12話 勘違い

「まずは、騙してしまってすみません。気づいていた方もいるかと思いますが、今回の目的はトレジャーハントなどではなく、自分たちよりも遥かに強い相手を前にどのように立ち回るか、という実戦形式の演習です」


大多数の生徒は青年と少女がここに現れたタイミングでそれに気づいていただろうが、それでも数人が驚いたような反応を見せる。


「こちらのリナさんにはAチームからEチームを、こちらのイグナーツさんにはFチームからJチームを担当してもらいました」


ヘインが二人の魔人種を手で示しながら紹介する。

少女のほうのリナは可愛らしい笑顔とともに手を振り、青年のほうのイグナーツは腕を組んで目を伏せた。


「一応、外に送られる際に全員回復してもらったと思いますが、不調のある方はいますか?」


不調、と言っていいのかはわからないが、バルドはいまだに横になったまま起き上がらない。

他には特に問題のある生徒はいないようだ。


「過労、に近いのかな。多分そのうち目を覚ますはずだよ」


その様子を見てか、リナがエルバートたちに向けてそう言った。


「ごめんね、お兄ちゃんがはしゃぎ過ぎたみたい」


「誰がだよ……『可愛い子いるかなー』とか言ってたお前に言われたくねえ」


「えへ、たくさんいたね」


「……知るかよ」


どうやらリナとイグナーツは兄妹関係にあるらしい。

しかしひとまずはバルドも命に別状はないようだ、十分な休息をとればすぐに目を覚ますだろう。


「では、ひとまずは全員無事ということで話を進めます。相対してわかったと思いますが、お二人は魔人種です。初めに学園長によって封印されていると言ったのは嘘で、実際には学園長の友人……」


確認するようにヘインが二人の顔色を窺うと、二人は揃って肯定する。


「と、いうことになります。なので、魔人種と言ってもこちらに危害を加えることはありません」


「あいつとは契約があるからな、逆を言うなら契約をどうにかしねえと俺らが人間を殺すのは不可能ってことになる。今回のはその契約の隙をついた都合のいい訓練ってとこだ」


仮にヒートアップして死に至る攻撃を繰り出そうとしても、契約による強制力がストッパーの役割を果たすということ。


「そのあたりの詳しい説明はできませんが、つまりはそういうことです」


純粋な訓練、演習として捉えればこれほど効率的なこともないだろう。何せこちらは現実に緊急事態が起きていると考えて行動するわけだ、心のどこかで「授業だから大丈夫」と思う余裕すらない。

短期間で能力を伸ばすという点に関しては実戦に勝るものはない。


――だが、そう思うのは少数派だった。


「あの、先生……なんでこんなことをしたんですか……? 本当に死ぬかと思ったんですよ」


「そ、そうですよ! というか、勝てない相手と戦う練習なんて意味が分からないです!」


二つの声を皮切りに、方々から否定的な声が多数あがる。

声に出していない生徒の中にも、内心ではそう思っているものもいるだろう。


ヘインは目を伏せながらその声を聞き、静寂が戻るのを黙って待つ。そして沈黙が帰ってくると同時に口を開いた。


「本当は、今日の演習は早くても半年後とかに行なう予定だったんです。なぜなら、あまりに早く行なってもリターンが少ないからです。当たり前ですよね、君たちはまだ戦うという行為自体に慣れてなさすぎる、それなのに突然格上を相手にしても得るものがない」


要するに、優先するべきは基礎の基礎ということ。


「……


ヘインの口調が変化し、声が一オクターブ下がる。


「どうしてが今回これを行なうことにしたのか、答えは単純。君たちの意識が低すぎたからだ。だからこの演習を通して自分たちで気付いてほしかった、このままではだめだ、気を引き締めなければならない……と」


その言葉に数人の生徒たちが無意識に居住まいを正すが、すでにそれは遅い。その行為には何の意味もない。


「……教室の後ろにチームの順位表がありますね。チーム単位で評価を割り振って、最終的に順位付けしたものです。ただ、そのチームとしての評価を算出するには個人の評価も当然必要になりますよね。わかりますか? 公開していませんが、個人順位というものも僕のほうでつけているということです」


口調は元に戻ったが、一人称は変わったまま。

意識して感情を抑えようとしたが、それでは完全に制御しきれなかったのだろう。


「面白いですよね。今回の演習に納得していない人は個人順位の下位を占めてる人たちばかりです」


最初に声を上げた二人が息を呑む。


「もう一度言いますよ。勘違いしないでください。僕は、今までの行ないを正しく鑑みてチームに順位付けをしています。別に個人の評価を足して割ったものがチーム評価になるわけではありません。その証拠に、先ほど声を上げたEチームのハンスくんは、チームとしては二位ですが個人順位は二八位です」


「なっ!?」


名指しで晒し上げられたハンスは驚愕の表情で硬直した。


「チーム評価はそのまま、チームとしての評価です。なので逆に、チームの順位が低くて個人順位が高い人もいます」


どよめきがあちこちから聞こえてくる。


「……もう一度、皆さんでよく考えてください。遊びに来ている人は即刻荷物をまとめて出ていって結構です。申し出てくれれば返金もしますし、うちと繋がりのある一般校に紹介状を書いてもいいです。中途半端な気持ちで来ている人の命まで、背負いたくないですから」


そこまで言うと再び沈黙が場を支配する。


居心地の悪さからか、イグナーツの咳払いが沈黙を破る。


「では、たちは今回の評価について話し合いますので、午後まで自由にしていてください。昼食後にもう一度こちらに来てお二人に話を伺うので、やる気のある生徒は教室で待っていてください」


ヘインの調子はいつも通りに戻ったようだったが、多少棘のある言葉が残る。

その後集めた宝石はヘインによって回収され解散となった。




△ ▼ △ ▼ △




解散を告げられたタイミングとほぼ同時、バルドは無事に目を覚ました。


特に問題もなかったようで、先ほどヘインがしていた話を含め、バルドが寝ていた間に起きた出来事を説明しつつ食堂に向かう。


「――ってさ。先生も結構怒ってたよね」


廊下を歩いているのはエルバートとバルド、そしてアウラ。


「……あたしに聞かれても知らないし」


「なるほどな。にしてもそうか、ただの演習……てことは、あいつらも手抜いてたってことだよな」


「それは間違いなくそうだろうね、契約がうんたらって言ってたし。でも、檻の強度はそのままだと思うよ」


「なんだよそれ、慰めのつもりか?」


バルドが苦笑しながら問うがエルバートは首を横に振る。


「多分だけど契約っていうので制限がかかるのは攻撃についてだけだよ、それにマナの檻は魔人種の特性上意思に関わらず出現するものだ。強化することはできても弱化することはできないと思う」


「そう、なのか」


「……ていうか、アレで壊せなかったら逆に何なら壊せんのよ」


思いがけないアウラからの励ましとも取れる言葉にバルドは目を丸くする。


「お前……」


「ゴリラって人間の一〇倍以上の腕力あるらしいし」


「お前まじぶっ飛ばすぞ!!!!」


「まあまあ、落ち着きなよゴリラ」


「お前はまじでいい加減に俺の名前を覚えろ!!」


騒がしい会話を交わしながら三人は食堂に入る。


そのまま三人で卓を囲むことになるかと思われたが、やはりアウラはそのまま離れどこかへ行ってしまった。

無理に呼び止めるのもどうか、ということで結局注文を済ませて二人で席に腰を下ろす。


「なんつか、いろいろぱっとしねえな」


座るや否やバルドがそう切り出す。


「意識改革っつってもプラスとマイナスが釣り合ってんのかもよくわかんねえし」


「釣り合わせる必要はないって思ってるのかも。序盤のマイナスって何にしても割とすぐに取り返せるものだし。先生も言ってたけどやる気、っていうか見据える先を決めてないと意味がないってだけだよ」


「あー、まあそりゃそうだわな。俺らは最初からそのつもりで来てるからとばっちり食らっただけな気ぃすっけど」


そして二人はトレイを前に手を合わせ、食事に手を付ける。


「……そうでもないんじゃないかな、僕らにとっても割とプラスに働いたと思うよ」


少し間を開けてエルバートが言った。


「あん? なんでだよ」


「結局アウラも、ああやって危機が迫れば力を貸してくれることが分かった」


「そりゃ死ぬかもしれねえってなったらそうするだろ」


「それはわかんないじゃない。どういう人間かっていうのは見た目で大体わかっても、実際にどう考えてるかは知らなきゃわかんない。実は何か秘策を隠していて、僕らを囮にひとりだけ助かろうとしてたかもしれない」


その言葉にバルドはわずかに侮蔑を含んだ視線を投げてくる。


「お前、性格悪りぃって言われねえ?」


「一回も言われたことないね。そういうこと思ってても口に出したのは多分初めてだから」


「……そうかよ」


「それに、ナムルのことも少しわかった」


「……それは俺のこと言ってんのか? 食い物じゃねえかよ、もはや人名ですらねえし。……俺のことってなんだよ」


食事の手を止めることなく答える。


「先生から魔窟って単語が出てから様子がおかしかった。もっと言えば人類の敵って言葉を聞いてから。それにイグナーツを目の当たりにした時も。……つまり、僕ら人類の敵っていうのを抜きにして、魔人種かそれに類する何かに因縁がある」


「……」


「別に話したくないなら話さなくてもいい。ただ、話してもいいって思ってくれてるなら、話してくれると嬉しい」


バルドは手を止め、少しだけ考える。いつの間にか下がっていた視線は、エルバートの顔を捉えることはないが微かに上がった。


「……別に大した話じゃねえし、面白え話でもねえよ」


「そんなの期待してたらもっと暇な時に振るよ」


「はっ、そりゃ違いねえ」


そこでようやくバルドの視線がエルバートを捉える。


「……妹がいたんだよ。いや、今もいるんだけどな」


「うん」


バルドはゆっくりと語り始める。

それがどれほどの記憶なのか他人に推し量ることはできない。そこにどれだけの感情が、感覚が、背景があるのか、全てを語りきるだけの時間も精神もない。


だからきっと、いつかもっと手の届く場所までたどり着くことができたなら、懐かしさだけを胸に語れる時が来るのであれば、その時はそれがバルドの口から聞けるのかもしれない。




▽ ▼ ▽ ▼ ▽




昼食を済ませた二人は、適当に時間をつぶして教室に戻ってくる。すでに教室には生徒が集まり始めている。


まだ来ていないアウラの空席に目をやりつつ定位置に腰を下ろすと、前に座っていたディートが振り返る。


「よう、お前たちアウラがどこに行ったか知ってるか?」


「知らないけど、どうして?」


問い返すと、ディートは何か少し考えるような素振りを返す。


「いや、特に深い意味はないんだが、食堂でアウラがカミラに声をかけていてな。何を話していたのか聞いても答えないし、その上昼食を食べ終わった途端に一緒にさっさと出て行っちまったんだ。だから、お前たちなら何か知ってるんじゃないかと思って」


普段カミラが座っている席はディートの言葉通り今もなお空席。


エルバートとバルドは顔を見合わせ、それからディートに向き直ると同時に首を横に振った。


「そうか……」


呟くディートの表情はどこか不安を抱えているように見える。

だが思い返せば不安なのは当然のことだ。模擬戦という場ではあったが、少なからず因縁のある相手。その人物と一対一で会っているとなると良からぬ想像をしてしまうのは仕方のないこと。


「無責任なこと言うつもりはないけど、心配いらないんじゃないかな」


「ん、根拠は?」


「根拠なんてないよ。ただ、アウラはみんなが思ってるほど悪いやつじゃないってだけ、多分ね」


「ああ、多分な。知らねえけど」


エルバートの言葉にバルドも同調するように続ける。


「……なんだ、あの時とはずいぶんな変わりようだな。さっきのトレハンでそこまで心変わりするようなことがあったのか?」


「別にそういうんじゃねえよ。今でも模擬戦でのことはあいつが悪りぃと思ってる。ただ、まあ……いろいろあんだろ」


少しからかうだけのつもりだったディートだが、何とも言えない歯切れの悪い返答に目を丸くする。


「……こ、これ、こ、ここ、恋?」


「は……?」


冗談交じりに告げるスヴェンに、ディートは指を鳴らしてそのままスヴェンの顔を指す。


「なるほど、それか」


「それなわけあるか!!」


「なんだ、違うのか」


「誰があんな口汚ぇやつ……俺はもっと清楚でおっとりした子が好きなんだよ」


すると今度は手のひらを拳でぽん、と叩くディート。


「ああ、カミラのほうか」


「ちっげえよッ!!!!」


バルドの怒号に腹を抱えて笑うディートとスヴェン。


それからヘインが教室にやってくるまでの数分、ディートとスヴェンによるバルドいじりが収まることはなかった。

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