8話 魔窟探索
「ここ、いい?」
適当な軽食を注文し、トレイを持ってアウラの対面に腰を下ろす。
「……いいって言ってないし、いいわけないんだけど」
「まあまあ。チームメイト同士でわざわざ離れて座るのも気持ち悪いし」
「なんであんたまでゴリラみたいなこと言ってんの……」
嘆息しつつもアウラから離れようともしない。だがおそらく自身の食事が終わればすぐにでもここを去ってしまうだろう。
「体調悪かったの?」
「あんたに関係ないでしょ」
「考えごと?」
「……」
同じことを二度言うつもりはないと言わんばかり、無視して食事に手を付ける。
「……模擬戦の結果、後ろの順位表入れ替わってたよ」
「あっそ」
「うん」
反応してくれるだけましと言えるだろうか。エルバート自身もそれに対する返答が聞きたいというよりそれを伝えることを重視している様子。
「で、今日はIチームともう一回模擬戦した。向こうから申し込まれたから」
「リベンジってやつ? くだらな」
「リベンジってよりは確認って言ったほうがいいかも」
「……?」
詳細を知らないアウラは少し首をかしげたがわざわざ口に出して問うことはしない。
「……まあ、別になんだっていいけど」
それから少しの間二人とも食事に集中する。
そしてエルバートが不意に切り出す。
「昨日、中庭で何してたの?」
「……あんたに関係ないでしょ。ていうかなんで知ってんの?」
「なんで知ってるのって言うくらいなら証拠は完全に消さないとだめだよ。あの時は僕も違和感しか覚えなかったけど、今日通ったらアウラのマナがまだこびりついてた」
「あたしのマナって……波長の識別……?」
「そう、マナの波長。生まれつきそういう感覚が鋭くて、模擬戦の時にアウラの波長は知ってたから」
二人の会話から察するに、魔法を使用する際に体内から放出するマナには波長があり、それを識別することで個人の特定が可能なようだ。要するに指紋や声帯と同じようなものだろう。
アウラは嫌悪感を隠すことなく表に出す。
「っ……関係ない」
「わかった。ところで、ちょっと相談があるんだけど」
「はあ? あんた、頭おかしいんじゃないの?」
「深刻な問題だ」
言いようのないプレッシャーがエルバートから発される。その表情は真剣そのもの。
「……何よ」
アウラも気圧されたのか、エルバートに先を促す。
すると、エルバートはひとつ頷いて手元のトレイをアウラに向けて少し押し出した。
「これ以上は食べられそうにない。手伝ってほしい」
「……」
なおも真剣な眼差しのエルバートだったが、アウラは空になっていた自分のトレイを持って席を立つ。
「待って、これは確実に僕だけじゃ食べきれない量だ」
「うっさい馬鹿、死ね。自分で頼んだんだから責任もって食べなさいよ」
「それが難しいからお願いしてるんだよ」
「ゴリラでも呼べば? じゃ、あたしは帰るから」
アウラはそう言い残し、トレイを下げてさっさと食堂を出て行ってしまった。
「……」
エルバートが無言で食堂のおばさんに視線を送っていると、おばさんはわけがわからない様子で首をかしげていた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
翌日、昨日に引き続き教室からはひそひそという話し声が漏れ聞こえてくる。
教室の後ろに掲示されている順位表、一位から八位までは昨日と変わらずそのままだったが九位と一〇位、つまりIチームとJチームだけが入れ替わっていた。
「……聞いてないんだけど、なんであたしらが下から二番目なわけ?」
その教室を出てすぐのベンチにエルバートとアウラはいた。バルドはまだ登校してきてないようだ。
「昨日からまた順位が変わったらしいね。僕もそれは今さっき知ったから伝えようがない」
「……昨日、Iチームのやつらと模擬戦やったって言ったわよね。そのせいでこの順位になったんじゃないの?」
「せい……? 言い方は引っ掛かるけど、まあそうだろうね」
「だったらあんたたちが落とした分、責任もって上げなさいよ」
「……?」
会話が噛み合わず、エルバートはとぼけたような表情でアウラを見つめ返す。
しかしすぐにズレを理解しひとつ手を叩いた。
「ああ、なるほど。そういうことか」
「……何が、さっきからふざけたことばっかり言って――」
「――悪いけど、その言葉はそのまま返すよ」
徐々に怒りのボルテージが上がってきているアウラの言葉を遮る。
「意味わかんないんだけど」
「昨日時点で僕らの順位は一〇位、最下位だ。それを僕らでひとつ上げたんだよ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないと思う」
「は……?」
と、慌ただしい足音とともにバルドが現れる。
「っま、間に合った! ぐっ、うぉ……朝から全力疾走はまじできちぃな……って、お前ら廊下で何してんだよ」
「別になんでもないよ」
「……っ」
見るからに機嫌の悪そうなアウラ、いつ見ても何を考えているのかよくわからないエルバート、両者を見比べるバルドは首をひねる。
「そろそろ鐘が鳴る、中に入ろう」
「お、おう」
「…………」
エルバートに続いてバルド、少し遅れてアウラも教室の中へ入っていった。
「おはようございます。昨日、一昨日と皆さんとの時間があまり取れませんでしたが、今日からは少し本格的に動いていきます」
鐘と同時にやって来たヘインが教卓の前でそう宣言する。
おそらく今までは入学関係の処理などでそちらに時間を取られていたのだろう。バルドの話では五年に一度しか受け入れをしていないとのこと、通常の学校という枠よりもあらゆることに対して慎重に行動する必要があるのかもしれない。
「昨日伝えた通り今日は少しハードな日程になっています。くれぐれも体調管理を怠らないようにしてください。では、詳細な説明は移動してからにしましょうか」
ヘインの言葉に従い、全員が一度教室を出て廊下を進んでいく。
「すでに皆さんも目にしていたかもしれませんが、移動にはこれを使います」
一分も歩かないうちにヘインはそう言って足を止めた。
目の前にあったのは無駄に豪奢な扉。
「ただ、これは特別な鍵を持っていなければ開けることができないので実際に皆さんだけで使う機会はほとんどないと思いますが」
ヘインが何も持っていない右手で扉に触れると、扉はひとりでに開け放たれる。扉の向こうからは真白の光が漏れており、先に何があるのか視認することはできない。
扉には鍵穴らしきものも存在していたが物理的な鍵ではなく精神的、あるいは魔法的観点で見た時の鍵の有無を扉が判断する仕組みのようだ。
「指定、二五三の一八」
座標と思しきものを口に出すと漏れていた光に微かに色が混じる。
「すげ……こんなもんまであんのかよ」
その様子を見ていたバルドが感嘆の声を漏らす。
「街にもあるよ。ここまで小さいのは僕も見たことないけど」
「まじ? 俺が住んでたとこにゃなかったぞ、田舎だからか?」
「そうかもしれない。据え置き型の転移ゲート。展開と維持、加えて転移先の指定ってなると情報が膨大過ぎてこの程度の大きさじゃパンクするはずなんだけどね。これを作った人は相当天才だよ」
「はえー……あ、あれか? 前に魔法式の最適化とか言ってたやつ」
「これに関してはそういうものでもないけど、まあ似たようなもの」
二人で話していると、生徒たちがヘインの誘導に従って次々と扉をくぐっていく。
「向こうに移動したら私が来るまで待機していてくださいね」
そしてエルバートたちも扉から発される光に入り込む。
視界は白一面に染まり、徐々に明度が落ちて彩られていく。
視界に広がるのはひとつの洞穴。周囲は見渡す限り無骨な岩盤。
「さて、全員いますね。それでは今日の内容について説明します」
遅れてやって来たヘインに全員の視線が集まる。
「今日皆さんにやっていただくのは、いわゆるトレジャーハント。この魔窟の中にある宝を収集することです」
それぞれが思い思いの反応を見せる。
ハードなスケジュールという触れ込みだったが、単なる宝探しかと気を抜く者、自分の力を発揮できそうだと前のめりになっている者、何かがあると不安がっている者など。
「……すみません、その、魔窟っていうのは……?」
ある生徒がヘインが言った言葉の真意を問う。
「そのままですよ。魔窟、もしくは魔境――私たち人類の敵が棲む場所、と言えばわかりますか?」
「…………は?」
それを声に出したのは問いかけた生徒ではなくバルドだった。見れば大多数の生徒がバルドと同じように驚愕を張り付けている。
人類の敵ということは、人間とは別の種族ということ。消去法で妖精種と海生種は除外される。つまり、ここにいるのは竜種か魔人種のどちらかということになる。
「ですが、特に問題はありません。すでに学園長によって封印されているので、実際に中で生活しているというわけではないですから」
続く補足に驚愕していたほとんどの生徒は安堵する。しかし、バルドを含めた数人の体はまだ強張ったままだった。
「この魔窟は多重平行空間を内包しています。多重平行空間とはつまり、魔窟が空間というものを多重に所持しているということです」
その説明がどの程度簡潔だったのかはわからないが、生徒の反応は綺麗に半分に割れていた。
「……」
「……要するに入るたびに中身が変化するってこと。行き先のわからないエレベーターに乗って適当な階で勝手に降ろされる感覚、って言えばわかりやすいかも」
正しく理解していないであろうバルドを見てエルバートが説明する。
魔窟の入り口は変わらずただの穴として見えているが、入り口から内部に繋がる道は常に切り替わり続けているということ。内部の種類がどの程度あるのかはわからないが、内包する内部のいずれかに常に繋がっている。
「なので、チームの三人は互いに手を握るなどして同時に入るようにしてください。各々で入ると別の階層に送られてしまいますからね。……先ほど言ったように皆さんにしてもらうのはトレジャーハント、中にはこのような宝石がいくつか存在します」
ヘインが言いながらポケットの中からそれを取り出す。見えるのはビー玉よりも一回り大きい程度の赤色の玉。
「昼までの数時間でこの宝石をできる限りたくさん集めてください。時間になったら私のほうから連絡します。また、不測の事態が起きた場合はすぐに私に連絡するようにしてください」
説明が終わり、早速Aチームから順に魔窟へ侵入を開始する。
「……」
いつも通りであればここでバルドが何か雑談の種でも投げ入れてくるところだったが、何かに緊張するように微かに体を震わせたまま黙りこくっている。
「魔窟だってね」
それが理由か、珍しくエルバートから話題を振る。
「……ああ」
だが予想通りと言うべきか、反応は芳しくない。
「何かあるなら言ってよ。すごくやりづらい」
「……別に、んな大層ななんかがあるわけじゃねえよ。どこにでもあるありきたりな感情だ」
「じゃあそのいかにも何かありますって顔やめて」
「誰もそんな顔してねえよ」
何かあるのは確実だろうが、バルドがそれを語る気配は微塵もない。エルバートは嘆息しつつも逆側にいたもうひとりのチームメイトに声をかける。
「アウラも何とか言ってよ」
「……」
しかし当然ながらアウラがそれに反応することはない。
「……幸先不安しかないな。ていうかなんで僕が妙な板挟みに巻き込まれなきゃいけないんだろうか」
珍しく愚痴をこぼすエルバート。
そうこうしているうちにIチームが魔窟の中へ消えていく。
「では、Jチームの皆さんもチームメイトのどこかを掴んでください」
ヘインに言われ、最初にバルドがエルバートの頭に手を置く。次いでアウラがエルバートの服をちょこんとつまむ。
「まあ……一応それで問題はありませんが、いろいろと大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃないですけど、見なかったことにしてください」
エルバートの返答にヘインは苦笑いを浮かべる。
そして三人が魔窟の入り口に立つ。
「じゃあ、準備が良ければそのまま入ってください」
お世辞にも完璧とは言えないが、行かなければ話にならない。
「よし、行こうか」
「……おう」
「……」
三人は同時に魔窟の中へと入った。
△ ▼ △ ▼ △
「……さて、これがどちらに転ぶか。もしかしたら私もクビかもしれないな」
全員が魔窟に入った後、ヘインは虚空に向けてそう言った。
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