4話 自己中ガールと雑用レディ
別に理由なんてなかった。
そうすることに意味なんてなかった。
でもそこに無理やり理由をつけるのであれば、ほんの少しいつもより気分が良かったから。
気の迷い、気紛れ、なんとなく。
……けどもしかしたら、やっぱり何かをしたかったのかもしれない。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
広い校舎の中心、中庭のベンチにアウラは座っていた。
特に何かをしている様子はない。ただ何かを待つように座っているだけ。
そんなアウラの顔を覗き込む人物がいた。
「何してるん?」
圧倒的な不意打ち、それは突然現れた。
パラパラ漫画の途中に唐突に出現した全く別の一コマのような。
「っ!? は、だ、誰……?」
その動作に意味があるかわからないが、謎の顔と距離を取るためベンチの端まで仰け反る。
「あーし? あー、なんつか、ここの雑用的な」
距離を取ったことでようやく目の前の人物の全体像が見える。女性、ボサボサの髪、だらしのない服の着こなし、やる気のない表情、一目で関わって得のあるような人間ではないと判断できる。
「……何か用、ですか?」
一応年上に対する敬意というものがあるのか、もしくはあまり刺激してはいけない人種だと認識したのか、取ってつけたような敬語で問いかける。
「別に用なんかないけど、なんでひとりなん? あんたら入ったばっかっしょ、普通チームメイトとなんやかんやするんじゃないん?」
その言葉にわかりやすく顔をしかめるアウラ。
取ってつけのメッキは一瞬にして剥がれ落ちる。
「あたしはひとりで十分だから。仲間とか協力とか、そういうのいらない」
「あーね。残念」
「……何が」
女性はアウラに無遠慮な視線を向ける。つま先から頭のてっぺんまで舐めるような、値踏みするような視線。
「Bクラス?」
「それが何? ていうかこっちの質問に答えてよ」
「もう荷ほどきとか済んだ感じ? 済んだならまとめといたほうがいーよ、多分あんたすぐ退学になるから」
訝し気な表情にだんだんと怒りが混じっていく。
取っていた距離はすぐに縮まった。
「あんた何様? 何も知らないくせにうざいんだけど」
「ひとりで十分て少なくとも
「……雑用だかなんだか知らないけど、あんたみたいなやつに言われてもそれこそ説得力なんて欠片もない」
「ほらね。相手の実力もわかんないのに吠えたって微笑ましいだけ的な? ……まああーしもちょい暇だし、いっぺんぼっこぼこに負けてみる?」
明らかな挑発。
真意がわからない。一体何が目的でそれを口にしたのか。
「……やってやろうじゃん」
女性は笑みを浮かべながらようやく顔を遠ざける。そして首に手を当てながら軽く地面を蹴る。
と、中庭全域を何かが覆った。
「だるいし認識阻害だけ張っとくから」
認識阻害、それはつまり人払いのような役割をする魔法なのだろう。
「後悔しても遅いからね」
「口だけじゃなく行動で示してみれば? ……じゃ、対よろ」
人知れず、新たな幕が切って落とされた。
▲ △ ▲ △ ▲
「――っだあぁー! そろそろまじで限界だ!!」
叫ぶバルドを複数の弾丸が襲う。
「ひぃぃぃいい! し、死ぬ死ぬ!」
「大袈裟だなぁ、シミュレーターだし当たっても死なないって」
「黙って見てるだけのやつに言われたくねえ!!」
無機質だった景色は変わって荒野の中心のような場所。標的も人形ではなく銃火器や刀剣を持った人間に変化している。
「まあでも、そろそろ動きもわかって来たしいいかな」
言いながらエルバートはバルドに向かって手を伸ばす。
「そこ右、岩場の影にひとり」
「ああ!? 無理! 足動かねえ――」
断ろうとしながらもエルバートの言葉に従うべく方向転換する。そのまま踏み込んで大地を蹴ると、唐突にバルドの足が加速する。
「――よ! って、はあ!?」
指示された岩場を一歩で通り過ぎ、瞬時に裏を取った。
わけもわからないまま腕を振り抜き、そこにいた狙撃手を殴りつけると狙撃手は一撃で再起不能になる。
「次、後ろの崖上に二人。そのまま飛んで」
見上げるとバルドの視界にはきらりと光る銃口が二つ見えた。とても人の足で届く高度ではない。
「っ! ああくそ! なるようになれ!!」
言われるままにその場でジャンプする。
数瞬後にはバルドの目の前に銃を構える二人の男の姿がしっかり捉えられていた。
理解が追い付かないままひとりを殴りつけると、もうひとりも巻き込んで吹っ飛んだ。
「落ちたら下にも二人、視覚強化するから避けて迎撃して」
「四角!? なんだそれ角張んのか!?」
言葉で理解できなくとも、どういうものであるかはすぐに理解する。
バルドの視界に映る全てがスローになったのだ。
瞬間的な動体視力の強化。
「……!!」
上段と下段で剣を構える眼下の二人、スローで流れる映像から筋がはっきりと見える。安全圏の隙間を縫うように避けながら着地し、落下のエネルギーを完全に殺さず逆に利用して下段蹴りを放つ。
視界に訪れた異常は即座に去って正常に戻る。
「これ……」
体が理解してもまだ脳が完全に理解しきれていない。
「左から三人、駆け抜けて後衛から仕留めて」
「っ!」
エルバートが言うように、ここでは撃たれても刺されても死ぬわけではない。だがあまりに現実的な世界では焦燥を封じきることも難しい。
思考に振りかけていたリソースは再び戦闘に振り分けられる――。
「まあこんなもんか、お疲れ様」
ようやく区切りを迎え、三畳ほどの窮屈な部屋に戻ってくる。
「お、お前……ま、まじで、鬼だな……!」
肩で息をするというレベルを遥かに超え全身で息をしているバルド。
「結局、戦ってたの、俺だけじゃねえか……」
「僕も近づいてきた二人だけは倒したよ。にしてもEランクでこの感じか、ランクひとつ上がるだけで難易度は数倍に跳ね上がるみたいだ」
涼しい顔で冷静に分析するエルバートを、バルドは恨みがましい目で見つめる。
「でもこれでお互いに何ができるのかは理解したわけだし、これからは連携ももう少し取りやすくなるはずだ。さすがに今回は僕も楽しすぎたから、そっちから僕に指示を出してもいいし」
黙って聞きながら全力で息を整える。
深呼吸を繰り返し、横になっていた体を起こす。
「……っはぁ、指示っつってもピンと来ねえけどな」
「的確な必要はないよ。希望を言ってくれれば僕もそれを叶えられるように補助する。例えばあそこの敵を倒したいとか、あそこに行きたいとか、一旦立て直す時間が欲しいとか。とはいえ限度はあるしできない時はできないってはっきり言うしかないけどさ」
「なるほどな……でも、なんつーか、複雑な感じだな」
バルドの言葉にエルバートは首をかしげる。
「複雑って?」
自身の手のひらに目を落とすバルド。
「今まで俺も強くなるためにいろいろ頑張ってきたつもりだけどよ、超えられなかった壁を簡単に超えちまうってのも寂しいっつか、なんつか」
要するに課題を突破できてもそれは本当に自分の力なのか、それとも補助する力が大きすぎるが故に突破できているのかわからない、ということだろう。
「それは慣れてもらうしかない」
「まあそりゃそうだ」
「僕もそっちを利用するし、そっちも僕を利用すればいい。各々ひとりじゃできなくても二人だったら幅が広がるっていうのはこっちも同じだからね」
「自分に強化だの補助だのつけりゃいいんじゃねえのか?」
「簡単な補助ならできるけどいろいろ難しいんだよ。脳がもうひとつあればできるかもしれない」
「……うげ、想像したらめちゃくちゃ気持ち悪りぃな」
苦虫をかみつぶしたような表情から、非現実的なしょうもない想像をしたことがわかる。
「とりあえず、最低限の確認とかもろもろできたしそろそろ帰ろうか」
「おう……つかもう二時間も経ってたのかよ」
コンソールからカードを取り出す際、備え付けられていた時計を見てそう言う。
「けっこういろんなのやったからね。FランクとEランクの殲滅系は制覇したわけだし」
「そう聞くとかなりやった気もするけどほとんど最後のやつで時間使ったよな」
「Eランクの集大成みたいなやつね。数が多いだけで一個前のと中身は変わんなかったけど」
そのまま小さな部屋を出て廊下を歩く。
「……しかし、シミュレーターが何十台も置いてあるって冷静に考えてやべえよな。人力じゃだめなのか?」
「ああいう空間は先生がやったみたいに魔法でも比較的簡単に作れるけど、仮想の敵を魔法で作ろうと思ったらかかるコストが莫大なんだ。何て言えばいいのかわかんないけど、変数部分の制御は人間がやるより機械に任せたほうが楽っていうか。だから基盤の魔法式を機械に操作させる仕組みとして作ったのが始まりらしいよ」
「ほーん、つかそもそも魔法を機械技術と融合させようと思う頭がすげえよ」
廊下の突き当り、大きめのガラス扉を開くと渡り廊下に出てくる。教室があるのはいわゆる本館、シミュレーターは別棟にあったらしい。
「ん……?」
ふとエルバートが中庭に視線を向ける。
「あん? どした?」
「……なんか、マナの残滓みたいなのがある」
「残滓ぃ? 俺にゃさっぱりわからん。そういうこともあるんじゃねえの?」
「いや、普通そんなことない……と思うんだけど」
「どうでもいいだろ、疲れたし食堂で軽くなんか食おうぜ。ポテト食いてえ」
バルドはすでに興味がなくなったように食堂に向かってどんどん進んでいく。
「……うん」
遅れてエルバートも中庭から視線を外し、バルドの背を追う。
と、すぐそばにあった枝の葉が炭化して風に舞った。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
「そろそろわかったっしょ、結局ひとりじゃその程度ってこと」
女性はぼさぼさの髪をかきあげ、明らかに異常な汗を流しているアウラを見下ろす。
「くっ……! はあ、はあっ」
荒い呼吸を繰り返しながら必死に呼吸を整えようとする。視界を塞ぐほどに流れる汗を無視し、ただひたすらに。
「気持ちはわからんくもないけど、実力不足だって。あんたが住んでたとこでどうだったとか知らんし興味ないけどさー、少なくともここの教師はその程度で評価しないじゃん? まあ平均より実力があるってのは認めるけど、実戦で使えるかは別の話的な」
ようやくまともな息遣いを取り戻したアウラは膝をつきながら女性を見上げた。
「あんた……一体……?」
「あー、名乗んなかったっけ?」
女性が軽く指を振ると、アウラの体は一瞬光を放ち、体中の汗が一斉に引いていった。
「あーしはミラーナ・ドローレス、
ともすれば時間回帰とも言えるほど即効性のある回復魔法。
「
「おバカ? おこちゃま相手に本気出すわけないて。認識阻害とそれは別だけど、基本五階級魔法までしか使ってないし」
「っ……!」
突きつけられた現実に思わず下唇を噛みしめる。
「要するに、イキりたいなら今のあーしのレベルに追いつけなきゃ話になんないってわけ。そこに辿り着けたところであーしには勝てないわけだけど」
きつく結ばれたアウラの唇はしばらく開くこともないと思われたが、それは不意に緩んだ。
アウラは立ち上がって正面からミラーナを見据える。
「だったら、あんたに勝てるまで何度でも挑んでやるから」
「何それ、遠回しに稽古つけろって言ってる感じ? 冗談、今は暇だけどあーしも普段は割と忙しいし、おこちゃまに構う時間もないんよ」
ミラーナは言いながら周囲をぐるりと見回し、つま先で地面を蹴った。
すると二人の戦闘で荒れた中庭が徐々に元の姿を取り戻していく。
「つか、あーしに頼るくらいならもっと頼るべき相手がいるっしょ。そこに頼るのとあーしに頼るのって何が違うわけ?」
ミラーナはアウラと出会ってすぐに言っていた。特に今の時期はチームメイトと一緒に行動するのが普通だ、と。
つまり頼る相手は部外者の自分ではなくチームメイトであるべきだと言っているのだ。
「……」
「プライドの価値とかって人それぞれだけど、安けりゃ捨てていーし高かったとしてもそれ捨てられたら最高にイカしてない? あーしはそういうのかっこいいと思うけど」
言い終わるとほぼ同時、中庭は完全に元通りになった。
「ま、ここでの生活もまだ始まったばっかだし、自分が納得するまで悩めばいんでない? つーわけであーしもそろっと仕事の時間だし、二回戦やるならやってもいーけど、どする?」
今度こそアウラの唇は開かれなかった。
その様子に、ミラーナは短い時間を目いっぱい使って一度だけ瞬きをした。同時に認識阻害の障壁が消滅する。
「んじゃ、適当にがんばり」
残されたアウラはしばらくその場で立ち尽くしていたが、ふと何かを思い出したようにその場を後にした。
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