13話 総評
ヘインの先導のもと、再び魔窟の入り口にやって来たBクラスの生徒たち。
そこにはすでにイグナーツとリナが待機していた。
「全員揃いましたね。では、早速ですが今回の演習についての評価をここで口頭で言い渡したいと思います」
全員、ヘインはそう言ったがここに揃っている生徒の総数は二七人。三人一組で計一〇組、三〇人で全員のはずだが、おそらく解散前に言った「やる気のある生徒」が二七人で全員ということなのだろう。
「ですが、評価をこうして口頭で伝えるのは特別です。今後は基本的にこういったことはしません」
何故全員の前で評価をわざわざ言い渡すのか。
それはもちろん、意識改革の一端だろう。熱が上がっているうちに積極的に叩けということ。
競争をけしかけるわけではなく、向上心を常に持って臨んでほしいという期待の表れ。
「評価基準は推定生存時間、接敵時の対応、その後のチームメイトとの連携、役割分担が適切であったかどうかなど、大体このあたりですね。推定生存時間以外はイグナーツさんとリナさんの意見が大きいためそこは理解したうえで参考にしてください。ではまず最下位から発表します――」
評価の基準は妥当なところだろう。
それが実際に妥当な評価をされるかはさておき、注視すべき点としてはもっともだ。
ヘインの淡々とした発表の声が流れていく。
先ほどの発破、というよりは説教が効いたのか、結果に一喜一憂することなく全員が静かにその声に耳を傾けている。
「――三位はIチーム、二位はCチーム、そして一位はJチームということになりました」
一位はエルバートたちJチーム。
だがやはりそれを聞いても喜びを見せるようなことはない。
「皆さんそれぞれ、良くも悪くも意見があると思います。なので、これから半分に分かれ、それぞれイグナーツさんとリナさんに個別で話をしていただきます。チームごとに質疑の時間も取っていただくので、疑問があればそこで聞いてください。もちろん、二人に聞きづらければ後で私のところに直接聞きに来ても構いません。……じゃあ、お願いします」
イグナーツとリナに引き継ぐと、ヘインは校舎に繋がる
「おう、んじゃFからJは俺んとこ来い」
「はーい、AからEはこっちだよー」
生徒たちは呼ばれるままにそれぞれの場所に向かっていく。
エルバートたちもイグナーツのもとに集まると、イグナーツは早速口を開く。
「まずはあれだな、お疲れさん。どうだ、とりあえず順位だけ聞いて納得いってねえやつはどんだけいる?」
こちらには一五人、のはずだったが現在揃っているのは一四人。そのうち四人が挙手している。その中にはバルドの姿もあった。
「なるほどな。了解、手下げていいぞ。とりあえず下位から順番に納得するまで説明してやるから待っとけ」
イグナーツはそう言うと、FからJチームのうち最も順位の低かったチームから説明を始める。
評価基準のひとつひとつ、その中でもひとりひとりに細かくフォーカスして話をする。その上で改善点の提示、何故それが実戦できなかったのか、どうすれば実戦できたのかというところまできっちりと言葉にして説明してくれる。
つい数時間前まで殺し合いをしていたはずだが、その面影はすでに一ミリもなく、むしろフレンドリーな雰囲気すら纏っているように見えた。
「――んで、次はIチームな。生存時間は上から二番目、接敵時の対応は文句ねえ、連携も取れてる、役割の棲み分けもこれ以上ねえくらいはっきりしてやがる。けど、お前らは三位だ。なんでかわかるか?」
イグナーツの問いかけにディートが答える。
「……偏ってるから」
「わかってんじゃねえか。そこの良し悪しは俺に決められることじゃねえが、傍目で見てもお前に役割の比重が傾き過ぎてる。ブレインでありメインアタッカー、ここが被んのは避けたほうがいいだろうな。サブがそっちの坊主なら嬢ちゃんが頭やったほうがいい。後衛ってのは一番戦場を見渡せる場所だ、判断、指示、今まで言われたことに従ってきてただろうが、それ以上にいい手ってのは浮かんだりしなかったのか?」
「そ、れは……はい。なんと、なく」
「だろ。それが成功するかしねえかは関係ねえんだよ。考えた作戦にどれだけ要素が詰まってるかが重要だ。一番情報を持ってんのは間違いなく後衛にいる嬢ちゃんだ。別にメインのこいつが悪りぃわけじゃねえ、こいつの視界に映る情報からは大体最善手を選んでたと思うからな。嬢ちゃんの声でもう一歩先に行けるかもしんねえってことだ」
その言葉にカミラの背筋がピンと伸びる。
「……ただ、三位の理由はもうひとつある。一回目の衝突後、誰も逃げようとしなかったって点だ」
「逃げようと……?」
ディートは意味がわからないという風に微かに首をひねる。
「どう考えても勝てねえって思ったら仲間の生存率を上げるのが最優先だ。全滅するより、見捨てて見捨ててひとりでも生き残ったほうが結果としてはいいに決まってる」
「で、でも――」
「わぁーってるよ。お前の言いてえことはわかる。けど、今回はそういうレベルの内容なんだよ。普段の演習ならそのままでいいだろうよ。だが、本当に死ぬかもしれねえって場面じゃ間違いなく悪手だ。この判断ができるかどうかってのは、実は今回一番重視してる」
「っ……」
「一番重視してるが、一番期待してねえとこでもある。お前ら全員まだ若えし、ヘインもそこまで求めてねえよ。けど、それに慣れていかねえと生きていけねえ……お前らが、じゃなく人類が、な」
つまるところ、長い目で見てそういう行動ができるように矯正している最中ということだ。
「お前らは故郷を取り戻すために戦うんだろうが、かつて人類が繁栄した土地ってやつをよ」
大戦以前に人類が拠点を置いていた場所のことだ。
今でこそ瘴気の外側、辺境の地に追いやられているがかつては大陸の中心に陣取っていたのだ。
「そのためには俺みてえな魔人種を何人も相手しなくちゃならねえんだぞ。たったひとり相手に全滅覚悟で突っ込んでなんか得られんのかって話だ。ましてやこっちは同時に五体操作してる。能力は減衰しねえが脳の処理能力だけは格段に下がるってこった。そのハンデ込みでこの結果だってのをよく覚えとけよ」
ディートは言葉を噛みしめ、悔しそうに顔を歪ませる。拳は力強く握り込まれ爪が食い込む。
だが、それはすぐに緩んだ。
「……わかった」
「まあ、なんだ。ヘインのやつがキレてたのはそういうことだろ。俺がこんな事言うのもなんだが、メリハリをしっかりしろって言いてえんだよ。仲良くすんのは悪りぃことじゃねえ、仲間を知るってのは戦いにおいて敵を知ることに次いで重要だからな。締めるとこはきっちり締めろってことよ」
その言葉はそこにいた全員の胸にすとんと落ちた。
最初からそれを理解していたものも少なからずいたが、ヘインの言葉は感情的だった部分もあってか少し言葉が足りていないようにも思えた。
すぐそばで見ていたイグナーツの立場だからこそ出てきた言葉だったのかもしれない。
「と、ちょい脱線したが、なんかまだ気になるとこあるか? 時間ならあっから変な気遣う必要ねえからな」
すると黙っていたスヴェンが遠慮がちに手を挙げる。
「おう、なんだ」
「あ、あ、あの、ぼ、僕、僕は……?」
「おん……?」
スヴェンの言葉がうまく聞き取れずに首をかしげるイグナーツ。見兼ねたディートが割って入った。
「多分、自分だけ話題に上がってないから何か意見が欲しいんだ」
「あー。いや、お前はよくやってたと思うけどな。サブアタッカーってのは意外と忙しいもんだ、あっち見たりこっち見たり、前と後ろのバランス取りながら立ち回る器用さってのが必須。地味だが軸を支えてんのは間違いなくお前だろ。特に改善点もねえよ、強いて言えば自信を持てってとこか」
「お、あ、おぉ……」
今まで聞いたことないほどのべた褒めに、スヴェンは恥ずかしそうにぺこぺこと何度も頭を下げる。
それ以上Iチームからは特に意見も出ず、次に進む。
「んじゃ、最後だな。Jチーム、生存時間は一位、接敵時の対応はまあ良し、連携はまだまだ、役割分担は薄っすらってとこか。正直な、お前らを一位にしたのは期待値ってとこが一番でけえ」
「期待値……」
バルドが小さな声で復唱する。
「ぶっちゃけ過程省いて結果だけ見たらIチームのほうが上だ。演習の評価としちゃな。それでもお前らを一位にしたのは、個々の力がどこよりも突出してるってとこだ。個の力がでかけりゃハマった時の期待値は当然上がる、だからそれを見越してってことよ」
連携の上手さとは掛け算だ。
当然のことだが、足し算よりも掛け算のほうが最終的な数字は大きくなる。しかし、エルバートたちはそもそもそれぞれが持っている数字自体が大きかったために、足し算で他のチームの掛け算に並んでいたということだ。
もしもそれが掛け算に変われば文字通り桁外れの結果をもたらすだろう。
「ヘインから聞いたが、お前らだけ余りもんで組まされたんだろ? 連携やら分担やら、他に比べたら多少ハードル高えのかもしんねえけど、最低限の役割は決めとくべきだ。……つってもまあ、頭はちんちくりんで決まってんだろうしアタッカーの分担だな」
バルドとアウラが顔を見合わせる。
「……」
「……きっしょ」
「ってめえこの野郎!!」
「おうおう、静かにしろ。お前男なんだからちっとくれえ大目に見ろよ、器がでかくねえとモテねえぞ」
「……!!」
この世のものとは思えない形相でイグナーツを睨むバルド。
非常に不細工だ。
「二人とも火力は申し分なし。メインアタッカーとしての素質しかねえ。だが、メインは二人もいらねえ。片方がどっかで引かなきゃならねえ場面ってのが必ずある。俺が追い詰めた時にもあったろ」
「……お前が引け」
「……あんたが引きなさいよ」
二人の声が重なる。
「お前ら仲良しかよ」
「仲良くねえよ!」
「仲良くないし!」
またしても声は重なった。
「だがまあ、サブは嬢ちゃんだろうな」
「はあ!? なんでよ!!」
「喚くなよ、うるせえな……。さっきのIチームん時にも言ったが、サブはそれなりに要領が良くなきゃできねえ。こいつにそんな器用さあると思うか? ねえだろ」
「……まあ、それは確かに」
「おい」
簡単に流されるアウラにバルドが思わずツッコミを入れる。
「それだけでも理由としちゃ十分なんだが、それに加え、嬢ちゃんはこれで相当クレバーだ。正直最初に接敵した時、俺は割と本気で嬢ちゃんを潰すつもりだった。が、蜃気楼と音のかく乱を器用に使って仲間との合流を果たしてみせた。さらには最終局面じゃ鏡の暗示と来た、完全に俺の慢心を突いた計算の上での手。思い切った作戦も迷わず実行できるだけの度胸もある。度胸に関しちゃ坊主もどっこいだが、男ってやつは肝心なところで日和るもんだ。嬢ちゃんの度胸は前衛を引っ張り、後衛を安心させる。お前らのチームの要は間違いなくちんちくりんだが、嬢ちゃんがいねえとチームとしての形は保てねえのよ」
「……ほぁ」
正面から褒め殺しにされたアウラは吐息を漏らしながら頬を染める。
「だからって坊主、お前がだめってわけじゃねえぞ」
「お、おう……」
「嬢ちゃんは器用、お前は脳筋馬鹿だ。ひとつのことしかできねえ、目の前の敵をぶん殴ることしか能がねえ」
「ぷっ……!」
「おい! 扱いに差ありすぎだろうが!!」
あまりにひどい言われようにバルドは声を荒げるが、イグナーツがそれを手でなだめる。
「まあ落ち着けって、それのどこが悪りぃっつったよ。つまり、余計なこと考える必要ねえってことよ。難しいことは全部仲間に任せろ、お前は安心して全力で敵にぶつかるだけでいい。それも才能だろうが」
「む……おぉ」
「頭ん中は何も考えなくていい。考えなきゃいけねえことは無意識が勝手に考える。中にはそれができねえやつもいるが、お前はそれができてる。その証拠に、追い詰められた時に一番最初に出てきたのはお前だっただろうが。ここで誰かが食い止めなくちゃいけねえって気づいたんだ。野性の本能って言えばわかりやすいか、そこは間違いなくお前が一番優れてる。それに、でけえ背中ってのはそれだけで安心感が違え。お前が先頭で堂々と立ってるだけで仲間は気負わず戦えるんだよ。チームの精神的な柱はお前だ」
「……ほぁ」
アウラと同じく、バルドも吐息とともに頬を染める。
「んでちんちくりん。お前はあれだな、多分このチームで一番苦労する。暴れ馬二頭の手綱を同時に引かなきゃならねえ。馬力は他のやつらと比較にならねえし、その苦労をわかってくれるやつも身近にいねえ。今のチームの形見ても苦労してんだなってわかる」
「うん、めちゃくちゃ大変だ」
「今回の演習、お前は一〇〇点とは言えねえが司令塔としての役目はしっかり全うしてたと思うぜ。即座に撤退する判断、そこに至るまでのスピード、仲間に任せる決断。自分を含めた三つの命背負ってよくやったほうだ。あとはあれだな、最後の転移魔法、準備の早さは文句なしだ。リスクに対するケア、欲を言えばもう少し短縮できるといいが、それは求め過ぎだな」
「それでも、僕は迷ったよ。本当に見捨てていいのか。転移魔法だって僕は助けに行くつもりで準備してただけだ」
「迷っていいだろ。むしろお前らみてえな戦場に立ったこともねえガキが機械みてえに即切り捨てる判断してたら怖えよ。それに、助ける助けねえはどっちでもいい。障害を突破しなきゃならねえって意識を評価してんだよ。放っといても敵はいなくならねえし、脱出もできねえなら、時間を稼いでぶっ倒す手段を考える、これが最善だろ。ましてやその時間はすでに仲間が命縣けで稼いでくれたとなりゃあ一択だ」
前提として打倒不可能な脅威からは逃げることが第一。それは変わらない。
だが、逃げることができないなら誰かがその時間を捻出する必要がある。時間をかけても逃げられないなら、立ち向かうしかない。
重要なのはこの優先順位を崩さずに判断し、実行に移せるか。
最初から立ち向かう判断をしてしまったIチームとでは結果こそ同じだが内容が違う。
「……そっか」
思うところがあったエルバートだったが、それを聞いて一応納得したようだ。
「あー、で、お前ら個人で見ればそれぞれいいとこしかねえくらいだが、チームとなると正直三〇点てとこだな」
「ひっく! まじかよ!!」
「当たり前だ。大体なんで嬢ちゃんはしょっぱなから単独行動してんだ。ほんでお前、ちんちくりん、なんでお前から嬢ちゃんを追うって判断ができねえ。で、お前、筋肉馬鹿、お前は敵を前にしてぼけっとすんな、ちんちくりんの指示聞こえてねえのか」
「「「……すんません」」」
「俺に謝ってどうすんだよ」
イグナーツがそう言って顎でしゃくると、三人は互いに向かい合う。
「ごめん、確かに探索の効率ばっかり考えて安全性を疎かにしてた」
「わ、悪りぃ、俺もちょい危機感足りてなかったかもしんねえ」
「……あ、たしも、その、気が緩んでた、っていうか……わ、悪かったわね」
その様子を見ていたイグナーツは大きく一度頷く。
「お前らの気持ちもわかる。授業だ、演習だ、訓練だ、だから大丈夫……そりゃそうだ。練習で死の危険なんざあるわけねえ。けどわかるだろ、練習でできねえことが本番でできるわけねえんだよ」
バルドとアウラはその言葉にぴくりと肩を震わせる。
それは模擬戦の観戦中に二人が言っていたことと全く同じだ。
何事においてもそれはそうなのだ。事柄が入れ替わっただけで成立しなくなる文言ではない。
「全員に言ってんだぞ、わかったな?」
イグナーツの確認に、そこにいた一四人は大きな声で返事をした。
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