苦笑をこぼす。


「……まあ、別にどっちでもいいんだけどな」


「そうだね。どっちにしたって、チームとして優れてるのはおれたちCチームなんだから」


「違いない」


言って、二人はもう一度笑い合う。


「けど、なんだってこんなところでやってんだろうな。二対一で釣り合ってるっちゃ釣り合ってるけど、あそこまで大袈裟にやるならシミュレーター使ったほうが良くないか?」


「深い理由はないのかもね。それか、魔人種を実際に前にして潜在的にリアルを求めてるのかもしれない」


「要するに、無意識にその時と同じ状況を望んでる、みたいなことか?」


「おれが言いたいのはそういうことじゃないけど、まあそれもあるかもしれない」


それから数分、二人は黙って眼下の戦いを見守る。


「……ん、そういえばルーペは?」


「中で読書中。本好きだからな、あいつ」


「あんまりひとりにしておくのもなんだし、行こうか」


「おう」


そして二人は窓から離れて図書室へ向かう。


「なあ、今度あいつらと俺らで模擬戦してみないか?」


「おれは別にいいけど、ルーペが何て言うか……それにあいつらって、向こうはチームってわけでもないし受けてくれるかわかんないよ」


「力試しがしたいからああやって模擬戦してるんだろ、言えば受けるさ」


「そんなもんかなぁ、ていうかなんで突然?」


「あんなの見せられたらちょっと体が疼くだろ」


カイが目を輝かせながら言う。対してレフは呆れたように溜め息をつくが、その表情は幾分楽しそうにも見えた。


「そう……おれにはわかんないけど」


「お前だって楽しそうに見てたんだからわかるだろ」


「じゃあ、そういうことにしといてもいいよ」


そのまま、二人は図書室の奥へと消えていった。




▲ ▽ ▲ ▽ ▲




「――《炎連弾フル・デューレ》!」


アウラの叫びと同時、頭上に炎の塊が無数に現れカミラとスヴェンに向かって射出される。


「っ、か、カミ――」


「こっちは大丈夫!! 叩き落として足止め! いったん立て直そう!」


広範囲に放たれる炎弾の雨、スヴェンはカミラの身を案じるがそれはいらぬ心配だった。最低限の言葉で的確な指示が返される。


「思い通りにさせるわけ、ないでしょッ!!」


炎弾の処理に気を逸らされたスヴェンに狙いを定め、アウラは組んだ両手を振り上げる。


スヴェンの真上に二メートルほどの巨大な槌を象る炎が現れた。


「っ!?」


そして上げた両手を振り下ろすと、連動するように槌はスヴェンに向かって落ちていく。


「スヴェン! 壁!!」


カミラは自らを守る障壁を張りつつスヴェンに手を伸ばす。

短い単語から意図を汲み取り、スヴェンは即座にバク転の要領で後ろに飛ぶ。それによって炎弾の残りを回避し、上下が逆になったタイミングで地に手を付けた。同時にスヴェンの体が微かに発光する。その光は何がしかの強化、補助が施されたことを意味する。

スヴェンの手が大地から離れると、そのまま手に吸い付くように大地が持ち上がる。あっという間にスヴェンと槌の間には巨大な壁が形成された。


そして槌と壁がぶつかり合う。

強化が施された壁、そのまま槌を防いで弾き返すかと思われたが衝突した瞬間に双方は爆散した。


「ぐぅっ!!」


熱による爆風に砕かれた破片が乗り、それはそのままスヴェンに向かって飛んでいく。


「――やっば!」


誰よりも先にその未来を予知し声を上げたのはアウラ。連続で強力な魔法を放ったことで回路はオーバーヒート寸前だったが、許容ぎりぎりの範囲でスヴェンの目の前に炎のカーテンを出現させる。


迫る破片はカーテンを通ると蒸発して消えた。


「スヴェン!」


横たわるスヴェンにカミラは即座に駆け寄る。

少し遅れてアウラもやって来た。


「まじ焦った……ったく、防ぐなら完璧に防ぎなさいよ!」


原因を作ったのは他でもないアウラだったが、何故か他人事のようにスヴェンとカミラを叱責する。


鈍臭どんくさいわねぇあんた……ほら」


アウラはそう言いながらスヴェンに手を差し伸べる。


「あ、あ、あり、がとう……」


「スヴェン、大丈夫? どこも悪くない?」


見た目でわかるような怪我はしていないようだが、カミラは極度の心配性らしくいつまでもおろおろとしていた。

一通り体の調子を確かめるスヴェン。しかしやはり問題はないようでそこでようやくカミラは胸を撫で下ろす。


「何、やっぱ午前の疲れとか残ってた?」


「わ、私はそうでもなかったけど、スヴェンは忙しなくしてたからそうなのかも……」


自分は元気なつもりでいても体に疲労が蓄積されていることもある。授業の一環ではあったが死を近くに感じるというのは、体にとってとんでもないストレスになっていただろう。


「ご、ごご、ごめん……」


「まあいいわ、それなら続きは明日ってことで」


「「えっ……?」」


カミラとスヴェンの声が被る。


「い、一回で終わりじゃなかったの?」


「はあ? 誰がそんなこと言ったのよ、あたしの気が済むまで続けるに決まってるでしょ」


「あ、あの、聞いてないん――」


「じゃあ今言った、決定。文句ある?」


是非も無し。

こうなってしまったアウラに何を言っても聞く耳を持たないだろう。


「……ない、です」


「じゃ、あたしはさっさと帰ってシャワー浴びたいからあとよろしく」


返事も聞かずにその場を去っていった。


残ったのは抉れた大地と不自然に転がる壁の残骸。


「……まあ、それは魔法で直すからいいんだけど……」


呟き、声を追うように深い溜め息が続いた。

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