6話 再戦

世の中ってやつは理不尽に溢れてる。


どうして俺じゃなかった?

……俺でよかったのに、なんであいつがあんな目に遭わなくちゃならねえんだ。


ふざけんな。




……けど、だったら俺があいつ以上に努力して、あいつが成すはずだったことを成せばいいだけだ。

それでチャラ。そしたらあいつは俺みてえに馬鹿面引っ提げてけらけら笑ってるだけで済むんだ。


これ以上、何も失わなくていい。




△ ▼ △ ▼ △




面白みのない部屋から一転、景色は森林地帯に切り替わる。シミュレーターが正常に起動した証拠だ。

あたりにはIチームの三人の姿はなく、エルバートとバルドだけがそこにいた。


「とりあえず、僕は索敵しながら完全に補助に回るよ。指示は逐一念話で送る」


「念話って、俺はどうやって話しかけりゃいい?」


「マナの糸を手繰れば頭の中で話すだけでいいんだけど、わかんなかったら普通に声に出したらこっちに伝わる」


エルバートは返しながら手の上に小さな黒い箱を取り出した。


「それは?」


妖魔箱ブラックボックス、これに索敵を手伝ってもらう。補助しながら全方位に集中するのはさすがに無理だからね」


すると妖魔箱ブラックボックスから黒い靄が溢れ出す。それはだんだんと何かを象っていき、最終的には黒い猫、黒い狼、黒い鳥の姿になった。


「……こんなの持ってたのかよ」


「向こうが何でもありって言ったからね。授業で使うつもりはなかったけど今回はいいかなって」


言いながら黒猫と黒狼に手を差し出すと、エルバートの体に残っていた標的のにおいを記憶するように何度か鼻を鳴らす。黒鳥は頭の上に着地した。

標的のにおいを覚えた二匹は続いてバルドに近づきにおいをかぎ始める。


「うぉ……くすぐってえな」


すると二人の視界に数字が浮かび上がる。開戦の合図、カウントダウンだ。


「始まったら何が起こるかわからない。相手の力も未知数だ。僕も最善を尽くすけど、何よりも攻撃の要がやられたら話にならない」


「……わーってるよ……絶対勝つぞ」


「勝つよりも負けない行動を意識してくれると助かる」


「負けねえし絶対勝つ」


気合十分といった様子のバルド。


「開始と同時に一旦何も考えず敵陣まで突っ込んで。合図を出したら僕の指示通りに移動してほしい。補助次第で確実に倒せると思ったら戦ってもいいけど、とりあえず様子見って認識でいて」


「おう」


間もなくカウントはゼロになり、派手な音があたりに響いた。


「っし! 行くぜえ!!」


バルドとともに黒猫と黒狼が飛び出す。黒鳥はエルバートの頭から飛び立ちそのまま上昇、エルバートの頭上で旋回を始めた。


「……ふぅ」


エルバートは瞑想するようにその場で目を閉じた。




森の中、バルドは勢いを緩めることなく駆け抜ける。


「敵陣敵陣っと!」


小さな茂みを飛び越えるとすぐ近くで少女の声がした。


「ぴっ!?」


「うおっ! 早速接敵かよ!!」


戦えば倒せるかもしれないが、まだエルバートとの念話も繋がっていない。勝つよりも負けないようにという指示を守るべきと判断したのか、ひるんだ少女を放置してそのまま明後日のほうへ走り去る。


「っぶねえ、木のせいでエリアがどの程度の広さなのかわかんねえぞ!」


『……ごめん、思ったよりもエリアは広くないみたいだ』


そこでようやくエルバートと念話が繋がる。


「おう、もう接敵しちまったけどどうする? 戻って倒すか?」


『だめ、向こうにも場所が割れてるし迎撃される可能性が高い。とりあえず接敵場所から離れるように大きく左に迂回して』


「了解!」


言われるまま、大きな弧を描くように左に回っていく。

すると少し離れた場所で黒狼の遠吠えが聞こえた。


『……見つけた。孤立してる、仕留めよう』


「うし、あっちだな!」


声のほうに方向転換し全速力で標的に向かう。


『仕留めるのはリーダーとは別のもうひとりの男、リーダーも近くで待機してるかもしれない。一撃で決められなかったらそのまま逃げよう』


「不意打ちか……気が乗らねえ……」


『負けて調子に乗られてもキレないって約束できるなら無視してもいいよ』


「そりゃ無理だ」


『じゃあ指示通りで頼むよ』


木々の合間を縫っていくとその先に黒狼に襲われている少年が見えた。


『補助する、そのまま踏み込んで』


「おう!!」


答え、思いきり踏み込むと両足と右腕が微かに光を帯びる。

そしてすぐに弾丸のような速度でバルドの体が飛び出した。


「うぉぉおおらぁッ!!」


狼はバルドの姿を認識するとすぐにその場から離れる。少年の顔面にバルドの拳が迫る。

豆鉄砲を食った鳩のような表情の少年、確実に入ったと思われた。


しかしそれと同時、バルドの頭上で何かが輝く。


「っ!?」


光はバルドの視界にも届いていたらしく、一瞬攻撃の動作が中断された。


『気にしなくていい!』


初めて聞くエルバートの大声。

それほどこの一瞬が逃せないチャンスということだ。


だからバルドはそれに従い、一度止まりかけた拳に再び全力を込め、力の限り振り抜いた。


「がっ!?」


結果それは少年の顔面にクリーンヒットする。


少年の体は宙を舞い、地に落ちるまでの間に粒子となってこの空間から消えた。完全に倒したことを確認すると即座に頭上を見上げる。

そこには極太の白い光線が降り注いできていた。


「いっ!? やっべぇこれ死ぬ!!!!」


勇ましかった表情は一瞬で焦燥に塗り替えられ、近くにいた黒狼を抱きかかえるとすぐにその場から離れようとする。

だが明らかに間に合わない。バルドが遅いわけではない、光線の範囲が広すぎるのだ。それほどまでに巨大。


それでも諦めず振り返ることなく前に進もうとすると、不意に視界に移る全てが薄い青に染まった。


「っ、今度はなんだよ!?」


たまらず頭上を見上げ原因を探るバルド。

見上げた先には光線に負けず劣らず巨大な魔法陣が浮かんでいた。青い色味は魔法陣が放つ輝きによるものだった。


そして次の瞬間、光線と魔法陣が重なる。

見るからに高密度な光線は薄っぺらい魔法陣に吸い込まれていき、間もなく完全に消滅した。


「す、げぇ……」


『っ、とりあえず、一回合流しよう。その子が誘導してくれるから』


腕の中にいる黒狼を見下ろすと、バルドに目を合わせてひとつ鳴いた。




△ ▼ △ ▼ △




「カミラ、悪い。スヴェンがやられた」


「ディ、ディート……ど、どうしよう。わ、私……ごめん」


リーダー格の少年、ディートは仲間のひとりであるカミラとの合流に成功していた。


「まだ目が使えなくなっただけだ。二人になって多少行動に制限ができたが、それで分が悪くなるわけじゃない」


「け、けどあの魔法……ディートの最大火力だったのに、防がれて」


見るからに気弱そうなカミラの士気がさらに低下しているのは傍目から見てもよくわかる。


ディートはカミラの両肩を優しく、しかし力強く掴んだ。


「大丈夫だ。あれだけの大規模な魔法、連発はまずできない。仮に連発できたとしてもあれ以上の範囲をカバーするのは多分無理だ。お前ならわかるだろう?」


「っ、た、確かに……そうかもしれない、けど……」


「スヴェンがやられたのは痛手だが、二人でもあいつらを倒すだけの火力は出せる。できるな?」


「う、うん……」


「優位だったのが対等になっただけだ。不安になる要素は何ひとつない」


と、そこで近くの草が微かに揺れる。

二人が揃って音のほうを振り返ると、そこにはエルバートが従えていた黒猫の姿があった。




▲ ▽ ▲ ▽ ▲




エルバートの指示通り黒狼の後をついていった結果、特に問題なく二人は合流を果たすことができた。


しかしバルドの視界に映るエルバートは頭を押さえながら膝をついていた。


「お、おい! 大丈夫か?」


「っ、大丈夫、準備無しでいきなり使ったせいで回路が馬鹿になってるだけだよ」


エルバートが言っているのは間違いなくあの巨大な魔法陣のことだ。


「馬鹿にって、んのか?」


「そうみたい。けど簡単な補助ならまだ使えるし、ちょっと視界がぶれてるだけだから問題ない」


言いながらゆっくりと立ち上がる。

ふらふらとしたその様子からは全く説得力が感じられない。


「問題あるだろうが!!」


今までとは全く違うバルドの怒号。じゃれ合いやふざけ半分ではなく、純粋な怒りを含んだ声だった。


「え……?」


実際にエルバートには過度な疲労が溜まっているように見えるが、そこまで必死にストップをかけるほどのことではない。


「こんな演習ごときで取り返しのつかねえことになったらどうすんだ! シミュレーターの中だからって体の中身までどうにかなっちまったら何の影響も受けねえとは言い切れねえだろうが!! ……負けんのはむかつくしむちゃくちゃ腹立つけど、勝っても大事なもん失くしたら微塵も嬉しくねえ」


とは言えバルドの言葉にも間違いはない。過剰な反応とも言えるが、それは仲間への心配からくる怒り。ましてや自分のことを助けようとして無茶をさせたわけだ。自分に対する憤りもそこには混じっていたのかもしれない。


すると、黒狼がエルバートの膝裏に軽く頭突きをする。膝かっくんの要領でエルバートは尻から地についた。


「……お前はそこで休んでろ。俺がさくっとぶっ倒してきてやる。……いいか? 俺が負けそうなのがわかってもお前は絶対に手出すんじゃねえぞ。そんで俺が負けたら戦わねえで降参しろ」


「……負けてもキレない?」


「逆にお前が無茶して勝ったらブチギレる。そんで一日は口利かねえ」


付け足された後半の言葉にエルバートの口元が少し綻んだ。


「ふっ、短くない?」


「あんま長くしたら学園生活に支障が出るだろ。本当だったら一ヵ月ってとこだが死ぬほど大目に見て一日だ」


「それでも口利かないだけなんだ」


言って、一度俯いて目を閉じる。少しの間そうしていると、不意に顔が上がった。


「……じゃあ、あとは任せるよ。でももし負けたら僕がキレるから」


「はっ、上等」


そこでエルバートの体がぴくりと震える。使役している黒猫が敵の位置を特定したらしい。


「いた。四時の方向、二人で固まってる」


「うっし、んじゃ行くわ。お前は大人しくしてろよ」


エルバートは黒狼の頭を撫でながら頷いた。


「うん。そしたらこの子も連れてってあげて、特別な力はないけど陽動には使えるだろうから」


「連れてったら危ねえだろ、あん時みてえに馬鹿でけえ魔法撃たれたら逃げられるかわかんねえぞ」


「やられても妖魔箱ブラックボックスに送還されるだけだから大丈夫だよ」


エルバートがそう言うと、黒狼は勇ましい声でひとつ吠えた。まるで任せておけとでも言っているかのよう。


「そう、か。わかった。じゃ、行ってくるわ」


そして黒狼が先導し、バルドはその後を追った。




標的であるディートとカミラの姿はすぐに確認できた。しかしその場に黒猫の姿は見えない。おそらくすでに倒され、妖魔箱ブラックボックスに送還された後なのだろう。


「……ひとり、舐めてるのか?」


対峙するや否やディートがそう言う。


「勝負を投げたって認識でいいんだな」


「ばーか、俺ひとりで十分だから寝てろっつって来たんだよ」


「……やっぱりあれは連発できる魔法じゃなかったってことだ。諸刃の剣、奥の手」


バルドの言葉から即座にそこまで看破される。しかしそれでバルドの表情に焦りが出ることはない。


「狙いとは違ったがひとり潰せたのはかなり大きなアドバンテージだ。それとも、本気で二対一の状況をひっくり返せると思ってるのか?」


「逆に聞きてえんだが、負けると思ってここに立つやつっていんのか?」


バルドの言う通り、負けるつもりで勝負を挑むような人間はいないだろう。いるとすれば、それはかなり特殊な癖を持った人物だろう。


「嘘が得意とも思えない。……だったら、その幻想ごと消し飛ばしてやる。カミラ!」


ディートが声をかけると、カミラによって二人の頭上に環状の薄いガラスのようなものが現れる。

そしてそれに向かってディートが手を伸ばした。

何かを仕掛けているのは明白、バルドは即座にディートに突っ込もうとするがそれより先に黒狼がディートに飛びかかった。


「チッ……!!」


空いているもう片方の手から白い光線が放たれるが、黒狼は機敏な動きでそれを回避する。

黒狼に翻弄され本命の発射に手間取っているとそこにバルドも飛び込む。


「うぉぉおおお――」


「っ、もう一枚くれ!!」


ディートが口早に指示を出す。カミラはそれを予知していたようにすぐさま環状のガラスをバルドとディートの間にもうひとつ出現させた。しかしそれは最初に出現させたものより一回りか二回り小さなものだった。


「邪魔だ!!」


声とともにガラスに向かって白い光線を放つディート。だがお世辞にも攻撃力は高そうに見えない。攻撃力よりも速射性を重視したようだ。


光線とガラスが交わると、それは数倍の規模に膨れ上がってバルドに襲い掛かった。環状のガラスは通過した魔法の威力を増幅させるものだったらしい。


「――おおお、っらぁああ!!」


予期していたのか、それとも最初からそうすると決めていたのか、バルドはそれを前にしてもひるむことなく拳を振り抜いた。

光を纏うバルドの腕と白い光線が衝突し、ほんの少しだけ拮抗する。そして間もなくバルドの拳が光線を相殺した。


「なっ……!?」


「……よう、舐めてんのか?」


対峙してすぐの言葉をそのまま返す。これ以上ないわかりやすい挑発。

唇を噛みしめるディートの様子がよく見える。そしてバルドはディートの顔面目掛けてすでに次の拳を振り上げている。


「んなとこで負けてる場合じゃねえんだ、悪りぃな」


光線を相殺した右の拳、微かに煙が上がっているその拳はディートに素早く、しかしゆっくりと、確実に近づいている。


「っ、くそ……! 二回も負けてたまるか!!」


ディートが吠えると同時、全身から大量のマナが放出される。それは空気に触れると魔法という形を取って頭上のガラスに吸い込まれていく。


「《第一識閾ゼイル・ラート》!!!!」


バルドの腕に絡みつく輝きが黄色に変化する。

目の当たりにしたディートはその目を大きく見開き、次いですぐにそれを唱えた。


「《煌星の瞬きブリッツレイ》!!!!」


そして、バルドの拳がディートに届くと同時、二人に向かって極太の白い光線が落下した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る