7話 勝者は……

ディートが放った極太の白い光線が二人に落下する。


「きゃああっ!!」


衝撃、爆風でカミラの体が宙を舞った。そのまま一本の木に衝突してようやく体は地に落ちる。


「痛ぁ……っ、ディート……!?」


痛みに自らの体を抱くようにしていたカミラだったが、不意に我に返り光線が落下した地点をすぐさま確認する。だがそこに残っているのは抉られた大地だけ。


「……そんな」


どこかに希望を見出したかったのか、周囲を見回すがそれでもやはり何もない。ディートとバルドはおろか、黒狼の姿もそこにはなかった。おそらく先ほどの爆風で消滅に至るダメージを負ったのだろう。


「……」


まだ戦いは終了していない。この場には二人の生き残りがいる。


カミラは立ち上がって自らの頬をひとつ叩く。

覚悟を決め、バルドがやって来た方向、エルバートのもとへその足を進めていった。




目的の人物はすぐに見つかる。


「……ああ、そっか」


エルバートはカミラを認めるとそうこぼした。

大規模魔法の影響で索敵すらまともにできない状態だったのだろう、目で見て初めてカミラが生き残っていたことを知った風だった。


「……」


「……」


二人は無言で数秒見つめ合う。


そして、同時にその口を開いた。


「……私たちの、負けです」


「……僕たちの負けだ」


声が揃い、続いて驚いたように目を丸くするところまできれいに揃った。

全く同時の敗北宣言。少し間を置いて視界に“DRAW”の文字が浮かぶと、シミュレーターが終了した。




コンソールのある部屋に戻ってくる。


「っ、お……? あ?」


間の抜けたバルドの声がすぐに耳に届いた。一体全体何が起こったのか理解していない様子。


「なるほど、その様子だと模擬戦が終わるまではこっちに戻ってくることもできなかったのかな」


「……終わるまで、って、は? えっ、終わったのか!?」


「終わったよ。引き分け」


エルバートがそう告げると、カミラ以外の全員がそれぞれの反応を示す。


「引き分け……いや、お前たちの勝ちだ」


しかしディートはそれを受け入れず、二人に向かってそう言う。


「勝ち負けは別にどっちでもいいよ。模擬戦って勝敗より内容が大事だし」


「それはお前たちにとっては、だろ。俺たちにとっては勝敗が大事だったんだ」


ディートは疲労を軽減させるように壁にもたれてそのまま続ける。


「昨日、俺たちはお前たちに負けた。何もできないまま、一方的にな」


両チームの間で触れにくいであろう話の中心から切り出す。


「普通模擬戦の様子を見てたらそれが禁じ手だってことくらいわかる。何しろメリットが何もないんだからな。それでお前たちが損する分には構わないが、当然俺たちもほとんど同じだけの被害を被った。別に火傷に関してはどうでもいい、すぐに治してもらったからな。言ってしまえばデメリットを被らされたことに関しても別にどうでもいいんだ、そんなのはこれから先いくらでもひっくり返せばいいだけの話だからな」


ディートはひとつずつ丁寧に話を進めていく。


「俺が気にしているのは、実際のところ本当にあの場で勝ってたのはどっちなのか、総合的に見た時優れているのはどっちなのか、だ。あのアウラってやつが強いのはわかった。補助なしの独力であれだけの火力を出したんだ。それは理解してる。じゃあJチームはアウラのワンマンチームで他は大したことない、平均値を取れば俺たちのほうが上じゃないのか……? けどそれは違った。俺たち三人はお前たち二人とほぼ同等、そこにアウラが加わったら俺たちに勝ち目はない」


そこまで言うと壁から背を離し、エルバートの目を正面から見る。


「だから、今回の勝負はお前たちの勝ちだ」


「なんか釈然としないけど……」


「知らねえけど、あっちが言ってんだから素直に受け取っていいんじゃねえのか? まあ俺は勝ったなんて思っちゃいねえが」


バルドは自分なりに落としどころの見当をつけたのだろう。だがそれは明確に結論が出たわけではない。要するに分けて考えるべきだ、という結論。


「俺らは勝ったと思ってねえ、お前らも勝ったと思ってねえ。別にそれでいいだろ」


「ふっ、まあ、確かにそうだな。次は負けない」


ディートはそう言って笑みを浮かべると、不意に何かに気づいたように微かに肩を震わせた。そしてすぐに耳元に手を当てる。


「……はい。わかりました、すぐに向かいます」


それはこの場にいる誰に向けられた言葉でもない。つまり念話。


「悪い、俺たちの番が回って来たらしい」


「ああ、面談とか言ってたやつか。もう完全に忘れてたわ」


バルドの言葉に頷くと、ディートたちは部屋の扉まで歩いていく。


「じゃあな、二人ともせいぜい腕を磨いておけ。俺たちももっと強くなる」


「はっ、こっちのセリフだ。さっさと行け」


そして三人が部屋を去り、エルバートとバルドだけがここに残ることになった。

二人の間に会話はなく、しばらくの間は体を休めるようにその場でじっとしていた。


と、不意にバルドがその口を開く。


「体、大丈夫か?」


「まだ回路は若干ひりついているけどそれ以外は問題ないよ」


「そうか」


また静寂が戻ってくる。

何が原因なのか、何とも言えない微妙な雰囲気がそこに流れている。


続く静寂は先ほどよりも早く壊された。


「なんか、言うことねえのかよ」


「ん、なんかって?」


「負けたらキレるっつっただろうが」


確か合流を果たした際にエルバートがそんな言葉を口にしていた。


「僕がキレるところ想像できる?」


「……いや、できねえけど。けどあんだけの啖呵切ってあっさり負けてんだ。小言のひとつや二つは覚悟してる」


「本気を出さなかったなら怒るけど、そうじゃないなら怒るどころか文句を言うつもりもないよ。それでも勝てなかったってことは単純に向こうが強かったってだけの話だからね」


「まあ、やれることはやったって感じか……いや、思い返すともっとこうしたほうがいいとかはあった気ぃすっけど。そもそも最初にあの女ぶっ倒してたら勝ちだったんだよなぁ。馬鹿でけえ魔法もあの女の補助があってできたんだろうし……もったいねえ……」


「それを言うなら僕がもっと万全を期していれば勝ってた。他チームの様子を見てどこかで見下してたんだ、こっちの予想を上回ってくるはずないって決めつけてた。……正直、あれは向こうの作戦勝ちだ。あの時の再現、アウラがやったことを僕たちにそのまま返そうとしたんだ。最初に最大火力をぶつけるっていう作戦。少し考えればその可能性には気づけたはずだ、気づけたなら何があってもいいように準備することもできた。……マルオは僕の指示に従ってくれた、それで勝てなかったなら僕のせいだよ」


「……そろそろ本当に俺の名前覚えてくれねえ?」


そう言われてもエルバートは意味が分からないようで首をかしげるだけだった。その様子にバルドは苦笑を浮かべる。


「まあ、なんだ。あいつらも俺らと同じで本気ってこったな。ピクニック気分で来てるやつとは違え」


「そうだね。チーム単位じゃなくても他にもそういう人はいるだろうし、ちょっと気を引き締めないといけない」


「まずは最下位脱出か。つかあの女のこともあんじゃねえか……割と忙しいな」


「アウラのことはとりあえず放置でいいよ。考えて進展するわけでもない」


「そりゃそうだが、何つか、思うように行かねえな」


最下位ということはヘインからの評価が一番低いということを意味する。それはつまり、見込み無しと判断される可能性が一番高いということだ。もしそう判断されたら問答無用で退学処分、これまでの努力が全て水泡に帰すことになる。


仮にJチーム以外の全員が遊び半分でやっているような中途半端な生徒であれば評価を取り戻しながらアウラを待つというのもそれなりに簡単にできただろうが、実際にはそうではなくIチームの三人を含め他にも数名は本気で臨んでいる生徒がいる。その生徒たちを躱しながら二人で評価を上げていくというのは骨が折れるだろう。


「なるようにしかならないよ」


「先公に相談するってのは無しか? これから面談だろ、アウラのやつもいねえしありじゃねえか?」


「……無しではないだろうけど、リターンが少ない。それって要はこういう人間とは付き合えませんって自分の弱点をさらしてるのと一緒だ。それよりも結果としてこんな問題児とも仲良くやれてますって言えたほうがいいのは明白。先生がそこをどう受け取るかでだいぶ結果が変わってくる」


「あー……なるほどな。とりあえずこのままなんとかやってくほうがいいか」


「少なくとも僕はそうだと思うよ。実際、この先いろんな人間と関わるわけだし誰とでも良好な関係を築けるっていうのはいい材料じゃないかな」


いつの間にか何とも言えない雰囲気は鳴りを潜め、今度は穏やかな静寂が流れている。


「……つか、一個だけ聞いてもいいか?」


「うん?」


不意に投げられた問いにエルバートがバルドの顔を見る。


「お前、俺の名前は覚えられねえくせになんでアウラの名前はすぐ覚えられたんだ?」


しかしすぐにその目を逸らした。


「……お腹空かない?」


「空かない。答えろ」


「ポテト食べたいよね」


「お前やっぱわざとやってやがったな!!」


それから数分間、バルドの悲痛な叫びが鳴りやむことはなかった。




▽ ▼ ▽ ▼ ▽




ヘインが待つ部屋にノックの音が飛び込んでくる。


「はい、どうぞ」


声をかけるとドアが開かれ、中にエルバートとバルドが入ってきた。


「ではそこにかけてください。今日はアウラさんは休み……ですね」


促されるまま椅子に腰を下ろす二人。何となく緊張感のある空気が流れる。


「まずは、そうですね。昨日の模擬戦を踏まえ、チームに順位付けして掲示しましたが、それに対して何か意見や質問はありますか?」


要するに結果に納得しているかどうか、ということ。


「何も。内容に見合った順位だと思います」


「……」


エルバートが答え、バルドは微妙に納得していなさそうな表情をしている。ここに来る前に受け答えはエルバートが主動で行うと決めてきたのか、特に発言しようという意思も感じられない。


「……なるほど、そうですか」


ヘインの相槌までに妙な間があった。


「では、模擬戦うんぬんを抜きにして私に直接言いたいことなどはありますか?」


「……そう、ですね」


問われたエルバートはたっぷり数秒考える。言いたいことというざっくりとした問い、ぱっと出てこなければ何もないと答えるのが通常。


「……できれば、もう少し待ってほしいです」


「考える時間が欲しいということですか?」


「いや、僕が言いたいことは『もう少し待ってほしい』ということだけです。何を言ってるのかわからなくてもいいです」


「……ふむ、わかりました」


その後は特に変わったやり取りもなく、間もなく面談は終了した。




全てのチームの面談が終わった後、昼を挟んで再び教室に全員が集合していた。


「今日は少し早いですがこれで解散になります。明日は多少ハードなスケジュールを予定してますので、早めに休んで明日に備えてください。概要については当日知らせます。ではお疲れ様でした」


解散を告げられた生徒たちは次々と教室を去っていく。


「ハードなスケジュールだってよ、何すんだろうな」


「さあ? 模擬戦に次ぐ二回目のアピールタイムっていうのは間違いないだろうけど」


「つか、さっきのあれは何だったんだよ」


去っていく生徒たちを眺めながらバルドが問う。


「あれって?」


「面談、もう少し待ってくれとかなんとか。アウラのやつのこと言ってんだろうなとは思ったけどそれについては言わねえって結論出しただろ」


「ああ、先生が何も知らないなら言わなくていいと思ったんだけど、先生も気づいてるみたいだったから」


「気づいてる、ってのは要は模擬戦が俺らの総意じゃなくてアウラの独断だったってことか?」


「うん。僕が答えた後に微妙な間があったでしょ、多分僕らから泣きついてくるかどうか見てたんだ。『見捨てるか?』って暗に聞かれたから『もう少し待って』って答えた」


「ほーん……よくわかんねえ」


こぼしながら机に突っ伏すような格好をするバルド。


「じゃ、僕はちょっとやりたいことがあるから」


そんなバルドに対しエルバートはさっさと席を立つ。


「あ? 何すんだよ、俺も行く」


「別に大したことじゃないしひとりでいいよ」


「釣れねえこと言うなよ、チームメイトだろ」


顔を上げ、立ち上がりかけたところでエルバートが振り返る。


「うるさくて集中できないからひとりがいいな」


「ストレート過ぎだろ!」


「前にも同じこと言われたからやんわり断ったのに食い下がってくるから」


「んだよ、ったく。まあいい、俺もちょい疲れたしな。先公の言う通り明日に備えて適当にだらだらしてやるか」


二人はともに教室を後にし、そこで解散となった。バルドはまっすぐ寮に、エルバートは寮とは反対の中庭のほうへ歩いていく。




中庭の中央にやって来るや否や、その場で何かに集中するように目を閉じる。

エルバートの体からマナが微かに漏れる。


「……ん、食堂かな」


それはどうやら特定の何かをサーチする魔法のようだ。エルバートの探している何かは現在食堂にあるらしい。


「昼、食べたばっかりなんだけどなあ……仕方ない」


食堂に行ったら何かを食べなくてはならないという決まりがあるわけではないが、自らの腹具合と相談した結果食堂に向かうことにする。




そして早速食堂にやってくる。


「……いた」


エルバートの視線の先には遅めの昼食をとっているアウラの姿があった。

見られているというストレスを察知したのか、不意にアウラがこちらに顔を向ける。


「……げ」


その顔にはあからさまな嫌悪感が滲み出ていた。

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